春本番を迎え、桜の樹はとっくに葉桜になっている今日この頃。
夏のように暑い日があったかと思ったら、冬のように寒い日があったりして、身体が困惑気味。
ただ、そんなことを他所に、自然の草木は次のステップへ。
鮮やかな新緑が、下を向きがちな視線を上に向けてくれている。
桜花にかぎらず、新葉の黄緑色も、生命力が漲っている感じがして、淀んだ空気を洗ってくれるような新風が心の中にスーッと入ってくるような気がする。
そして、瞬間的にでも、暗い心に光が差し込み、ちょっとだけ明るくなれるような気がする。
コロナは、落ち着いているのかいないのか、よくわからない状況だけど、昨年に比べ、今年は、花見に出かけた人も多いだろう。
私は、花見はしなかったけど、ウォーキングコースにある桜や、現場の街々で見かけた桜を愛でては、「元気だしたいな・・・」と思ったりした。
そして、桜の下にレジャーシートを敷いて楽しんでいる人達を見かけて、幸せな気分をおすそ分けしてもらったりもした。
私は、花見酒こそ飲まなかったものの、精神不安も相まって、今は、毎晩、だらしなく酒を飲み続けている。
意志を貫き、頑なに休肝日を設けていた自分が信じられないくらいに。
「このまま生きていて、何かいいことあるだろうか・・・」
「この先、何か楽しいことあるだろうか・・・」
等と、ネガティブな思考に苛まれてばかり、何の楽しみもない日々で、晩酌は、心がわずかでも軽くなるひととき。
アルコールで、一次的に憂鬱をごまかしているだけであることは、自分でもわかっているのだけど、それでもいいから、私は、少しでも、暗い気分がまぎれる時間がほしいのだ。
私は、覚醒剤や危険ドラッグの類には縁がないし、縁を持とうとも思わないが、仮に、その味を覚えてしまったら、無限の深みにハマっていく可能性が高い。
そういう薬物を使っている人を擁護するつもりはないし、精神救済を求めて使用する人がどれくらいいるのかわからないけど、手を出してしまうその気持ちがわかるような気がする。
不動産管理会社から現地調査の依頼が入った。
現場は、利便性のいい街中に建つ賃貸マンション。
状況は、いわゆる「ゴミ部屋」。
実のところ、この案件は、この数週間前に調査依頼が入って日時設定をした後にキャンセルを喰っていた。
住人の都合で、それも、二度も。
だから、今回、調査依頼が入ったとき、少々不愉快に思った。
言葉に出さずとも、その想いは伝わったようで、管理会社の担当者は、
「今度は、留守の場合でもスペアキーを使って入室することを了承してもらっていますから・・・」
と、気マズそうに私に説明。
ただ、三度目の正直、そういうことなら話は変わってくる。
私と担当者は、お互いの都合を合わせて、調査日時を設定した。
調査の日は平日の昼間。
待ち合わせた担当者は、
「度々キャンセルになってすいませんでした・・・キチンと約束を守らない、だらしない人でして・・・」
と、恐縮した面持ちで私にペコリ。
一方の私は、
「どんでもないです・・・○○さん(担当者)のせいじゃありませんから・・・」
と、その時は、かなり気を悪くしたクセに、社交辞令の笑顔をつくって水に流した。
住人は仕事に出ており留守で、玄関は、担当者が持参したスペアキーで開錠。
ドアを開けると、ゴミ部屋特有の異臭がプ~ン。
中を覗くと、その先は、完全なゴミ部屋。
床はゴミで埋め尽くされ、足の踏み場はなし。
我々は、誰もいないはずの部屋に「失礼しま~す」と声を掛け、薄暗い中を、ゴミを踏みながら入室。
玄関の入り口から廊下にかけては、比較、は薄い堆積だったものの、奥に進むにしながって急勾配に。
担当者は、平坦なところでストップ。
“山登り”は私の役目で、そこから先は、私一人で前進した。
私は、ポイント・ポイントのゴミを引っくり返して、ゴミの内容を確認。
食品系ゴミを中心に、日常生活で発生する色々なモノが混合。
下の方は、かなり圧縮された状態で、固く堆積。
結局のところ、部屋の方は山積み状態で、多少の高低凹凸はあったものの、壁の半分くらいの高さまで埋め尽くされていた。
