「どこに行けば」
1月24日に投稿したのでもうだめだと思っていて、まさか掲載されると思いませんでした。
何気なく詩を読んでいて、名前を見ると
「私だ」とこちらがびっくりしました。
問いかけの相手は14年前に亡くなった母のことです。
亡くなった母が今となっては私の神のように大きな存在となっているように思います。
母に会いたくなってベランダに出て、空を見上げていると本当に大きなきれいな鳥が空から舞い降りてきました。
実は泣きながら書いた詩です。
いろいろ悩むことが重なり、母に相談したかった気持ちを書きました。
答えは返ってきませんから、目を閉じて深呼吸して、いつまでも悩んでいても仕方ない私もお母さんなんだから頑張らないとと思って、いつも通り家事をすることにしたのでした。
まさか掲載されるなんて、やはり母の力
神の力か
と思うのでした。
よかったら読んでみてください。
「どこに行けば」
どこに行けば会えますか
どうすれば話ができますか
どうしたらいいですか
空に向かって
問いかけた
すると
隣の家の屋根に
しらさぎが舞い降りてきた
しばらくこちらをみつめ
静かに空高く舞い上がっていく
「大丈夫、大丈夫」と羽ばたいていった
あるときは
あたたかな日差しとなり
包み込んでくれる
あるときは
幸運の女神となり
導いてくれる
私は生かされている
時の流れに身をゆだね
静かに
目を閉じて
深く息を吸い込み
生かされている幸せを感じ
ゆっくり一歩ずつ確実に
下を向いて歩いていく
[評 野木 京子先生]問いかけの相手は、紙のような大きな存在かもしれないし、亡くなった人かもしれない。地上と空を行き来する白い鳥は霊魂を運ぶものであり、天使のイメージでもある。詩の主人公は重荷を負っているのだろうか。下を向いているが、その姿勢でも懸命に前に進んでいる。
みなさんからのコメント
詩はお母様を思われてのことでしょうか。
ぐっときました。
私の父との思いとだぶって、忘れられない詩になりました。
親を亡くして、改めて親の有り難みや、ぬくもり、大切さを
実感しています。 H.Sより
ついにHさん登場、嬉しいです。
Hさんの詩を読んでいると、後ろにメロディーがついているような不思議な感覚がありました。
ラストの「下を向いて歩いていく」がHさんらしさですね。普通は「前を向いてあるいていこう」と書いてしまいますよ。
着実に一歩ずつ、足元を気をつけながら歩いていく姿勢にアッパレです。
詩の「下を向いて歩いていこう」の部分が頭にひっかかり、ずーっと考えていました。重荷を背負っていると言う考え方もありますが、私は「現実」ではないかと思いました。さっきまで、上の世界にいた白鷺に対する下の世界です。現実をしっかり踏みしめて歩いて行こうとするHさんの姿勢の表れでもあります。 I.Oより
私もいつかはと思いながら、なかなか詩を書く素養がなく今日に至っています。
深い深い詩ですね。「評」にある通りですね。「私は生かされている」。大切な人に、目には見えない大きな力に。それは「神仏」なのでしょうか・・・いったい何なのだろう・・・。何であってもいい。いま「生かされている幸せ」を感じられること。これもまた幸せなのでしょうね(*^_^*)「上を向いて歩く」ではないところがいいですね。人間はそんなに強くないですものね。共感できます。素敵な詩を有難うございました。T.Oより
最後に下を向いて歩いていくという一節があったと思いますが、あれは足元をしっかり見て歩いていくということなのでしょうか…普通は上を向いて歩くとなりそうですが、何かそこに深い意味があるのかなぁと思いながら読みました。M.Oより
詩壇掲載、おめでとうございます!
詩壇はスペースが大きく、ドーンと載っているので思わず一人で「おおっ!」と言ってしまいました。
ふわーっと飛んでいくしらさぎは、確かに天からの使いのように見えますね。
「私は生かされている」という一行が心にしみました。A.Tより
お母様の姿が浮かんでくる言葉がたくさんあり、母となったあなたが子どもさんたちに注いでいでいる愛情を感じました。
Oさんに引き続き詩人の登場です。頑張ってください。N.Hより
問いかけの相手はHさんが社会人になって2年目に亡くなられたという「お母さん」であろうか?と思って私は観賞しました。詩壇へのチャレンジが実っておめでとう。この詩には選者の評もあるしブログの内容が益々豊かになりますね。K.Sより