5輪開催についてあれこれと議論があって、開会の式典にもその演出者ひとりの解任という出来事があったりして、どうなるかという推移にも、観客がいない、反応が取れないなかでテレビ画面だけの観賞はどうなるかと思っていたのだが、わたしには5論開会に感動し、そのパラリンピックの閉会にも感激した。開閉会、併せて4回の競技場の演技を見たことに、何より、平面に映し出すプロジェクションマッピングの素晴らしさに驚いた。 . . . 本文を読む
その像を設置して訴えることは見る側に見せられる側にも恥ずかしい。裏窓を開いたままであるような、それをひと目に付くようにするというのはどういう心情だろう。かの民族が抱くハンのあらわれであるとしたら、その理解は異なってくる。芸の極みにならなければハンは引き出し得ない。王朝ドラマを見て登場するそのパフォーマンスは現実の姿と隔たりがありすぎる。その像が年数を経て民族の象徴となってなん年も経て年、20年も . . . 本文を読む