ぶうちん村、風わたる。

風の吹くまま、気の向くままなんて、なかなかできませんが、楽しみを見つけながら過ごしたいものです。

「光が通っていない地域があるんですか?!」とびっくりされても。

2009年11月16日 22時42分34秒 | Weblog
 ある友人から、今回のネットから離脱・復帰について
 「光が通っていない地域があるんですか?!」とびっくりされた。
 いやいや、そんなこと言っているあなたの現実認識の方にびっくりですと言いたくなります。

 今年4月に、インターネット普及率など利用動向をまとめた調査結果「2008年通信利用動向調査」が総務省から発表されました。
 その結果、インターネットの利用者数は9091万人、人口普及率は対前年比23ポイント増の75.3%、世帯におけるブロードバンド回線の割合は73.4%(対前年比58ポイント増)で、このうち光回線は39.0%と前年比7.7ポイント増と大幅に進展したそうです。

 約4割の普及率とは言っても、住宅の多い地域や県に偏っていることを考え合わせれば、逆に「光がないのが当たり前」と言った方がいいと思います。もっと言えば、総務省の調査対象は全国無差別にしたわけではないわけですから。

 東京に住んでいる彼には全く理解のできない世界の話なんでしょう。

 今回、NTTの基地局の近くが区画整理になり、インターネット利用者が増えたため、9㎞近くも離れている我が家(ADSL利用)までは自動的に信号が届かなくなってしまったのです。そのことを知っていながら「原因不明」とウソをついたプロバイダーYは絶対に許せません。
 なんだか江戸時代の話みたいですね。田んぼへ水を引くのに、用水の上流域がどんどん使ったがために、下流域まで水が回らなくなったなんて。特に、我が家の場合、高い使用料金を払って「ちょろちょろの水」を利用していたわけで、それでも動画を見るなんて贅沢言わなければ十分に満足できる利用環境だったのですが。
 そんな世界ですから、「光が通っていない地域があるんですか?!」なんて論外です。

 今後、光回線はさらに整備されていくことでしょう。
 総務省の調査結果から単純に今後毎年7.7ポイントずつ普及率が広まったとして、100%達成は2017年1月です。
 果たして、我が家のある限界集落に光は届くのでしょうか。
 
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国鉄・宮之城線の今  042

2009年11月15日 23時03分38秒 | Weblog
 川内市街地の東側には、寺山という標高300m程度の山があります。頂上は広くなだらかになっていることから、牧場、自然の家、レストラン、公園、宇宙観測所があり、市民の憩いの場になっています。

 川内から東側に行くには、寺山の南側を通るか(県道42号線)、旧宮之城線跡の道路を通るかしないといけません。

 宮之城線は、川内川に沿って寺山の北側を回り込んで、寺山を超えていきます。楠元駅はその回り込む「てっぺん」みたいな位置にあり、ちょうど川内川の水運で開けた東郷の町と直接、橋でつながっていました。

 楠元駅を出ると、景色はすっかり農村地帯に変わり、のんびりとしたムードが漂い始めます。
 線路跡の道路は直線だし広いし気分もよく走れます。列車の運転手さんたちもそうだったのでしょうか。

 この日は、ちょうど稲刈りの真っ最中。
 何ヵ所かある境界標の近くでは、稲刈りの休憩でしょうか。作業服の方々が談笑されていました。
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国鉄・宮之城線の今  041

2009年11月15日 23時00分10秒 | Weblog
 楠元駅を出ると、直線が続きます。しばらくは山沿いに沿って進みますが、途中に境界標を見つけました。
 
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国鉄・宮之城線の今  040

2009年11月15日 22時57分39秒 | Weblog
 それでは、大口方面へ。
 次の駅は吉野山です。

 楠元駅跡の公園を後に、列車はゆるやかに右へカーブをとって行きます。
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国鉄・宮之城線の今  039

2009年11月15日 22時53分27秒 | Weblog
 アップしないままに出発してしまうところでした。
 楠元駅の駅舎のすぐ近くにはこんなものもありました。

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国鉄・宮之城線の今  番外編02

2009年11月15日 17時46分16秒 | Weblog
 そもそも私の生まれと育ちは宮之城線の走っている北薩地域には全く縁はなく、薩摩半島南部の某市でした。

 関係と言えば、さつま町の旧宮之城町・山崎という所に、おじが住んでいたことです。幼い頃、そのおじの家には、年に何回か遊びに連れていってもらったものです。
 西鹿児島駅(現鹿児島中央駅)までは国鉄で行き、そこからは国鉄バスで、郡山~入来峠~入来~山崎のルートを往復しました。自家用車のなかった我が家にとって公共交通機関に乗っていく見慣れない景色は、私にとってはとても楽しいものでした。
 今でも小山田の道路をまたぐ交通案内板や峠の急峻な道をあえぎながら登っていくバスのエンジン音、大馬越のひなびた景色、入来の武家屋敷など思い出します。

