*****************************
① 存在感の在る脇役
以前に書いた「脇役」という記事で、自分の好きな(好きだった)脇役を男女3名ずつピックアップした。どの方も存在感の在る脇役だが、当然ながら他にも貴重な脇役は存在している。そんな一人が三谷昇氏。何故今回、唐突に彼の事を取り上げたかと言えば、先日見に行った「不滅のヒーロー・ウルトラマン展」がきっかけだった。
あがた森魚さんの「赤色エレジー」の如く、好きな曲では在るのだが、だからと言ってしょっちゅう口ずさむ訳でも無く、一定間隔でフッと思い出してはつい口ずさんでしまうという不思議な曲が在る。それと同様に、とても存在感が在り好きな脇役なのだけれども、いざ「好きな(好きだった)脇役を挙げろ。」と言われたら、パッと頭に浮かばない脇役も居るもの。
「不滅のヒーロー・ウルトラマン展」の会場に飾られていた「ウルトラマンタロウ」の番組宣伝ポスターを見ている時だった。ZATメンバーとタロウが写るポスターだったのだが、頭の中で何かがバチバチッと弾けた気がした。「誰か足りない・・・。」改めてポスターを見直している内に、その誰かが三谷氏演ずる二谷一美副隊長で在る事に気付いた。ネットで調べた所、二谷副隊長を描いた作品が見付かったのだが、この作品を描かれた方にとっても二谷副隊長、否、三谷氏にとてつもないインパクトを感じさせられたのだろう。
ピンク映画で「インポテンツながらも助平な親父役」を演じていたと思えば、ドラマでは「精神を病んだ男の役」を演じたりと、癖の強い役を幅広く演じて来られた方だ。「ウルトラマンタロウ」の二谷副隊長役も、前副隊長が宇宙ステーションに派遣された為に代わって登場したもので、それも全53話中の最後の3話だけなのだ。それなのに、これ程迄に強烈な印象を残すとは、凄い脇役だと改めて思う。
② 「ならず者だらけのアメリカ軍が起こす恐怖」
「最後の苗字は何?」という記事でも触れたが、移動時の車中ではラジオ番組を良く聞いている。特にTBSラジオの番組が御気に入りなのだが、昨日「ストリーム」の人気コーナー「コラムの花道」で、映画評論家の町山智浩氏が語っていた「ならず者だらけのアメリカ軍が起こす恐怖」という話がかなりショッキングだった。こちらでその内容を耳に出来るので、是非聞いて戴きたい。此処に文章で内容を書き表すよりも、遥かに伝わるものが在ると思う。
これを聞かれてどう思われたかは、個々人の判断に任せたい。唯、巷間囁かれている「アメリカ軍に属している質の悪い兵士の多くは、アジア地域に派遣されている。」という話が事実とすれば、日本にとって決して対岸の火事とは言えないだろう。
③ ハンカチ王子の卒業文集
流行り物(者)には浮塵子の如く集り、似たり寄ったりのどうでも良い情報を延々と垂れ流す。我が国のマスメディアのどうしようもない”癖”だが、早実のエース・斎藤佑樹投手に関する異常と思える報道ぶりを見ると、全くこの癖は治っていないどころか益々酷くなっている様だ。
野球そのものに関しての話題ならば未だしも、マウンド上で汗を拭うのに青いハンカチ(どう見てもタオルに見えるのだが。)をしばしば使っていたという事で、「ハンカチ王子」なる愛称を彼に与え、延々とその話題を垂れ流しているのはどうにも妙。同じ動作で在っても、自分の様な冴えないおっさんが焼肉屋で顔をおしぼりで拭っても、決して「おしぼり王子」とは呼ばれないどころか、「汚い。」と言われてしまうのが関の山。全く以ってこの世の中は、イケメンに優しい世界なのだ・・・とやっかみの気持ちも沸いて来る。
冗談はさて置き、斎藤投手が凄い選手なのは自分も認める所では在るが、幾ら何でもあの報道ぶりは異常としか思えない。特に、中学時代の卒業文集を持ち出して、彼が過去に書いた文章を次々に取り上げていたのは如何なものか。
最近は、世間の耳目を引く様な大事件が起こると、卒業文集やら卒業アルバムを持ち出して、その容疑者の書いた文章や当時の写真を晒す事が、マスメディアの間では”ブーム”になっている様だが、ああいうのも好ましく思えない。卒業文集や卒業アルバム等は、或る意味”公の存在”と捉えているのかもしれないが、その感覚はおかしくないか?
今回の場合、マスメディアが事前に斎藤投手に卒業文集等を取り上げる許可を得ていたとしても、彼以外の”一般人”で在る同級生の文章も併せて実名入りで報じられていたのは問題ないのだろうか?「将来の夢」といった頁では、クラス全員の書き込みが大写しになっていたが、あれも全員の許諾を得ていたとでも言うのだろうか?
