“子ども”を取り巻く諸問題

育児・親子・家族・発達障害・・・気になる情報を書き留めました(本棚4)。

起立性調節障害⑤「二次障害としての起立性調節障害」

2023年08月14日 16時24分16秒 | 思春期
起立性調節障害、5つ目の記事は「他の病気の結果として起立性調節障害を発症」を取りあげます。
ここ、大事です。

様々な病気の影響で体調不良に陥れば、
起立性調節障害の診断基準を満たしてしまうことは少なからずあると思われます。
その中の一つに“不登校”も入るかもしれない、と感じています。

以下の記事で紹介されている呉Dr.の解説を読んでみましょう。
例として、
・アトモキセチン服用後のPOTS
・エーラス・ダンロス症候群
・学校不適応〜睡眠障害
・発達障害〜睡眠障害
を挙げ、
「血管弾性特性や心臓弁膜症などの生物学的脆弱性を基盤として、学校不適応を起こしやすい認知・発達特性や睡眠障害が重なることで、起床困難と起立不耐症状を中核とした心身症の表現系となり、それが起立性調節障害という単一病名で説明されているケースがあると考えられる」
「起立性調節障害専門外来を受診した患者の30~40%で神経発達症を認めたとの報告もある」
「さまざまな背景が重なり複雑な病態を呈している可能性に留意すべきだ」
と指摘しています。

まさに私が感じていたことを言語化してくれた感じです。
そうなんです、病院へ紹介しても「起立性調節障害でした」と返事が来ますが、
その先の診療につなげてもらえないことが多いのです。

呉Dr.はこれらを含めて「小児科医が中心となって診療すべきだ」と提言していますが、
現場にいる私からすると、小児科医には荷が重すぎると思います。

▢ 起立性調節障害、留意すべき病態は
 起立性調節障害は、自律神経の不調・破綻により姿勢変換に伴う循環動態の調節障害が生じ、さまざまな症状を呈する疾患である。日本では小児~思春期に好発するため、身体の急激な発育過程で生じると考えられている。近年、認知度の向上に伴い、医療につながる患者が増加している一方、背景にある課題が十分理解されないまま治療が行われるケースも少なくない。東京医科大学小児科・思春期科学分野講師の呉宗憲氏は、二次障害として現れる起立性調節障害の理解や、睡眠障害など併存症への介入の重要性について、第64回日本心身医学会(7月1~2日)で解説した。

◆ アトモキセチン服用後のPOTS
 起立性調節障害は、起立直後性低血圧(INOH)、体位性頻脈症候群(POTS)、血管迷走神経性失神(VVS)、遷延性起立性低血圧(Delayed OH)の4つのサブタイプに分けられる。近年、著明な血圧低下を伴わず心拍数が著しく増加するPOTSの研究が盛んに行われており、著明なノルアドレナリン高値および収縮期血圧の上昇を認めるHyperadrenergic POTSなど、複数の病態の存在が指摘されている。
 呉氏は、二次障害として出現した薬剤性POTSの自験例(14歳男児)を紹介した。症例は運動時の強い動悸、浮動性めまい、顔面蒼白を主訴に来院。5歳時に他院で注意欠陥・多動性障害(ADHD)と診断され、選択的ノルアドレナリン再取り込み阻害薬アトモキセチンを服用していた。起立試験を行ったところ、脈拍数は安静仰臥位の110bpmから起立後は160bpmまで上昇。収縮期血圧は10分後に120mmHgまで上昇し、血中ノルアドレナリン値は2,000pg/mLを超えた。
 ノルアドレナリントランスポーターの遺伝子異常はPOTSの原因となりうること(N Engl J Med 2000; 342: 541-9)、健康人に比べてHyperadrenergic POTS患者は皮膚静脈でのノルアドレナリントランスポーターの発現が少ないとの報告があることから(Circ Arrhythm Electrophysiol 2008; 1: 103-9)、同氏らはアトモキセチンが血中ノルアドレナリン異常高値に影響している可能性を推測。ADHD症状が落ち着いていたことからアトモキセチンを中止したところ、脈拍数は安静仰臥位で70bpmに、起立後は120bpmに改善した。これらを考慮して同氏らは症例をHyperadrenergic POTSと診断し、報告した(Clin Auton Res 2018; 28: 247-249)。

◆ エーラス・ダンロス症候群などに伴う起立性調節障害
 呉氏は、皮膚、関節、血管といった結合組織の脆弱性を特徴とする遺伝性疾患であるエーラス・ダンロス症候群(EDS)などに伴う起立性調節障害の自験例も紹介した。症例4例は中学~高校生で、うち3例が不登校、1例が浪人中であり、3例に自閉症スペクトラム症(ASD)、ADHD、注意欠陥障害(ADD)などの神経発達症を認めた。いずれも発症前の学業成績は優れ、高い目標意識を持っていた。起立試験の結果は3例がPOTS、1例がINOHだった。
・・・
 EDS患者は健康人と比べて脈波伝播速度が有意に遅く、動脈弾性の増加が起立不耐症状と関連することや(Genes 2020; 11: 55)、関節過可動型の思春期年代におけるADHD、ASDの併存率がそれぞれ35~46%、6%であることが報告されている(Neuropsychiatr Dis Treat; 17: 379-388)。
 呉氏は「血管弾性特性や心臓弁膜症などの生物学的脆弱性を基盤として、学校不適応を起こしやすい認知・発達特性や睡眠障害が重なることで、起床困難と起立不耐症状を中核とした心身症の表現系となり、それが起立性調節障害という単一病名で説明されているケースがあると考えられる」と指摘。起立性調節障害専門外来を受診した患者の30~40%で神経発達症を認めたとの報告もあることから(こどもの心とからだ 2019; 27: 476-478)、同氏は「EDSに限らず、さまざまな背景が重なり複雑な病態を呈している可能性に留意すべきだ」と述べた(図)。

図. 起立性調節障害の患者が抱えうる背景
(表、図とも呉宗憲氏発表スライドを基に編集部作成)

◆ 不登校の結果として現れる起立性調節障害
 起立性調節障害患者は、症状として朝の起床困難を呈するケースが多く、不登校につながることも少なくない。しかし、不登校の結果として強い起床困難感という臨床像を来した例や生理学的検査で起立性調節障害の診断基準を満たす例、睡眠障害に伴う起床困難を起立性調節障害として説明されている例もあるという。
 不登校は、身体廃用や水分摂取量の減少を引き起こしやすく、同調因子の喪失により睡眠、覚醒リズムが乱れやすくなる。また、呉氏は「そもそも『起きたい』という気持ちも相対的に減少していると考えるべきかもしれない」と述べた。
 既報では、床上安静を10日間持続した後に起立試験を行ったところ、起立性調節障害を来すことが示されている他(J Appl Physiol 2004; 96: 2179-2186)、睡眠・水分不足はPOTSの危険因子であることも示唆されている(PLoS One 2014; 9: e113625)。同氏は「効果的な治療や関わりのためには、患者や保護者の理解、受け止め方に応じて、時期をみてきちんと病態を区別する必要があるだろう」と訴えた。

◆ 睡眠不足症候群との鑑別に注意
 睡眠不足症候群では、集中力および意欲の低下、疲れやすさ、非協調的態度、攻撃性などが現れることがあるが、こうした認識は患者本人だけでなく医師においても十分とはいえないという。思春期は睡眠・覚醒相が生理的に後退しやすいため、朝の目覚めの悪さは必ずしも病的とはいえないが、極端な睡眠・覚醒相後退障害に対して適切な治療を行う必要がある。
 呉氏は、起床困難と各種不定愁訴で来院した自験例を紹介。3週間の入院治療前後に唾液メラトニンを測定したところ、メラトニン分泌開始時刻(DLMO)とピークの前進が見られ、症状が改善したという。なお、睡眠障害はASD児の40~80%に認められるとの報告があることから(Sleep 2009; 32: 1566-78)、背景課題に目を配ることが重要だという。

◆ 症状の先まで視線を向けることが重要
 以上を踏まえ、呉氏は「患者の疾患名が起立性調節障害なのか睡眠障害なのか、あるいは神経発達症なのかといった議論よりも、これらの身体症状を環境(ストレス負荷・プレッシャーなど)、気分(不安・抑うつなど)、行動(身体廃用・入眠困難の要因など)、特性(身体・認知・発達)が相互に連動した結果の1つとして捉え、『本当の困りごとへの入口』として活用することが重要」と強調した。
 さらに同氏は、小児科の強みとして
①受診ハードルが低い
②つらい身体症状の改善が目的(治療契約を結びやすく、行動変容の動機になりやすい)
③各種検査を通して症状が説明できる(病理の外在化による周囲の理解と仕切り直しの効果)
ことを挙げ、「子供たちの症状のその先にあるさまざまな課題まで目を向け、起立性調節障害の診察に当たってほしい」と呼びかけた。

これらの問題に解決法はあるのか?





起立性調節障害④「海外と違う!日本の起立性調節障害の診療」

2023年08月14日 15時10分43秒 | 思春期
2023年の日本小児心身医学会はWEB配信されたので参加しました。
起立性調節障害はこの学会がメインに扱っています。
つまり医学的に「こころの問題」と捉えている証拠です。

この記事で紹介されている永井Dr.は、
「起立性調節障害は日本では主に心身症、海外では循環器疾患と考えられている」
と言い切っています。
なぜこんなことになってしまったのでしょう?

