………… …………(メリークリスマス)…………
暦が最後の一枚となって、師走という気忙(きぜわ)しい心と、今年のケリをつけてから新年
を迎えようとする中でクリスマスソングが流れ、更に街中を賑わせている。
最近は電飾により都会の夜景も様変わりしているが、年の瀬はあっと言う間に終るものだ。
昔、昔の時代には、先ずボーナスを貰って忘年会もあり、二次会三次会とハメを外して、
夜の巷(ちまた〉をハシゴして、深夜タクシーの中で酔いつぶれて、家の前まで寝たままだっ
た事も数知れず……。
羽振りの良いのは大部分が土建業のオッサン連中だったし、主任にくっついて行けば
うまい物が食べさせて貰えて、タダ酒をハシゴしていたものだった。
そんな中で、忘れられない年末の大騒動を話してみよう―――
新入社員のガムシャラ時代から卒業しようという頃だった。
自社ビルの上に分譲マンションがある8階建の、当時では高僧ビルとして斬新な工事だ
った。
7月に鉄骨建方が完了して、一気に躯体工事を追い込んだのだが、年末竣工には残り
5か月しかない。
新年から施主は営業開始するとマスコミに既に報道し、マンションの入居者にも、
「新年は新居で迎えられます……」
と建設を計画した時から決まっていたそうだ。
鉄骨建方の頃から私はもう突貫工事になる事は覚悟していたし、それまで月に2度は休
みたいと言うスタイルから、月に一度だけ日曜日に休みがもらえる…かも……となって
しまった。
「もう後、5か月しか残っていない」
つまり今年は休日が5日間しか残っていない中を、泳ぎきらなければならない。
「まだ5か月もあるのに」
と思えば、仕事をする日数もかなり残っていると思い直して、現場に明け暮れていた。
肉体労働の代価であり残業代を含めると結構な額の給与であったが、残業手当は頭打
ちで深夜残業分が無給であろうとも、文句を言うとゲンコツが飛んで来そうなほどの
殺気があった。
最後の1か月がしかも年末・師走で職人不足のピーク時である。
工事が遅れていようとも、冬休みが始まったらすぐ引っ越しを始める入居者もいるのだ
から、クリスマス前後が竣工式になるのも止むを得ない。
外構(駐車場舗装・花壇・境界フェンス)等の工事は年越しとしても、大広間で行われる
クリスマス前後が竣工式になるのも止むを得ない。
竣工式とパーティには来賓の方もあり、真冬であり室内空調の完了だけは最低条件に厳命
された。
空調と簡単に言うけれど、電気が繋がっていなければ作動しないが、天井裏でダクトと
配線は電気室まで伸びていても、肝心の電気室の内装と配電盤へ結線が師走中旬になった。
パーティ会場は2階だが、エレベータの使用は通産省の許可証が年末になり、階段を
使ってもらう事にして階段には絨毯(じゅうたん)を敷いて、その場をしのぐ状態となった。
とにかく、竣工式を目指しての工事であるから何でもありの、ぐっちゃぐちゃの一日が
ジングルベルと一緒に鳴り響いて、焦る気分を更にイラ立たせてくれている。
とにかく、マンションに最初に引っ越して来られる部屋から仕上げる事を《最優先》と
する中で、トイレの配管が浄化槽まで完全に繋げられるのかが最大のネックである。
バイパス的に1本予備配管の設置を検討したけど、その為に時間が喰われるなら全戸の
配管を繋げた方が最終的には早いだろうと、根拠のないまま排水工事は後回しになっていた。
クリスマスの翌日が竣工式に決まったが、パーティが出来る様になる確率は12月の始めで
五分五分だったのが、10日になっても《まだ間に合わないかも知れない》という空気が多勢
だった。
残業・深夜残業の連続でボーナス支給日とか忘年会の話題すら禁句となり、寝る時間以外
は動き廻るしかない状況になり、工事用のEVが上昇する僅かの秒数でさえ眠れる技が身に
付いた。
そんな中、もうすぐクリスマスだと言う頃に、
「福さん、放送で呼ばれているよ」
と職人さんから教えられたが、場内放送を無視していた。
「福本さん電話です、至急事務所に戻ってください」
らしき呼び出し声は、日に何度もあり、もう聞きたくない言葉だった。
(今更、何事が発生したんだ…もう)
事務所には誰もいなかったが、外れた受話器が机の上で『取ってくれ』と言いたそう
であった。
耳に当てて、
「お待たせして済みません。どちら様で?」
「福本さん? おめでとうございます《一級建築士合格》されましたので…」
「ン!?もう一度おっしゃって下さいませんか?」
(夢かもしれんなあ・・・夢なら醒めずにいてよね)
立っていても眠れそうな体に、いきなり合格の連絡を聞かされて、
と一旦眼を閉じて、ゆっくり眼を開けて……とポーズを描いていたら、
「何でボーッと突っ立ってる!」
と一呼吸で、現実の世界に引き戻された。
『俺、一級受かったってよ、主任はどうでした?』
と言いたいけれど、ニタついた顔で聞くのも失礼なので、
「畳54枚、EVが試運転中だから担いで上がって、各戸へ配りましょうか?」
