副題:ま、いっかと力をぬいて
赤ちゃんとママ社、2012年発行
NHKの育児番組「エデュカチオ」で知った北村年子さんの著書をもう1冊。
育児ストレスを解消する珠玉の言葉がちりばめられています。
「ホームレス・・・」の取材で追いつめられた人間の行動をとことん追求し、かつ、自らの育児経験と照らし合わせて語る口調はやさしく、しかし毅然としていて説得力があります。
数ある育児書の中で、私の今までのバイブルは佐々木正美先生の書籍でしたが、北村年子氏の発言も素晴らしいと感じました。
キーワードは「自分を許すこと」。
これは、育児に限らず、現代人の心の病の根底に共通するテーマだと思いました。
<メモ>
本文からの抜粋集です。
□ 子どもを幸せにしなくちゃと思うより、お母さんがまず幸せになってください。子どもをほめなくちゃという前に、お母さんがまず、自分をほめましょう。
□ 子どもの泣き声にイライラするのは、もしかしたらお母さんの中に「泣けない私」がいるからかもしれません。「私だって泣かないでがんばっているのに!」と、子どもの泣き声を許せないのかもしれません。
お母さんもどうか、自分の心の声に耳をすましてみてください。もしも「泣きたい自分」がいたなら、もうそれ以上がんばらないで、そのまま受け入れ、安心できる場所で、自分を泣かせてあげましょう。
子どもに怒りを感じてしまう気持ちの根っこには、きっとわかって欲しい「つらさ」や「さみしさ」があるはずです。
□ ママの心の安定が、子どもの安心感につながります。
□ (子どもに手を挙げてしまいそうな自分が怖いという相談に対して)
暴力は、怒りの感情の爆発です。大事なのは、その怒り(イライラ)の根っこにある、もっとも素直な一次感情=自分の本当の気持ちを、きちんと受けとめ、理解してあげることです。
子どもを叩いてしまったとき、お母さんの心の奥にどんな感情があったのでしょう。
「私だってこんなにがんばっているじゃない」
「どうしてわかってくれないの?」
そんな怒りがあったなら、さらに、誰に何を、一番言いたいのか? 心の声に耳を傾けてみます。
「もっと私を認めて欲しい」
「ちゃんと話を聞いて欲しい」
本当は子どもに対してではなく、夫や親に言いたいこと、周囲や社会への不満や要求があるからかもしれません。怒りの感情の根っこには、必ずそんな、わかってほしい「つらい気持ち」がかくれています。怒りの爆発を防ぎ、暴力を絶つためには、その「つらい気持ち」を受けとめ、開放してあげることが必要です。
□ (産後うつの相談に対して)
今、心がパンパンになって疲れているお母さんにとって「自分を好きにならなくちゃ」とプラス思考を強いることは、それもまた「無理」な「がんばり」になってしまい、よい方に向きません。
極端に言えば「自分を好きにならねば」と思わなくていい。今はどうしても「好きになれない自分」がいるのであれば、それもありのままに認めて、「受け入れられない自分」も今は仕方ない、受け入れられないんだ、とゆるしてあげてほしい。
つまり、自己否定している自分をも、否定しないこと。それがまた、「自分を肯定すること」になります。今そのままのお母さんで生きていてくださること、それでもう十分、肯定的なことです。
「よいお母さん」でなくていいんです。お子さんにとって、「お母さん」と呼べる唯一無二の存在として、今この世に生きてくださっていること。そんなお母さんは、まぎれもなく、この世にたった一人のかけがえのない存在です。不完全なまま、弱いままでいいから、生きていてください。きっと子どもたちは、自分や他者の「弱さ」を認められる、「真の強さ」をもったやさしい人に育つでしょう。
「誰がなんと言おうと、私は価値のある存在です。私は私で大丈夫。今この自分で大丈夫。」
□ (子育ての毎日に楽しみを見いだせません、という相談に対して)
