プールの前に張り出してあります。
上が長水路、下が短水路の日大豊山高校水泳部の歴代最高記録になります。
この記録を突破できれば、日本高校スイマーのトップクラスの選手になれます。
日大豊山高校水泳部の歴代ナンバーワンを目指そう!
竹村知洋
プールの前に張り出してあります。
上が長水路、下が短水路の日大豊山高校水泳部の歴代最高記録になります。
この記録を突破できれば、日本高校スイマーのトップクラスの選手になれます。
日大豊山高校水泳部の歴代ナンバーワンを目指そう!
竹村知洋
今回のインターハイほどチームの大切さを実感したことはありません。
昨年より流行したコロナウィルスは人々の集団での活動を大きく制限し、人を孤立化させました。
バラバラな個人となっていくことで改めて感じたことは、人は1人では弱いということです。
人はひとりで生きていくことはできません。
人は太古より集団で生活を送ってきており、「人間」という言葉がそれを示しています。
ひとりは弱く、孤独です。
おそらく人は昔から集団生活をすることで、一人ひとりの弱さを補ってきたのでしょう。
集団(Group )は共通の価値観や目的を共有することでチーム(Team)となり、人の強さを引き出します。
競泳は基本的に個人スポーツですが、ひとりで練習しているよりもチームで練習していることで雰囲気が盛り上がり、より頑張ることができます。
個人種目よりリレーで大きな力を発揮する選手もいます。
私たちは昨年からバラバラになりそうな水泳部の活動をチームとして何とかまとめてきました。
解散したときはオンラインでつながり、大会が中止となれば独自の大会を開催し、練習が制限されれば東京都内のスイミングクラブと協力して練習不足をお互いに補ってまいりました。
コロナウィルスは人々の活動を大きく制限しましたが、そのことでチームで活動することの大切さをより実感することができました。
コロナウィルスの収束は先が見えず、これからもあらゆる場面で人々の活動は制限されるでしょう。
このようなときこそ、皆の知恵を使ってチーム力を高めるべきであると考えます。
人は他者との関係を大切にすることで、「人間」となります。
日本人は昔から「和」を大切にしてきました。
「和 」という言葉は、そのまま日本を示しています。
コロナウィルスに打ち克つのは「和」=「チーム力」です。
写真は昨年開催した大会の様子です。
竹村知洋
今回の日大豊山水泳部のインターハイ総合優勝に関しまして、多くの方々に心より感謝申し上げます。
はじめにこのような状況の中で感染対策をしながら大会を開催して下さった長野県・全国高校体育連盟の大会関係者の方々に厚く御礼申し上げます。
そして日本大学豊山高校の校長先生、教頭先生、事務長、経理長をはじめとして全教職員の皆様方には、日頃の水泳部の活動に関する御理解と御協力を頂きまして厚く御礼申し上げます。
また日大豊山高校の育友会の皆様方には多大なる資金面の応援を頂きました。
水泳部保護者の方々には日頃から水泳部の活動に御賛同頂き、感謝申し上げます。
今回のインターハイは無観客という形にも関わらず、長野アクアウィングの大会会場までお越し頂いた保護者もおり悪天候の中、会場外で応援して頂きありがとうございました。
日大豊山水泳部OBの方で長野県御出身の方の中には、会場外まで応援に来て頂いた方々もいらっしゃいます。
昭和60年代に日大豊山高校を卒業されたOBの方も駆けつけてくださったことは感動致しました。
東京都水泳協会の方々におかれましては、各種の国体強化合宿や様々なサポートにより日大豊山水泳部全体の実力向上に貢献して頂き、感謝申し上げます。
特に東京都水泳委員会競泳委員長の立川先生や医事委員会の元島先生におかれましては大変お世話になりました。
そして毎年インターハイにトレーナーとして帯同して頂いている、marksの中里トレーナーに感謝申し上げます。
中里さんも日大豊山水泳部の御出身であり、チーム豊山の一員であります。
今回のインターハイはコロナの影響で様々な制限がありましたが、それぞれの立場でたくさんの応援を頂きました。
水泳部スタッフ一同、心の底から皆さまに感謝申し上げます。
竹村知洋
たまに返答に困る質問をされることがあります。
①どうやってリレーに対する気持ちを高めているのですか?
