古典文学は古い時代の文学と捉えられるようになってしまった。なってしまったというのは、いつからかそうなって、辞書の説明にも日本の古典文学をそのように記述してしまっている。それによれば、近代文学と対比するようなことである。それで、かつてこのブログでふれてきているが、古典文学の叢書を発行し、それの刊行をあいつで、出版社が続けたことが一つのきっかけだとわかる。すくなくとも、古典文学の大系、古典文学の全集、一方で、古典集成など、この数十年のなかにある。そして、はやくに古典全書として編集されたものにその嚆矢を認める。それを古典文学とするのは編集者の収書する作品選択があることで、日本古典文学が何を示すかについてはそれなりに、大系、全集、あるいは全書で一覧して理解できればよいだろう。それが近代文学また現代文学と並ぶときに考えなければならないことがある。その収集された作品のジャンルについてである。それを具体的な議論とすることがないので、この語のとらえるところを包括して文学と言ってしまっている。さらにその分野から、いうところの古典文学においても当てはまるのであるが、日本の文芸における、近代以降の作品で日本語文学なる呼称も出てきたりしている。したがって、日本文学、日本語文学、翻訳文学などの作品に、それが古典であるゆえんを議論していく必要があるという、時代とジャンルををぐるりめぐりめぐって極めて根本的な事柄に逢着する。
デジタル大辞泉の解説
こてん‐ぶんがく 【古典文学】
1 規範的で恒久的な価値をもつと見なされる文学。
2 一民族の伝統を形成する、過去のすぐれた文学。日本ではふつう近代文学に対して江戸時代までのものをいう。
大辞林 第三版の解説
こてんぶんがく【古典文学】
古い時代に作られ,現在も高い評価を受けている文学作品。西洋では,文学の原点,創作上の模範とされる,古代ギリシャ・ローマの作品を特にさし,日本では近代文学に対して,江戸時代までの文学をさしていうことが多い。
ウイキペディアより
>古代・中世の日本文学は中国の文化的影響が著しく、日本が仏教を受け容れたことからインド文学の間接的影響もみられる。中国文学の影響は江戸時代にもみられるが、いずれの時代においても日本人作家の独創が顕著にみられる。明治維新以降は欧米の文化的影響を強く受けたが、英米文学・フランス文学・ドイツ文学・ロシア文学などを短期間のうちに摂取・模倣し、日本独自の高度な近代文学を創造していった
>日本語を母語としない外国人作家が日本語作品を書くこともあるし、日本人作家が日本語以外の言語で作品を書くこともある。例えば西脇順三郎は日本語と英語、多和田葉子は日本語とドイツ語の双方で作品を執筆している。このように国籍や居住地と言語とが一致しない場合もあることを考慮し、日本語文学という呼称が使われることもあるが、この場合伝統的な日本文学に根ざしてきた漢文・漢詩の扱いが微妙になる。
古典文学年表
www.h3.dion.ne.jp/~urutora/kotenbungakupeji.htm
自身を女性に仮託、仮名で書かれた最初の日記文学。知人との別れ、人情の機微、自然の脅威、行く先々での感慨など内容は多岐にわたり、なかでも、土佐で失った愛娘に対する哀悼の叙述は印象深い。また、全編に57首の歌を配しながら歌論をわかりやすく ...