日本の現代女性のほとんどが、男女平等の理念のもとに育ち、一度は職に就き、社会で働く経験をしています。それまでの職場や社会との接点を失い、家庭と地域だけの生活に生きがいが感じられなくなったりしても当然です。
でも子育ては、これまで知らなかった「新しい世界」との接点でもあります。仕事では得られない発見や体験、職場とはまた違った出会いや人間関係を作っていけるチャンスでもあります。子育てをやらされている、という受け身の考え方ではなく、今、私はこれを選んでいるんだと捉えてください。
また一方で、子育ては人生の有意義なオプションの一つですが、「子育てだけを生きがいにしない私の人生」も、大切に考えていて欲しいと思います。
□ (育児に追われて自分のことができず、進歩がない日々がつらいという相談に対して)
私たちは「働く」ということを、会社に出かけ、賃金労働することだけのように捉えがちですが、この世にひとつの尊い命が生まれ育つ営みに、関わり、働きかけ、影響を及ぼし合う、貴重な子育てという「働き」にも、まさにプライスレスの価値があることを、どうか忘れないでいて欲しいと思います。
□ 私が今、子育て講座やこの本の中で語っていることは、迷いながら育児を手探りでやっていた頃の自分に向かっていってあげたかったことなのだと、と思います。「そうだよね、イライラすることもあるよね。わかるわかる」と共感し、寄り添ってくれるような存在がいたら、もっともっと、子育てが楽になったような気がするのです。
私に必要だったのは、何が正しいかよりも、何が私を幸せにするか、を見つめ直すこと。そしてまちがいだらけの「不完全な自分を許す」ということだったのです。
※ 行間から見えてきた著者の経験;
・12歳の時に父をなくした。父は腎臓病のため働けなくなり、その後、うつ病になり、自ら命を絶った。
・非婚で子どもを生み、パートナーとは別姓で、お互い仕事を持ち、家事・育児を分担しながら子育てをしてきた。
赤ちゃんとママ社、2012年発行
NHKの育児番組「エデュカチオ」で知った北村年子さんの著書をもう1冊。
育児ストレスを解消する珠玉の言葉がちりばめられています。
「ホームレス・・・」の取材で追いつめられた人間の行動をとことん追求し、かつ、自らの育児経験と照らし合わせて語る口調はやさしく、しかし毅然としていて説得力があります。
数ある育児書の中で、私の今までのバイブルは佐々木正美先生の書籍でしたが、北村年子氏の発言も素晴らしいと感じました。
キーワードは「自分を許すこと」。
これは、育児に限らず、現代人の心の病の根底に共通するテーマだと思いました。
<メモ>
本文からの抜粋集です。
□ 子どもを幸せにしなくちゃと思うより、お母さんがまず幸せになってください。子どもをほめなくちゃという前に、お母さんがまず、自分をほめましょう。
□ 子どもの泣き声にイライラするのは、もしかしたらお母さんの中に「泣けない私」がいるからかもしれません。「私だって泣かないでがんばっているのに!」と、子どもの泣き声を許せないのかもしれません。
お母さんもどうか、自分の心の声に耳をすましてみてください。もしも「泣きたい自分」がいたなら、もうそれ以上がんばらないで、そのまま受け入れ、安心できる場所で、自分を泣かせてあげましょう。
子どもに怒りを感じてしまう気持ちの根っこには、きっとわかって欲しい「つらさ」や「さみしさ」があるはずです。
□ ママの心の安定が、子どもの安心感につながります。
□ (子どもに手を挙げてしまいそうな自分が怖いという相談に対して)
暴力は、怒りの感情の爆発です。大事なのは、その怒り(イライラ)の根っこにある、もっとも素直な一次感情=自分の本当の気持ちを、きちんと受けとめ、理解してあげることです。
子どもを叩いてしまったとき、お母さんの心の奥にどんな感情があったのでしょう。
「私だってこんなにがんばっているじゃない」