それは日本の診断基準が原因のようです。
前ブログに書きましたが、診断基準に
「イヤなことを見たり聞いたりすると気分が悪くなる」
という不思議な文章があったり、以下の記事に、
「日本で記載のある“朝の起床困難”の文言が米国のOIやPOTSの診断基準にない」
この2点で病気の質が異なってしまったらしい。

日本は心身症をも起立性調節障害に取り込んでしまったため、
非専門領域を小児科医が担当する羽目になり、
にっちもさっちも動きが取れなくなってしまった印象が拭えません。

それから、アメリカでは「不登校が存在しない」という環境の違いもあります。
どういうことかというと、
・保護者には学齢期の子供を通学させる義務があり、不登校を放置すると法的な罰則が科される
・通学しなくても自宅学習で単位が修得できるホームスクーリングのシステムが存在する
という教育環境の違い。

日本では新型コロナ禍で社会人にはリモートワークが普及し、
学校ではリモート授業も採用され、
不登校の生徒も参加できると一時話題になりましたが、
残念ながら定着はしなかったようですね。

う〜ん、不登校の閉塞状況を突破するチャンスだったかもしれない、残念。


▢ 海外と違う!日本の起立性調節障害の診療〜国際化を目指すポイントを考察
 日本では思春期前後の小児でよく見られる起立性調節障害(OD)。朝の起床困難、めまい、立ちくらみ、倦怠感などの症状を呈するが、中等症~重症例ではしばしば心理社会的因子が関与する心身症と見なされ、不登校の原因の1つともいわれている。しかし、海外では心身症の領域と捉えられることは少なく、循環器系や自律神経系の専門医による診療が一般的だという。国立成育医療研究センター総合診療科診療部長の永井章氏は、第40回日本小児心身医学会(9月23~25日)でODをめぐる日本と海外の違いに焦点を当て、診療の国際化を目指す上で重要となるポイントを考察。「広い視点で海外との差異を学び、認識することは国内におけるOD診療の発展にもつながる」と述べた。
◆ 日本では主に心身症、海外では循環器系疾患
 起立不耐症(OI)は、起立中のめまいや立ちくらみ、倦怠感などの症状を来す起立性低血圧(OH)、体位性頻脈症候群(POTS)、血管迷走神経性失神(VVS)、起立直後性低血圧(INOH)、遅延性起立性低血圧(Delayed OH)などの総称である。日本ではODの呼び名で広く知られているが、永井氏は「端的に言うと米国でODは一般的ではなく、OIがそれに該当する。さらにOIはほぼPOTSを指す」と指摘した。起立時の立ちくらみやめまいなどの症状が頻回に出現し、臥位で改善するという主症状は国内外で共通しているが、特筆すべきは、日本で記載のある「朝の起床困難」の文言が米国のOIやPOTSの診断基準にないことだ。
 日本においてODは小児心身医学領域で最も患者数が多く、現在の診断・診療の手順も日本小児心身医学会によって発展、確立されてきた。ODを心身症としても捉えることで、身体症状を呈する不登校を診療の枠組みに含めているのだ。一方、海外、特に米国においてOIおよびPOTSは、主に循環器系学会や自律神経学会などが研究を進めており、失神を来す循環器系疾患として捉えられている成人の中でも老年期の患者が多く、日本で一般的な起立直後の低血圧に着目する観点も普及していないという。
 近年、OI研究が盛んな中国からもOIをPOTSとVVSに分類するアルゴリズムが発表されており、米国と同様にOIを失神を伴う循環器または自律神経疾患として捉えている様子がうかがわれる。
・・・
◆ 背景に不登校を取り巻く環境の違い
 永井氏は、日本のOD診療における重要なキーワード「不登校」について米国と比較して説明した。米国では州ごとに法律の違いはあるものの、保護者には学齢期の子供を通学させる義務があり、不登校を放置すると法的な罰則が科される加えて、通学しなくても自宅学習で単位が修得できるホームスクーリングのシステムが存在するこうした社会背景から、米国では日本に比べて不登校が生じにくいことが1つのポイントだという。
 また、内科受診においてPOTS患者の75%以上が1回は誤診された経験があるとの報告もあり(J Intern Med2019; 286: 438-448)、米国ではPOTSでさえもcommon deseaseとなっていない状況にあると同氏は考察した。
◆ 日本独自のOD治療が国際貢献にもつながる
 こうした現状を踏まえ、永井氏は「日本発のOD研究は海外で認められにくい」と述べた。ODは症例数の多い疾患だが、小児科医が心身医学として興味を持って研究を始めても、日本のODと海外のOI、POTSとのさまざまな相違によって国際学会での発表や論文掲載のハードルが上がり、研究を断念してしまう懸念があるという。
・・・



起立性調節障害③「朝起きられない起立性調節障害」

2023年08月14日 14時37分40秒 | 思春期
起立性調節障害のブロク、3つ目です。
2つ目と同じく、読売新聞の記事を紹介します。

この記事には「真面目でがんばる子に多い印象」という記載があります。
私も診療していて実感します。
起立性調節障害と診断されて、
いろいろドクターショッピングしたけどよくならなくて、
高校は「登校しなくてよい」定時制へ入学、
するとそこには真面目でおとなしい生徒ばかり、
という話を患者さん本人から聞きました。
心療内科も受診したけど、
薬が合わなくて副作用で苦しみ、
漢方治療を希望して当院を受診、という経緯です。

定時制高校というと、
私の時代(昭和)はやんちゃで普通高校を退学した輩の行くところ、
というイメージでしたが、
現在のまったく違う状況に驚かされました。

1つ目、2つ目の記事紹介で、
・起立性調節障害は自律神経失調
・起立性調節障害と不登校は重なることが多い
・精神的因子(ストレス)対策も必要
であるから、私は生活指導と基本的投薬で改善ない例は、
精神科医+心理士による診療を積極的に導入すべし、
と書きました。
しかし現状は…心療内科へ問い合わせると、
「中学生以下は診療できません」
と断われることが多いのです。

専門家の方々、
こころの問題が不得手な小児科医が抱えてこじれるより、
精神科医へバトンをうまく渡すシステムを作ってもらえませんか?

▢ 朝起きられない「起立性調節障害」 夏は血圧低下や水分不足による症状悪化に注意
 朝起きられず、不登校につながることも多い思春期の病気「起立性調節障害」。単に学校に行きたくないだけだと誤解されて、つらい思いをしている子どもも多いそうです。この病気の発症の仕組みや診療について、東京逓信病院小児科専門外来医師の中澤聡子さんに聞きました。(聞き手・藤田勝)

◆ 思春期に起きる自律神経の機能不全
――どんな病気ですか。
 思春期に起きやすい自律神経の機能不全です。体のどこかに炎症があったり、体をつくる細胞や組織が壊れたり、変化したりなどの異常が起こって症状があらわれる器質的な病気ではありません。思春期に背が伸びて体が大人になっていくのに従い、自律神経やホルモンなどが子どものパターンから大人のパターンに変わっていきますが、その際にずれが生じて発症します。小学校高学年から中学時代に発症することが多く、中学生の10人に1人は起立性調節障害があるといわれています。
――どうして朝起きられないのですか。
 自律神経には交感神経と副交感神経の2種類があり、日中は交感神経の働きが強くなり体を活発にさせ、夜には副交感神経の働きが強くなってゆったりとさせます。この二つの神経がバランスをとりながら身体の調子を整えています。
 立ち上がると血液は下半身に偏り、上半身に流れる血液が減って、いったん血圧が下がりますが、通常はすぐに交感神経が反応して血圧を元に戻します。ところが起立性調節障害の場合、その機能不全のため、特に朝は下がった血圧がなかなか元に戻らず、脳の血流が減るのでクラクラしたり、つらくて起き上がれなかったり、いろいろな症状が出ます。
◆ 夜は元気に「明日は学校行くよ」
――そんな状態では学校に行くのは大変ですね。
 起立性調節障害の症状が重かったり、長引いたりすると不登校になってしまうことも多く、不登校の子どものおよそ3~4割は起立性調節障害だとみられています。
 ただ、朝はしんどくて横になっていますが、昼から夜にかけて元気になることが多いです。だから夜は「明日は行くよ」と言いながら、翌朝また行けないというパターンも多く、この病気を知らない人からは「ただ学校に行きたくないだけなのでは?」と誤解されて、つらさを理解してもらえないことが起こりがちです。
 また学校に行けないことで生活リズムがさらに崩れたり、クラスに入りづらくなったり、勉強がわからなくなったりして、ますます学校に行けなくなる悪循環も起きやすいです。
 そのほか、この病気とは関係ない原因で不登校になり、家から出ず、体を動かさないことなどによって身体機能が低下し、起立性調節障害になってしまうこともあります。
◆ 真面目でがんばる子に多い印象
――こんな子どもに起きやすい、などの傾向はありますか。
 発症した子どもの約半数くらいは素因を持っていると言われ、よく話を聞くと、ご両親のどちらかが若い頃は血圧が低かったとか、朝が弱かったというケースが多いです。そういう子が思春期に勉強や部活なども忙しくなり、親の期待にも応えようと無理してがんばって、いろいろなストレスがかかり発症してしまう。どちらかというと真面目で一生懸命がんばる子が多くて、適度に手を抜ける子は発症頻度が少ない印象です。
 そして、環境やストレスの影響を受けやすいのも特徴です。この病気になったことや理解されないことがストレスになることもあります。また、もともと人間関係などのストレスがあり、不登校になった後でこの病気を発症することもあり、心理的な要因も様々です。
――思春期の病気ということは、成長すれば自然に治りますか。
 軽い場合は数か月で良くなることもありますし、症状が比較的重くても早い段階からしっかりと対応できれば、高校生の終わりぐらいまでには良くなることが多いです。しかし、場合によっては、成人になっても症状が続くこともあります。