 そんなある時、帰りを鉄道でとなったのです。
 山崎からは鉄道は利用できません。特に、おじの家は川内川の西岸の集落にあります。薩摩山崎駅は山崎の中心部からかなり東側にあるので(祁答院側からの利用者の便を考慮したため?)、いったんバスで宮之城駅に向かいました。
 宮之城駅前はとてもにぎやかではしゃいでいたこと記憶があります。
 ここから川内に向かうのですが、はしゃいでいた割には、乗車してからの記憶はあまりありません。山中を抜けてばかりで、景色の変化の乏しいルートに退屈してしまったのかもしれません。

 そんな中でたった2つだけ覚えているのが、大きな川の向こうに低い山が見えたことと川内駅のプラットホームの強烈な臭さでした。
 宮之城線のルートを探っていくと、車窓から大きな川が見えるのは、薩摩白浜駅を出てすぐに線路と川内川が併行して走っていく2㎞程度の区間だけです。
 もうすぐ川内駅という場所。きっと車内で寝てしまった私を父か母のどちらかが起こした時に見えたのがこの景色だったのかもしれません。

 この後、就職してから川内の町に9年間住むことになり、異動で職場が川内になったり、この幼い頃にバスで通った道が通勤路になり・・・・・なんて全く考えもしないことです。
 ですから、宮之城線をたどっていくことは、私にとっては自分自身の歴史をたどっていくような感覚を伴ってもいるのです。
 現在、楠元駅までやってきています。
 多分、いやきっと、私の乗っていた列車に同乗していた人、道ですれ違った人など、今のぼくの人生に関係のある方々とも、どこかで出会っているはずです。
 人生の不思議を感じます。
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国鉄・宮之城線の今  038

2009年11月15日 00時39分53秒 | Weblog
 楠元駅は、その中央に東郷橋からの道が割り込み、線路跡の道路とT字形を成している。
 駅舎の反対側は駐車場と小さな児童公園になっている。
 
 この児童公園に見られたのが、境界標と枕木を使ったベンチ。
 よくある景色だが、遊ぶ子どもの姿はすぐそばに住んでいる子どもぐらいで、それほど利用されているふうでなかった。
 
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厄年でも、大殺界でもないのに・・・・・・・

2009年11月14日 21時48分57秒 | Weblog
 今年は何かにつけ必ず、マイナスというかトラブルというか、そんなものがついて回っています。
 8月に某全国大会の事務局をしましたが、旅行取り扱い業者のいいかげんな仕事ぶりとミスに振り回されたり、秋はやっと自分のペースで仕事をと思っていたら同僚が入院したためその分が回ってきたり・・・。
 休ませないぞっていう感じの大波小波に翻弄されているような気がしてしまうのです。

 給料は下がるっていうのに、パソコンの部品交換などで5000円、1万円などの小刻みな出費が続くのもばかになりません。自宅の廊下の電球もいくつも切れていますが、そのままにしてあります。
 やっとインターネットが復活したと思いきや、今日は以前から調子の悪かった洗濯機がついに停止・・・こちらは21年使ったから「大往生」ってとこかもしれないけど、何も今止まらなくても・・・。
 おめでたいことなんだけど、寿ラッシュです。親戚だから、祝辞を依頼されたから・・・と、断るに断れないので困っています。まさに寿貧乏です。
 
 そして、今一番困っているのが、11/9に突然痛み出した右足。痛風らしいのです。本当に激痛です。「骨折するより痛い」と聞いていましたが、骨折の経験はないんで、想像するしかないんだけど、本当にそうなら、換えられるものならば、骨折した方がいいと思うのです(それはそれでたいへんだけど)。

 厄年は終わっているし、大殺界も過ぎ去っているし。どうしちゃったんでしょう。
 まだまだ続くのかなぁ~。

 
 
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国鉄・宮之城線の今  037

2009年11月14日 20時08分30秒 | Weblog
 久しぶりにアップします。
 1か月近くネットにアクセスできなくなりましたが、なんとか復活です。

 さて、先日、楠元駅の近くを通った時、日曜日だったこともあり、「あさひ元気市」をやっていました。
 野菜などの販売だけでなく、食事の香りもただよってきました。

 車もあふれんばかりに多く、活気がありました。

 人の交流は、列車が走らなくなっても形を変えて続いているようです。
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約1か月ぶりにネットの世界に復帰です。 

2009年11月14日 18時35分14秒 | Weblog
 10/17のブログに記事のアップ、10/20に返事のやりとりをした後、全く更新できなくなりました。
 原因と経過はまたどこかで書きたいと思いますが、まずは、復帰できて、とてもうれしいです。

 メールがたくさんたまっていました。
 返事がなくて・・・と不安にさせてしまったと思います。

 更新されないこのブログなのに、毎日50~70人の方がアクセスしてくださったようです。アクセス解析のサービスは受けていないので、どなたがアクセスしてくださっているのか分かりませんが、お待たせいたしました。ありがとうございます。

 私自身、仕事や趣味の情報収集などで大きな支障になったこの1か月でした。

 まずは復帰したということで、再び「国鉄・宮之城線は今」シリーズを始めたいと思います。この1か月で、とりあえず終点の薩摩大口駅まで取材は終わりました。まとめてとは言っても、何分大量なので、ぼちぼち更新していきたいと思います。

 では、みなさん、再びおつきあいくださいますよう、どうぞお願いいたします。

 
 
 
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