「どうしてわかってくれないの?」
そんな怒りがあったなら、さらに、誰に何を、一番言いたいのか? 心の声に耳を傾けてみます。
「もっと私を認めて欲しい」
「ちゃんと話を聞いて欲しい」
本当は子どもに対してではなく、夫や親に言いたいこと、周囲や社会への不満や要求があるからかもしれません。怒りの感情の根っこには、必ずそんな、わかってほしい「つらい気持ち」がかくれています。怒りの爆発を防ぎ、暴力を絶つためには、その「つらい気持ち」を受けとめ、開放してあげることが必要です。
□ (産後うつの相談に対して)
今、心がパンパンになって疲れているお母さんにとって「自分を好きにならなくちゃ」とプラス思考を強いることは、それもまた「無理」な「がんばり」になってしまい、よい方に向きません。
極端に言えば「自分を好きにならねば」と思わなくていい。今はどうしても「好きになれない自分」がいるのであれば、それもありのままに認めて、「受け入れられない自分」も今は仕方ない、受け入れられないんだ、とゆるしてあげてほしい。
つまり、自己否定している自分をも、否定しないこと。それがまた、「自分を肯定すること」になります。今そのままのお母さんで生きていてくださること、それでもう十分、肯定的なことです。
「よいお母さん」でなくていいんです。お子さんにとって、「お母さん」と呼べる唯一無二の存在として、今この世に生きてくださっていること。そんなお母さんは、まぎれもなく、この世にたった一人のかけがえのない存在です。不完全なまま、弱いままでいいから、生きていてください。きっと子どもたちは、自分や他者の「弱さ」を認められる、「真の強さ」をもったやさしい人に育つでしょう。
「誰がなんと言おうと、私は価値のある存在です。私は私で大丈夫。今この自分で大丈夫。」
□ (子育ての毎日に楽しみを見いだせません、という相談に対して)
日本の現代女性のほとんどが、男女平等の理念のもとに育ち、一度は職に就き、社会で働く経験をしています。それまでの職場や社会との接点を失い、家庭と地域だけの生活に生きがいが感じられなくなったりしても当然です。
でも子育ては、これまで知らなかった「新しい世界」との接点でもあります。仕事では得られない発見や体験、職場とはまた違った出会いや人間関係を作っていけるチャンスでもあります。子育てをやらされている、という受け身の考え方ではなく、今、私はこれを選んでいるんだと捉えてください。
また一方で、子育ては人生の有意義なオプションの一つですが、「子育てだけを生きがいにしない私の人生」も、大切に考えていて欲しいと思います。
□ (育児に追われて自分のことができず、進歩がない日々がつらいという相談に対して)
私たちは「働く」ということを、会社に出かけ、賃金労働することだけのように捉えがちですが、この世にひとつの尊い命が生まれ育つ営みに、関わり、働きかけ、影響を及ぼし合う、貴重な子育てという「働き」にも、まさにプライスレスの価値があることを、どうか忘れないでいて欲しいと思います。
□ 私が今、子育て講座やこの本の中で語っていることは、迷いながら育児を手探りでやっていた頃の自分に向かっていってあげたかったことなのだと、と思います。「そうだよね、イライラすることもあるよね。わかるわかる」と共感し、寄り添ってくれるような存在がいたら、もっともっと、子育てが楽になったような気がするのです。
私に必要だったのは、何が正しいかよりも、何が私を幸せにするか、を見つめ直すこと。そしてまちがいだらけの「不完全な自分を許す」ということだったのです。
※ 行間から見えてきた著者の経験;
・12歳の時に父をなくした。父は腎臓病のため働けなくなり、その後、うつ病になり、自ら命を絶った。
・非婚で子どもを生み、パートナーとは別姓で、お互い仕事を持ち、家事・育児を分担しながら子育てをしてきた。