>
710 平城京へ遷都
712 古事記
713 風土記
720 日本書紀
720 藤原不比等が死去
723 三世一身法
731 大伴旅人が死去
733 山上憶良が死去
751 懐風藻
752 東大寺大仏開眼供養
754 鑑真が来日
759 万葉集
901 菅原道真を大宰府に左遷
905 古今和歌集
竹取物語
伊勢物語
935 土佐日記
935 承平天慶の乱
951 後撰和歌集
956 大和物語
960 中国に宋が起こる
974 蜻蛉日記
落窪物語
1000 拾遺和歌集
995 藤原道長が右大臣に
1002 枕草子
1000 定子が皇后に、彰子が中宮となる
1000 定子が死去
1004 和泉式部日記
1008 源氏物語
1008 紫式部日記
1016 藤原道長が摂政に
1017 藤原頼通が摂政に
1055 堤中納言物語
1051 前九年の役
1053 平等院鳳凰堂が完成
夜半の寝覚
1060 更級日記
1060 栄花物語
1086 後拾遺和歌集
1083 後三年の役
1086 大鏡
1086 白河上皇が院政
1106 今昔物語
1127 金葉和歌集
1129 鳥羽上皇の院政
1151 詞花和歌集
1156 保元の乱
1159 平治の乱
1167 平清盛が太政大臣に
1169 梁塵秘抄
1170 今鏡
1175 法然が浄土宗を開く
1180 福原遷都
1180 源頼朝が挙兵
1187 千載和歌集
1189 源義経が討たれる
1190 水鏡
1190 山家集
1192 頼朝が征夷大将軍に
1203 源実朝が征夷大将軍に
1205 新古今和歌集
1212 方丈記
1214 金槐集
1219 実朝が暗殺される
1220 宇治拾遺物語
1220 愚管抄
1220 保元物語・平治物語
1221 平家物語
1221 承久の乱
1224 親鸞の浄土真宗が広まる
1232 御成敗式目
1235 小倉百人一首
1252 十訓抄
1252 鎌倉に大仏ができる
1266 吾妻鏡
1268 北条時宗が執権に
1280 十六夜日記
1274 文永の役
1281 弘安の役
1330 徒然草
1333 鎌倉幕府が滅亡
1334 建武の新政
1356 菟玖波集
1368 足利義満が3代将軍に
1370 増鏡
1374 太平記
1391 御伽草子
1392 南北朝合一
1397 金閣寺を建てる
1400 風姿花伝
1399 応永の乱
1404 明との勘合貿易が始まる
1438 義経記
1443 足利義政が8代将軍に
1495 新撰菟玖波集
1532 犬菟玖波集
1680 徳川綱吉が5代将軍に
1682 好色一代男
1687 生類憐みの令
1688 日本永代蔵
1689 奥の細道
1688 柳沢吉保が側用人に
1691 猿蓑
1692 世間胸算用
1702 赤穂浪士の仇討ち
1703 曾根崎心中
1709 正徳の治
1711 冥途の飛脚
1715 国性爺合戦
1716 享保の改革
1721 目安箱を設置
1748 仮名手本忠臣蔵
1774 杉田玄白らが「解体新書」
1775 去来抄
1776 雨月物語
1776 平賀源内がエレキテルを完成
1802 東海道中膝栗毛
1804 ロシア使節レザノフ来航
1812 玉勝間
1815 杉田玄白「蘭学事始」
1814 南総里見八犬伝
1819 おらが春
1821 伊能忠敬の「大日本沿海実測全図」完成
デジタル大辞泉の解説
こてん‐ぶんがく 【古典文学】
1 規範的で恒久的な価値をもつと見なされる文学。
2 一民族の伝統を形成する、過去のすぐれた文学。日本ではふつう近代文学に対して江戸時代までのものをいう。
大辞林 第三版の解説
こてんぶんがく【古典文学】
古い時代に作られ,現在も高い評価を受けている文学作品。西洋では,文学の原点,創作上の模範とされる,古代ギリシャ・ローマの作品を特にさし,日本では近代文学に対して,江戸時代までの文学をさしていうことが多い。
ウイキペディアより
>古代・中世の日本文学は中国の文化的影響が著しく、日本が仏教を受け容れたことからインド文学の間接的影響もみられる。中国文学の影響は江戸時代にもみられるが、いずれの時代においても日本人作家の独創が顕著にみられる。明治維新以降は欧米の文化的影響を強く受けたが、英米文学・フランス文学・ドイツ文学・ロシア文学などを短期間のうちに摂取・模倣し、日本独自の高度な近代文学を創造していった
>日本語を母語としない外国人作家が日本語作品を書くこともあるし、日本人作家が日本語以外の言語で作品を書くこともある。例えば西脇順三郎は日本語と英語、多和田葉子は日本語とドイツ語の双方で作品を執筆している。このように国籍や居住地と言語とが一致しない場合もあることを考慮し、日本語文学という呼称が使われることもあるが、この場合伝統的な日本文学に根ざしてきた漢文・漢詩の扱いが微妙になる。
古典文学年表
www.h3.dion.ne.jp/~urutora/kotenbungakupeji.htm
自身を女性に仮託、仮名で書かれた最初の日記文学。知人との別れ、人情の機微、自然の脅威、行く先々での感慨など内容は多岐にわたり、なかでも、土佐で失った愛娘に対する哀悼の叙述は印象深い。また、全編に57首の歌を配しながら歌論をわかりやすく ...