妙な所で個人情報の保護を騒ぎ立てるマスメディアが、卒業文集等の情報は平気で垂れ流している現実。これを御都合主義と言わずして何と言おうか。
*****************************
① 存在感の在る脇役
以前に書いた「脇役」という記事で、自分の好きな(好きだった)脇役を男女3名ずつピックアップした。どの方も存在感の在る脇役だが、当然ながら他にも貴重な脇役は存在している。そんな一人が三谷昇氏。何故今回、唐突に彼の事を取り上げたかと言えば、先日見に行った「不滅のヒーロー・ウルトラマン展」がきっかけだった。
あがた森魚さんの「赤色エレジー」の如く、好きな曲では在るのだが、だからと言ってしょっちゅう口ずさむ訳でも無く、一定間隔でフッと思い出してはつい口ずさんでしまうという不思議な曲が在る。それと同様に、とても存在感が在り好きな脇役なのだけれども、いざ「好きな(好きだった)脇役を挙げろ。」と言われたら、パッと頭に浮かばない脇役も居るもの。
「不滅のヒーロー・ウルトラマン展」の会場に飾られていた「ウルトラマンタロウ」の番組宣伝ポスターを見ている時だった。ZATメンバーとタロウが写るポスターだったのだが、頭の中で何かがバチバチッと弾けた気がした。「誰か足りない・・・。」改めてポスターを見直している内に、その誰かが三谷氏演ずる二谷一美副隊長で在る事に気付いた。ネットで調べた所、二谷副隊長を描いた作品が見付かったのだが、この作品を描かれた方にとっても二谷副隊長、否、三谷氏にとてつもないインパクトを感じさせられたのだろう。
ピンク映画で「インポテンツながらも助平な親父役」を演じていたと思えば、ドラマでは「精神を病んだ男の役」を演じたりと、癖の強い役を幅広く演じて来られた方だ。「ウルトラマンタロウ」の二谷副隊長役も、前副隊長が宇宙ステーションに派遣された為に代わって登場したもので、それも全53話中の最後の3話だけなのだ。それなのに、これ程迄に強烈な印象を残すとは、凄い脇役だと改めて思う。
② 「ならず者だらけのアメリカ軍が起こす恐怖」
「最後の苗字は何?」という記事でも触れたが、移動時の車中ではラジオ番組を良く聞いている。特にTBSラジオの番組が御気に入りなのだが、昨日「ストリーム」の人気コーナー「コラムの花道」で、映画評論家の町山智浩氏が語っていた「ならず者だらけのアメリカ軍が起こす恐怖」という話がかなりショッキングだった。こちらでその内容を耳に出来るので、是非聞いて戴きたい。此処に文章で内容を書き表すよりも、遥かに伝わるものが在ると思う。
これを聞かれてどう思われたかは、個々人の判断に任せたい。唯、巷間囁かれている「アメリカ軍に属している質の悪い兵士の多くは、アジア地域に派遣されている。」という話が事実とすれば、日本にとって決して対岸の火事とは言えないだろう。
③ ハンカチ王子の卒業文集
流行り物(者)には浮塵子の如く集り、似たり寄ったりのどうでも良い情報を延々と垂れ流す。我が国のマスメディアのどうしようもない”癖”だが、早実のエース・斎藤佑樹投手に関する異常と思える報道ぶりを見ると、全くこの癖は治っていないどころか益々酷くなっている様だ。
野球そのものに関しての話題ならば未だしも、マウンド上で汗を拭うのに青いハンカチ(どう見てもタオルに見えるのだが。)をしばしば使っていたという事で、「ハンカチ王子」なる愛称を彼に与え、延々とその話題を垂れ流しているのはどうにも妙。同じ動作で在っても、自分の様な冴えないおっさんが焼肉屋で顔をおしぼりで拭っても、決して「おしぼり王子」とは呼ばれないどころか、「汚い。」と言われてしまうのが関の山。全く以ってこの世の中は、イケメンに優しい世界なのだ・・・とやっかみの気持ちも沸いて来る。

冗談はさて置き、斎藤投手が凄い選手なのは自分も認める所では在るが、幾ら何でもあの報道ぶりは異常としか思えない。特に、中学時代の卒業文集を持ち出して、彼が過去に書いた文章を次々に取り上げていたのは如何なものか。
最近は、世間の耳目を引く様な大事件が起こると、卒業文集やら卒業アルバムを持ち出して、その容疑者の書いた文章や当時の写真を晒す事が、マスメディアの間では”ブーム”になっている様だが、ああいうのも好ましく思えない。卒業文集や卒業アルバム等は、或る意味”公の存在”と捉えているのかもしれないが、その感覚はおかしくないか?
