連載に一年かかりそうな京都探訪記もそろそろ終わらせないと次の京都が待っているので
ここ3日で完結させようかと!
連載がだいぶ前の記事になっておりますのでまた総集編をつくりました。
前篇もあるよ
http://blog.goo.ne.jp/fujizero3/e/e9b436a75bc08f803f9d3bb39b31dc4b
次に向かったのは京都の代名詞、金閣のある鹿苑寺。
時刻も9時をまわって拝観受付には多くの修学旅行生や異国の団体旅行客で溢れかえっている。
総門を過ぎてまっすぐ進むと視界が開けて金閣が現れた。
「今日は風がないから水面に綺麗に映っとるやろ。」
タクシー運転手兼観光案内人の人が修学旅行生に話している。
本当だ。逆さ金閣が水面に現れてかなりゴージャス。
北山文化の代表としても挙げられる金閣は
室町幕府3代将軍・足利義満によって建てられた。
全体に金箔を貼った姿は斬新すぎる。
現代人でもそう思うのだから当時はさぞかし奇抜な建造物だっただろう。
建築様式も各階によって違うのだからすごい。
義満っていったい何者・・・・
奇跡的にも応仁の乱で焼失を免れ20世紀までその姿を伝えていたが
1950年に放火により焼失。
残念でならないが現在の金閣は再建された2代目だ。
境内を順路に沿って見学していくと階段を上り高台に出る。
振り返ると金閣が。
でもそんなに美しく見えないのは私だけだろうか。
きっと金閣も角度美人。
それにしてもこの時間からすごい人の量だ。
皆、実際に金閣を見て何を思っただろう。
最後にお土産屋と御朱印所がある。
本日2つめの御朱印。
ココでは目の前で書いてくださり興奮。
同行の母衣君はおみくじを引いたようだがあまり良くなかったらしい。
出口付近の茶屋で少し休憩。
母衣君がみたらし団子を御馳走してくれた。
小ぶりの団子は外側が少しかたいのが独特。
そういえばみたらし団子発祥の地は京都らしい。
休憩を終えて次なるお寺へ!
バスで仁和寺まで戻り御室仁和寺駅から再び嵐電に乗車。
一駅戻って向かうは妙心寺。
妙心寺駅から南に歩いていくと妙心寺北総門が現れる。
門をくぐると、右を見ても左を見てもお寺。
寺院の街、いや寺院の集合団地のような空間・・・!
それもそのはず、妙心寺の敷地には46もの塔頭、つまり妙心寺派の小さなお寺が集結しているのだという。
ちなみに竜安寺も妙心寺派に属している。
しばらくすると巨大な法堂、それに続く仏殿、三門が姿を現わす。
妙心寺はガイド付きの拝観で20分ごとに案内していただける。
案内されて法堂に向かう。
閉められた扉が開け放たれ、薄暗い堂内に入って靴を脱ぐと
靴下から床の冷たさが伝わってくると自然に気も引き締まる。
高い天井を見上げると巨大な龍が・・・!
これが狩野探幽筆の『雲龍図』だ。
本物の龍を見たことが無いはずなのに
ものすごくリアルな龍は思わず鳥肌が立つほどだ。
探幽氏が8年の歳月をかけて完成させたという絵は
彼の魂が刻み込まれているようで全く朽ちていない。
そして見る位置によって龍の表情も変わってくる。
ずっとこうしていたい様な不思議な気持ちに襲われて、
説明中も見上げっぱなし。
時間が来たので法堂の扉はまた閉ざされてしまった。
妙心寺駅からまたまた嵐電に乗車。
御室仁和寺を過ぎると坂を下っていく。京都も中心部以外は起伏が激しい。
春になったら綺麗な桜並木を下って終点・帷子ノ辻駅に到着。
この駅は本線との乗換駅。嵐山方面へ乗り換える。
帷子ノ辻駅から揺られて2駅、次は車折神社駅で下車。
1日券を運転手に見せて電車から降りると道路を挟んで目の前に車折神社の入り口があった。
駅から徒歩0分、好立地の神社だ。
くれぐれも神社を目の前にして道路で轢かれないようにしたい。
木々が生い茂る車折神社は芸能の神社としても知られている。
特にご利益を求めて来たわけではないが、
嵐電の1日乗車券の優待でおみくじが一回無料でできるというのでつい訪れてしまった。
まずは私から引くとなんと“凶”・・・!