◆ 起立後の血圧や脈拍を調べる検査で診断
――どのように診断しますか。
 日本小児心身医学会が作ったガイドラインでは、立ちくらみ、気持ち悪さ、 動悸どうき 、朝起きられない、腹痛、頭痛、だるさなど11項目の症状のうち、三つ以上当てはまるか、二つでも起立性調節障害が強く疑われる場合は、他の病気がないか調べたり、新起立試験という検査をするなど、診断に向かう流れになっています。新起立試験は、10分以上安静で横になった状態から起立したときの、血圧低下からの回復にかかる時間と、10分間の起立中の血圧や脈拍の変化を調べるもので、その結果、起立性調節障害のどれかのタイプに当てはまれば、診断されます。
――どんなタイプがありますか。
 この検査でわかるのは四つあり、起立した直後、ストーンと血圧が下がってなかなか戻らない「起立直後性低血圧」、後半にじわじわと血圧が下がる「 遷延性起立性低血圧」、立っている間は脈拍がすごく増える「体位性頻脈症候群」、失神してしまいそうになる「血管迷走神経性失神」です。また、それ以外に特別な器械を使ってわかるタイプもあります。
◆ まず、早めにかかりつけの小児科へ
――その検査はどこで受けられますか。
 基本的には小児科ですが、この検査を行っている専門的な医療機関は多くなく、何か月も待たないといけないこともあります。まずは、早めにかかりつけの小児科を受診することが大事です。起立性調節障害と思っていても、貧血や甲状腺機能の異常、脳や心臓、おなかの病気などが隠れているかもしれません。全体的な評価をしたうえで、その小児科で診てもらえばいいのか、専門的なところを紹介してもらったほうがいいのか、相談してください。
◆ 水分や塩分、睡眠、運動など生活調整が不可欠
――どんな治療をしますか。
 起立性調節障害は要因がたくさんあるので、時間をかけて問診を行い、どんな症状が起きていて、どんな要因が関係しているのか、本人と一緒に考えていきます。治療としては、血圧や脈拍をコントロールする薬や、頭痛や吐き気などの症状をやわらげるための薬なども必要に応じて使いますが、自律神経の機能を整えるためには生活調整が欠かせません。
 例えば、血圧がストーンと下がらないように頭を下げてゆっくり立ち上がる、水分や塩分をしっかりとる、十分な睡眠をとって早寝早起きを心がける、などです。運動も大事です。下半身の筋力が弱くなると血液が上半身に戻ってきにくくなるので、体調を見ながら少しずつ、散歩でもいいので体を動かすように指導します。ストレスが強い場合はカウンセリングを取り入れることもあります。
 症状が軽くて生活調整だけで良くなる人もいますし、薬を2~3か月服用して元気になる人もいます。重症になるほど治りにくく、何年もかかることもあります。
 周りができることとしては、本人の思いをよく聴いて受け入れることが大切です。そして、本人が自分から治りたいと前向きになってくれることが、回復へとつながっていきます。
◆ 登校しやすい環境をどう作るか
――不登校にはどう対応していますか。
 本人が学校に行きたいのに行けないということなら、登校しやすい環境をどう作るかを考えていきます。診断書を書いて、学校の先生に協力をお願いすることもあります。部活や塾などが忙しく、帰宅時間が遅くなり、どう考えても睡眠不足になってしまうようなら、どのように時間を調整するかを考えます。
 不登校の原因が学校の人間関係にもある場合、最初から学校に行くことを目標にしてしまうと、その子は朝起きてきません。そんな場合は、ひとまず学校のことは考えずに、朝から起きられて、元気でいられるようになることを目指します。
 不登校になると、それだけで「自分はダメだ」と思いこんでしまう真面目な子が多いので、当面、学校に行くのが無理なら、アニメでも音楽でも、何か本人が楽しめることをやって自分を肯定すること、自信を持ってもらうことが大切です。中には、起立性調節障害をきっかけに芸術系の才能が開花した子もいます。
◆ 登校することで好循環が生まれる
――学校側は、この病気のことをよく理解してくれますか。
 以前よりも、起立性調節障害をよくわかってくださる先生は増えました。今は逆に気をつかって「治るまで休んでいていいですよ」と言われたりすることもあるようです。
 でも学校に行かない状態が続くと、体を動かさないので筋肉や骨、心臓や循環器系などの働きも弱くなります。そうすると、ますます起立性調節障害も悪化する悪循環に陥ります。無理やり学校に行かせるのは良くないですが、行き始めると、どんどんいい循環が生まれるので、午後からの登校や別室への登校など少しずつでも行くことができる、ちょうどいい感じの環境を整えることが大事です。また、登校が難しければ、学校以外の居場所を考えることも大切です。
――不登校になると、どうしてもスマートフォンやゲームの時間が増えそうです。
 いきなり取り上げるのではなく、それをしている時間が楽しくてホッとできるなら、とりあえず許容してあげて、寝る前はやめるとか、ある程度、時間を制限するなど、本人も一緒に考えて、納得できる取り決めをするのがいいと思います。
――コロナ禍は、この病気にどのような影響がありましたか。
 新型コロナウイルス感染症の流行で、学校が数か月休校になった時期がありました。この時期は、家にこもって体を動かさないことや友達と会えなかったりすることから、起立性調節障害を発症したり、悪化したりした子が多くいました。ただ、オンライン授業が始まったことで、登校できていなかった子が授業を受けることができて、その後に登校できるようになったり、通学にかかる時間のつらさがないことで少し楽になったりした子もいました。このように、起立性調節障害の子どもたちに様々な影響がありました。
 さらに、新型コロナウイルス感染が自律神経に影響を及ぼすといわれており、これからも注意が必要です。
◆ 夏は血圧低下や水分不足に注意
――夏休みはどんなことに注意して過ごせばいいでしょうか。
 起立性調節障害の子どもは、春先の生活環境が変わるときや、夏の暑い時期、梅雨や台風の低気圧のときなどに症状が悪化しやすいと考えられます。
 暑い夏は自律神経の働きが乱れて血圧が下がりやすく、また、汗をかいて水分不足気味になることなども重なり、悪化しやすくなります。涼しい環境で過ごせるようにすることや、水分を多めにとって体が潤っているようにすることが大切です。


起立性調節障害②「思春期に多い起立性調節障害」

2023年08月14日 14時17分08秒 | 思春期
起立性調節障害の2つ目です。
今度は読売新聞の記事を紹介します。

この記事では不登校との関連に言及しています。
私は、不登校と起立性調節障害の、
どちらが原因で、どちらが結果なのか、という解説を聞きたいです。

不登校児はたいてい、夜遅く寝て朝遅く起きます。
みんなが学校へ行っている時間帯に元気に起きていると、
学校へ行かなければならないからです。
夜遅く寝て朝早く起こされると、
体調不良になるのは当たり前です。
これを“自律神経失調”と名前をつけているだけではないのか?

アメリカでは起立性調節障害は循環器疾患です。
心臓の機能が不十分なので、
立ち上がったときに血圧が上がらず心拍数を増やすことで代償します。
このため、起立試験が陽性になります。
このような典型例では、午後になっても夜になっても体調不良は続きます。

学校がやっている時間帯は調子が悪いけど、
学校が終了した時間帯は調子がよくなる場合は、
登校することに抵抗があるはず。
もちろん、本人も気づいておらず、
「学校へ行くことは危険である」
と身体が自然に反応しているのでしょう。

それには専門外の小児科開業医が抱えるのではなく、
精神科医+心理師の診療を積極的に導入する必要があると思います。

起立性調節障害の解説を読んでいると、
モヤッと感が拭えません。

<ポイント>
・自律神経のバランスが崩れてめまい・立ちくらみが起こる。
・小中学生に多く、遅刻や不登校につながることがある。実際、不登校の児童・生徒の3~4割に起立性調節障害の症状がある。
・治療;
(軽症例)
〈1〉水分を多く取る(1日1・5~2リットル)
〈2〉塩分を多めに取る(1日10~12グラム)
〈3〉30秒以上かけてゆっくり立ち上がる
(中等症以上)
 血圧を上げる薬を服用することも選択枝。
・学校生活:学校の教員にも理解を求め、体育の授業を見学する時は座って休むようにする。
・家庭生活:子どもにプレッシャーをかけず、親子で病気と向き合っていくことが大切(何をすればよいのか書いていない…)。

▢ 思春期に多い起立性調節障害…自律神経の不調が原因
 立ちくらみを起こしやすく、朝起きるのがつらい起立性調節障害(OD)は、思春期に多く、不登校の原因にもなる病気だ。診断がつきにくいうえ、「怠けている」「仮病だ」と誤解されやすいため、苦しんでいる子どもや家族は少なくない。
 ODは、横になった状態から立ち上がる起床時に、症状が出やすい。立ち上がると、血液は重力に従って下半身に移動するが、自律神経の働きで下半身の血管が収縮し、上半身に戻るようになっている。
 ところが、自律神経のバランスが崩れると、このメカニズムがうまく機能しなくなる。脳へ流れる血液が不足し、疲れやすくなったり、めまいを起こしたりする。ひどいと倒れてしまうこともある。
 患者は小中学生に多く、遅刻や不登校につながることもある。実際、不登校の児童・生徒の3~4割にODの症状があるとされる。
 日本小児心身医学会の診療指針では、立ちくらみやめまい、疲れやすさなど11の症状のうち、主に三つ以上当てはまる場合はODを疑う。診断の確定には、他の疾患の可能性を除いたうえで、血圧の変化を調べる「新起立試験」を行う。
 試験では、診察室のベッドに横たわり、血圧計を腕に装着。起立時、低下した血圧が回復するまでの時間を計り、25秒以上かかればODとなる。25秒未満でも心拍数が35以上増えたり、起立して3~10分経過した後、血圧が低下したりするタイプもある。

