枷(かせ): 首や手足に嵌めて、自由に動けない様にする物。人の行動を束縛する物。
昨年、加藤廣氏が著した小説「信長の棺」の読後感を記事にした。1582年に起きた本能寺の変で、重臣の明智光秀によって命を絶たれた織田信長。しかし焼け落ちた本能寺の跡からは、信長等の遺骸が遂に発見されなかった。その”謎”に着眼した加藤氏は、「生前の信長は重臣の豊臣秀吉に対し、秘密裏に本能寺から外部に通じる抜け道を作るよう命じていた。時は流れ、光秀による謀反を秀吉は事前に察知していたにも拘わらず、この謀反を利用して信長を葬り去り、自身が天下を掌握しようと考え、部下に抜け道の出口を極秘の内に塞がせ、結果的に逃げ切れなかった信長等は焼け死んでしまった。」という大胆な仮説を打ち立て、それを歴史ミステリーの形で結実させたのが「信長の棺」だった。
信長の家臣で且つ信長に対してシンパシーを覚えていた太田牛一の視点から、本能寺の変の謎を解き明かしていったのが「信長の棺」ならば、そのスピンオフ作品とも言える「秀吉の枷」は、或る意味”実行犯”で在る秀吉の視点で描かれた作品。信長から抜け道作りを命じられた所から始まり、秀吉が没する所で終わるこの作品は、多くの史実の上に加藤氏の豊かな想像力が加味されて構成されている。
「秀吉の枷」というタイトルの「枷」とは、「主君を自らが葬り去ったという罪悪感と、その事が他者に知られてしまうのではないかという怯えから、信長亡き後の秀吉が生涯心理的な自縄自縛状態に在ったのではなかろうか。」という事を指している。
謎解きという面では前作の「信長の棺」程の妙味は無かったものの、登場する人物達の心の揺れが読み手にひしひしと伝わって来る筆致の冴えは相変わらず。前作の信長と同様にこの作品でも秀吉の別の”顔”を
浮かび上がらせている。老境に入っても自らの跡継ぎが居ない秀吉の不安&焦りや、彼の天皇観が垣間見られるのも興味を惹かれる所。秀吉が信長の後継者と成り得た”人生の分岐点”「中国大返し」の件も然る事乍ら、晩節を汚した愚行とされる”朝鮮出兵”に秀吉が踏み切った理由の”推測”も面白い。
総合評価は星4つ。
昨年、加藤廣氏が著した小説「信長の棺」の読後感を記事にした。1582年に起きた本能寺の変で、重臣の明智光秀によって命を絶たれた織田信長。しかし焼け落ちた本能寺の跡からは、信長等の遺骸が遂に発見されなかった。その”謎”に着眼した加藤氏は、「生前の信長は重臣の豊臣秀吉に対し、秘密裏に本能寺から外部に通じる抜け道を作るよう命じていた。時は流れ、光秀による謀反を秀吉は事前に察知していたにも拘わらず、この謀反を利用して信長を葬り去り、自身が天下を掌握しようと考え、部下に抜け道の出口を極秘の内に塞がせ、結果的に逃げ切れなかった信長等は焼け死んでしまった。」という大胆な仮説を打ち立て、それを歴史ミステリーの形で結実させたのが「信長の棺」だった。
信長の家臣で且つ信長に対してシンパシーを覚えていた太田牛一の視点から、本能寺の変の謎を解き明かしていったのが「信長の棺」ならば、そのスピンオフ作品とも言える「秀吉の枷」は、或る意味”実行犯”で在る秀吉の視点で描かれた作品。信長から抜け道作りを命じられた所から始まり、秀吉が没する所で終わるこの作品は、多くの史実の上に加藤氏の豊かな想像力が加味されて構成されている。
「秀吉の枷」というタイトルの「枷」とは、「主君を自らが葬り去ったという罪悪感と、その事が他者に知られてしまうのではないかという怯えから、信長亡き後の秀吉が生涯心理的な自縄自縛状態に在ったのではなかろうか。」という事を指している。
謎解きという面では前作の「信長の棺」程の妙味は無かったものの、登場する人物達の心の揺れが読み手にひしひしと伝わって来る筆致の冴えは相変わらず。前作の信長と同様にこの作品でも秀吉の別の”顔”を
浮かび上がらせている。老境に入っても自らの跡継ぎが居ない秀吉の不安&焦りや、彼の天皇観が垣間見られるのも興味を惹かれる所。秀吉が信長の後継者と成り得た”人生の分岐点”「中国大返し」の件も然る事乍ら、晩節を汚した愚行とされる”朝鮮出兵”に秀吉が踏み切った理由の”推測”も面白い。
総合評価は星4つ。
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秀吉の政権は家康や信長の政権に比べ明確なヴィジョンがなかったように感じられます。
朝鮮出兵なぞ、いつまでも成長が続くと信じ無理な投資をする老社長のようです。
満州絡みの話で言えば、以前の記事「小説家オザケン」(http://blog.goo.ne.jp/giants-55/e/27170bdd593d2b5b07ff62b6e7af88e1)でも触れた様に小沢健二氏の父方の祖父は満州建国の黒幕だったそうです。権謀術数渦巻いていた満州の地で、実際にどういう事が起こっていたのか非常に興味深い所。
企業のトップには歴史小説が好きな人物が少なくないと聞きますが、では実際に「先人の失敗を経営面に活かしているのか?」となると、これが結構同じ様な失敗をしているもの。特に、取り巻き連中をイエスマンばかりで固めた事で組織を傾かせたというのは、良く見受けられる話ですよね。
ところで、この小説、秀吉の指が6本あったことには触れてますか?