2023年版渡辺松男研究⑨(13年10月)
【からーん】『寒気氾濫』(1997年)33頁~
参加者:崎尾廣子、鈴木良明、曽我亮子、渡部慧子、鹿取未放
レポーター 鈴木 良明 司会と記録:鹿取 未放
74 「いかなくちゃいかなくては」と歌う声虹消ゆるごとく行ききりうるや
(レポート)
ある特定の場所に「行く」場合は、その場所に着くことが目的であるから、到達したときに「行ききった」といえる。ところが、「行く」が手段で、目的が別にある時には、「行ききった」という感慨は生まれにくい。この歌は井上陽水の「傘がない」(72年)だと思うが、「行かなくちゃ君に逢いに行かなくちゃ」「君の街に行かなくちゃ」「君の家に行かなくちゃ」と続くのである。この場合には、行けば目的を達したことにならず、君に逢って愛を伝えるなど、その先の目的を果たして「行ききった」になるのである。ましてこの歌は、「雨にぬれて行かなくちゃ 傘がない」で終わっており、それでなくとも「行ききること」はほとんど絶望的なのである。「いかなくちゃ」と繰り返される歌の違和感から、この短歌が生まれたのだろう。(鈴木)
(当日意見)
★ただ、どこへ行ききるのでしょうね。79番歌(空間へ踏みいりて出られなくなりし
一世(ひとよ)にてあらん 紙を切る音)の歌のように「空間へ踏みいりて出られな
くなりし」場所からどこかへ出ていくんでしょうかね。(鹿取)
★鹿取さんが言うようにもっと大きい話かもしれないと思う。ただ大きいものであると
いう手がかりが全然ないので、まずはこういう解釈で仕方ないのかなと。(鈴木)
★「虹消ゆるごとく」だから79番歌よりもう少し小さいところかもしれないなと。も
ちろん大きい、小さいって空間とか距離だけの問題じゃないんだけど。行ききる先は
未知の異空間か何かで、少なくとも東京とか横浜とか現実の土地ではない。(鹿取)
★行くということにはこだわっているんだよね。行ききるというからにはやっぱり目的
があるわけだけど。難しいなあ。(鈴木)
★「いかなくちゃいかなくては」は、ひょっとしたら光の向こう側じゃないかしら。
(慧子)
★そうかもしれないですね。いや、きっとそうなんでしょうね。「行きき」るんだから
戻ってこれない場所なんですね。(鹿取)
◆◆番外編
★ときどき、自歌自注してほしいと思う歌があるわね。(鹿取)
★私は自歌自注はいらない。歌だけでいいんです、私は。こっちが読むんだから。作者
が違うよって言っても、読むのはこっちだから。(鈴木)
★うーん、渡辺さんのことではないけど、自分の解釈の方が作者の説明よりいいのにと
思うことはあるわね。(鹿取)
★もう作者の手は離れているんだから。どう読まれようと作者は口を出すべきではな
い。渡辺さんが考えていることが何か、聞きたいんじゃないんだもの。(鈴木)
★まあ、おおむねそうなんだけど、ケースバイケースで。読み手の自由と言っても恣
意的な読みはまずいし。たとえば分かりやすい例でいうと、本歌取りなのに読み手
が全然気がついてないと可愛そうだな、きちんと芸をみてあげてよとか、第三者と
して思うことが時々あるもの。だから自分がいい読み手になるには努力がいるし、
いつも読み切れていない、全然届いていないなって感じる。それこそ私には常に不
全感がある。(鹿取)
【からーん】『寒気氾濫』(1997年)33頁~
参加者:崎尾廣子、鈴木良明、曽我亮子、渡部慧子、鹿取未放
レポーター 鈴木 良明 司会と記録:鹿取 未放
74 「いかなくちゃいかなくては」と歌う声虹消ゆるごとく行ききりうるや
(レポート)
ある特定の場所に「行く」場合は、その場所に着くことが目的であるから、到達したときに「行ききった」といえる。ところが、「行く」が手段で、目的が別にある時には、「行ききった」という感慨は生まれにくい。この歌は井上陽水の「傘がない」(72年)だと思うが、「行かなくちゃ君に逢いに行かなくちゃ」「君の街に行かなくちゃ」「君の家に行かなくちゃ」と続くのである。この場合には、行けば目的を達したことにならず、君に逢って愛を伝えるなど、その先の目的を果たして「行ききった」になるのである。ましてこの歌は、「雨にぬれて行かなくちゃ 傘がない」で終わっており、それでなくとも「行ききること」はほとんど絶望的なのである。「いかなくちゃ」と繰り返される歌の違和感から、この短歌が生まれたのだろう。(鈴木)
(当日意見)
★ただ、どこへ行ききるのでしょうね。79番歌(空間へ踏みいりて出られなくなりし
一世(ひとよ)にてあらん 紙を切る音)の歌のように「空間へ踏みいりて出られな
くなりし」場所からどこかへ出ていくんでしょうかね。(鹿取)
★鹿取さんが言うようにもっと大きい話かもしれないと思う。ただ大きいものであると
いう手がかりが全然ないので、まずはこういう解釈で仕方ないのかなと。(鈴木)
★「虹消ゆるごとく」だから79番歌よりもう少し小さいところかもしれないなと。も
ちろん大きい、小さいって空間とか距離だけの問題じゃないんだけど。行ききる先は
未知の異空間か何かで、少なくとも東京とか横浜とか現実の土地ではない。(鹿取)
★行くということにはこだわっているんだよね。行ききるというからにはやっぱり目的
があるわけだけど。難しいなあ。(鈴木)
★「いかなくちゃいかなくては」は、ひょっとしたら光の向こう側じゃないかしら。
(慧子)
★そうかもしれないですね。いや、きっとそうなんでしょうね。「行きき」るんだから
戻ってこれない場所なんですね。(鹿取)
◆◆番外編
★ときどき、自歌自注してほしいと思う歌があるわね。(鹿取)
★私は自歌自注はいらない。歌だけでいいんです、私は。こっちが読むんだから。作者
が違うよって言っても、読むのはこっちだから。(鈴木)
★うーん、渡辺さんのことではないけど、自分の解釈の方が作者の説明よりいいのにと
思うことはあるわね。(鹿取)
★もう作者の手は離れているんだから。どう読まれようと作者は口を出すべきではな
い。渡辺さんが考えていることが何か、聞きたいんじゃないんだもの。(鈴木)
★まあ、おおむねそうなんだけど、ケースバイケースで。読み手の自由と言っても恣
意的な読みはまずいし。たとえば分かりやすい例でいうと、本歌取りなのに読み手
が全然気がついてないと可愛そうだな、きちんと芸をみてあげてよとか、第三者と
して思うことが時々あるもの。だから自分がいい読み手になるには努力がいるし、
いつも読み切れていない、全然届いていないなって感じる。それこそ私には常に不
全感がある。(鹿取)