管理会社は、当室がゴミ部屋になっていることを、もう何か月も前から把握。
住人に対し、賃貸借契約で決められた条項、「善良な管理者としての義務」に著しく違反しているため、すみやかに片付けるよう通告。
それを受けた女性から反論はなく、承知した旨の返答。
しかし、それは口だけ。
再三の催促にも返事をするだけで、いつまでも、実際に行動を起こさず。
そんなイタチごっこが続いて堪忍袋の尾を切らした管理会社は、とうとう強制退去を前提として警告。
ここまできて、さすがに慌てたのだろう、女性は降参。
部屋のゴミ撤去は、管理会社主導で算段される手はずとなり、当方が参上することになったのだった。
女性が自発的に動かなかったせいだろうか、一連の契約手続きは、すべて、管理会社が女性を代理するかたちで行われた。
ただ、作業日だけは、女性の休暇日に設定。
ゴミ部屋とはいえ、中には、引っ越し先に持っていくものや大切なものもあるはずで、取捨錯誤を防ぐため、女性の立ち合いが必要だったから。
あらかじめ「捨てない物リスト」を作ってもらいこともできたけど、それでも、こういう部屋では間違いが起こりやすい。
例えば、「きれいな服は捨てない」という要望があったとして、その「きれいor汚い」の判断に困るわけ。
当然、作業上の免責事項として「貴重品・必要品等の取捨錯誤・滅失損傷は免責」と、契約書面に記載はするけど、想定されるトラブルは未然に防ぐに越したことはない。
とにかく、本人がいてくれさえすれば、その辺の問題は起きないのである。
女性について把握していたのは氏名のみ。
顔も歳も知らぬまま、作業の日を迎えた。
その日、約束の時刻に1Fエントランスのインターフォンを押すと、約束通り女性は在宅。
私は、その時に、はじめて女性の声を聞いたのだが、礼儀正しく言葉遣いも丁寧で、抱いた印象は、「聡明な人」。
私は、開けてもらったオートロックをくぐり、女性の部屋へ。
玄関から出てきた女性は、私が想像していたより若く、外見も清楚。
わかりやすく言うと、「とても、ゴミ部屋をつくるような人には見えない」といった雰囲気。
また、「とても、ゴミ部屋に住んでいるようには見えない」清潔感のある服装で、少し驚いてしまった。
ゴミの荷造・梱包作業を担う要員として、二人の女性スタッフを入れたのだが、それだけでは手が足りず、私も室内作業へ。
しかし、女性の心情を察すると、ただでさえゴミ部屋は恥ずかしいだろうに、下着や使用済みの生理用品等、羞恥心を更に刺激するもの混ざっており、気遣いの足りなさを申し訳なく思ったりもした。
だからこそ、好奇心や野次馬根性を言葉や態度にだすのは禁物で、そこは、あえて事務的な物腰で、淡々と作業することを心掛けた。
年齢・学歴・勤務先・・・探るつもりは毛頭なかったのだが、ゴミの中には、女性の素性がわかるものがたくさんあった。
見た目通りで「中年」というには早い年齢、東京の難関私立大学を卒業、そして、TVのCMでも見かけるような某大手企業に勤務。
比べる必要は何もないのだけど、その社会的ポジションは羨ましいかぎり。
私なんか、逆立ちしても入れない世界で生きていた。
一方、生活する部屋はゴミだらけ。
親しい友人や彼氏がいたとしても、とても中に入れることはできない。
となると、そこまで親しく付き合える人はいなかったのか・・・
とにもかくにも、周囲の人間は、女性がゴミ部屋で暮らしているなんて、微塵も想像していなかっただろうと思う。
作業を注文した側・金を払う側とはいえ、自分が溜めたゴミを他人に片付けさせることに後ろめたさがあったのか、はじめ、女性は我々に対して遠慮がち。
したがって、当初の会話は、作業上で必要な最低限のことのみ。
しかし、女性が開き直ってくれたのか、我々と打ち解けることができたのか、作業をすすめるうちに世間話や雑談めいた会話が増えてきた。
こちらから、いちいち質問するより、女性の方から細かな要望を伝えてもらった方が作業は楽で、女性も、遠慮せず要望を言ってくれるように。
それにより、ゴミが掘り返されていく部屋の光景とは真逆に、雰囲気は和やかになり、随分と作業もしやすくなった。
