元日の能登半島地震で石川県珠洲(すず)市の銭湯「珠洲温泉 宝湯」が倒壊し、巻き込まれた常連客1人が犠牲になった。経営者の橋元宗太郎さん(40)は営業再開を諦めかけたが、変わらずに湧き出す源泉に背中を押され、被害が少なかった別館の家族風呂を被災者に提供する。「慣れない生活の疲れを癒やしてもらえたら」と願う橋元さんにとって、被災者の「いい湯だった」という言葉が励みになっている。
海に近い珠洲市宝立町鵜飼地区にある宝湯は、地下約200メートルから源泉をくみ上げ、薪で沸かす風呂が自慢だった。近所の常連客のほか、海水浴やキャンプで訪れる人も利用。レトロな雰囲気が受け、遠方からやって来る銭湯ファンもいた。
令和4年、酒屋を営んでいた向かいの建物を宿泊施設に改装し、別館としてオープン。昨年5月、新型コロナウイルスの感染症法上の位置付けが引き下げられたことも追い風となり、宿泊客は順調に増えていた。「このペースで続けよう」と考えていた直後、地震に見舞われた。
元日の午後、宝湯近くの自宅にいた橋元さんは強い揺れを感じると、所属する消防団の活動服に着替え、自宅を飛び出した。住民らに避難を呼びかけ、倒壊した家屋に閉じ込められた人の救出にも当たった。
宝湯では当時、常連客や別館の宿泊客らが入浴中だった。店番をしていた父親や宿泊客らは避難できたものの、木造3階建ての建物は倒壊。後日、常連客の一人だった高齢男性が遺体で見つかった。
そんな状況の中でも、橋元さんは消防団員として、全国から応援で駆けつける消防隊を案内するなど奔走。身を寄せた避難所で宝湯の行く末を考えると悔し涙があふれたが、「今は消防団員の役割を果たすとき」と自らを納得させた。