今回の場合、マスメディアが事前に斎藤投手に卒業文集等を取り上げる許可を得ていたとしても、彼以外の”一般人”で在る同級生の文章も併せて実名入りで報じられていたのは問題ないのだろうか?「将来の夢」といった頁では、クラス全員の書き込みが大写しになっていたが、あれも全員の許諾を得ていたとでも言うのだろうか?
妙な所で個人情報の保護を騒ぎ立てるマスメディアが、卒業文集等の情報は平気で垂れ流している現実。これを御都合主義と言わずして何と言おうか。

*****************************
まさか似てらっしゃる脇役俳優さんとは、三谷昇さんでは?(笑)
私も「ウルトラマンタロウ」を毎週観ていましたが、
三谷さんの出演がそんな僅かだったとは信じられない思いです。
冗談で活動しているとしか思えないZATチーム(笑)
朝比奈大隊長=名古屋章さんの不在が多い中、
三谷昇さんと東野英心(孝彦?)さんとは、同じくらいの印象があります。
私の中で三谷昇さんと云えば、
石坂浩二さん主演の金田一耕助シリーズです。
「犬神家の一族」での鑑識課員。
「獄門島」での傷痍軍人。
後者では、冒頭にちらりと登場し、笑わせてくれますが、
後に彼の行動が、事件に重要な影響を及ぼしていた事が分かり、慄然とさせられました。
アメリカとは云いませんが、西洋には、「捕鯨禁止」に代表される、知性のある生き物は殺すな、という少々日本人には取っ付き難い考えがあるように思います。
他国の歴史や文化はどうあれ、
「牛や豚は知能が低いから殺して食べて良い」
という様な理屈を押しつけている様にも感じています。
日本のマスコミは往々にして品がない様に思います。
下世話な話も良いのですが、視点というか目線に中身を感じないのです。
愛するが故の厳しい意見、優しさを含めた好奇心。
そんなものではなく、単に調べ上げ垂れ流しているのではないでしょうか?
事実なら伝えれば良い。誰もが知りたがっている。
哀しみを映して放送し、暴き立て、晒し者の様に叩く、
「これが私の仕事です」
と開き直れことの出来る姿をみると、
「そんな中にも、あなた個人の思想があるだろう」
と疑問を感じます。
報道に限らず、心がなければ中身も空っぽです。
昨日もある番組のコメンてテイターの中年女性が、
“昔の大人は見識があったが、今の成人にはない”
“そんな成人を対象とした内閣支持率調査も意味がない”
と発言していて、私は不愉快でした。
今の日本の若者を頭が悪いという偏見で切り捨てられる。
特定の職業の人間を見下す人間がコメンティター?
個人の意見で局の考えではないなどと言い訳する司会者。
私はテレビ局の見識を疑ってしまいます。
またまた愚痴ばかりでスミマセン。
“口に出しては味ない、味ない”
これは池波正太郎さんの「鬼平犯科帳」のセリフですが、
誰もが同じ気持ち、考えということを美徳とした時代は終わり。
国際社会では、自己主張こそが美徳なのかも知れません。
しかし、私はやはり、この言葉を愛しています。
“云わぬが花”
今度、よ~く見てみます。あの方だったら、インパクトがあって、すぐわかりそうですから。
町山氏は基本的に軍事マニア、というか軍事オタクですからね。そういう彼をしてこの話というのは非常に理解できました。
アメリカはこうですが、日本はもう150年ほど前からそうでした。明治維新、上級武士にノブレス・オブリージュはなかったのですよ。江戸無血開城の会議は下級武士の勝海舟と西郷隆盛との間で話し合いが持たれたのですが、本来は東征大総督有栖川宮と徳川慶喜&老中首席との間で交渉すべき問題なはずでした。
逆にいえば下級武士がその精神性において貴族であったとも言えるのですがね。
また、うちの会社に元自衛官の社員がいるのですが正直いって使えない。ただもう一つ問題があって、彼が予備自衛官でもあるのです。
これが現実だと思うと、自分が予備予備役にでも応募したほうがいいのかな?と思ってしまうのです。
百貨店に問い合わせる人が多いのも予想できたとはいえ「皆好きやなあ」。
しかし言われる卒業アルバムの取り上げ方はどうなんでしょうかねえ。
ひとり「話題の人物」が現れると徹底的にネタになることを調べ、どっちゃでもええことまでワイドショーで放映する。
つくづくかわらないなあ、と10年前に見飽きるぐらい流されたジョンベネちゃんの映像を見ながら思うのでした。
(徹底した好奇の視線の報道で、あの家族は目茶苦茶にされてしまいました・・・)