旧北村の閉校(小学校) 赤字はレポート済
- 北村立北村小学校〈旧〉(1956年赤川小と統合し北村中央小へ)
- 北村立赤川小学校(1956年北村小〈旧〉と統合し北村中央小へ)
- 北村立中央小学校(1997年統合により岩見沢市立北村小学校〈当時:北村立〉へ)
- 北村立東小学校(同上)
- 北村立豊正小学校(同上)
- 北村立幌達布小学校(同上)
- 北村立砂浜小学校(同上)
(中学校)
- 北村立北村中学校〈旧〉(1968年統合により岩見沢市立北村中学校〈当時:北村立〉へ)
- 北村立豊正中学校(同上)
- 北村立北村東中学校(同上)
- 北村立幌達布中学校(同上)
※wikipediaより
北村は岩見沢市と美唄市の一部と、石狩川に挟まれた平坦な地域である。
農業が中心でどこへ行っても畑が多い
学校も広い敷地が確保でき校庭・グラウンドなどは山間の街からみれば
羨ましい限りでしょう。
歴史的には明治33年に岩見沢村から分村独立した。
旧北村は2006年(平成18年)岩見沢市に編入合併された
「旧北村村立赤川小学校」
開校:1910(明治43)年
閉校:1956(昭和31)年
校舎:1938(昭和13)年竣工
岩見沢市北村赤川3821
閉校巡りの順番は赤川小~旧北村小~中央小~東小~豊正小である。
札幌に一番近い北村の閉校(過去に他2校のレポートは終わっています)は
この赤川小学校であると思う。
事前の下調べでは以前はここには自治会館が建ち、その横に記念碑
隣に「赤川神社」と鳥居、裏側にバックネットも現存していた。
しかしいざ現地に着くと、会館が寺院に変わっていた
これは…敷地内に入りづらいなと路駐も考えたが車道は狭い。
ここは誰かが出てきたら事情を話そうと境内へ。
一応入った時と出るときは一礼をしたが誰も出てこなかった。
さて石碑だがなんともシンプルというか簡素というか
この後に見た旧北村小学校の記念碑と同じであった。
くもの巣があり葉をよけたり近づくことは出来なかったが
それでも学校があった証になる。
「赤川神社」も石碑だけが残っていた。
2023年7月撮影
「旧北村村立北村小中学校(旧)」
開校:1897(明治30)年
閉校:1956(昭和31)年
校舎:()年竣工
岩見沢市北村北都
ナビに従い、行ってみてはみたものの
この石碑は事前にストリートビューで確認したのですぐわかったもの。
そうでなければ気づかない可能性もあった。
以前のどなたかのレポートでは他に建物があり、なんと泰安殿もあったとのこと。
だが実際に来てみるとポツンと石碑があるだけ
しかも「北村小学校 跡地 記念碑」だけである
裏へ廻ってみたが何もなし。
なんとも石の立派さに対し寂しい石碑であることよ。
よく見るとこれは先に訪問した「赤川小学校記念碑」と同じではないか!