私の答えは、リレーに対する気持ちを高めるような指導をしたことがありません、というものです。
日大豊山はいつも皆で一緒に練習をしているので、リレーで活躍したいという気持ちは皆が共有しているものです。
予選だけでもよいので出たいという選手が多く、私たちも出来るだけ多くの経験をしてもらいたいので、リレーメンバーは予選と決勝をそれぞれ考えます。
むしろ今年のインターハイにリレーがなかったことは私たちにとって大変残念なことであり、インターハイの価値が半減したという思いです。
②チームのために‥。
この言葉も使ったことはありませんし、むしろ違和感があります。
チームと自分は別であると感じている人から出てくる言葉なのではないでしょうか。
少なくとも私はチームのために何かして欲しいと指示ことはありません。
③なぜ強いのですか?
いつもやるべきことをやっているだけです。
何か特別なことをやっているわけではありません。
特別な練習というのはなく、皆がやっていることと大差ありません。
今回のインターハイでは、北川キャプテンは自分の出番がない場合、いつも召集所まで出場選手を送り出していました。
通常であればマネジャーがやるべきことです。
私たちは特にそのような指示を出していませんが、おそらく北川君はそれがチーム力を高めると感じたのでしょう。
素晴らしいキャプテンです。
他の選手も同じようにこれから出場する選手を招集所まで見送っていました。
これは他のチームには見られなかった光景です。
これがまさにチーム力であると思います。
インターハイの閉会式にはマネジャーやインターハイに参加できなかったメンバーもオンラインで参加していました。
前監督である井上敦雄先生には今回の結果をいち早くお伝えし、今後についてアドバイスを頂きました。
不思議な質問は、私たちにとってはいつもどおりのことなのです。
竹村知洋
今年のインターハイ男子総合優勝の大きな要因は、「チーム力」にあります。
日大豊山水泳部は創部以来、学校のクラブに所属する部員がひとつの「チーム」として活動を行なっています。
日大豊山のチーム力の強さはスタッフや現役部員のみならず、約1,000名に及ぶ水泳部OBの結びつきにあると考えています。
現役選手がOBの築き上げた伝統を受け継ぎ、守ることによりひとつの「チーム」になるわけです。
それは部員全員が「学校水泳」で活動をしていることで可能となります。
それぞれが個人で活動していたら今の日大豊山水泳部はないことでしょう。
どんなに優秀で力のある人であっても、1,000名が数十年にわたって蓄積してきた知恵や経験には及びません。
現在の私たちが自信を持って活動できているのは、諸先輩方が築き上げた伝統に従っているからです。
それが日大豊山水泳部の全OBを含めた1,000名の「チーム力」です。
チームは共通の価値観や目標を共有しています。
80代のOBも16歳の現役部員も思いは同じです。
日大豊山水泳部が大切にしている価値観は「学校水泳」であり、「55の教え」です。
目標はインターハイ総合優勝です。
日大豊山水泳部の最初のインターハイ総合優勝は1963(昭和38)年で、今年で58年間にわたり全国の上位を保っています。
この歴史と伝統が日大豊山水泳部の強さです。
これからも日大豊山水泳部は、ひとつの「チーム」として活動を続けてまいります。
竹村知洋
日大豊山高校水泳部では初めての現役高校生として柳本幸之介君が東京オリンピックに出場しました。
日本代表として800mリレーの第一泳者という大役を任せていただくという光栄に預かりました。
コロナ禍の緊急事態宣言中にも関わらず、大会を開催していただいた関係者の皆様方に厚く御礼申し上げます。
また、佐賀県や伊万里市、学校関係者、水泳部OB会など多くの方々に応援をして頂き、大変感謝申し上げます。
オリンピックは競泳としては世界最高峰の大会です。
現在は世界中がコロナ禍にあり、選手やコーチはそれぞれの対策のなかで練習に取り組んできたものと思いますが、オリンピック選手はみんなそれに打ち勝って成果を上げています。
今回、世界の一流選手をみて感じたことは、とにかく「タフ」であるということです。