生まれて初めて凶を引いてしまった、と一人で嘆いていると続けて引いた母衣君もなんと“凶”。
「志納もしないで引いたのが悪かったんじゃね?」
という話になり隣の木に括り付けて早々車折神社を後にした。
今思えばパワースポットとしても名高い“清めの社”の写真も撮るのを忘れてしまうほど凶のショックは大きかった。
「あなたは素質はあるんだけど、基礎ができてないから駄目ね。」みたいなことがおみくじには書いてあった。
褒められてるんだか叱られているんだか、
もうちょっと頑張るようにしよう。
嵐電に乗って次は終点・嵐山。
駅舎は観光地らしい立派な複合施設となっている。
飲食店や土産物屋が並ぶ。
平日だから空いているかと少しの期待をしていたがやはり混んでいる。
と嵐山に平日は無いようだ。
人力車が往来し、修学旅行生が蜘蛛の子散らしたように動き回る姿は鎌倉を思い出す。
京都の代表的風景の渡月橋や竹林の道、世界遺産の天龍寺などは歩いていける距離にある。
母衣君念願の竹林の道へは歩いて5分ほど。
青々とした竹林に風情を感じながらてくてく歩く。
そういえばだいぶ空が曇ってきてしまった。
天気は下り坂だと前日にテレビで言っていたっけ。
快晴が続かないのも春が近づいてきたからだろうか。
そうでもないかもしれない。
晴れて太陽が射し込んだ道を歩いてみたかったなぁ。
竹林の道は多くの観光客でにぎわい、
自転車に乗った人々、時々人力車まで通る。
道は右に折れて、進んでいくと神社がある。
縁結びで有名な野宮神社だ。
なるほど若い女性たちが多い・・
母衣君もさっそく参拝。
野宮神社のパワースポットは亀石。
参拝した後、この石をなでると願い事が叶うらしい・・・
是非さわさわしておきたい。
母衣君もさわさわ・・・・
この神社を訪れた人々の願いが石に光沢を与えている。
もう一度竹林の道を通って嵐電嵐山駅方面へ。
店先には美味しそうなお菓子が並んでいて思わず立ち止まってしまう。
母衣君、ソフトクリームを購入。
寒い日だってアイスを食べたい日はある。
彼は真冬の夜でもアイスを買うような男だ。
もちもちの大玉みたらし団子。
京都にはお団子がお似合い。
本日二回目。
天気が悪くなるとどうもテンションも上がらない・・・
嵐山では寺院に入ることもなく、嵐電嵐山駅から座って四条大宮方面へと向かう。
嵐電はいつの間にか道路に飛び出し路面電車のごとく走る。
左手に大きな門が見えたらまもなく太秦広隆寺駅に到着だ。
駅名の通り、近くには広隆寺がある。
車窓から見えた門も広隆寺の南大門だった。
広隆寺は世界遺産でなくとも建立は7世紀と歴史のあるお寺だ。
境内は自由に参拝することができ、一番奥に位置する霊宝殿には拝観料がかかる。
しかしそこには微笑を浮かべた弥勒菩薩様がいらっしゃるという。
そう国宝第一号として有名な弥勒菩薩半跏思惟像が安置されているのだ。
教科書で見た、あの像に会いにいかずにはいられない!
拝観料を支払い、石畳を歩いて行くと、旧霊宝殿。隣にそれより一回り大きい新霊宝殿がある。
現在は新霊宝殿に仏像たちは安置されている。
薄暗い館内には仏像たちがびっしりと並んでいて
作られた時代がちがうのだろう、綺麗なものから損傷の激しいものまである。
その中心、壇の上には例の弥勒菩薩が安置されていた・・・
サイズは思ったより大きく館内でぼんやりと輝いている。
目が悪く鳥目ゆえそのお姿をはっきりと見ることはできなかったが、
その微笑み、しなやかな腕、神秘と優しさに満ちている!