すぐ向こうは石狩川が流れ、目の前は畑や草地がとめどなく続いていた
明治時代に大河石狩川の近くは水害などもあったと推測できるし
川自体の流れも今とは違っただろう。
ここは開墾した先人たちに敬意を示すべき場所かと思う。
2023年7月撮影
※北村史より
「旧北村村立北村中央小学校」※北村ふるさと学習館
開校:1957(昭和32)年
閉校:1997(平成9)年
校舎:()年竣工
岩見沢市北村栄町168-1
中央小学校は閉校好きには有名な円形校舎がかつてはあった。
北海道内にいくつか建設された円形校舎は、現存する校舎の向かって左端にあったようだ。
この校舎も解体され見ることが叶わず残念至極である
現存は石狩小(石狩)、石山中(小樽)、沼東小(美唄)、絵鞆小(室蘭)
だけだったと思う 全部閉校校舎だ。
このうち沼東小は廃墟(正確には角型)、石山中は立入禁止で今後が危ぶまれる。
現在は「ふるさと学習館」に名が変わり校名プレートも変わったが
なんとなく校庭利用者へのトイレのみ?しか稼働していないように見えたがどうか
それでも一部が現存してくれたのは嬉しいものです。
校庭によくあるバックネットはなくサッカーゴールがあった
今どきなんでしょうねぇ。
校舎の向かって右には橋があるが川を超える前に公園があり
駐車場もある
ここから校舎の裏側が見える
今時期は木々の葉がうるさいので晩秋がきれいに見えるかも。
2023年7月撮影
※北村史より
「旧北村村立東小中学校」※北村自然体験宿泊学習館【ぱる】
開校:1936(昭和11)年
閉校:1997(平成9)年
校舎:()年竣工
岩見沢市北村大願530-1
今回の旧北村閉校巡りでは、この東小学校が一番見どころがあった
それは平成9年の閉校であり再活用の道があったからだろう。
それにしても旧校舎、校門、校名プレート、バックネットなどが現存していた。(バックネットは植物に浸食されている)
新しい活用ではなく古いものを残したまま再活用してくれたおかげだろう
廻りには自治会館、消防分団施設などがある。
ただ【ぱる】としては施設の1階は板張りになっており、
今後の利用は??で心配だ。
2023年7月撮影
「旧北村村立豊正小中学校」
開校:1901(明治34)年
閉校:1997(平成9)年
校舎:()年竣工
岩見沢市北村豊正778-8
豊正小学校は平成での閉校のためか、校舎や校門などを撮影したブログが
いくつもある
だが残念ながら校舎は解体、校門は撤去されていた。
古い歴史のある学校だけに閉校は地元の人にとってつらいだろうね
しかし有効活用で新しく生まれ変わるならばそれも止む無しか。
今回行ってみて実感したのはこの近辺の農地工事が多いと感じた
正面から見ると手前に旧校門があったのだが、現在右側は工事関係者のスペースとなっている。
奥に進み左に真新しい自治会館、そして右手になんとか旧体育館が残っていた
これは嬉しい限りだ。
旧校舎は体育館の奥に一直線に建っていた
その前は校庭だろうが現在は草ぼうぼうである。
最奥まで廻ってみたら、タイヤが埋め込まれていた
これは旧小学校のものだろうね。
この銅像は道道側に立っている 昭和40年製作のもの。
2023年7月撮影
「旧北村村立砂浜小学校」
開校:1901(明治34)年
閉校:1997(平成9)年
校舎:1965(昭和40)年竣工
岩見沢市北村砂浜
空き地の中央にシンボルツリー的な木があり、近くに閉校の碑があるので
てっきり校舎もここか、隣の新しい砂浜自治会館がある場所かと思っていた
後で確認すると、自治会館の向こう側に建っていたようだ
二宮像はそこから移築し閉校の碑の隣になった。
それにしても立派な碑である
市町村によって閉校後の碑は様々だが旧北村では地区の自治体に任せていたのかも知れない
やはり集落にとって「学校があった」という事実は大事なことだと思う。
2021年11月撮影
*北村村史より
「旧北村村立幌達布小中学校」
開校:1894(明治27)年
閉校:1997(平成9)年
校舎:()年竣工
岩見沢市北村幌達布5180-8
幌達布小中学校の閉校の碑が珍しいなと思ったのは、そのデザインもあるが
解体した校舎位置を地図で記していることだ。
それによると、もっと石狩川沿いで河川敷に近い場所だろう
川の橋を通過するときにチラ見しか出来なかったが現地に行けば何かあるのかも?
閉校の碑がある場所は現在は岩見沢市になっているが大きく立派な体育館が目印で
その一角に各処の碑が建っていた。
ここには二宮像もあり、幌達布小中学校と一緒と捉えたらいいのだろう。
2021年11月撮影
*北村村史より
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