昨夜から右側頭部がチリチリと痛い。帯状疱疹か?と思い妻に診てもらったが表面的には異常がないらしい。(オイラは帯状疱疹の予防接種は去年に実施しているが、安い方なので効果は50%らしい)昨夜はカロナールを2錠のんで、9時には就寝した。一晩ぐっすり眠れば治るだろうと楽観していた。今夕になってもチリチリ感は無くならない。年末になってきたので、どうも病院へ行った方が良いとは思うけど、混んでいるだろうなぁ・・・と思うと行く気が遠のくのだ。
芭蕉という俳人は40歳~51歳までの動向は、歴史的な資料で判明しているが、さて幼少の頃から40歳までのことは歴史的な資料には、あまり出てこない。芭蕉といえども初めから有名ではない。無名の頃の芭蕉は何をしていたのだろう?現在の上野市で生まれ武家奉公にでる。そして単身、江戸日本橋の名主小沢太郎兵衛得入(トクニュウ)のもとで帳簿をつける生業をしていた。そして、各名主に代わって上水道浚渫(シュンセツ)の請負の仕事を束ねる事をしていたらしい。才気があふれ人の上に立って采配を振るっていた芭蕉が、どうして日本橋から深川へ引っ越して、46歳の3月~8月(当時の人としては最晩年)の芭蕉が「おくのほそ道」なる旅をしたのか?
娘達が大きくなってからはクリスマスツリーを飾らなくなった。それが孫が物心がつくようになってきたので30年ぶりにツリーを出してきた。プラステックで出来ているので経年劣化でボロボロで自立も難しくなっていた。電飾は点灯しなかった。そしてプラステック臭がしていたが、娘は「懐かしい匂いだ」とつぶやいた。
きょうは資源の回収日なので、化粧箱は段ボールとしだした。そして本体のプラステックは不燃物として出し、装飾品類は娘が引き取ってくれて、孫と一緒に第二の人生を過ごすことになった。
30年以上前に4500円が3980円に値下げされたので購入したと思う。しかし高かったのだなぁと思う。
明日から娘達が帰ってくるので布団を庭とベランダに駐車場まで使って干した。これだけで疲れてしまう。猫達にとっては受難の日々が始まる。