翌日、6月25日は夜勤だった。その明けとなる26日朝6時、勤務が終わるや否や僕は事務所の防犯ビデオと睨み合っていた。僅か4日後に控えたカピバラとの午後勤で、やるべき作業を全て終わらせるのが最終目標であり、その達成の為に慣れているスタッフのやり方を盗むという考え方は決して不自然ではなかった。Tは1年以上在籍するベテランスタッフであり、その彼が僕に「出来ていない」との評価を下すのは、出来ているスタッフが居るからこその相対評価。ならば出来ているスタッフの動きを見てみよう。Tと同じく1年以上のベテランであるUと、新人のカピバラが組んだ唯一の日、6月23日の13時から17時までのアーカイブを呼び出す。相方の条件はフェアであり、相方の使い方も含め僕とUの違いが如実に現れるのはこの日しか無いと踏んだ。32倍速で再生しながら、気になった部分のみを1~2倍速で観察し、余す事無くメモをとる。A4用紙3枚にも及んだそのメモをとる最中に僕は鳥肌が立つ事になる。
「 そ の 発 想 は 無 か っ た わ 」
それは煙草の品出しだった。説明が少し難しいが、煙草を10箱まとめてラッピングしたものを“カートン”という前提を頭に入れて良く読んで欲しい。カートンの状態を脳内で具現化出来ない方は、ググるかコンビニに行って実際に見ていただきたい。煙草はカートンの状態で100~200カートン納品される。カートンを保管する棚は売場とバックヤードの2箇所にあり、納品された煙草は(1)まず売場の保管棚に入れ、売場に入りきらないカートンのみバックヤードに運ばれ、それらを(2)バックヤードの棚に入れる。後者(2)の作業は最悪、夕勤の時間でも可能なのだ。ならば前者(1)、売場の保管棚に入れる作業だけでも午後勤のうちに終わらせれば良いのだ。
そして重要なのはここから。極端な話だが、その売場の保管棚が15時の時点で満杯だとしよう。その場合、(1)の作業はやりたくても出来ない。入れる場所が無いのだから。つまり、同時刻に納品された煙草はそのまま全部バックヤードに持っていくだけ。これほど早い作業は無い。ならばその状態に少しでも近づけるべく、15時までにバックヤードに保管されたカートンを売場の保管棚へ移動し、売場の保管棚を埋めていけば良いのだ。
その作業をUは当たり前のようにしていたのだ。無論、売場の棚を100%満杯には出来ないが、(1)の作業時間は大幅に削減されていた。これだけでも鳥肌ものであり、3時間もかけて映像を研究した意味は確かにあった。
だが時すでに朝9時。ある事情により大幅な早出で前日17時からずっと店にいずっぱりの僕の疲労はピークに達していた。それでもまだ帰れない。今度は売場のカートン保管棚に行き、どこにどの銘柄が入るのかをメモする。それは後にパソコンで綺麗に清書される事となる。それを見ながら煙草の品出しをすれば作業効率は更に上がる事は間違いなかった。10時頃にやっと終わり、まさかの17時間拘束の末に僕は退勤した。
この日はただの明け休みに過ぎず、翌27日には普通に日勤として勤務せざるを得なかった。この日の夕勤は僕を含め3人。3人も居るなら一人ぐらいデータをとっても構わないだろう。僕はお客様の少ない時間帯を見計らってパンと惣菜の売場へ行き、それぞれの配置をメモした。これはセンター便対策である。16時に納品されるセンター便にはおにぎり、弁当、パン、サンドイッチ、パスタ、惣菜等が含まれ、中でも配置が明確に決められているのはパンと惣菜なのだ。
この日は勤務が終わっても家に帰らず、職場近くの漫画喫茶で一夜を過ごした。そこでエクセルを開き、今度は揚げ物の管理表をコピーしたものを表にまとめる。過去4回の土曜日(6月2日、9日、16日、23日)の午後勤(13時~17時)において、何時にどの揚げ物をいくつ揚げているのか、その平均的なデータを導き出す事に成功した。そして、今まで取ってきた膨大な量のデータを元に、決戦の日に僕とカピバラがどう動くべきか、ワードでスケジュールを作成した。
出来る限りの準備はした。全てはTへの迷惑を回避する為に。Tとの戦いに勝つ為に。
そして、運命の6月30日が幕を開ける。
(つづく)
「 そ の 発 想 は 無 か っ た わ 」
それは煙草の品出しだった。説明が少し難しいが、煙草を10箱まとめてラッピングしたものを“カートン”という前提を頭に入れて良く読んで欲しい。カートンの状態を脳内で具現化出来ない方は、ググるかコンビニに行って実際に見ていただきたい。煙草はカートンの状態で100~200カートン納品される。カートンを保管する棚は売場とバックヤードの2箇所にあり、納品された煙草は(1)まず売場の保管棚に入れ、売場に入りきらないカートンのみバックヤードに運ばれ、それらを(2)バックヤードの棚に入れる。後者(2)の作業は最悪、夕勤の時間でも可能なのだ。ならば前者(1)、売場の保管棚に入れる作業だけでも午後勤のうちに終わらせれば良いのだ。
そして重要なのはここから。極端な話だが、その売場の保管棚が15時の時点で満杯だとしよう。その場合、(1)の作業はやりたくても出来ない。入れる場所が無いのだから。つまり、同時刻に納品された煙草はそのまま全部バックヤードに持っていくだけ。これほど早い作業は無い。ならばその状態に少しでも近づけるべく、15時までにバックヤードに保管されたカートンを売場の保管棚へ移動し、売場の保管棚を埋めていけば良いのだ。
その作業をUは当たり前のようにしていたのだ。無論、売場の棚を100%満杯には出来ないが、(1)の作業時間は大幅に削減されていた。これだけでも鳥肌ものであり、3時間もかけて映像を研究した意味は確かにあった。
だが時すでに朝9時。ある事情により大幅な早出で前日17時からずっと店にいずっぱりの僕の疲労はピークに達していた。それでもまだ帰れない。今度は売場のカートン保管棚に行き、どこにどの銘柄が入るのかをメモする。それは後にパソコンで綺麗に清書される事となる。それを見ながら煙草の品出しをすれば作業効率は更に上がる事は間違いなかった。10時頃にやっと終わり、まさかの17時間拘束の末に僕は退勤した。
この日はただの明け休みに過ぎず、翌27日には普通に日勤として勤務せざるを得なかった。この日の夕勤は僕を含め3人。3人も居るなら一人ぐらいデータをとっても構わないだろう。僕はお客様の少ない時間帯を見計らってパンと惣菜の売場へ行き、それぞれの配置をメモした。これはセンター便対策である。16時に納品されるセンター便にはおにぎり、弁当、パン、サンドイッチ、パスタ、惣菜等が含まれ、中でも配置が明確に決められているのはパンと惣菜なのだ。
この日は勤務が終わっても家に帰らず、職場近くの漫画喫茶で一夜を過ごした。そこでエクセルを開き、今度は揚げ物の管理表をコピーしたものを表にまとめる。過去4回の土曜日(6月2日、9日、16日、23日)の午後勤(13時~17時)において、何時にどの揚げ物をいくつ揚げているのか、その平均的なデータを導き出す事に成功した。そして、今まで取ってきた膨大な量のデータを元に、決戦の日に僕とカピバラがどう動くべきか、ワードでスケジュールを作成した。
出来る限りの準備はした。全てはTへの迷惑を回避する為に。Tとの戦いに勝つ為に。
そして、運命の6月30日が幕を開ける。
(つづく)