BCGワクチンに新型コロナウイルス感染症からの「保護効果あり」との研究結果、その期待される“免疫訓練”のメカニズム
新型コロナウイルス感染症(正式名称はCOVID-19)が2019年12月に中国の武漢で初めて報告されて以来、これまでに世界で約2,650万人もの感染者が発生し、そのうち約87万人が命を落とした。現時点では、新型コロナウイルスに対して予防効果が期待できるワクチンはまだない。 新型コロナウイルスのワクチン、最有力とされる「4つの候補」 だが、効果が期待できる抗ウイルス薬は数多く考案され、臨床試験が進められている。ランダム化臨床試験の成果のなかでも、RNAポリメラーゼ阻害剤であるレムデシビル、そしてステロイド系抗炎症薬のひとつであるデキサメタゾンは、COVID-19への有用性が認められ承認された治療薬だ。 こうしたなか、世界的に注目されていた結核のワクチンであるBCGワクチンの呼吸器感染症全般における保護効果が、医学・分子生物学・生化学の分野における世界最高峰の学術誌である『CELL』で公表され、話題になっている。
BCG接種国は罹患率や死亡率が低い?
子どものころに接種されるBCGワクチンは、結核とは無関係な感染症においても保護効果があり、生存率を向上させることが、これまでの研究で明らかになっている。今回の二重盲検ランダム化比較試験では、新型コロナウイルス感染症で重症化しやすい高齢者へのBCG接種においても、同様の効果が期待できることが確認された。 BCGワクチン接種は、免疫力の弱まった高齢者においても自然免疫を“訓練”する作用があるという。このためCOVID-19を含むウイルス性呼吸器感染症全般に対する保護効果があると示唆されている。 COVID-19に関するデータによると、この病気の罹患率と死亡率は、国によって劇的に異なることが明らかになっている。その要因は複雑で、民族性、生活習慣、気候、社会的行動、遺伝的差異などが挙げられる。そしてもうひとつ、潜在的な要因として注目されていたのが、BCGの接種国であるかどうかだ。 というのも、新型コロナウイルスによるパンデミック(世界的大流行)の当初、BCGワクチンが義務化されている国、接種を中止した国、接種しない国におけるCOVID-19のデータを比較すると、有意な差が認められたのだ。BCGが義務化されている国ではBCGワクチンを接種しない国に比べ、すべての年齢層においてCOVID-19の罹患率と死亡率が減少していることがわかった。この傾向は、気候、食生活、遺伝的起源などの変数が本質的に一致している国同士を比較しても、BCGの有無の差が有意に認められたのである。
結核以外の呼吸器感染症にも予防効果
オランダにあるラドバウド大学メディカルセンター内科学のミハイ・ネテハ教授は、BCGワクチンのさまざまな感染症に対する「訓練された免疫」と呼ばれる防御効果について研究してきた。
「わたしたちは2年前、BCGワクチン接種が脆弱な高齢者を感染症から保護できるか示すことを目的とした『ACTIVATE』と呼ばれる試験を開始しました」と、テネハ博士は説明する。 「入院した65歳以上の患者たちを対象に、退院時にBCGワクチン接種を受けるか、プラセボワクチン接種を受けるかランダムに割り当てたのです。そしてBCGが幅広い感染症から患者を保護できるか確認するために、1年間の追跡調査を実施しました」 この研究は新型コロナウイルスによるパンデミック以前に開始されたものだが、COVID-19におけるBCGワクチンの重要性をいち早く伝えるため、この論文は経過報告を発表したものとなっている。
それでも198人の高齢者を対象とした臨床試験のうち、150名の中間分析では、すでに明確な差が認められている。 臨床試験の結果、プラセボ群(78人)では高齢者の42.3パーセントが感染症を発症したが、BCG群(72人)では25パーセントにとどまった。また、BCG群ではワクチン接種後に平均16週間で新規感染が報告されたのに対し、プラセボ群では11週間と短かった。なお、副作用に差はなかった。 共著者であるギリシャのアティコン大学病院内科のエヴァンゲロス・ジアマレロス=ブルブーリス教授は次のように述べている。「一般的な感染症におけるBCGワクチン接種の明確な効果に加えて、今回の最も重要な経過観察は、BCGが主に呼吸器感染症を予防できることでした。
BCGワクチンを接種した高齢者は、プラセボを受けた高齢者に比べて呼吸器感染症が75パーセント減少したのです」 BCGワクチン接種は、新規感染の発生率を低下させ、特にウイルス性呼吸器感染症の予防に最も効果があることがわかったのだ。
自然免疫の訓練に寄与するという研究結果
それでは、この研究で示されたBCGによる「免疫の訓練」とはどういったものなのだろうか? それは自然免疫細胞(顆粒球、マクロファージ、単球などのミエロイド系細胞やナチュラルキラー細胞など)のエピジェネティック、転写、機能的な再プログラミングのプロセスのことである。結果、細胞間の情報伝達に必要なサイトカイン産生能と抗菌機能が向上するのだという。 論文によると、感染症や死亡率に対する非特異的な保護を調査した疫学研究では、BCGワクチン接種によりアフリカの小児における呼吸器合胞性ウイルス感染症の発症率が減少した。またインドネシアと日本では、高齢者を呼吸器感染症から保護する効果があることが示唆されてるという。 このことから、BCGワクチンの接種は獲得免疫のように特定のウイルスに特化した攻撃性はないが、個人の自然免疫を高めて感染症からの予防や重症化を低下させるものとして期待される。
少なくともひとつの要因になる
とはいえ、この知見はBCGが新型コロナウイルスに確実に有効であることを証明したものではない。今回の研究では、確かに一般的なウイルス性呼吸器感染症に対する予防効果が確かめられた。しかし、COVID-19に対しては被験者の有病率が低かったので、確定的なことはいまだ断言できない状況にある。
実際にBCGワクチンが義務化されている国々のいくつか(ブラジル、ロシア、インドなど)は、政策やマスク普及率、そして上記に挙げられたさまざまな要因はあれど、いまだ感染に歯止めがかかっていない状況にある。おそらくBCGに新型コロナウイルスの感染を完全に防止する能力はなくとも、接種国か否かの違いにより、統計上のデータに有意な差として現れるほどには保護効果があるということなのだろう。いずれにせよBCGワクチン接種は、日本を含むアジア各国での罹患率・死亡率の低さを説明できるひとつの要因にはなりそうだ。
研究チームは、BCGワクチン接種が新型コロナウイルス感染症からも人々を保護できるかどうかは、今後の追跡調査によって明らかになるだろうと結んでいる。