清見糺鑑賞20 鎌倉なぎさの会 鹿取未放
133 ほととぎす夢かとぞ聞く神護寺へつづくほそ道くまざさの道
「かりん」98年10月号
嵐山から清滝川を遡って神護寺まで歩くことができる。清滝川に沿ってなだらかに続く道は、やがて山の中の熊笹の生い茂るあるかなきかの細道となる。かれこれ四時間近くの道のりで、この道をたどる人は皆さん熊除けの鈴をぶらさげている。ほとほと疲れて道をたどっていると、ほととぎすの鳴き声が聞こえたのであろう。
「ほととぎす夢かとぞ聞く」は、近藤朔風作詞の唱歌「ほととぎす」の「一声いずこ鳴くほととぎす……夢かとばかり尚も行けば……」あたりがかそかな下敷きになっているのだろう。
ちなみに与謝野晶子は清滝とほととぎすを詠った下記の秀歌を『みだれ髪』に残している。馬場あき子は『与謝野晶子論』で、この歌を「速度感のある新鮮なタッチ」「『枕草子』などの『をかし』の世界に通う花やかな趣があるのが、古雅を含んで古風におちない」等と筆を尽くして褒めている。
ほととぎす嵯峨へは一里京へ三里水の清(きよ)滝(たき)夜の明けやすき
133 ほととぎす夢かとぞ聞く神護寺へつづくほそ道くまざさの道
「かりん」98年10月号
嵐山から清滝川を遡って神護寺まで歩くことができる。清滝川に沿ってなだらかに続く道は、やがて山の中の熊笹の生い茂るあるかなきかの細道となる。かれこれ四時間近くの道のりで、この道をたどる人は皆さん熊除けの鈴をぶらさげている。ほとほと疲れて道をたどっていると、ほととぎすの鳴き声が聞こえたのであろう。
「ほととぎす夢かとぞ聞く」は、近藤朔風作詞の唱歌「ほととぎす」の「一声いずこ鳴くほととぎす……夢かとばかり尚も行けば……」あたりがかそかな下敷きになっているのだろう。
ちなみに与謝野晶子は清滝とほととぎすを詠った下記の秀歌を『みだれ髪』に残している。馬場あき子は『与謝野晶子論』で、この歌を「速度感のある新鮮なタッチ」「『枕草子』などの『をかし』の世界に通う花やかな趣があるのが、古雅を含んで古風におちない」等と筆を尽くして褒めている。
ほととぎす嵯峨へは一里京へ三里水の清(きよ)滝(たき)夜の明けやすき