そしていつの日にか人々を救うため、今日も思案にふけっていた。
※
弥勒菩薩とは未来に如来になることを約束された仏様。
釈迦入滅から56億7千万年後、如来となって人々を救ってくださるという。
半跏思惟というその姿はどうやって人々を救おうか考えている姿なのだという。
私は良いことを思いついて、思わず「フヒッ」となってしまう時がたまにあるが
弥勒菩薩様のその微笑みもそれに似ているのかもしれない。
なんてことを思ったりもする。
嵐電の蚕ノ社駅を降りて住宅地を歩く。
住宅街というのは何処でもあまり変わらないのだろうか、
急に京都にいるという感化かなくなってしまう。
しばらくすると背後に森をたたえた大きな鳥居が現れた。
これが蚕ノ社、正式名称は木嶋坐天照御魂神社だ。
忽然と現れたその森は想像以上に深くまた、濃い。
木の上では鳥たちが鳴いていて心地よいどころか少し怖い。
神秘的という言葉がふさわしい場所。
住宅地に取り残された異世界だ。
境内奥には竜安寺の石庭に勝るとも劣らない長い歴史の闇に隠されたミステリースポットが存在する。
境内左手に位置する“元糺の池”に目をやると不思議なものがぽつねんと建っている。
神社でよく目にする鳥居だ。
しかし何かが違う。
普通、鳥居の柱が二本であるのに対しこの鳥居は三本あるのだ。
一体何故・・・・
境内の神秘的な雰囲気、それを通り越して妖しい雰囲気はこの鳥居から出ているだろうか。
鳥居とは神域を現す門だ。
それが何故三方を向いている・・・!?
三角形が何か関係しているのか・・・
それでも鳥居は何も語らず、只々異様な雰囲気を醸し出している。
謎に満ちた鳥居、私は何らかの
パワーがあの池の中心から三方に放たれている、そんな気がしてならない。
嵐電はついに終点の四条大宮駅に到着。
目の前の四条大宮の交差点を車が途切れることなく走っている。
嵐電での小旅行もこれにておしまい。
パンパンのコインロッカーを開けて本日の宿泊地がある東山へ。
重い荷物を背負って四条大宮からバスに乗る。
車でごった返した四条通をグイグイと進んで四条河原町を過ぎた。
車窓から見える鴨川には天気があまり良くないからか人の姿は少ない。
等間隔に並ぶカップルたちが見たかったので残念・・・・
バスの終点は鴨川沿いを北上した三条京阪だ。
広々とした三条京阪のバスロータリーに降り立ったら宿まではもう少し。
三条通からアーケードのある古川町商店街に入る。
車の通れないような狭い商店街が緩やかなカーブを描いて続いている。
その中に本日のお宿はある。
宿泊するのは“宿はる家”というゲストハウス。
京都ならではの歴史ある町家に泊まれるのが魅力だった。
小ぢんまりとした宿に泊まった経験がないため扉を開けるのもドキドキ・・・
カラカラとゆっくり扉を開けて中に入る。
フロントには御主人がいらっしゃって私たちを温かく迎えてくれた。
柔らかな雰囲気に包まれ、この宿の紹介、
京都の街の紹介もして頂いた。
この付近には名所が点在しており、白川や知恩院、南禅寺などに歩いていける距離だという。
なんていい場所なんだ\(^o^)/
到着後のフロントでのゆったりとした時間は初めてで
無駄な緊張もすっかり解けて急に荷物が重くなった。
初めて来た場所なのに久しぶりに自宅に帰ってきた、そんな感覚に似ている。
急な階段をギシギシ言わせながら登って、部屋は二階。
三畳間の部屋と聞いていて覚悟はしていたが、それよりも広い部屋へと案内してくださった・・・・!
木製の扉、青い畳、行燈風のライトスタンド、なんとも情緒ある部屋。
どうやら家は築100年を越える町家で、それを改修し宿になったのは
ここ最近の事らしい。
これには母衣君も大満足。
畳に腰を下ろしてしばし休憩。
しかしそうゆっくりとしてはいられない。
まだ明るいうちに京都散策第二弾と行こう!!
卓袱台に地図を広げてルートを検討。
夕刻から夜にかけてのツアー。
題して“闇の京都巡り”
気分を変えてお供は自転車!
事前に予約しておいた宿のレンタサイクルで夕刻の京都へ再び飛び出す・・・・!!
宿を出発したのはもう16時ごろ。
宿の主人が
「天気予報はすぐにかわりますからね」
と言っていた。
というのもこの日の予報は夜から雨。明日にかけて降り続くらしい。
なんだか空も昼間とは変わってどんよりとしている。
しかしせっかくなんだからと傘も持たずに一枚の地図と一緒に京都の街に飛び出してしまった!
きっと大丈夫!なんとなくそんな気がした。
宿から少し走ると、風情のあるよく整備された川沿いに出た。
これが主人お勧めの“白川”だ。
柳の木が涼しげで夜に散歩したくなる様な場所で、
川には人が一人通れるような細い橋が架かっていて小学生の通学路になっている。
自転車で渡ると結構スリリング!
