四月 十一日(火) 雨/晴れ
杭打工事が始まって三日目にして早くも事件が持ち上がった。
一昨日から降り出している雨で地盤が緩(ゆる)んでいる。
杭打機(総重量90㌧以上)が移動すると20cm位キャタピラが沈んで行く。あわてて敷鉄板を
並べてみたが、杭を吊り込む作業とか、旋廻(せんかい)等には不安定この上なくなってしまった。
もともと鋤取(すきとり)を行った所だから地山の様に強くはないだろうし、杭打設時に出てくるヘ
ドロ、水もかなり場内に溜まっていたから、雨が降っても地下浸透はして行きにくい。
結局今日と明日の作業は中止とし、材料搬入車両もストップ号令を出した。
さて、この状況打開をどうするかだ。天候回復を待っていたって地盤は弱いままだ。
「ゆっくり、ゆっくり杭打機を倒さない様に注意して作業しろ」
と言うのでは手を出さないのと全く同じだ。
一日2~3本ずつ打って行けばやがては終わるだろうけれど、杭打工事業者としては一日当
たり延べ200m分は作業しないと機械損料見込んでの採算は成り立たない。
私の方だって、僅(わず)か60本の杭に一ヵ月も費(つい)やすのは考えられない。緊急打ち合わせだ。
「所長、何とかしてくださいよ、万一(重機転倒)を考える事態が近いよ」と清水さん。
「それは分かるけど、倒れないかも知れない。だが、倒れたらおしまいだから、とにかく手を
打てる事はするので協力して欲しい」
と言いつつ《地盤改良》する方針しかないと腹はくくってみた。
誰がその仕事を行うのか、すぐに出来るのか、予算は(見積もってはいないので)ゼロだか
ら、その費用分は全額赤字になってしまうが、この際ゼニカネは考えないでおこう。
(今夜にも重機が傾いて近隣に迷惑をかけてしまえば、地盤改良の赤字どころじゃなくなる)
と一方的に自分勝手に判断して地盤改良の手配を行った。
杭打機を安全な(比較的地盤が強い所)へ移動し、敷鉄板を全て回収し、場内に溜まってい
る水は水中ポンプで放流する。
小型ユンボを搬入して地表50cm位まで掘り返す。そう、田んぼを耕すのと全く同じだ。
そのほぐれた土へ化学薬品を掻(か)き混ぜて転圧する。
石灰分の働きによって土も乾いて来る。
中一日も置けば杭打機が載れる程の耐力は出て来る。
私の頭の血はめまぐるしく駆け巡っていて、爆発寸前でもある。
「所長、明日も雨だったら一週間よその現場へ行ってもいいかね?」
「ダメだ。とにかく杭打工程はズラせばきりがないし、次の工程も着手の予定が狂うと悪循環
になって、Kビルはズルズル工程になる。とにかく今日は昼から晴れる(自信はないが)から
様子を見ようヨ」
「見たって始まらないヨなあ」
と職人達がブツブツ言っている。小雨はまだ時々降っている。
10時頃には一次下請、二次下請の担当者から困惑した声で電話が入った。
「地盤が悪いそうだけれど、杭打ちはどうしますか?延期ですか?」
「やるよ!」
「大丈夫ですか?出来ますか?」
「何とかするからッ――― !! 」
(だんだんと殺気だって来るのが自分でも分かる)
もう私の腹は地盤改良をする事に決定している。藤本工事部長にその旨報告して対策決定
OKを待っているのだが、連絡がない。
今日の昼までに地盤改良の手を打たねば明日も作業ストップのままになってしまう。
段取りのタイムリミットが近づく。
「3時頃現場へ行く、現場を見て判断するのでそれまで待つ様に」
と藤本工事部長から連絡が入って来た。
今、現場を見て地盤改良以外に何の方法が取れると言うのだろうか。
判断は今、今即決を要しているのだ。
とにかく部長が何と言おうとも私の腹は固まってしまっていた。
「よし、地盤改良をやる。深さ50cm、面積はこの範囲だ」
と図面に赤線を入れて、杭打業者にて施工する様に指示した。
職人達はすぐに自分の会社へ電話をして明日の作業手配をすべく動き出してくれた。
「後はオッサン(部長)を説得か……」
と独り言を言っていた。
降雨対策を今一歩考慮して、場内の水はけを良くしていれば確かに今日の事態が起こらな
かったかも知れない。
しかし、普通のこの雨程度でこれほど軟弱になる事を見通せなかったのは
『私のミス』
と言われた時はムカッと来たし、盛土を掘削せずに打てば良かったのでは………
と言われた時には―――?だ。何の為に掘り下げたのか・・・・。
ヘドロを公道へ流出させない為にわざわざ30㎝位掘り下げて、場内は田んぼの如く成り始め
て杭打工事をしていた状況を想い出しながら、
(私は一体何やってんだ、間違った事はしてない筈だ・・・?)
と青空に向かって思いっきり「タメ息」をついてしまった。
四月 十七日(月) 晴れ
あれこれとあった杭打工事も今日で終わる。
残り3本。気を引き締めてつまらない事故は起こさない様に朝礼後にミーティングを行った。
昼から重機回送車が入って来る。
親方も何とか工程通りに終わった事に喜びを表しながら、現場に挨拶に来てくれた。
「地盤改良が予定外の工事だったけれど、お蔭で予定通り次の現場へ機械を持って行けるので
助かった。次の現場はY市なんだ。今日昼から搬出すると夕方には現地へ着ける(届けれる)」
とルンルン気分でビール一ケース置いて行ってくれた。
(親方、地盤改良サービスしてよ)
とこちらからタダを願うのはムシが良すぎるので、
「親方、改良代20万円以下だヨ」
と機嫌のいい所で持ちかけた。一瞬時が止まる。が、
「材料代だけ頂ければ手間はサービスするよ」との返事。
Kビルは予定通りに工事が済んだので、親方は(儲けた)ときっちりインプットされている
事だろう。
お互いに「よろしく―――」と握手しているが
(15万でもよかったか)
と私は思い(材料代をたくさんもらえばいいか)と親方は思ってるな・・・
と握手をした時にフト思ってしまった。
杭打工事は10時30分には完了した。すぐに杭打機械の解体に入った。
ジワジワと重機のマストが傾いて、所定の大きさに分解した時点で、皆の顔が一様にホッとし、
私も含めて
(終わった終わった)
と言葉に出て仕舞いそうな気分になった。
「まだまだ気を抜くなよ。杭の孔に足を突っ込む事もあるよ」
と安全を一言注意喚呼したら、ニヤッとした笑いが返って来た。
昼食前にはすっかり片付いて着替えをした職人達は何処のお兄いちゃんだというイイ男に
変身していた。
『現場打ち合わせ会』と称して皆で昼食を取った時、ビールが飲めなかったのが心残りの
楽しいひとときであった。
杭打機が出て行った後、現場内は誰もいない。こんなに広かったかなと思える位ガラーンと
している。
願わくば、ヘドロが早く乾燥して場外処分出来ればスマートに見えるだろう。
現場事務所の外壁や窓に飛び散ったヘドロ、油類を現場事務補助のN子がきれいに水洗いを
している。よく気の付く奥さんだと感心した。杭も終わったし、皆で食事もしたし、満足した
一日だった。
昼にお預けだったビールを夕方F君、N子と三人で乾杯した。もう一度乾杯!。
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