最後に「総合評価」を記すのが常だが、今回読了した小説に関しては例外的に、冒頭で記す事にする。総合評価は、星4.5個。
*********************************
時は1942年、日本が第二次世界大戦に参戦した翌年、脚本家志望の若者・朝比奈英一(あさひな えいいち)は、制約だらけの日本を離れ、満州国に渡る。満州映画協会、通称“満映”に仮採用となったからだ。
だが、提出するメロドラマは全て、ドイツ帰りの若き女性監督・桐谷サカエ(きりたに さかえ)から「此の満洲では、使い物にならない。」と没の繰り返し。彼女の指示により、現地スタッフの陳雲(ちんうん)と2人で、探偵映画の脚本を練り始めるが・・・。
*********************************
日本が傀儡政権を敷いていた満州国。様々な野望と陰謀が交錯する首都・新京の“満映”を舞台にした小説「楽園の蝶」。映画製作に情熱を注ぐ人々を描く一方、鵺の如く蠢く満州映画協会理事長・甘粕正彦(あまかす まさひこ)や関東軍を登場させている。著者の柳広司氏は「昭和初期から戦中に掛けての時代描写の上手さ」に定評が在る作家だが、此の小説でも遺憾無く能力を発揮している。
上記した「甘粕正彦」を始めとし、「ヨーゼフ・ゲッペルス」や「大杉栄」、「愛新覚羅溥儀」、「石井四郎」、「李香蘭」等々、此の時代に少しでも興味が在る人にとっては堪らなく興味をそそられるで在ろう人々が登場。特に「関東大震災直後の混乱に乗じ、無政府主義者(アナキスト)の大杉栄を連行&殺害したとされる『甘粕事件』の当事者、甘粕正彦と大杉栄の関係をストーリー上のキーにしている。」のは、「上手いなあ。」と感じた。
満州国を、「此の世で行き場を失った死者達が集まった、魑魅魍魎達のユートピア、幻想のアジール。」と記す柳氏。そんな“楽園”でしか生きられない“蝶達”の姿は、狂気的でも在り、哀れさを感じたりもする。
英一の練る脚本は、江戸川乱歩の代表作「怪人二十面相シリーズ」を下敷きにしており、何とも言えない魅力を感じさせる、独特の文体が作中に記されているのも、江戸川作品のファンとしては嬉しい。
登場人物達の意外な関係性が、次々に明らかとなって行く。「そういう関係だったのか!」と、何度驚かされた事か。古き良き時代の映画に関する薀蓄も然り気無く盛り込まれているし、「昭和初期から戦中に掛けての雰囲気」に浸れる作品。
光学や映像機器に興味があったため、個人的にはノンフィクションでこの辺好きで読んでいます。桐谷のモデルはレニ・リーフェンシュタールも含まれていそうですね(ベルリン五輪の映画の監督で、実際の競技に「美」で満足いかなかったからマラソン選手や高飛びの選手を後から呼び出して再現させるというムチャをしてます^^;)。
紛らわしい書き方をしてしまいましたが、小説内に“実際に登場する”のは甘粕正彦と石井四郎だけで、後はゲッペルスも含めて“名前”が登場する形です。又、「日独合作映画の話」や『『東和商事』の川喜多氏」も登場しません。
唯、名前だけの登場ですが、大杉栄と甘粕正彦との関係性が生々しく描かれていますし、石井四郎に到っては、後に明らかとなる「731部隊」の件を思い浮かべてしまう様な、エキセントリックな部分も。