特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

彼のCurryと蟻と俺

2009-05-06 11:32:31 | Weblog
不動産会社から、特掃の依頼が入った。
現場は、管理している一軒家。
故人は、そこで一人暮らしをしていた中年の男性。
亡くなっていた場所は浴室で、浴槽の湯に浸かったままの状態。
〝死後2~3日が経過し、それなりに腐敗汚染が進んでいた〟とのことだった。

「早めに処理した方がよさそうですね」
担当者の慌てぶりからそれを察した私は、訪問する時間を段取り。
それから、〝2~3日ものの汚腐呂〟に対応できる準備を整え、現場に急行した。

「随分と、立派な家だけどなぁ・・・」
立派な家は、演出された○○屋敷のような様相。
私は、ちょっとビビりなが、予め教えられた所から隠しキーを取り出して、それで玄関を開けた。

「うはぁ~・・・」
ドアを開けると、覚悟の腐乱死体臭。
それは、部屋とは異なった、汚腐呂特有のニオイだった。

「ホントに2~3日か?」
歩を進めるに従って、異臭は濃厚に。
それは、かなりの期間を要して熟成したニオイに感じられ、半信半疑でマスクを装着した。

「Curry?・・・」(←何故か横文字)
目に飛び込んできた浴槽に、私の頭はそう反応。
その汚腐呂レベルは、私の想像をはるかに超越し、ものスゴい重圧となって私の呼吸を乱してきた。

「凄まじいな・・・」
光景もさることながら、ニオイも強烈!
そのパワーにマスクのフィルターもギブアップしたのか、〝肌にも嗅覚があるんじゃないか?〟と思われるくらいの異臭が身体で感じとれた。

「こいつのせいか?」
浴槽の脇には、何かの装置の操作パネル。
それは、いわゆる〝24時間風呂〟というやつで、それがずっと稼働していたようだった。

「これじゃ、イクはな・・・」
さしずめ〝弱火で2~3日〟と言ったところか・・・
本物のCurryは、煮込めば煮込む程に美味くなるものだが、これは、逆にマズいことになっていた。

「結構、深刻ですね・・・」
見分を終えた私は、外に出て不動産会社に電話。
保温で煮込まれた可能性を説明し、状況が深刻であることを伝えた。

「え!?今日中に!?」
担当者は、至急の作業を要望。
それに応えるしかないことは理性ではわかっていたけど、本性は完全に逃げ腰。
心の準備と作業の準備に、しばらくの猶予が必要だった。

「足りない道具もありますので、家の中の物を使っても構いませんか?」
遺族は、家財生活用品の処分も不動産会社に一任。
どちらにしろ、それらは廃棄されるものばかりなので、作業に必要な物は遠慮なく使っていいことになった。

「ま、とにかく、やるだけのことはやってみます」
〝仕事〟とは、往々にしてそういったもの。
私は、担当者に返事すると同時に、イヤがる自分にもそう言いきかせた。


現場となった家屋は故人の所有物件で、一般的に、不動産会社の管理下には置かれない家。
しかし、仕事で全国を飛び回り、家を空けていることが多かった故人は、日常の管理を不動産会社に委託していた。

故人には妻子はなく、親兄弟もおらず。
法廷相続人として遠い親戚が探されたが、日頃の付き合いはほとんどなく、単に血のつながりがあるのみ。
そんな親戚に、故人の家財生活用品や家屋への思い入れがある訳はなく、家財を先に処分してから、家自体も売却処分する意向とのことだった。

故人は、一線のビジネスマン。
なかなか仕事がデキる人だったようで、その生活は仕事中心。
経済はおのずと裕福で、誰に迷惑をかけることもなく、悠々自適の生活を送っていた。

仕事が好きだったかどうかは別として、故人も、一生懸命に働いていたのだろう。
そして、久し振りに帰ってきた我が家で、ゆっくり風呂に浸かって労働の疲れを癒していたのかもしれない。
一生、風呂から出られなくなるなんてことは露ほども疑わず・・・


Curryの正体は、脂・・・
人体の脂も、分離してしまえばただの動物性脂肪。
高い温度では透明に溶け、低い温度では黄白く固まる。
ここの場合、黄色く凝固した故人の脂が汚湯(汚水)の表面を覆い尽くしていた。
そして、その層の厚さは、故人の体格とその煮込まれ具合を私に悟らせた。