活躍した選手は、心身ともに大変強いです。
そして一様に「明るい」です。
日本人である私たちは外国勢の「タフさ」や「明るさ」を学ぶ必要があると実感しました。
今回オリンピックに参加したことで、今後につながる大変貴重な体験をすることができました。
次の目標へ向けてより一層頑張ります。
今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。
竹村知洋
タイトルは、選考会で私が柳本君に出したレースの指示のすべてです。
3本というのは、予選・準決勝・決勝のレースのことです。
レース内容に関してこれ以外の指示は出していません。
大会中、日大豊山水泳部の選手とはずっと一緒にいますが、水泳に関する話もあまりしません。
ただ、レースで練習の成果を出せるようにたんたんとやるべきことをやるだけです。
多くのコーチはそれぞれのレースについて、前半・後半の泳ぎやライバルのことなど細かな指示を与えるのかもしれませんが、私は今までも大きな試合であればあるほどレース内容について指示することはほとんどありません。
その理由は、大きな力を発揮する際に「考える」ことが妨げになることが大いにあると感じているからです。
これは私自身が選手時代から感じていたことですが、ベストなパフォーマンスをするには「無」の心境をつくることがよいと思っています。
「考える」ことは、それだけで疲れます。
そして考えた通りに物事が進むことはあまりありません。
レースが近づけば近づくほど色々なことを考えてしまい、そのことが力みにもつながります。
あえて「無」の状態をつくることで、練習の成果が出やすくなり、選手本来の力を発揮できると考えています。
「無」の状態というのは、何もしないということではなく、あれこれと思い浮かんでしまう余計な心を意識的に取り除くことです。
為すべきことだけに集中し、あとは自然に身をゆだねることです。
柳本君はレースでもあまり緊張することはなく、いつもと同じような感じで臨めていたのですが、予選や準決勝で余計なことを考えないように初日にタイトルの指示だけを出しました。
「無為自然」は、私の好きな思想家である「老子」の言葉です。
日頃学んでいることがスポーツの現場でも生かされています。
竹村知洋
オリンピックに出場する条件として、日本水泳連盟が独自に定めているのが「派遣標準記録」です。
派遣標準記録のSは優勝レベル、Ⅰは銅メダルレベル、Ⅱは決勝進出レベルです。
今回は2019年の世界水泳の決勝を基準として記録が定められました。
この基準は最低でも決勝に進出できる実力がなければ、オリンピックに出場できないということを示しています。
さらに1か国でオリンピックに出場できるのは、個人種目で上位2名、リレー種目で上位4名という条件があります。
まとめると競泳種目でオリンピックに出場するには、次の2つの条件をクリアする必要があります。
①オリンピック選考会の決勝で派遣標準記録Ⅱを突破すること。
②オリンピック選考会の決勝において個人種目で上位2位以上、リレー種目で上位4位以上になること。
つまり、優勝したとしても派遣標準記録より0.01秒遅かったり、派遣標準記録を突破していても3位であればオリンピックには出場することができないということになります。
また、決勝での記録だけが採用されますから予選や準決勝で上記の基準を満たしていても選考されません。
競泳のオリンピック選手の選考は、決勝レースでゴールタッチをした瞬間にオリンピック選手が決定するという、まさに「一発勝負」なのです。
たとえ前年度に世界記録を出していても、選考会の決勝で失敗してしまえば選考されません。
選考会までの強化練習や調整はもちろん、体調管理や精神状態などすべての準備を万端にする必要があります。
特に社会人や大学4年生でオリンピック選考会に臨む選手たちは、自分の競泳人生すべてをかけてこの場に挑むことになります。
これがオリンピック選考会の会場を包み込む緊張感につながっていくわけです。