◆ 精神的ストレスも
 精神的なストレスもODの原因となる。問診で「学校を休むと、症状が軽減する」「気にかかっていることを言われると、症状が悪化する」ことなどがないかを確認。心理的な要因と、身体的な症状の重症度によって治療法を決める。
 全身の血の巡りを良くするため、軽症の場合は、
〈1〉水分を多く取る(1日1・5~2リットル)
〈2〉塩分を多めに取る(1日10~12グラム)
〈3〉30秒以上かけてゆっくり立ち上がる
――といった点に注意することから始める。
 学校の教員にも理解を求め、体育の授業を見学する時は座って休むようにする。
 中等症以上と診断された場合は、血圧を上げる薬を服用する治療もある。
 日本小児心身医学会の認定医で、 東あずま こどもの心とからだのクリニック(神戸市)院長の東佐保子さんは、「治療に数年かかるケースもあるが、焦りは禁物。子どもにプレッシャーをかけず、親子で病気と向き合っていくことが大切だ」と指摘する。

◆ 学校の理解不可欠
 ODは不登校の要因の一つで、授業での配慮も必要になるため、学校側の理解も不可欠だ。
 岡山県教育委員会は今年度、医療と連携した不登校対策を検討する研究会を新たに設置した。この中で、岡山大の医師らと協力し、ODが疑われる児童・生徒への対応を定めた指針や、ODの診断や治療ができる医療機関を示したマップの作成を進めている。
 これらを3月までに完成させ、県内の小中学校と高校に配布する予定だ。県教委の担当者は「すべての教員がODを正しく理解し、児童・生徒らに必要な支援ができるように取り組んでいきたい」としている。


起立性調節障害①「どんな病気?」

2023年08月14日 13時52分46秒 | 思春期
思春期の子どもが体調不良を訴えて来院される例が増えました。
新型コロナ禍の影響を指摘する意見もあります。

私は漢方薬を処方して治療を始めますが、
反応が悪いときは病院へ紹介し、
ベースに病気が隠れていないか検査を受けてもらいます。

すると大抵、
「検査に異常はありません、起立性調節障害の診断基準を満たします」
と診断されて帰ってきます。

起立性調節障害の診断基準は「日本小児心身医学会」が作成しています。
小児科学会ではないのです。
つまり「心」の問題が影響しているのです。
昔から診断基準の以下の一文を不思議に思ってきました。
「イヤなことを見たり聞いたりすると、気分が悪くなる」
これって身体の病気の症状?

アメリカでは起立性調節障害は循環器疾患と捉えているそうです。
こころの問題はなし。
だから、日本とアメリカの治療も異なると思われます。

診療していてふと思うのです。
起立性調節障害って、症状の原因?それとも結果?

起立性調節障害に関する記事をいくつか紹介し、
どう捉えるべきなのか考えてみたいと思います。

まず、起立性調節障害の著作もある石崎裕子医師の解説記事を紹介します。

<ポイント>
・起立性調節障害は自律神経がうまく働かないために起こる。
・血液の循環が悪くなることで、朝起き不良、頭痛、腹痛、立ちくらみ、吐き気などの症状が出る。
・思春期(10〜16歳)に多く、小学生の5%、中学生の10%があてはまる。
・要因として、急激な運動不足、人間関係などのストレス、夜型など生活リズムの変化などが挙げられる。
・治療法は、規則正しい生活、適度な運動、適切な水分補給をすること。
・生活指導で症状が改善されない場合は血圧を上げる薬や点滴治療などもある。
・気持ちが落ち込んだり学校に行きづらいと感じてしまうケースもあるのでカウンセリングを受けたり、学校と保護者などが話し合い病気を理解してもらうことも大切。

と要約しても、捉えどころがありません。
「自律神経異常」を検査で検出する方法はないのでしょうか?
実はあります。
心電図でR-R間隔を測定すると、自律神経の緊張度がわかります。
以前、某学会で「起立性調節障害患者は交感神経芽緊張している例が多い」という発表を聞いたことがあります。
でも不思議なことにこの検査、診断基準に入っていないのです。

▢ 朝起きられない君へ ~起立性調節障害を知って~
(ネットワーク報道部記者・秋元宏美)
2021年8月30日:NHK)より抜粋;
◆ 専門医に聞く、起立性調節障害ってどんな病気?
・・・教えてくれたのは、長年、この病気を研究している関西医科大学総合医療センターの石崎優子医師です。
「起立性調節障害は、血液の循環が悪くなることで、体が重く朝起きられなかったり、頭痛、腹痛、立ちくらみ、それに吐き気などの症状が出る病気です。自律神経がうまく働かなくなることが関係しています」
発症しやすいのは思春期の子どもで、
・身長がぐんぐん伸びる時期
・生理が始まった時期
に多く、主な症状は、
▢ 朝起きられない
▢ 頭痛・腹痛
▢ めまい・立ちくらみ
▢ 吐き気
▢ 夜になると調子がよくなる
などです。
中学生では軽症のケースも含め約1割の子どもにこの病気の症状があると言われているそうです。
要因としては、
・急激な運動不足
・人間関係などのストレス
・夜型など生活リズムの変化
などが挙げられるそうです。

(石崎医師)
「治療法としては規則正しい生活をして、適度な運動、適切な水分補給をすること。症状が改善されない場合は血圧を上げる薬や点滴治療などもあります。
気持ちが落ち込んだり学校に行きづらいと感じてしまうケースもあるのでカウンセリングを受けたり、学校と保護者などが話し合い病気を理解してもらうことも大切です」

最近は症状が長引くケースが増えているそうで、さらにコロナ禍で発症する子どもが増えるおそれもあると警鐘を鳴らします。

(石崎医師)
「適切な治療を受けることで数か月程度で治るケースもありますが、昔に比べると子どもの絶対的な運動量が減っていることや、寝る時間が遅くなり、睡眠時間が短くなっていることなどから、大人になっても症状が続くケースも増えています。
さらに長引く外出自粛で、子どもたちの運動不足や生活リズムの乱れが深刻になっている可能性があります。親子で体を動かしたり、ウォーキングなどを日常的に取り入れたりして、発症のリスクを減らしてほしいと思います」





発達障害とスマホ有効利用

2023年08月14日 06時36分21秒 | 子どもの心の問題
前項目では発達障害はスマホ依存に陥りやすいことを取り上げました。

しかし、スマホを有効利用している発達障害の方もたくさんいらっしゃいます。
医師は発達障害系の人が多い職業ですが、
不注意で予定を忘れることが多い人は、
スマホでスケジュール管理して助かっていると耳にします。

私も忘れものが多い方です。
小学生の時、ランドセルを忘れて登校したことがありました。

スマホの有効利用、という視点から書かれた記事を紹介します。
適切なアプリをうまく利用すれば、
強力なサポートツールになることがわかります。

▢ ADHDの人が直面する5つの「困った!」をスマホで解決する方法

 ADHD(注意欠如・多動症)は、凹んだところがある分、尖った部分もあるとよく言われます。・・・そんな人は、ADHD特有の「困りごと」に直面して悩んでいることが多いと思います。そこで、今回は
「忘れる」
「集中できない」
「優先順位がつけられない」
「先送り」
「金銭管理ができない」
という5つの困りごとにフォーカスして、それらをスマホで簡単にサポートする方法をご紹介します。

◆ 忘れがちで困った!
ADHDの特性のうち、一番困りごととして多いのはこの「忘れる」ではないでしょうか。特に、ある時間にやらなければいけないことをうっかりやらないで過ごしてしまう。そんなときのために、「リマインくん」をお勧めします。
・・・
リマインくんは、LINEの友だちに追加して話しかけるだけで、リマインダーの機能を果たしてくれます。例えば、「今日(2021年11月15日)の17時に鈴木さんに電話したい」と思ったら…。
「鈴木さんに電話」と入力。
「『鈴木さんに電話』だね!覚えたよ!」とリマインくんから返答。
「いつ教えて欲しい?」とリマインくんから質問。
「今日の17時」と入力。
「じゃあ2021年11月15日17時00分に言うね!」とリマインくんから返答。
そして、11月15日の17時には、
「『鈴木さんに電話』の時間だよ!がんばって!」(「がんばって!」の部分はときどき変わります)とリマインくんからメッセージが届きます。
忘れてしまう傾向のある人は、どんなに気を付けても忘れてしまいがちです。そうであれば、忘れる前提でリマインくんに頼りましょう! きっと強い味方になってくれます。

◆ 集中できなくて困った!
集中できないというのも、ADHDによくある特性の一つ。ある物事に取り組もうと思っても、いつのまにか別のことをしてしまうのです。例えば、目の前の会議資料を読んでいる最中に、ふとメールが気になり受信ボックスに目をやってしまう。案の定、新着メールが表示されている。つい、メールを覗いてしまう。会議資料はどこへやら…。
そんなときには、「タイマーアプリ」をお勧めします。お持ちのスマホにプリインストールされているもので構いません。タイマーで集中したい時間を入力してみてください。あまり長く設定しないのが集中できるコツです。一番お勧めの時間設定は、「25分作業+5分休憩」のセットです。この作業と休憩の組み合わせを「ポモドーロ・テクニック」といいます。1990年代に考案された、集中力を最大化させるためのテクニックです。