もう眠気は吹っ飛んだから、力仕事でも掃除でも何でもやってやる馬力が復活し、周囲
から、
「福さんついに…狂ったかア………」
と、こんな突貫工事の最中に吉報が舞い込んだのだから、狂い咲も許してもらった。
竣工式の前日、クリスマスの夜、
「後はトイレ配管を浄化槽迄5m繋げれば完了だ!」
まで、こじつけたのだが夜の7時を廻っていた。
「今日は大変だけど、今夜だけは早く家に帰りたい……」
と朝礼時に皆で話していたのだが、接続完了し帰宅した時は又、深夜近くになっていた。
「ゴメン、今日だけは早く帰る段取りだったのだけど…ごめん」
と妻に謝った眼の先のテーブルにはクリスマスケーキと料理が並べてあった。
眠たさをこらえてのメリークリスマスに乾杯となった。
もう一つメリークリスマスの頃の想い出がある―――
それは思い出したくも無い出来事だけど、『リストラ宣告』を受けた時である。
この衝撃は《建設現場の玉手箱》に最初に載せた話であるが、
「退職者リストに君が入っているから…」
と重役専用応接室のソファに座って言われて、首が飛ぶ事を拒否出来ない威圧を受けた話
である。
年の瀬のクリスマスの前日にリストラ宣告を聞かされて、その場で印は押さずともクビは
確定で、早期退職金の上乗せを含めると《○千☆百万円》とまで試算し準備されていたの
だった。
私は中途採用の社員だから定年退職まで勤めても、同期より退職金が数百万円は少ない
のを薄々覚悟していたが、今、この早期退職手当金が頂けるならば拒否する理由が一瞬で
飛んだ。
「金に眼が眩む」をこの場で使えるのかは分らないけど、この先55の定年まで5年間分の
生活費を先払いしてもらったと想定すればいいし、別枠の『割増退職手当金』の額に目を
落とすのだった。
リストラを拒否して会社にしがみついていたい人もいる中で、
「君は本を書いたり、安全講演も出来るし、何をやっても食って行けるから―――君の場合は
悲壮感がないし……他の人に宣告する時はつらいけど……」
と誉められているのかナメられてるのか、どっちにしても決まっている事だった。
所長としてのプライドから、
「私の成績で退職リストに入ったのですか?」
「それは無い、当初の予定高齢者が退職拒否されているので、年齢制限を撤廃して…
人事課が…」
(まさに人事課と書いてヒトゴトカと読むべきでしょう)
日頃から協力業者側の立場を考慮して発言していたので、背広族にはうっとうしい存在
だった筈から、今回のリストアップに早々と登場させて頂いたものだと思える。
(会社にしがみつく理由も特に無いし、来年まで居座っていても、又、リストラの話が出れば…)
ならば、先程チラッと見せてもらった早期割増し退職金で潔く退く事に、あっさり心が
決まった。
「奥さんと相談しないでイイの?」
「リストラ拒否の『口実の相談』でもしなさいって事ですか?」
年末までに50名の肩をたたき、新年早々にリストラ名簿を本社に提出する役目の人は、
恩も情けもこの際振り捨てて、自分の首は守れていて、他人事(ひとごと)の世話として
処理をされている。
次に来るリストラの波に、今度は乗る事を知らない筈はなかろうに……
年末年始をどう過ごそうかと家族の話題が一転し、
「来年から、この先どうやって生活して行くのか―――」
クリスマスケーキを前にしても、メリークリスマス気分は消えてしまった。
もう少しタイミングを見計らってクリスマスが過ぎてからリストラ通告をして欲しかった。
年末までに50名ほどリストラさせるノルマを達成すれば、自分の首まで飛ぶ事態には
無らなくて済むのだから、職務に忠実で上司に可愛いがってもらおうと尻尾を振って、
リストに載っている人に、もう眼を合わせようともしてくれない。
(あんた達の身代わりになってあげたのよ…)
と心では毒を吐きながら、私の他に誰が宣告を受けて了解したのかも、気に懸るところだった。
建設会社で現場勤務者をリストラして稼働する工事現場が激減しても、会社の利益はどこからかで
生み出して、銀行へ負債の返済手段が早まると言う計算式がどうしても作製出来ない。
店内事務職の人がリストアップするのだから、現場技術員の名簿から選出したのも分るが
生コン工場が生コン車を処分したお金で工場を拡張している様に見えて、笑い話になり
そうだ。
「私に出来る仕事は何か有りませんか?」
リストラを逃れて、数年遅れて定年退職を迎えた昔の仲間から、
と頼られる度に、あのクリスマスの宣告時に《憐みの眼》でみられた当時が思い出されて、
不機嫌になるのは、私自身の心にもまだ傷が完治されてないのであろう。
リストラ以後も自分なりに会社を起業して結構楽しんでいるし、やっとクリスマス騒動の
話が言える様になったのだから、自分の人生に感謝、感謝しよう。
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