私自身も選手時代にアトランタオリンピック選考会の決勝を体験しましたが、明らかに召集所の雰囲気はいつもと違っていることを感じました。
そのような雰囲気の中で、本来の実力を発揮するというのは大変難しいものです。
選考会では選手だけでなくコーチも不安になるものですが、最後は自分たちのやってきた練習を信じるしかありません。
自信がつく練習をどれだけやってきたか、ということが勝負の分かれ目になるのだと思います。
「自信がつく練習をする」というのはHPに掲載している「55の教え」の一つであり、ここでも日大豊山水泳部の伝統が生きることになります。
https://blog.goo.ne.jp/buzanswim/e/cf4267dab90f219f8f594c4ba05a93e1
日本水泳連盟が定めるオリンピックの派遣基準はおそらく他の競技と比べても大変厳しいものだと思いますが、競泳競技の本質にあった公平な選手選考であり、日本の競泳のレベルを向上させるものであることは間違いありません。
東京オリンピックの日本代表として、自信がつく練習を行い、本番を迎えたいと考えています。
竹村知洋
ようやく落ち着いて考える時間ができてきたため、4月のオリンピック選考会について振り返ってみます。
選考会には、日大豊山高校から日本大学へ進学した2名(瀬良・伊藤)と高校3年生(北川・柳本)の4名が参加しました。
3月までは通常通りの学校生活を送りながら練習を行っていました。
合宿は年末年始に長野県東御市で行った東京都合宿のみです。
オリンピック選考会だからと特別なことをしたわけではなく、いつも通りの強化練習と調整を行いました。
今回、オリンピック選考会を経験して改めて感じたことは、8日間にわたる大会に取り組む難しさです。
参加した4名がベストタイムを更新したのですが、1種目だけであり2種目は出すことができませんでした。
やはり最初の種目にあわせて調整して気持ちを高めていたため、もう1種目までそれを維持することができていませんでした。
8日間にわたる試合というのはオリンピック選考会だけです。
大会会場は常に緊張感に満ちており、レースごとに喜び、悲しみ、興奮、落胆などの感情が渦巻いています。
その場にいるだけで疲労する場所です。
前日の公式練習日を入れると9日間にわたってその状態が続くわけですから、最終日までベストな状態を保つというのは大変困難でした。
特に準決勝から決勝までは約24時間あり、その間に選手やコーチの緊張は最大限に高まります。
今回私が感じたことは、そのような中でいかに平常心を保つか、ということです。
時間があるとどうしても色々なことを考えてしまい、何かしたくなってしまうものです。
私には日頃から学んできた哲学があったため、それがこのような現場では最大限に役立ちました。
オリンピック本番ではさらに緊張が高まることでしょう。
「練習は試合のように、試合は練習のように」ということの大切さを改めて感じた次第です。
こういう経験をインターハイや全国中学で生かしていきたいと考えています。
メインプールです。
サブプールです。
9日間過ごした控え場所です。
大会が終わったあとの夕焼けです。
竹村知洋
東御市の歴史は古く、それぞれの地域に特色ある文化が形成され受け継がれています。
日本最古といわれる歌舞伎の回り舞台もその一つです。
歴史と文化、美味しい食材、過ごしやすさ、都心からの近さなど多くの魅力から、東御市の県内での住みやすさランキングは第1位です!
東御市には温泉もあり、疲れを癒やすことができます。
私たちの宿泊している湯の丸ホテルには、露天の雪見温泉があり、つい長湯してしまいます。
東御市に来れば、昼はトレッキングやスキーを楽しみ、ランチは宿場町を散策しながらクルミ蕎麦を食べ、夜は温泉でゆったりし、美味しいチーズをつまみにワインを堪能することができるのです。
東御市は上田市や軽井沢市にも近いため、観光にも便利です。
上田市は言わずと知れた、真田一族の故郷です。
昨年は初詣に上田城内の真田神社へ。
東御市にGMOアスリーツパークができたことで、新たな発見や経験につなげることができました。
これからも東御市にはお世話になります。
竹村知洋