〝脂〟と言われるものがどれもそうであるように、故人から出たこの脂もドロドロのベタベタのギトギト。
そして、その黄色脂層の下は、コーヒー色の汚水。
更に、その底には、得体の知れない汚泥。
とにもかくにも、それらすべてを除去し・清掃し・消臭消毒するのが私のやるべき作業だった・・・


足りない道具の代わりに無理矢理の特掃魂を使ったせいか、私は、作業の山場を前に早々とギブアップ寸前に。
しかし、自分まで倒れては、それこそ、本末転倒。
私は、小休止するべく、グッタリする身体を引きずって玄関に向かった。

外に出ると、まずは急いでマスクを外し、貪るように深呼吸。
無臭の空気を美味に感じながら、一息ついた。
そして、人目につかない軒先に腰を降ろし、力みを解くために首をうなだれた。
すると、その視界に、動くものが入ってきた・・・

「コイツら・・・何かに悩むことなんて、あるのかなぁ・・・」
「毎日・毎日、同じ仕事の繰り返しで、イヤになんないのかなぁ・・・」
「女王蟻に生まれてこれなかったことを、嘆いたことはないのかなぁ・・・」
「コイツらだって、頑張って生きてるんだよなぁ・・・」
「つまらないこと考えてクヨクヨする俺より、そんなこと考えずに黙々と働く蟻の方が偉かったりするかもな・・・」

考えなくていいことを考える、考えても仕方のないことを考える、考えちゃいけないことを考える・・・それが〝人間〟というものか・・・
私は、地を這う蟻を眺めてボーッ・・・
凄惨な光景と過酷な作業は身体ばかりでなく脳まで溶かし、その頭には、とりとめもない考えばかりが沸々・・・
タバコでも吸えば頭がシャッキリしたのかもしれないが、タバコは嗜まない私。
コーヒーでも飲めば目がシャッキリしたのかもしれないが、コーヒーも好まない私。
ただ、ひたすら、Curryみたいに溶けた脳がもとのかたちに固まるのを待つしかなかった。


そうして、しばしの休息・・・

「そうだ・・・台所にあるだろうな・・・」
私は、家の中に戻り台所へ。
戸棚・吊棚・収納庫・流台etc・・・思いつくところに砂糖を探した。

「あった!これ!これ!」
私は、それをすぐに発見。
塩でないことを念入りに確認して軽く一掴みし、再び外に出た。

「ほら、御馳走だぞ!」
私は、地面に〝盛塩〟ならぬ〝盛砂糖〟を一山。
すると、すかさず一匹の蟻がそれを発見。
そして、そいつが合図したかのように、次々と蟻がやってきて・・・みるみるうちに黒山の蟻集りができた。

「賢いもんだな・・・」
少しすると、蟻達は秩序を形成。
怠ける者も私利私欲に走る者もおらず、一匹一匹が一粒一粒の砂糖を巣に運び始めた。

「お疲れさん・・・」
私は、その様をボーッと傍観。
そしてしばし後、劣等感に近い共感を覚えながら、重くなった腰を上げて空を見上げた。


過ぎたことは、すべてが夢幻の想い出・・・
私も含め多くの人が誤解しているが、自分を取り巻く〝現実〟という名の苦悩も、今の今の今、味わっている辛酸も、人を否定する力も人を不幸に陥れる力もない。
一瞬後には既に夢幻・・・気づいた時にはもう、その柵(シガラミ)の中に自分はいないのだ。

そして、悠久の時の中では、人の一生なんて限りなく〝無〟に近い小さなもの。
大宇宙の中では、その歩みも存在も、地に這う蟻と大差なく小さい。
これまた、私を含めて多くの人が誤解しているが、自分を苛む〝現実〟という名の苦悶も、今の今の今、襲いかかっている辛苦も、人生を壊す力も人の幸を奪う力もない。
一瞬後には既に夢幻・・・気づいた時にはもう、自分の背中からその小さな重荷は無くなっているのだ。


一通りの想いを巡らせた私は、小さな蟻を通してきた大きな知恵を掴み、故人の想いと彼のCurryを汲みに、再び汚腐呂に戻ったのであった。




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