休業日だった元日に発生した能登半島地震。石川県輪島市のスーパーは、店を育ててくれた地元の住民にこたえようと、被災直後から休みなく営業を続ける。代金の精算は電卓で計算し、停電で照明がつかない状況も懐中電灯を用意して乗り切った。2代目店主の本谷(もとや)一郎さん(75)や長男で3代目の一知(かずとも)さん(46)が、きょうも温かく客を迎える。
「コーヒーでも飲んでいって」。26日午前、2次避難先の山中温泉(同県加賀市)から戻ったなじみ客の女性に、本谷さんが声をかけた。一息ついてもらおうと店先のストーブで湯を沸かし、温かい飲み物を振る舞う。互いに「元気そうでよかった」と声をかけ合った。
店は創業60年を超える「スーパーもとや」。輪島市町野町(まちのまち)地区では唯一のスーパーで、生鮮食品や飲料、菓子だけでなく電化製品も扱う。正月用に注文を受けたすしやオードブルを準備し終え、翌日の初売りを控えた休業日の元日夕、激しい揺れに見舞われた。
近所では倒壊する家屋が続出。本谷さん父子も閉じ込められた住民らの救出作業を手伝った。日が落ちると、懐中電灯や乾電池を求める客が訪れ、売り場にあった水や紙おむつを集まった人たちに配った。以来、地元の住民らの助けになりたい一心から、店を一日も休むことなく開けている。本谷さんは「店を育ててくれた人に恩を返すとき」と語る。
地震後に停電が続いた際は、客に照明代わりの懐中電灯を貸し出し、代金の計算には電卓を使用。ただ、冷凍庫にあった商品は廃棄せざるを得なかった。2月に電気が復旧してようやくレジが使えるようになったが、父子それぞれの自宅は損壊して住めない状態で、店内の一角で寝起きを続ける。
住民の一部が地元を離れて避難生活を送るなどしており、例年に比べると客はかなり少ないとはいえ、ボランティアや支援者を含めて1日20人ほどが来店。最近の売れ筋は飲料や菓子、たばこという。自宅の片付けに追われる住民からは「ごみ袋がほしい」という声も寄せられる。
町野町地区は高齢の住民が多い。年金生活で自宅を再建するのは難しく、仮設住宅を申し込んでも入居までには時間がかかる。避難生活の長期化で人口が流出してしまうのではと本谷さんは危ぶみ、「一人でも多くの人に戻ってきてほしい」と願って営業を続ける。
地震前からトラックに商品を積んで集落を回る移動販売を導入するなど、時代の変化に対応した経営を心掛けてきた。一知さんは「こんなときだからこそ、地元の人に将来も必要とされる店にしたい」と固い決意を口にした。(吉田智香) 産経新聞