札幌・北海道のレトロ建物大好きおぢさん日記

札幌(北海道)のレトロでモダンな建物を見たり撮影するのを趣味としています。

1972年札幌オリンピックの建築探訪 競技場①

2021-06-07 18:44:24 | 札幌オリンピック

 

1896年にアテネで開催された近代オリンピックの長い歴史の中で
我が国で開催されたのは1964年東京、1972年札幌、1998年長野の3回だけですが
今年、おそらく東京が2度目のオリンピックを開催することでしょう。

 

さて北海道住みの私には、やはり札幌オリンピックですね
加えて来年が開催から50年です。

ちなみに1940年に一度決定していたのはご存じですか?
東京と同年開催であったが軍部の反対や激化する日中戦争をうけて政府が開催権を返上したのです
戦後、東京オリンピックが決まったこともあり誘致を続けていた結果、1972年に決まりました


市内には、あの五輪マークが様々なところに残っているので50周年を前に探索してみました
オリンピックは選手やメダリストが中心でしょうが、ここは建物や施設を中心にします。

 

まずは競技場を。

 

「北海道立真駒内公園屋外競技場」 現真駒内セキスイハイムスタジアム

竣工 昭和45(1970)年
会場 開会式、スピードスケート

札幌市南区真駒内公園

 

札幌オリンピックのメイン会場で開会式はここで行われました。
どうせ行くなら冬がいいと2月に行って雰囲気だけでも味わおうと。。

雪が無ければ五輪マークまで行けそう
施設は大きくて1枚には入り切りません。


バックスタンド

外から登って中が見えた
1直線上に屋内競技場があるのを知っていますか

聖火台が見えました。

 

中に入って撮影だけさせていただきました

ここ数年はスタンドなどの老朽化が問題になっていました
そんなこともあり「命名権」を設定し現在はセキスイハイムが権利を持っています
これに伴いJOCより五輪マークの撤去を依頼されました
それが室内に取り付けられたマークでしょう。

札幌は新たに冬季オリンピックに立候補を表明しているが、この会場はおそらく使われないと思われる。

 

2021年2月撮影

 

 

 

 

 

「北海道立真駒内屋内競技場」 現真駒内セキスイハイムアイスアリーナ

 

竣工 昭和45(1970)年
会場 閉会式、フィギュアスケート、アイスホッケー

札幌市南区真駒内公園

 

私は定山渓や支笏湖方面に行くときはルート上、アイスアリーナの横を通って行くので
どの施設よりも親しみがあり、どっしりした会場を見るのが楽しみだ。

外壁の意匠に一部木材が使用されたり昭和45年当時では斬新なデザインだったのでは?
何度か塗り直しされたかと思う外観はいつも綺麗に感じる。

札幌オリンピックのアイドル、フィギュアのジャネットリンの転んでもスマイルシーンが印象的な出来事だった。

現在も市民には音楽のライブ会場や各種イベント、もちろんスケート場をはじめ各種コートなどもあり
屋外競技場が周辺の散歩コースのイメージとは違い
実際に市民に使われている現役施設のイメージです。

 

 

競技施設ではないが真駒内公園には同時期に建てられたと思われるデザインに個性がある建物があります

「真駒内屋内競技場付属小体育館」

 

「公園事務所」

 

2021年2月撮影

 

 

 

 

 

「札幌市月寒体育館」 

 

竣工 昭和46(1971)年
会場 アイスホッケー

札幌市豊平区月寒東1条8丁目

 

月寒体育館がその昔は競輪場だったのはあまり知られていない

ご覧の通り現在もアイスホッケーの練習、試合場所として大事な施設です。

 

隣接している屋外競技場は主にラグビーに活用されています
スタジアムの外側部分のデザインは秀逸。

現在は、プラス北海道銀行のカーリング場が隣接されており
真駒内と違い住宅街に一大スポーツ施設が連なっています。

 

2021年3月撮影

 

 

 

 

「札幌市美香保体育館」 

 

竣工 昭和45(1970)年
会場 フィギュアスケート

札幌市東区北22条東5丁目

 

競技場は山のある区に集中するのは当然として、市内でも最も平坦な東区にある体育館。
ここは東区の重要な体育施設でスケート、カーリング、体育館として使用される。

裏面に廻ってみたら思わず写真を撮りたくなった。

 

2021年3月撮影

 

 

 

 

 

「大倉山ジャンプ競技場」 

 

竣工 昭和7(1932)年
会場 スキージャンプ90m級

札幌市中央区宮の森1274

 

今も昔も北海道のメインシャンツェですね
各種の大会、ワールドカップなどの国際大会の会場であり
札幌を見下ろす場所にあるため展望を求め観光客にも人気がある。

駐車場からこのエスカレーターの上り下りします。

「虹と雪のバラード」は札幌オリンピックのテーマソング
開催中は札幌市内いつでもどこでも流れていたという

作詞:河邨文一郎、作曲:村井邦彦
複数の歌手が歌ったがトワ・エ・モワ版が定着し、オリコン最高位7位、売上60万枚
その年の紅白歌合戦に出場した。
また石碑のデザインは彫刻家の国松明日香、揮毫は書家の中野北溟と一級の人物を起用。

 

1940年の幻のオリンピックに備えるため1932年に竣工した。
私財を投じて建設に尽力した大倉喜七郎(大倉財閥2代目総帥)に報いるため名無しの山だったこの山に「大倉山」と名付けると
ジャンプ台は「大倉山シャンツェ」と呼ばれるようになった(シャンツェはドイツ語でジャンプ台)

 

ジャンプ台下のランディングバーンの横には札幌オリンピックミュージアムとレストランが入るクリスタルハウスがある
山頂までは有料リフトで登れますが、私は過去に西区の三角山から縦走して行きました。






2011年撮影

 

これはオリンピックミュージアムの屋上から

 

2021年3月撮影

 

 

 

 

 

「宮の森ジャンプ競技場」 

 

竣工 昭和45(1970)年
会場 スキージャンプ70m級、ノルデイック複合競技ジャンプ

札幌市中央区宮の森1条18丁目

 

札幌オリンピックでの日本勢のメダルは合計3個
その3個とも宮の森ジャンプ台でした。

金メダル 笠谷幸生
銀メダル 金野昭次
銅メダル 青地清二

日本人3人で表彰台を独占し「日の丸飛行隊」と呼ばれオリンピック最大の盛り上がりになった。

青地さんは2008年、金野さんは2019年に逝去した
皆さん道民だけあって目にする機会が多かった。

笠谷さんは後年に叙勲を祝ってスキー連盟が非公式で開いた祝賀会でお目にかかり
金野さんは後年に何と取引先の担当となられ商談をしました ジャンプで飛び出す瞬間に発する声で「カミソリ」と言われたイメージはなく温和で優しい方でした。

宮の森に来ると表彰台の3人
日の丸が並んだ3本のポールを思い出しジーンとします。

 

2021年3月撮影

 

 

 

続く