◆ 優先順位がつけられなくて困った!
ADHDの人の悩みでも1、2位を争うのが、「優先順位がつけられない」です。優先順位のつけ方の基準は色々ありますが、その中でも「誰かとの予定(スケジュール)」は優先されることが多いのではないでしょうか。つまり、まずスケジュールを明確にすることが、優先順位をつける第一歩になります。
これこそ、スマホで手軽に扱えるカレンダーアプリで管理可能ですね。自分の手に馴染むアプリであれば、何でも良いと私は考えます。例えば「Googleカレンダー」などは他人との共有もできて、多くの人に使われています。私は、1カ月の表示に特化した「moca」(iPhone版のみ)というアプリを愛用しています。
日々のやるべきこと(タスク)をこなすためには、優先順位をつけることが大切です。そのためにまずやっておくべきことは、スケジュールの時間を押さえておくこと。それ以外の時間で、自分の作業などといった他のタスクを実行します。そのために、スケジュールはいつも持っているスマホですぐ確認できるようにしておくと便利です。

◆ 先送り癖で困った!
先送り癖に悩んでいるADHDの方は、かなり多いのではないでしょうか。先送り解消には、ズバリ、「タスクの分解」が効果てきめんです。大きなタスクも、小さな手順に分解すれば、手をつけるハードルが下がるからです。
例えば、「報告書の提出」というタスクがあった場合。そのままだと、どのように報告書を作成すればいいか迷います。いったん迷うと「とりあえず寝かしておこう」と先送りをしてしまいがちです。
例えば、報告書の提出
→フォーマット提供を先輩へ依頼
→フォーマットを先輩からもらう
→報告内容をフォーマットに反映
→先輩へ報告書案の確認依頼
→先輩からフィードバック
→フィードバックを報告書案に反映
→報告書を上司へ提出
このように簡単な手順レベルに分解することができれば、手をつけるハードルはずいぶん下がるのではないでしょうか。私は、自分が原作した「タスクペディア」というクラウドツールを利用しています。
タスクペディアは、タスク名を入力して、それを手順に分解し、「次にどんな手順を実行すれば良いか」がタスクごとに列挙されて表示されます。先送り癖がある私でも、簡単な「手順」を次々に完了させていくことで、先送り癖をかなり解消することができました。

◆ 金銭管理ができなくて困った!
最後に、これもまたADHD当事者の方々からよく聞く悩み「金銭管理」への対処法をお伝えします。ご紹介するのは「毎日の予算」(iPhone版のみ)というアプリです。このアプリのお陰で私はお金の入りと出を記録する癖がつきました。
金銭管理をするとき、普通なら日を追うごとにどんどん使える金額が減っていき、増えることはありません。ところがこのアプリは、お金を使わなければ、表示される額が増えるのです。その秘密は、「毎月使える額を設定し、表示されるのはその1日あたりの額」という点にあります。
例えば、1か月30日で30,000円使えるとしたら、初日には「1,000」と表示されます。そのまま何も支出がなければ翌日には「2,000」と表示されます。使わなければ表示される数字が上がるという仕組みです。
この仕組みのおかげで、私は金銭の入りと出の記録を習慣化することができました。

◆ 頑張りに頼らない
このように、スマホのアプリを使うだけで、ADHD当事者の生活の質はかなり向上できる可能性があります。「なるべく気を付ける」や「自分の頑張り」などでどうにかしようとするのではなく、モノに頼ることで確実に対処していく、というアプローチも良いのではないでしょうか。


夏休みと“スマホ依存症”

2023年08月14日 05時56分00秒 | 子どもの心の問題
「スマホ依存症」という言葉をよく耳にするようになりました。
スマホの使い方に関しては、
小児科医の間でも賛否両論です。
「生活に支障が出るほど依存しているのはまずい」
という否定的意見がある一方で、
「発達障害系には欠かせないツール、
 これで助けられる子どもたちもたくさんいる」
というスマホ使用を支持する意見もあります。

新しい便利なツールができれば、
とりあえず使ってみたくなるのが人間の性、
実際に使ってみて、
「これはこんな感じで使うのが自分に合っている」
と落としどころを見つけるのが自然だと思うのですが…
現実にはうまくいかない例が多々ありそうです。

スマホに依存傾向がある子供の場合、
その背景を探ることが大切だと思います。

おそらく、
・リアルワールドで生きづらい子どもがスマホの中に居場所を見つけた
・スマホをストレスの逃げ場にしている
要素が垣間見えると思われます。

最近、外来で2~3歳児がスマホを上手に捜査している光景を目にするようになりました。
お母さんに尋ねると、
「スマホを与えるとおとなしくしてくれるのでつい…」
と反省の色を顔ににじませながら答えます。
これは「スマホの子育ての一部を依頼している」要素があり、
お母さんとしては複雑な気持ちながら、
しかし子どもが騒いでいると周りの大人の視線が痛いので、
つい頼ってしまいがちという現代社会の事情もありそうです。

というわけで、
スマホは現代社会に欠かせないツールになっており、
ポイントは「振り回されるのではなく使いこなす」こと、
それがうまくいかず依存するときは、
その背景を探り解決を図ることが必要、
そしてその背景は様々な事情がケースバイケースで隠れている、
ということになりそうです。

以下の記事は、
夏休みにスマホ依存が助長されることを懸念した内容ですが、
「親が一緒にスマホに参加する」
と、子育てをスマホに依頼している要素を解消しましょう、
もっと時間とエネルギーを使って子育てしましょう、
という提言のように聞こえます。

▢ 子どものスマホ依存からの脱却、専門家「むやみに取り上げない・アプリなど積極活用」
 学校が休みになっている今はゲームやSNS、さらには動画の閲覧などで、子どもたちが長時間、スマホを使ってしまう可能性があります。中には日常生活に支障が出る「依存状態」になってしまうことも。一体どうすればいいのでしょうか。 
 子どものデジタル教育に詳しい愛知淑徳大学の佐藤教授に聞きました。 

Q. 懸念されることって何かありますか?(上坂アナウンサー)
A. 「スマホ依存症という症状があります。心身を損なうような病気になって、通院している方もいる」(愛知淑徳大学人間情報学部 佐藤朝美教授) 
 ”スマホ依存”は日常生活よりスマホを優先し、生活に支障が出ている状態です。 

Q. おうちでお子さんたちの様子を見ながら、こうやってスマホ依存か大丈夫かなっていうのを確認する方法があるということですか?(上坂アナウンサー) A.「調査では子ども向けに8項目で確認をしています」(佐藤教授)
・・・


・・・8項目のうち5項目以上当てはまると、依存が心配されるといいます。 「依存傾向になってしまう子は、調査によれば、現実のリアルな場での悩みやストレスを抱えている傾向が大きいので、そちらを解決しないとスマホを取り上げると逃げ場がない。かえってかわいそうな状況になってしまう場合もあるので、もしスマホ依存の傾向が見られるようであれば、スマホを取り上げる以前にその子が何に悩んでいるのか、何にストレスを感じているのかということにお母様方は注意をしたほうが良いのではないかと思う」(佐藤教授)

◆「デジタルを使う時間をアクティブな方に促す」

 では、子どもが”スマホ依存”の傾向がみられたらどのような対策をとればいいのでしょうか。 「夏休みはお母様方もすごく大変だと思うんですけれども、デジタルを使う時間をアクティブな方に促してあげるといいんじゃないかと思う」(佐藤教授)

◆ アプリを使って子どもの個性を伸ばす方法も
 スマホをむやみに取り上げるのではなく、積極的に活用することで”依存”状態から脱却し、子どもの個性を伸ばす方法もあるといいます。 

Q. 親御さんが提案できるような、楽しくクリエーティビティーを伸ばせるようなアプリだったりサービスがあるんですか?(上坂アナウンサー) 
A.「いろいろあると思います。お話作りができる絵本アプリもある。例えば、パーツを組み合わせてストーリーを作った後に、自分の声を吹き込めたりそれをみんなで見たり、例えばゲームか楽しくて楽しくてしょうがないので、腹を決めてお母さんも一緒にやる。子どもに教えてもらう。そしてその解説動画を『お母さん用に解説動画作って』みたいな促し方もあると思う」(佐藤教授) 「スマホと触れ合える時間というのを逆に使うことで、子どもたちの個性や特徴を生かしてあげる、そういうチャンスにもしかしたら夏休みできるかもしれない。」(上坂アナウンサー) 「この夏はプログラミングにチャレンジしてみようとか、動画編集にチャレンジしてみようとか、そういう目標を決めて、1人でやるとなかなか難しいところもあるので、一緒にやってみるといいのかもしれない」(佐藤教授)



自慰行為はいけないこと、それとも必要なこと?