白川に沿って走ると脇に案内板が立っていて“明智塚”とある。
車の通れない小さな路地、左右に迫る家々の中を進むと本当に小さな塚があった。
これが明智塚。。。。
明智とはあの有名な明智光秀のこと。
京都に首が運ばれる途中にこの地に埋められたのだという。
歴史に名の残る人物の史跡がこんな住宅地の中にひっそりと佇んでいるなんて。
京都の道端には様々な史跡や碑があって驚かされる。
行き止まりの道を戻って、白川から東大路通りへ出、祇園・八坂を爽快に走り抜ける。
八坂神社が八坂の塔が左側を流れていく。
車道を走る車が恐ろしいスピードを出していて怖いので
清水道で右折。
路地に入ってもなお車通りが多い。
道を下っていると、六道の辻へと辿り着いた。
この世とあの世を結ぶ場所。怪しいこと限りない。
背後に赤い門が建っている。これこそ六道珍皇寺だ。
なかなか可愛らしい名前をしたお寺である。
六道の辻に建つ六道珍皇寺は平安時代の小野篁ゆかりの地である。
篁は謎多き人物であり、昼間はこの世で仕事をし、夜はこの寺の奥にある井戸から冥界へ行き
閻魔庁に仕えていたという伝説が残されている。
境内には賽の河原や閻魔像を安置した閻魔堂など
他の寺とは異なった世界がある。
怪しい鐘の音が境内に響き渡るのを聞きながら我々は次なる場所へ!
しばらく行くと鴨川沿いに出た。
五条大橋を渡るとびっしりと京都の建物が並んだ京都の街並み。
町家にビルにアパートに電柱に車に自転車に・・・
非常にゴタゴタしている。
しかし東京とはちょっと違う。それは地形にあるのだろうか。
京都の街は道路が碁盤の目状になっているので地図で見ると一見わかりすい地形のように思える。
しかし実際には交差点が多すぎて路地へ入ってしまうと迷子になりかける。
小さな地図を片手に東から西へ・・・
もうすでに日は暮れたのだろうか。
分厚い雲が空を覆っており、時間がよくわからなくなっている。
直角に折れてまた直角に折れて・・・・
どれくらい漕いだことだろう、
右手に二条城が顔出した。
がむしゃらに走っていたら、いつの間にか五条から二条まで上っていた。
堀沿いに美福通に折れれば目的の二条公園は近い。
二条公園は二条城の上にある整備された都市公園だ。
北側一角には鵺大明神を祀った祠と“鵺池”と呼ばれる人工池がある。
鵺とは頭は猿、胴は狸、手足は虎、尻尾は蛇という妖怪である。
鵺という怪鳥とは似ても似つかぬ雰囲気だが、
説明版も施されてかつてここが源頼政が鵺退治の剣を洗った場所だとわかる。
時は経て雰囲気は一新されても碑だけはなお残るのである。
いよいよ空は暗くなってきて、妖しい。
裏路地をうろちょろしていたものの交差点から飛び出してくる車や歩行者が怖いので
堀川通りに出る。
次に向かうのは堀川沿いの晴明神社だ。
すると
ぽつぽつと邪魔者が降ってきた。
予報通りにしっかり雨が降ってきてしまった。
なんとしても晴明神社だけは!!
と急ぐ。
時刻はまもなく6時で、
堀川通りに面した晴明神社も拝観終了の時間が来ている。
闇夜をぼんやりと照らす五芒星の提灯が素敵だ。
平安時代の陰陽師、安倍晴明を祀った神社は境内のいたるところに
五芒星が施されている。
昼間は修学旅行生等でにぎわうのだが、
この時間でこの天気なので静か。
この時間の晴明神社は私のイメージする陰陽師の世界にぴったりだ。
式神がひょっこり出てきてもおかしくはない。
と思ったらいた。
ぱらぱらと降っていた雨も少々本気を出し始めて
友人の母衣氏もソワソワし始めたのでこれにて本拠地の祇園方面へと戻ることに。
晴明神社のすぐ近く、堀川に一条戻橋が架かっている。
非常に小さな橋であるが、
この橋の下で晴明が式神を隠していたとか、
橋の上で死人が蘇生したとか、
平安期に様々な怪異が伝えられている。
現在のコンクリート橋は怪しげな雰囲気さえ拭い去っているが
今夜の戻り橋はスリップしそうで恐ろしげだ。
二度とこの世に戻れなくなるかもしれない。
先を急ごう。
雨に打たれながら闇夜の知らぬ街を疾走するのはなかなか出来ぬ体験だ。
まさか京都で体験することになるとは!
