昨日中国新聞の広場欄に父の文章が掲載されたのでご紹介します。
「広島復興 写真で追想」
泉美術館(広島市西区)で開催中の写真家明田弘司さんの写真展「広島の記憶 忘れちゃぁいけん、あの頃」を見た。
原爆で全てを焼き尽くされた広島は驚異的な復興を果たした。来年は被爆70年を迎える。
明田さんは、原爆被災後の広島の復興を、ひたむきに庶民の目で撮り続けた人である。
焼け野原に汗と土にまみれて働く人々の力強い営みがある。リアカーに幼児をのせて行商する母親、百メートル道路の建設にも、もっこを担ぐお母さんたちがいた。
子どもたちは、子守などの手伝いをしながら遊んでいる。みんな一生懸命だった。家族を大切にし、近所付き合いのある生活だった。
貧乏な暮らしでも子どもたちは明るく元気だった。今の広島があるのは、力強く前向きに生きたあの頃の人々のおかげだと思う。
写真展を見て、私たちは豊かな生活に慣れる一方、大切なものを失っているのではないかと思った。忘れちゃぁいけん、あの頃。
中国新聞広場欄掲載 2014年8月23日 じいじ77歳
父の投稿文と気付いてくださり、コメントをいただいたのでご紹介いたします。
「広場」掲載おめでとうございます。お父さんも、常に前向きに日々過ごして居られる様子に関心します。
泉美術館、商工センターにあるいずみが所属している美術館ですよね。
前に主人と何回か行ったことがあります。T.Sより
Sさんのご長男さんがたまたま昨日行かれたようで、「懐かしくたくましい昭和の写真だった」と言われたそうでした。
「土砂災害」関係が優先の現在の「広場」にあったよくも3席に食い込まれましたね。おめでとうございます。K.Sより
コメントありがとうございました。
私も父と一緒に泉美術館に行ったことがあります。
係の方も親切で、とてもいい美術館です。
また行ってみたくなりました。
「広島復興 写真で追想」
泉美術館(広島市西区)で開催中の写真家明田弘司さんの写真展「広島の記憶 忘れちゃぁいけん、あの頃」を見た。
原爆で全てを焼き尽くされた広島は驚異的な復興を果たした。来年は被爆70年を迎える。
明田さんは、原爆被災後の広島の復興を、ひたむきに庶民の目で撮り続けた人である。
焼け野原に汗と土にまみれて働く人々の力強い営みがある。リアカーに幼児をのせて行商する母親、百メートル道路の建設にも、もっこを担ぐお母さんたちがいた。
子どもたちは、子守などの手伝いをしながら遊んでいる。みんな一生懸命だった。家族を大切にし、近所付き合いのある生活だった。
貧乏な暮らしでも子どもたちは明るく元気だった。今の広島があるのは、力強く前向きに生きたあの頃の人々のおかげだと思う。
写真展を見て、私たちは豊かな生活に慣れる一方、大切なものを失っているのではないかと思った。忘れちゃぁいけん、あの頃。
中国新聞広場欄掲載 2014年8月23日 じいじ77歳
父の投稿文と気付いてくださり、コメントをいただいたのでご紹介いたします。
「広場」掲載おめでとうございます。お父さんも、常に前向きに日々過ごして居られる様子に関心します。
泉美術館、商工センターにあるいずみが所属している美術館ですよね。
前に主人と何回か行ったことがあります。T.Sより
Sさんのご長男さんがたまたま昨日行かれたようで、「懐かしくたくましい昭和の写真だった」と言われたそうでした。
「土砂災害」関係が優先の現在の「広場」にあったよくも3席に食い込まれましたね。おめでとうございます。K.Sより
コメントありがとうございました。
私も父と一緒に泉美術館に行ったことがあります。
係の方も親切で、とてもいい美術館です。
また行ってみたくなりました。
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