78回転のレコード盤◎ ~社会人13年目のラストチャンス~

昨日の私よりも今日の私がちょっとだけ優しい人間であればいいな

◎期待を越えたい物語(前編)

2012-09-06 09:15:35 | ある少女の物語
※先に『7月第5週(番外編1)』『同2』をお読み下さい。
※都合により『カピバラルート攻略物語』の公開は延期します。ご了承下さい。



「髪を切られたんですか?」
「そうなんですよ、もうバッサリ。涼しくなって動きやすくなりましたよ(笑)」
 黒髪セミロング眼鏡っ娘改め、黒髪ショート眼鏡っ娘、いずれにせよ略すと“KSM”。彼女の居るT店へのヘルプ出勤は、7月30日以降も週2ペースで続いた。そして8月22日。
「KSMさんは主に誰と組んでいるんですか?」
「僕さんです(笑)。月・水が僕さんと一緒で、金曜だけK君と一緒ですね」
「ああ、曜日固定の週3勤務なんですね」
「I君が事故る前までは彼と月・水で組んでいたんですよ。僕さんはその代わりなんで」
 そう、そもそもK店配属の僕が週6日勤務の内2回もT店に回されているのは、過労による疲労が招いた交通事故で自宅療養中のIが復帰するまでの期間限定の措置なのだ。
「昼は小学生のサッカーチームのコーチやっているのに週4でウチの夜勤ですよ? 皆ちゃんと寝ろって言っているのにロクに寝もしないで車乗って事故って、もうどうしようもない駄目駄目君ですよね(笑)」
 容赦無くIを貶す女子力MAXのKSMだが、仮にも彼は、4月に入社したばかりの僕よりは上のキャリアを持つ。世間的には新人に過ぎない僕にIの代役は務まっているのだろうか。
「何回か立場を逆になりましょうか? 品出しとウォークを僕がやる感じで」
 僕は躊躇いも無くそう言った。T店の夜勤は2人体制で、一人はレジ応対をしつつ揚げ物や中華まん、おでん等の什器の洗浄と床の清掃をする「洗い物担当」、もう一人は納品されるカップ麺とウォークイン飲料を売り場に並べるのが主の「品出し担当」。これまで8回に及ぶヘルプ出勤の全てにおいて前者を僕が担当してきたのは、自店のK店のやり方でも出来る簡単な仕事だからである。品出しは店によって微妙に方法が異なり、6年のキャリアを持つKSMが担当せざるを得なかった。期間限定だから許される事だと自分に言い聞かせてきたが、全治3週間のはずだったIの復帰が延び延びになっており、このまま半永久的にヘルプ出勤が続くのであれば、先入れ先出しの原則を遵守する面倒なカップ麺の品出しと5℃にも満たない極寒でのウォークイン作業を女性であるKSMに毎回やらせる訳にはいくまいと思った。しかし、
「大丈夫ですよ。洗い物をやってくれるだけでも助かります、ありがとうございます」
 結局僕の申し出は受理されなかった。洗い物と清掃、そんな家政婦の真似事をするだけで感謝されても僕の心は晴れなかった。言われた仕事を“こなす”だけなら誰にでも出来る。それ以上の仕事に“取り組む”事で初めて評価される。こなすのではなく取り組むのが仕事、それは自店でマネージャーに散々言われてきた事であり、男である以上女性に過度な負担をかけさせたくない僕自身が心の底から思う事でもあった。とどのつまり僕はKSMの“期待”を越えたかったのだ。
 しかし、その思いも空しく、次のヘルプ出勤で事件は起きた。

「雑誌手伝いますね」
 8月27日の深夜2時半。売り場にある雑誌から返品するものを下げる作業をしていた僕の横で、自主的に納品された雑誌を開封し始めるKSMの姿があった。
「すみません、雑誌までやらせてしまって」
「イヤいいんですよ。本来は私の仕事なんですから」
 それは言われなくても解っている。本来「品出し担当」が処理する雑誌を僕が代わりにする事でKSMの負担を少しでも減らしたかった。過去8回はそうして来たが、ここに来て痛恨のミス。彼女に雑誌を手伝わせる失態を犯してしまった。
「本当にすみません、これは一生の不覚です。もう二度と雑誌はやらせません」
「何を言っているんですか(笑)」
 過剰に謝るネガティブキャラを演じるだけで精一杯だった。KSMが最低でも24歳であると以前書いたが、後に僕と同じ26歳である事が判明した。同じ時間を生きてきて、片や職を転々としてきた駄目人間、片やアルバイトとは言え同じ仕事を6年も続ける女子力MAX。何故ここまで差がついてしまったのか。慢心環境の違い等と言っている場合ではない。期間限定の“期間”が未定の中、このままの状態が半永久的に続くとどうなるか。

――嫌われる――

 その4文字が浮かぶまで時間はかからなかった。無断欠勤少女もWも最初は僕の前で笑ってくれた。彼女達の笑顔どころか存在自体までもを消してしまった責任は僕にもあるかもしれないと今でも被害妄想をしている。真相は闇の中である事がまたもどかしい。とにかくこれ以上、異性に嫌われたくは無い。


(つづく)