>
710 平城京へ遷都
712 古事記
713 風土記
720 日本書紀
720 藤原不比等が死去
723 三世一身法
731 大伴旅人が死去
733 山上憶良が死去
751 懐風藻
752 東大寺大仏開眼供養
754 鑑真が来日
759 万葉集
901 菅原道真を大宰府に左遷
905 古今和歌集
竹取物語
伊勢物語
935 土佐日記
935 承平天慶の乱
951 後撰和歌集
956 大和物語
960 中国に宋が起こる
974 蜻蛉日記
落窪物語
1000 拾遺和歌集
995 藤原道長が右大臣に
1002 枕草子
1000 定子が皇后に、彰子が中宮となる
1000 定子が死去
1004 和泉式部日記
1008 源氏物語
1008 紫式部日記
1016 藤原道長が摂政に
1017 藤原頼通が摂政に
1055 堤中納言物語
1051 前九年の役
1053 平等院鳳凰堂が完成
夜半の寝覚
1060 更級日記
1060 栄花物語
1086 後拾遺和歌集
1083 後三年の役
1086 大鏡
1086 白河上皇が院政
1106 今昔物語
1127 金葉和歌集
1129 鳥羽上皇の院政
1151 詞花和歌集
1156 保元の乱
1159 平治の乱
1167 平清盛が太政大臣に
1169 梁塵秘抄
1170 今鏡
1175 法然が浄土宗を開く
1180 福原遷都
1180 源頼朝が挙兵
1187 千載和歌集
1189 源義経が討たれる
1190 水鏡
1190 山家集
1192 頼朝が征夷大将軍に
1203 源実朝が征夷大将軍に
1205 新古今和歌集
1212 方丈記
1214 金槐集
1219 実朝が暗殺される
1220 宇治拾遺物語
1220 愚管抄
1220 保元物語・平治物語
1221 平家物語
1221 承久の乱
1224 親鸞の浄土真宗が広まる
1232 御成敗式目
1235 小倉百人一首
1252 十訓抄
1252 鎌倉に大仏ができる
1266 吾妻鏡
1268 北条時宗が執権に
1280 十六夜日記
1274 文永の役
1281 弘安の役
1330 徒然草
1333 鎌倉幕府が滅亡
1334 建武の新政
1356 菟玖波集
1368 足利義満が3代将軍に
1370 増鏡
1374 太平記
1391 御伽草子
1392 南北朝合一
1397 金閣寺を建てる
1400 風姿花伝
1399 応永の乱
1404 明との勘合貿易が始まる
1438 義経記
1443 足利義政が8代将軍に
1495 新撰菟玖波集
1532 犬菟玖波集
1680 徳川綱吉が5代将軍に
1682 好色一代男
1687 生類憐みの令
1688 日本永代蔵
1689 奥の細道
1688 柳沢吉保が側用人に
1691 猿蓑
1692 世間胸算用
1702 赤穂浪士の仇討ち
1703 曾根崎心中
1709 正徳の治
1711 冥途の飛脚
1715 国性爺合戦
1716 享保の改革
1721 目安箱を設置
1748 仮名手本忠臣蔵
1774 杉田玄白らが「解体新書」
1775 去来抄
1776 雨月物語
1776 平賀源内がエレキテルを完成
1802 東海道中膝栗毛
1804 ロシア使節レザノフ来航
1812 玉勝間
1815 杉田玄白「蘭学事始」
1814 南総里見八犬伝
1819 おらが春
1821 伊能忠敬の「大日本沿海実測全図」完成