2023年08月13日 07時11分19秒 | 子どもの心の問題
小児科医である私は昨年(2022年)、「性教育認定講師」という資格を取得しました。
これは日本思春期学会が主催し、一定のレクチャーを受けて試験に合格して与えられる資格です。
一通りのレクチャーを受ける中で衝撃を受けたのが“自慰行為”(=オナニー、マスターベーション)です。
我々の世代は、
「自慰行為はいけないこと」
「隠れてこそこそすること」
というイメージが強かったのですが、
現在は、
「自慰行為は将来の子作りの練習として必要」
「男子には必須科目、女子には選択科目」
と講師の先生が堂々と話すのです。

いや~、驚きました。
「これは思春期男子に伝えなければ」
と早速、こんなブログを書きました。
中高生男子の皆さん、参考にしてください。

さて最近、「自慰行為は人類の進化上必要なこと」という、
これまた衝撃的な記事が目に留まりました。
どんな内容なのか、興味深く読ませていただきました。

<ポイント>
・ヒトを含む霊長類の自慰行為は、少なくとも雄にとっては、生殖の成功率を高める(1)とともに性感染症(STI)への罹患リスクを低減させる(2)効果がある。

1.交配後選択仮説(postcopulatory selection hypothesis);
自慰行為が受精の成功に役立つとするこの仮説は、さらに二つの説に分かれる。
一つ目は、強い雄に交尾を中断される可能性の高い低位の雄にとっては、交尾に至った時点で迅速に射精することが必要である。射精を伴わない自慰により交尾前の興奮を高めておくことは、より迅速な射精につながり、繁殖上、有効な戦術になる可能性があるというもの。
もう一つは、射精を伴う自慰により劣化した精子を排出できるため、交尾には新鮮で質の高い精子を利用でき、これにより、他の雄の精子との競争に打ち勝つ可能性が高くなるというもの。研究グループによると、集めたデータからは、自慰行為が、複数の雄が1匹の雌と交尾するシステム(多雄交尾)とともに進化してきたことが示され、この仮説が裏付けられたとしている。

2.病原体回避仮説(pathogen avoidance hypothesis);
交尾後の自慰による射精は、STIでの主要な感染部位である尿道の洗浄につながるため、交尾後のSTI罹患リスクを下げるのに役立つ。

・メスの自慰行為についてはデータ不足で判断できず。

野生動物では、1年の中で発情期というものが決まっていて、
生まれた子どもが食物を得やすい時期に設定されています。
農耕を始めて保存食を得た人類は発情期を捨て去り、
いつでも性交渉をして子どもを産めるように進化しました。

そこで登場したのが「セックスアピール」と「性交渉時の快感」です。
何とヒト以外の動物では、これがないと読んだことがあります。
確かに授乳期以外で乳房が膨らんでいるサルを見たことはありませんね。
「女性らしい体つき」=「子どもを産めるからだ」が本来の意味なのでしょう。

一方で、神様から与えられた「性交渉時の快感」により、
翻弄される人類が観察されます。

いろいろな社会現象が発生しました。
性産業が広がり、性犯罪というダークサイドも。
プラスとマイナスが入り混じり、
ヒトは「性交渉時の快感」に振り回され、
未だ制御しきれない印象もあります。

ただ、昨今の「草食系男子」の増加を観察すると、
やはり必要なことだったのかなと思ってみたり…。


▢ 自慰行為の進化上の利点とは?
 快楽のための行為と見なされがちな自慰だが、実際には、進化において重要な役割を果たしている可能性があるようだ。ヒトを含む霊長類の自慰行為は、少なくとも雄にとっては、生殖の成功率を高めるとともに性感染症(STI)への罹患リスクを低減させる効果のあることが、英ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)のMatilda Brindle氏らによる研究で示唆された。この研究結果は、「Proceedings of the Royal Society B」6月7日号に掲載された。
 動物界で自慰行為を認めることは珍しいことではない。しかし、この一見すると自己志向型の行為が、個体の生存や繁殖といった進化の点で何らかのメリットをもたらしているのだろうか。現状では、自慰行為は病的な行為である、あるいは高い性的興奮の副産物に過ぎないとする非機能的な仮説がある一方で、自慰行為には適応的な利益があるとする機能的な仮説があるなど、統一見解は得られていない。
 そこでBrindle氏らは、246本の学術論文や150件の調査結果、霊長類学者や動物園の飼育員から得た聞き取り情報など、400近くの情報源を集めた。その上で、これらの包括的なデータを系統比較的な手法と組み合わせて、霊長類の自慰行為の進化の経路や関連要因を検討し、雄と雌の双方において、いつから、また何のために、自慰行為が行われてきたのかについての理解を深めようと試みた。なお、現生の霊長類は、ヒトやゴリラなどの類人猿を含む真猿類とメガネザル科から成る直鼻猿類、キツネザル科とロリス科から成る曲鼻猿類の2つのグループに分類される。
 自慰行為の起源については、合計67属の霊長類の自慰に関するデータを、雄・雌別に、「自慰をする」「自慰をしない」「記録がない」として整理し、この基礎データから、それぞれの属の祖先における自慰行為の有無を推定した。その結果、少なくとも真猿類の祖先がすでに自慰を行っていた可能性が示された。
 では、一見非機能的に見える特性がなぜ進化の過程で生まれ、受け継がれてきたのだろうか。研究グループはいくつかの仮説を立てて検証した。一つ目の仮説は、自慰行為が受精の成功に役立つとする「交配後選択仮説(postcopulatory selection hypothesis)」。この仮説は、さらに二つの説に分かれる。一つ目は、強い雄に交尾を中断される可能性の高い低位の雄にとっては、交尾に至った時点で迅速に射精することが必要である。射精を伴わない自慰により交尾前の興奮を高めておくことは、より迅速な射精につながり、繁殖上、有効な戦術になる可能性があるというもの。もう一つは、射精を伴う自慰により劣化した精子を排出できるため、交尾には新鮮で質の高い精子を利用でき、これにより、他の雄の精子との競争に打ち勝つ可能性が高くなるというもの。研究グループによると、集めたデータからは、自慰行為が、複数の雄が1匹の雌と交尾するシステム(多雄交尾)とともに進化してきたことが示され、この仮説が裏付けられたとしている。
 もう一つの仮説は、交尾後の自慰による射精は、STIでの主要な感染部位である尿道の洗浄につながるため、交尾後のSTI罹患リスクを下げるのに役立つとする「病原体回避仮説(pathogen avoidance hypothesis)」である。研究グループは、霊長類において、雄の自慰行為は病原体の発生と関連しながら進化してきたことが示されたとして、この仮説についてもエビデンスが得られたとしている。
 その一方で、女性の自慰行為の意義については、データ不足のため、明確なことは分からないままであるという。
 Brindle氏は、「これらの結果は、非常に一般的でありながら、ほとんど理解されていない性行動に光を当て、自慰行為の機能に関するわれわれの理解を大きく前進させるのに役立つ」と述べている。

<原著論文>


生きる力は5歳までに決まる~“頭がいい”とはどういうことか?

2023年08月13日 06時12分04秒 | 子どもの心の問題
“早期教育”という言葉があります。
時に肯定的に、時に否定的に語られる分野ですが、
小児科医の私に入ってくる情報は、
どちらかというと“意味がない”という雰囲気があります。

ノーベル賞経済学者ジェームズ・J・ヘックマン(James J. Heckman)氏による、
“早期教育”に対するインタビュー記事が目に留まりました。
別の分野の専門家がどんなことを語るのか、
興味深く読んでみました。

<ポイント>
・早期教育(生後6か月~5歳)の「内部収益率(IRR)」は13.7%と推定され、3~4歳児を対象としていた就学前プログラムによる7~10%よりも大幅に高い。
・ヘックマン氏は、人生でその人なりの成功を収めるうえで、「ケイパビリティ(能力)」を高めることの重要性を指摘している。ケイパビリティ、すなわち『能力』は、人生のさまざまな局面で自ら行動を起こしていく時に必要な、いろいろな能力を指す。すなわちケイパビリティは、スキルだ。言い換えると、人が社会の構造の中で効果的にその『機能』を果たしていける能力だ。われわれが『知性』という時には、特定のタスクに耐え抜く能力も含むが、それも重要な能力の1つだ。
・能力は、IQ(知能指数)で測れるわけではない。IQは知能の一部を測り、抽象的な問題を解く能力を示す。能力は、(経済力など)資源の制約、情報量と周囲からの期待、両親の情報と期待、そして本人の選好、という4つの要因から影響を受ける『非認知スキル』を含む。
・幼少期にきちんと認知・社会的な介入を受けていれば、30代になったときのIQが平均してより高くなり、その後も高いままであり続ける。…影響はIQだけではなかった。より学校の出席率や大学進学率が高く、スキルの必要な仕事に就いている比率も高く、10代で親になっている比率が低かった。犯罪行為に手を染める比率も減った。介入は単にIQだけでなく、誠実さや自己抑制力、すなわち能力も高めていた。
・幼児期の発達において最も収益率が高いのは、不利な立場にある家庭に対して、出生から5歳までのできるだけ早い時期に投資する場合だ。3歳や4歳で始めるのでは遅すぎる。最大の効率と効果を得るには、最初の数年間に集中する必要がある。
・大学入学や進学の遅れにおける格差のほとんどは、初期の家庭要因により決定される。ライフサイクルの後半における補習的または代償的な介入のリターンは低い。
・IQが示すようなテストを解く能力は、人生の諸問題を解決する能力と同じではない。現実に直面する試練は、多くの異なる特徴を併せ持っているからだ。だからこそそこで、IQでは測れない忍耐強さや自己抑制力、誠実さが重要な役割を果たす。高いIQが必ずしもより良い人生をもたらすわけではなく、一番重要なのは『誠実さ』だ。心理学者のアンジェラ・リー・ダックワース氏はこうした力をグリットと呼んだ。
・脳の前頭前皮質は、成熟するのが大変遅い。前頭前皮質は行動を制御し、意思決定をつかさどる部分だ。青少年はここが未成熟でかつ情報不足だから、分別を持った意思決定ができない。一方で発達が遅いゆえに変化の途上にあることから、(青少年に対して)導き、メンタリングをすることで変化を生産的に促すことも可能で、これは私が研究を続けようとしている、とても有望なテーマでもある。子供の発達には2つの生産的なステージがある。幼少期と思春期だ。
・親自身が働いていて思うように働きかけに時間を割けないようであれば、できる限り時間を割きながらも、部分的に何らかの『助っ人』を頼んで、時間不足を補えばいい。かえって親の力量では与えられないような刺激を与えることにもなり、それは本人にも、社会にも良いだろう。

