新説百物語巻之三
4、猿 蛸を取りし事
2021.12
大阪に箔や嘉兵衛と言う人がいた。
毎年、西国へ商いに下っていた。
又、ある年、いつもの通り西国ヘ下ったが、途中で、安芸の宮島へ参詣をしようと、舟に乗った。
宮島の三里ばかり手前で、
その船の船頭が、こう言った。
「さてさて、皆さんは、運がよいですね。
めづらしい事をお見せしましょう。
半町ばかり向こうの岩の上に一匹の猿が座っています。
よくよく目をとめて見て下さい。
猿が蛸を取る様子です。
稀には見られる事もありますが、大変珍しいことです。」と。
船をとめて船中の客が見守っていると、その一匹の猿のうしろに数多くの猿が集まって、一匹のさるを後ろから抱えていた。
その時、海中より何やら白い物がひらひらと出ては海中に入り、又入っては出るを繰り返していた。
終にその白いものが猿の首に巻き付いた。
その時。多くの猿どもが力を合わせ、一匹の猿を引き上げると、海中の白いのも一緒に引き上げられた。
大きな蛸であった。
その後、多くの猿どもが、その蛸を食いちぎって、ばらばらにした。
先頭にいた一匹の猿は、殊の外くたびれた様子で、砂の上にふせっていた。
他の猿どもが集まって、取った蛸をかみ切って、先ず大きな足を一本ふせっている猿の枕もとに置いた。
蛸の頭を小さく食い切り、一匹ずつ分けて食べ、声をあげながら山手の方へ逃げ帰っていった。
その後に、ふせっていた猿は、やっと起き上がり、蛸のあしにも目もかけずに、茫然としていた。
少ししてから、蛸の足を手に持って、ひょろひょろと静かに歩き、他の猿達が帰っていった道に戻っていった。
最近の事であると、嘉兵衛が自ら語った事である。
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