まずは13日。大人の休日パスとは別に上越線のEF55の営業運転の撮影に出かけました。今回の運転でどうしても撮りたい場所があったので、昼過ぎに職場に用があったのにもかかわらず、終わると同時に会社を出て上越新幹線で高崎へ。さして上越線で敷島へ向かいました。滞在時間は1時間弱でしたが納得良く撮影が出来てゆっくり帰ると横浜の自宅に着いたのが21時過ぎ。さらに遅い夕食を済ませて床に着いたのが0時少し前でした。
そして今朝(14日)の4時に目覚ましが鳴ります。疲れていたのでしょうか意識はあったものの何故か目覚ましを止め20分後に目覚ましを再設定して寝てしまいました。そんな事をするものだから、予定した列車には乗り遅れてしまいました。さて、困りました。予定の列車に乗らないと計画していた上越新幹線に乗れません。自分が悪いのですが今日の予定が台無しです。最寄り駅よりとりあえず東京駅に向かう1本遅い列車に乗車し、車内で時刻表を調べると乗れた列車が東京駅着06:09で、ひとつの候補に上がっていた“つばさ101”なら途中から乗れそうな事に気づきました。しかし“つばさ101”が東京駅発が06:12。走れば間に合うか?東京駅地下駅から東北・上越新幹線へはだいぶ距離があります。
東京駅到着と同時に上越新幹線ホームまで走る!走る!…と言っても50歳を越えた身です。地下ホームから最初のエレベーターは駆け上がったものの途中からのエスカレーターの途中から息切れして後は急ぎ歩き程度で新幹線ホームへ向かいます。
新幹線ホームに上がると発車ベルが鳴っていました。“乗ります!待ってください!”と叫びます。こう言う場合は乗る意思をはっきりする事。そのときに“待ってろ!”等の乱暴な言葉は使わない事が鉄則です。助役は私が乗るのを確かめて客終合図をし、ドアが閉まりました。しかし車内に入ってからが大変です。息が…息が…しばらくかがん息を整えていました。かつては重いカメラバックに三脚を担いで走り回ったこともありましたが、もうそんな事は昔の語り草になってしまいました。
上野を出てしばらくして息が落ち着いてから自由席へ移動します。自由席は日曜日の早朝のためでしょうかガラガラでした。久々の全力疾走でしたので喉がカラカラで車内販売が来たら迷わずビールを飲み干してしまいました。
東京は雨でした。福島まで低い雲が立ち込めて、暗い東北を暗示しているようです。福島から“つばさ101”は在来線特急となります。とたんに速度は落ち、アコモデーションした485系みたいになります。福島を出るすぐにデッキに立ちました。既に廃止となって久しい福島機関区の跡地がどうなっているか見たかったからです。若い頃、福島機関区へ出向いてED71やEF71あるいはED78を眺めた思い出が蘇ります。福島機関区跡地は宅地化されまさに販売されている真っ最中でした。国府津機関区跡地も宅地化され、今はその形跡もありませんが、この福島機関区跡地もいずれは形跡もなくなってしまうのでしょう。
庭坂駅からはいよいよ峠越えです。峠駅あたりから雨は雪景色となりました。時には吹雪になり冬本番を感じます。
”つばさ101”の車内から見た板谷峠です。たぶん大沢付近だと思います。 Canon A570
赤湯駅で“つばさ101”を降り、山形鉄道で今泉に向かいます。これなら当初の予定だった米坂線3822Dに短区間ながら乗ることが出来ます。今泉駅では乗換時間があるので待合室で時間をつぶします。最近は合理化の余波で無人駅が多くなり寒い待合室が多くなりましたがこの駅は駅員がいて待合室はストーブが炊かれ暑いくらいでした。
最近は仕事で四六時中時間に追われているので1時間以上何もしないで待合室にいるのも、飽きることなくあっという間のすばらしい時間に感じました。
今泉駅から予定通りの米坂線の3822Dに乗ります。短い間でしたが国鉄型気動車に乗れて満足です。ただエンジンが更新されているので加速があまりにも良く風情がないとも言えますが、乗り心地はなかなかでした。
米沢駅に到着した3822D。乗客の半分は鉄ちゃんといった感じでした。すぐさま撮影会状態になっていました。 Caanon A570
終着駅の米沢駅でスナップ写真を撮り、米沢駅13:10発の福島行の434Mに乗ります。実は“つばさ101”の車内から見た板谷峠の美しさに魅了され、峠の区間のどの駅でも良いから行ってみたくなりました。時刻表を見ると大沢駅なら降りると7分後に下り441Mが来ます。短い間ですが、とにかく行ってみる事にしました。しかし、福島-米沢間の普通列車が少なくなったことに驚かされます。以前からけして本数は多くない区間でしたが、今日改めて時刻表を見て唖然としてしまいました。
峠は来るときとは打って変わって天候が回復し山々の谷間には太陽が差し込んできています。大沢駅では当然のように下車したのは私だけでした。この駅は高校生時代にEF71+キハ181系を撮りに来て以来30年ぶりです。当時はスイッチバックの駅で駅員さんも二人居ました。今は無人駅で本線にホームがあり、さらに時間もないのでスノーシェットの中から出ることは出来ず当時を懐かしむ事も出来ませんでした。ただ思い出すのは30数年前、撮影が終わり帰りの列車まで薄暗い待合室にいると駅の人が呼んでくれて駅事務室で暖かいお茶を出してくれたことです。当時の国鉄の暖かさを懐かしく思い出してしまいました。
米沢に再び戻ると太陽がまぶしいくらい天候が回復していました。ただ冬の太陽ですのでかなり傾いていて撮影には”時既に遅し”でした。致し方なく立ち食いそばを食べてから米沢駅14:49発の山形行に乗り、仙山線経由で宿泊地の仙台に向かいました。
30数年ぶりに訪れた大沢駅です。かつてはスイッチバックでしたので本線に出来たホーム上からは当時をうかがい知る事は短い時間では出来ませんでした。 Canon A570
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