しばらく前にNHKの教育バラエティ番組「チコちゃんに叱られる!」で、
「頭がいいってどういうこと?」
をテーマにしていました。
答えは「周囲の変化に柔軟に対応できること」でした。
わかったようなわからないような・・・
つまり、わかりやすいIQ(知能指数)で評価するものではない、
と言いたかったのかもしれません。

IQは“抽象的な概念を処理する能力”と私はとらえています。
しかし現実の社会生活では、純粋に処理能力だけでは生きていけません。
自分に必要なもの・役に立つものを取捨選択し、
前に進んでいく能力も必要です。

結局、「頭がいい」=「生存競争に勝ち抜く能力」なのではないか、
と思います。

それは、時に残虐かもしれません。
しかし、戦争で生き残った民族は“勝者”なのです。
消え去った人々を「頭がよかった」と評価しても無意味です。


▢ ノーベル賞ヘックマン氏「『生き抜く力』は5歳までに決まる」
広野 彩子:日経ビジネス副編集長(慶応義塾大学特別招聘教授)
2023.7.28:日経ビジネス)より抜粋;

 ノーベル賞経済学者である米シカゴ大学経済学部特別教授のジェームズ・J・ヘックマン氏は長年、幼少期の「教育的な介入」が人生に与える影響について調べる研究に携わってきた。介入を受けた人々の人生を定期的にたどり、ランダム化比較実験(RCT)を用いて因果関係を分析するものである。
・・・
 人生を成功に導く教育的な介入とはどのようなものか。親はどのような気構えで育児に関わればよいのか。大人になって人生の選択を迫られた時、どう生き抜けばいいのか。本稿はそうした問いへのヒントになるに違いない。
・・・
◆「成功するスキルが身に付く環境」とは
計量分析手法を発展させる
・・・
 ヘックマン氏は、「選択性と離散選択に関する計量分析手法を発展させた実績」で2000年、米カリフォルニア大学バークレー校名誉教授のダニエル・L・マクファーデン氏とノーベル経済学賞を共同受賞した。ヘックマン氏の受賞理由としては、計量分析における「選択的サンプル分析に関する理論とメソッドの開発」が挙げられている。とりわけ、「教育、職業訓練や労働市場の分析における一般均衡の重要性などにおいて、政策立案者に新しい洞察を与えている」と評されている。
・・・
◆ スキルを身につけられる環境とは
 ノーベル経済学賞受賞後のヘックマン氏は、子供の早期教育プログラムの研究に携わってきた。・・・早期に認知・社会的な刺激を与えた子供たちが、その後の人生でどのような「結果」を残してきたかを研究した。そのためには、人の成育過程で出合う数多くの影響をすべてコントロールし、1つのプログラムによる影響に特化して分析する必要がある。
 研究に取り組むことになった動機についてヘックマン氏は、「私は、現代経済において人々が成功するためのスキルを身に付けることができる環境に関心がある」と述べている*3。つまり、人が人生で成功するカギの1つが幼児期の刺激にあると考えている様子であり、実際、本稿で紹介する筆者のインタビューでもそれは明白に語っていた。
 ヘックマン氏は2020年、早期教育プログラムで教育を受けた子供たちの人生を30年間追跡した研究を完成させ、共著論文で発表した。子供に対する早期教育プログラムによりもたらされた人的資本による複数の「生涯利益」を測定し集計したのである。その結果、早期教育の「内部収益率(IRR)」を13.7%と推定している。
 内部収益率とは、投資によって見込まれる収益率のことであり、プロジェクト投資や不動産投資でよく耳にする身近な指標である。投資の時間的な価値を考慮した利回りだ。IRR13.7%はかなり高い数字なのではないだろうか。
 この早期教育プログラムは、1970年代から米ノースカロライナ州で実施されてきた「カロライナ・アベセダリアンプロジェクト(ABC)」と「カロライナ・アプローチ・トゥ・レスポンシブ教育(CARE)」の2つである。参加者は生後8カ月からプログラムをスタートし、5歳まで継続的に参加した。参加者の親(主に母親)は無料の保育を受けられたため、母親の雇用と成人教育を促進させる効果もあった。そしてプログラムが終了した後、参加者は30代半ばまで追跡調査をされた。そしてヘックマン氏らはこの2つのプロジェクトの調査結果について、RCT(ランダム化比較実験)による評価に取り組んでいた。
 またこの研究は、後の政策や研究手法に大きな影響をもたらしている。とりわけ、アフリカ系米国人の子供など社会的に不利な集団に実施すれば、社会階層の移動につながると提唱している*4。そしてこのプログラムにより形成される人的資本は、3~4歳児を対象としていた就学前プログラムによる7~10%の内部収益率よりも大幅に内部収益率が高い、としている*5。

◆ 幼児教育への公的介入が格差の改善に
・・・日本では少子化に伴い、未就学児の幼児教育から受験まで、教育産業の囲い込み競争が過熱している。日本の将来を考えるうえで大きなヒントがあるのではないかと考えた。
・・・
 話の中では、アベセダリアンプロジェクトの紹介だけでなく、中学校の数学教師出身である心理学者アンジェラ・ダックワース氏の「グリット(GRIT、やり抜く力*8)」に対する論評や、インタビューの前日、2014年10月7日に開催されたセミナーの会場、慶応義塾大学にちなむ福沢諭吉の言葉の引用までが飛び出し、大変学びの深いインタビューになった。
・・・
 ヘックマン氏らの研究の主たる着眼点は、恵まれない子供を対象としたさまざまな幼児期の介入プログラムを実現すれば、大きな格差緩和につながる可能性があるのではないか、ということである。
 第6章に登場したリスト氏のフィールド実験でも、シカゴハイツで早期から教育的に介入した子供から教育介入のなかった子供への好ましいスピルオーバー、副次的な効果が見られていた。この結果は、ヘックマン氏らの早期の研究により裏付けられていたものである。そのように、回り回って社会階層の移動につながるというメリットも期待できる。厳しい格差社会である米国だからこそ、とりわけ不利な立場にある子供たちに対する早期教育に、より注目が集まるのかもしれない。