作業を進める上で困難なこともあった。
ゴミ下層は、それほど固くは圧縮されていないと判断していたものが、想像以上に固い層となっていた。
また、ゴミを撤去した後に現れた床の一部、台所床の一部と浴室前の廊下の一部は著しく汚損。
床に固く貼りついたゴミを剥がし掃除するのには、結構な手間を要した。
ただ、内装汚損について、全体的には予想よりはるかに軽症。
居室の方は、ほぼ無キズで、簡単な拭き掃除できれいに。
また、キッチンシンク・トイレ・浴室は、ほどほどに汚れたいたけど、ここもクリーニングで復旧。
「経年劣化」「通常損耗」と言っても充分に通用するくらいきれいになった。
作業が完了して後、私と女性は二人で部屋を確認。
長く悩み続けていたゴミ部屋が片付いたことと、内装が心配していたほど傷んでいなかったことによる安堵感がそうさせたのだろう、女性は、きれいになった部屋を見て安堵の笑顔をみせてくれた。
そして、
「ここまできれいになるなんて思っていませんでした・・・ありがとうございました!」と、嬉しそうに礼を言ってくれた。
私の方も仕事の礼を言いながら、
「余計なお世話かもしれませんけど・・・部屋にゴミを溜めたことがある人は、同じことを繰り返す傾向が強いようですから、引っ越し先では気をつけてくださいね」
と、柔らかく進言。
すると、女性は笑顔を曇らせたかと思うと、急に泣き出してしまった。
「ただ、どうしても片付けられない人っていますから、危ない感じがしてきたら、少量のうちに連絡ください」
「そうすれば、今回のような大事にはなりませんから」
そう言うと、女性は泣き笑いの表情でうなずくように、ペコリペコリと私に頭を下げてくれた。
その嬉しそうな笑顔と理由のある涙は、女性の役に立てた名誉なことにも感じられ、私も嬉しく思った。
人間、誰しも、事情も心情も、本人にしかわからないことはある。
他人には小さなことに見えても、自分にとっては大きな悩みであることも・・・
他人には簡単なことでも、自分にとっては難しく感じられてしまうことも・・・
女性にゴミを溜めさせたのは何か・・・
何が女性にゴミを溜めさせてしまったか・・
女性が抱えている重荷が何であるかわからなかったけど、私は、そこに、他人には決してわかりえない、また、自分でもわからないかもしれない“自分の理由”があることを感じ、ある種の同士的な想いと同情心、そして、応援したい気持ちを抱いたのだった。
種類や強弱は異なるけど、だいたいの人間は、だらしない一面を持っていそう。
「酒にだらしない」「金にだらしない」「異性にだらしない」「時間にだらしない」「身体がだらしない」等々、自らを省みてみると「自分は○○がだらしない」と思い当たることが、一つや二つはあるのではないだろうか。
振り返って見ると、随分と、私もだらしない生き方をしてきた。
自分でも、悲しくなるやら、呆れるやら・・・
自分をぬるま湯に浸けておくことが大好きで、自分に厳しくすることが大嫌い。
「特掃隊長って、自分に厳しくがんばってるんじゃない?」
と思ってくれる人がいるかもしれないけど、実のところ、生きるために仕方なくがんばっているだけ。
能ナシの私は、他に、がんばりようがないだけのこと。
決して、褒められたものではない。
しかし、ある程度のだらしなさは人間味の一つ。
社会や人の迷惑をかけてはいけないけど、いい意味で、皆お互い様、人間の面白さ、社会の潤滑油だったりする。
五十路をとっくに越え、残された月日が少ない私にとっては、今抱えている このだらしなさは、もう、一生の携行品になるだろう。
捨てたくても捨てられないし、今更、捨てなくていいものかも?
誰かに迷惑をかけないよう努めれば、このまま生きていってもいいのかも?
それくらいに開き直れる図太さがあれば、こんなに苦悩しないで済むのかもしれない。
そんなことを考えながら、私は、今夜も酒をあおり、懸命に眠るのである。
明日も、“自分の理由”に抗うために、“自分の理由”に負けないために。
-1989年設立―
日本初の特殊清掃専門会社