新説百物語巻三 6
2022.4
6.狐笙を借りし事
下京に何之介とか言う人がいた。
根っからの、好奇人(すきびと)で音楽に詳しく、殊更に笙(しょう)をよく吹いていた。
ある時、彼と同じような年齢の若い男が来て、
「私も、笙を吹きますが、あなた様の笙の音色があまりにすばらしいので、毎日、表にただずんで聞いておりました。これからは、心安くおつきあいさせて下さい。」と言った。
彼も音楽が好きであったので、
「それでは、今後は、心やすくおいで下さい。」と答えた。
それから、毎日毎日来た。
彼も笙を持って来て、だがいに吹いた。
「私は、九条辺(あたり)のもので、宮野左近と申します。」と言った。
その後に、一両日も過ぎて、
「あなた様の御笛は、殊の外よい御笛でございますね。なにとぞ、一両日御かし下さい。その替りに、私の所持している笛を置いて帰るます。」と所望した。
彼の男は、
「それでは、御かしいたしましょう。」と答えて、たがいに取りかえて、貸した。
その後、四五日たったが左近は来なかった。
一月たっても来なかったので、さては病気でもなったのだろうか?心配なことだ。
いざ行って尋ねてみようと思って、九条に到った。
近辺の百姓の家に行って、宮野左近の家を尋ねたところ、
「その様な人は聞いたことがありません。この野のはづれに宮野左近狐という祠(ほこら)ならあります。おかしな事を尋ねる人だな。」と笑われた。
彼の男は、不思議に思いながらその祠(ほこら)に到って、様子をくわしく近所のものにたづねた。
すると、
「前の月の末より、夜がふけると、この神社の近所から、何やら笛の音が毎夜聞こえて来ました。しかし、最近は其の音も止んで、ほこらの前に笙の笛というのが置かれていて、一匹の狐が死んでいました。
それで、近所の寺に葬りました。その笙というのも、その其寺へ納めました。」と語った。
彼の男も思わず涙をながし、泣く泣く、その寺へ到った。
そして、これまでのいきさつを語って、その笙を見せてもらった。
すると、成程、先日かした笙(しょう)であった。
それで、その笙を寺へ上げて、取りかえた我が手元にある笙を小狐と名づけて、秘蔵した、とのことである。
延享(1744~1748)の頃の話であるそうだ。
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