1031 月末に同窓会とは、悠々自適の面々がそろうというわけだろうから、ましてここまでに元気な方ばかりでということになる。いろいろとそれぞれに出来事があってわが人生はと語り出す方ばかりかと、思いきや、知らぬグループで話題にのせられてしまってこれまた何とも分断された気持ちで過ごしてきてしまって考えることしきりである。
不思議な体験だった。同期会の記録だけでもとおもいながら、どうってこともないようなことで綴るのもおかしな話。しかし、クラス意識がまだあったのだから分断されての分裂したこの同期会の記憶は残るだろう。
はじまりは幹事さんがいきなり席割りの議事録を持ってきて、わがクラスの出席者に何事かを伝えようとした。それを実際にして、なんだか不思議だった。これまで5年ごとの集いに出席者数はクラス最大でもあったようだから、幹事さんが逝去するという、影響が出ているの原因があると。
さて宴は物故者への黙祷をささげた。それで集まった3人はなにくれなく過ごしていたにだが。
席割りの経過がどうだったかというとクラスが分裂しての座席になって、それはわがクラスは総勢5名という様子だからほかのクラスの6名、7名の2テーブルに振り分けられてしまったという状況。
なに、どうということなくすでに60年も経過してどのクラスでも同じようなと思っていたが、その振り分けが出席男性3名と女性2名が分かれてしまったことに、これまたいま、男性がどうの女性がどうのというようなことではなくて、ほかの10テーブルにはクラスごとの10名あまりの出席者で中華料理を楽しむ、そこでおさまったのに、ハンパ人数のクラスができたから、そのテーブルごとの集まりが中華食の醍醐味なので、わがテーブルは言ってみれば居心地が違ったというわけである。
さてさて、おかしなことはどうにもそこから次のことが起こる。
ここまで書いてみて面倒くさくなったので、同窓会のあるある記事として締めておこう。
隣席は旧友のよしみで右は好しとして、そうならぬ左の席には60年もさらにその前の在学3年にも思い出はない方であった。
そしてまた心療科の先生でいらっしゃったから、ここで、その誘導尋問にかかってしまって、どうも面白くなかった2時間となってしまった。