とはいえなかなか心細い。
左手には御所の深い闇を抱え、烏丸通を下る。
烏丸丸太町あたりからは遠くに灯る京都タワーが見え始めた。
雨の影響でぼんやりとしているが、それがまた暖かい。
ヘンテコな灯台を見て私はまた京都にいると実感するのだ。
京都タワーを見て安心したので、なんだかお腹が減ってきた。
我が友、母衣君は空腹だと機嫌が悪くなることで有名である。
烏丸御池を過ぎて烏丸通と別れ左折する。
このあたり一帯はは京都でも有数の繁華街である。
三条通、六角通、蛸薬師通・・・・
まるで迷路である。
なかなか入れそうな店を見つけられずに巨大な映画館の前や
なんだか広いアーケード商店街を通って先程までとの環境の違いに多少戸惑った。
やっとのことで海鮮丼屋を発見!
久々のご飯をぺろりとたいらげてまたも出発。
四条河原町周辺はデパートにアミューズメント施設、ホテルに飲み屋と何でも揃っている。
そして、バスの乗り換え地点および阪急が乗り入れているなど交通の要所でもある。
そのために車道・歩道とも予想以上に混雑していた。
しかも自転車は車道に出てはいけないというオリジナルルールが我々を困惑させた。
自転車を押しながら人々にもまれるというのは初体験だ。
やっとの思いで真っ黒い鴨川を渡り、祇園界隈に辿り着く。
白川沿いの風情ある街並みに私は立ち止まらずにはいられなかった。
Y字路、石畳、町家、明神・・・・
白川に架かる巽橋、その奥には切通し。
人の姿もまばらになった祇園界隈は静寂に包まれて、
映画でも見ているかのよう。
しっとりと降っている雨が石畳を濡らし、美しいことこの上ない。
このあたりは「伝統的建造物群保存地区」にしていされているという。
金沢のひがし茶屋町や倉敷の美観地区も同じくこれに指定されている。
しかしながら時は私の祇園と対面を長くは許さなかった。
雨がついに本気を出し始め、
先程まではしっとりと降っていた雨も、容赦なく顔面にたたきつける雨に変わった。
幸い宿までは1km程だったのでずぶ濡れになりながらも到着。
部屋に戻ると暖かい畳と布団が迎えてくれた。
約14kmになる自転車での旅も終わったのだ。
慣れない土地と雨のおかげでクタクタ。
どれくらい時間が経ったかわからない。
時計の小針はすでに10よりも11側を差している。
畳の部屋で寝たのはどれくらいぶりだろうか。
暖かな光が天井から射している。
しかしここで寝るわけにはいかない!
宿の主人さんに教えてもらった銭湯に行かなくては。
雨の夜に京都で銭湯。
うーん、夢みたい。こんなことがしてみたかった。
いつの間にか寝ている母衣君を起こし、タオル片手に誰もいない夜の商店街を歩いて、銭湯へと向かう。
住宅街に入って見えたのは懐かしいような暖簾。
看板には『柳湯』の文字。
暖簾をくぐって中に入る。
中には映画や漫画で見たことのある銭湯の風景、
脱衣所に大きな扇風機、曇りガラスに木製のロッカー・・・・
そして向かえてくれる気さくな番台さん。
私たちにとっての非日常風景。
しかしそこには地元の人々が慣れ親しんだ様子で過ごしている。
地元の人の日常に紛れ込む。
今日だけは京都人だ。
銭湯は湯に入ること以外にも様々な物が目を楽しませてくれる。
特に浴場入口あたりには平安神宮の神苑がタイルで描かれていて美しい!
浴場に積まれた黄色いケロリンの桶も可愛らしい。
様々な意匠の凝らされたこの柳湯にはどれくらいの歴史があるのだろうか。
熱い湯に浸かってどーんと開いた天井を眺める。
血流が良くなって、そんな事はどうでもよくなってしまった。
【一条戻橋は、 死人も生き返る】
【一条戻橋を、 花嫁は渡るのを避ける】
【一条戻橋を、 出征兵士は必ず渡る】
【一条戻橋に、 鬼女あらわる】
【一条戻橋側に、陰陽師・阿倍晴明館】
【一条戻橋に、 千利休の木像と生首】
つまり、
【一条戻橋は、 御所の鬼門】に位置していました。
生還できて、うまいものを食べれてよかったです。(^^ゞ
何気なく通り過ぎてしまいそうな小さな戻橋にもたくさんの伝説があるんですね^^