◆ 人生を決定付けるのは「ケイパビリティ(能力)」
 ヘックマン氏は、人生でその人なりの成功を収めるうえで、「ケイパビリティ(能力)」を高めることの重要性を指摘している。ケイパビリティはもともと、1998年に「福祉の経済学」における貢献でノーベル経済学賞を受賞したインド・ベンガル地方出身の経済学者、アマルティア・セン米ハーバード大学教授が、より幅広い意味で定義したものだ。
 セン氏は、人の「『ケイパビリティ(能力)』は、心身の特徴のみならず社会的な機会や社会的な影響に依存する」としている*9・10。ヘックマン氏は社会制度よりむしろ、スキルに注目し続けている。
 「ケイパビリティの意味は、セン氏の定義に基づくものだ。ケイパビリティ、すなわち『能力』は、人生のさまざまな局面で自ら行動を起こしていく時に必要な、いろいろな能力を指す。すなわちケイパビリティは、スキルだ。言い換えると、人が社会の構造の中で効果的にその『機能』を果たしていける能力だ。われわれが『知性』という時には、特定のタスクに耐え抜く能力も含むが、それも重要な能力の1つだ。例えば発明家トーマス・エジソンは『天才は1%の才能と99%の努力だ』と言ったが、タスクを継続する能力は、その『努力』に当たる部分だ。(タスク継続につながる)忍耐強さや自己抑制力、そして誠実さは重要な能力だ」
 自己抑制力への働きかけは、第2章のリチャード・セイラー教授が行動経済学から探究し、ノーベル経済学賞を受賞したテーマの1つであった。
 「能力は、IQ(知能指数)で測れるわけではない。能力は、(経済力など)資源の制約、情報量と周囲からの期待、両親の情報と期待、そして本人の選好、という4つの要因から影響を受ける『非認知スキル』を含む
 ではIQは何を測っていると言えるのだろうか。
 「IQは知能の一部を測り、抽象的な問題を解く能力を示す。30歳の人のIQを変えるのはきわめて難しいが、生後3カ月からであれば変えることができる。
 1972年に米国で実施された『カロライナ・アベセダリアンプロジェクト(ABC)』という、平均生後4・4カ月のアフリカ系米国人の、貧しく、家庭に問題を抱えた子供約100人を対象にした研究があった(「概説」参照)。子供たちを2つのグループに分け、一方には介入をせず、一方のグループだけに継続的に、最新の心理学理論に基づいたゲームスタイルの教育的な介入を施した。このグループは5歳まで週に5日、保育施設で一緒に介入を受けた。健康管理や行政のサービスは、介入を受けないグループも同じように提供された。
 幼児期にこうした介入をした人たちの追跡調査を続けてきて分かったことは、幼少期にきちんと認知・社会的な介入を受けていれば、30代になったときのIQが平均してより高くなり、その後も高いままであり続けるということだ。
 さらに重要なのは、影響がIQだけではなかったことだ。より学校の出席率や大学進学率が高く、スキルの必要な仕事に就いている比率も高く、10代で親になっている比率が低かった。犯罪行為に手を染める比率も減った
 つまり介入は単にIQだけでなく、誠実さや自己抑制力、すなわち能力も高めていたということだろうか。もう少し成長してから介入しても効果があるのだろうか。
◆ 人生に一番大切なのは「誠実さ」
 「20代で集中的な教育を施しても、幼児期ほどIQを高めることはできない。とはいえ問題に真剣に取り組む力や周囲とうまくやっていくスキル、やり続けられる持続力などの能力は高められるかもしれない」
 ヘックマン氏は「幼児期の発達において最も収益率が高いのは、不利な立場にある家庭に対して、出生から5歳までのできるだけ早い時期に投資する場合だ。3歳や4歳で始めるのでは遅すぎる。スキルは相互に補完的で、ダイナミックにさらなるスキルを生む。早期に『投資』した人々は、その後もより良い投資をする。最大の効率と効果を得るには、最初の数年間に集中する必要がある」としている*11。
 第6章でリスト氏が、小学生レベルの学力だった高校生の学力を施策により後から引き上げることに対して、否定的なコメントをしていた。ヘックマン氏は「大学入学や進学の遅れにおける格差のほとんどは、初期の家庭要因により決定される。(中略)学校教育や大学進学の格差をなくすために、授業料対策や世帯への所得補填が果たせる役割はごく限られている」、「ライフサイクルの後半における補習的または代償的な介入のリターンは低い」とも分析している*12。リスト氏のコメントは、こうしたエビデンスを反映している。
IQが示すようなテストを解く能力は、人生の諸問題を解決する能力と同じではない。現実に直面する試練は、多くの異なる特徴を併せ持っているからだ。だからこそそこで、IQでは測れない忍耐強さや自己抑制力、誠実さが重要な役割を果たす。高いIQが必ずしもより良い人生をもたらすわけではなく、一番重要なのは『誠実さ』だと私は思う。コンサルティングの仕事を辞めてニューヨークの公立学校で数学を教えた心理学者のアンジェラ・リー・ダックワース氏はこうした力をグリットと呼んだ。人生において重要な特性だと思う」
 5歳までの環境で育て得る特性とは、どのようなものか。
 「人生の最初の数年はとても重要な役割を果たす。幼児期の適切な教育は、能力の基盤を広げるのだ。・・・事実としてとりわけ若者にはこうした『可能性の富』がある。その人が望み、実現し得る最高の機会を、(社会が)きちんと与えることができる。それが私の追究しているテーマなのだ。
 ある人は優れた数学者になれる可能性があるのに、芸術家や金融業者になりたいかもしれない。しかし、そうした本人の最終的な選択は問題ではない。一番人生が開花する可能性があり、自ら望み得る生き方の選択肢をできるだけたくさん与えることはできないだろうか、という話だ。
 若ければ若いほど、さまざまな『能力』をつくることが容易だ。能力は互いに少しずつ積み上がっていく。いったん基礎的なスキルを身に付ければ、次のスキル、またその次のスキル、とスキル向上のためにさらに『投資』していくことが容易になる」
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 ヘックマン氏は、貧富の差を教育の有無に求める考え方には異を唱える。来日講演で訪れた慶応義塾大学にちなみ、創立者・福澤諭吉の言葉を引用しながら次のように述べた。
 「幅広い能力を創るのは、さまざまな要素の『組み合わせ』なのだ。福沢諭吉は、『天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず』、『賢人と愚人との別は学ぶと学ばざるとによりてできるものなり』、『ただ学問を勤めて物事をよく知る者は貴人となり富人となり、無学なる者は貧人となり下人となるなり』などと賢人と愚者、富める者と貧しい者の差を教育に帰していた。(市場に重きを置く)アダム・スミスは福沢諭吉に賛成しただろう。
 (能力の差を)すべて遺伝に帰する考え方もある。確かに、人はそれぞれ、違った素質を持って生まれてくる。だからといって『親からの遺伝、才能がすべてだ』と言うのも考えものだ。結局はこれまで触れたような要素、全部の要因の組み合わせなのである」
 では、どの組み合わせが一番能力に影響するのだろうか。遺伝とどれかだと考える人間も多いのではないだろうか。

◆ 経験を通じて脳の働き方が変化
 「遺伝子も不変ではない。現代の遺伝子学では、たとえ一卵性双生児のDNAであっても、遺伝情報の発現(expression)が異なるとされている。
 つまり、たとえ一卵性双生児で同じ遺伝情報がある場合でも、違う『経験』をした結果、違う発現になるわけだ。これまで考えられていた『遺伝』も、その意味が変わってきたのだ。神経精神医学者のエリック・カンデル米コロンビア大学教授が2000年にノーベル賞を受賞*13したが、彼はその研究で、経験がいかに脳を変化させ得るかを示した。
 カンデル教授は海産巻き貝の一種、アメフラシ目アプリシアを研究した。そしてこのシンプルな動物の探究で、経験を通じて、記憶の形成・保持などをつかさどる脳の働き方が変わったことを実証した。生物の体に『経験』がどのように取り込まれていくのかについては、ますます研究が盛んになっている」
 カンデル氏はアプリシアの慣れ・感化・古典的条件付けという3つの基本的な学習形態に関して、細胞・分子レベルのメカニズムを研究。ある特定の行動は、安定した状態で互いに接続した、独特で判別可能な神経細胞でできた神経回路によって説明できると発見した。学習による行動の変化は、神経回路の変化によってではなく、特定のシナプス結合の強さを調節することでもたらされる。カンデル氏は心理学と分子生物学の手法を融合させ、基本的な認知プロセスの解明を進展させた*14。
 「脳の前頭前皮質は、成熟するのが大変遅い。前頭前皮質は行動を制御し、意思決定をつかさどる部分だ。青少年はここが未成熟でかつ情報不足だから、分別を持った意思決定ができない。一方で発達が遅いゆえに変化の途上にあることから、(青少年に対して)導き、メンタリングをすることで変化を生産的に促すことも可能で、これは私が研究を続けようとしている、とても有望なテーマでもある。子供の発達には2つの生産的なステージがある。幼少期と思春期だ
 ヘックマン氏自身は具体的にどのような実験をしていたのだろうか。
 「3歳から11歳までの子供たちと一緒に研究した。子供たちに毎日来てもらい、課題を与えて、計画・実行させ、最後に仲間と一緒に復習をする実験をした。1日2、3時間、簡単な問題に取り組ませて2年間毎日実施した。追跡調査の結果、この経験がその後の人生において大きなスキル向上につながっていたことが分かった。
 ということは、計画して実行し、友達と一緒に復習することを親がきちんと教えられれば、親と子の関係や付き合い方すらも変わるかもしれない。親は大体子供が思春期になるまで子供のそばにい続ける存在のため、与える影響が最も大きい。親も意識を変える必要がある。子供の人生を実り豊かにするうえで、自分がどれほどの大きな力を持っているか、認識すべきだ」

◆ 質の良い保育所が社会を安定させる
 2014年当時でも日本では共働きが増えてきていた。ヘックマン氏の滞在中、赤林教授はヘックマン氏を東京・台東区の保育園に案内した。保護者と保育士が毎日やりとりする連絡帳のきめ細かい内容など、日本的ともいえるコミュニケーションの方法に大きな関心を寄せている様子だったという。共働きでは、親が子供たちに毎日しっかりやりとりをするのが時間的に困難な場合もある。親にそうした制約がある場合、どうすればよいのか。
 「親自身が働いていて思うように働きかけに時間を割けないようであれば、できる限り時間を割きながらも、部分的に何らかの『助っ人』を頼んで、時間不足を補えばいい。かえって親の力量では与えられないような刺激を与えることにもなり、それは本人にも、社会にも良いだろう。お金は根本的な問題ではない。子供と生産的に向き合わず孤立させるような育て方をしたために、育児に失敗したお金持ちの親は大勢いる。
 紹介した実験のように、幼児期のメンタリングと刺激によって、犯罪を減らし、その子たちの人生を予測可能なものにする可能性がある。スキルアップして大人になった子供たちが稼いだお金は、いくらか税収になって将来政府に戻ってくる。
 またこれまで紹介したような教育効果により、自分の健康にもより気を付けるようになるので、医療費を削減することにつながり、自己抑制する力や誠実さを育て、社会に安定をもたらす。さらに、投票を含めた社会の多くの場面に、より生産的に関わっていくことだろう。
 日本政府だけでなく、世界中の国で、幼児期の人生を担う保育所の質を高めることが今後の社会のためにも大変重要だ。幼児期の刺激は経済成長を促進するだけでなく、政府の負担も軽減することになるのだから」
 日本では社会保障費が増え続けており、増税が絶えず議論されている。例えば格差是正や人的資本の開発のため投資できる十分な資金があるとしたら、どこに投資すべきか。そうした問いに、ヘックマン氏はどう答えるか。

◆「『失われた人々』を『高スキルの人々』に」
 「コストではなく、価値に焦点を置くべきだ。不平等を解決するためのコストは、経済的・社会的・政治的な観点からするととても困難に思えるかもしれない。だが、実績ある支援プログラムに賢く投資すれば、それは個人の成功につながるだけにとどまらない。社会にとってのより良い経済的・社会的な成果がもたらされる、という大きな見返りがあることを、念頭に置くべきだ*15。日本は、『失われた人々』をよりスキルの高い人々に置き換えていけば、人口減にも対応できるのではないか」
 また2016年2月にヘックマン氏は講演で、人の認知能力と性格を、生後から就学までの間、大学教育、そして職業トレーニングで磨くべきだとも強調している*16。人的資本には長期的なリターンがあるとの考えに立てば、子供から大人まで、あらゆる現役世代に対する人的資本への投資が、将来の労働者確保のためだけでなく、格差緩和や国家財政の健全化のためにも重要と言えるだろう。