4月尽、日々眺めくらす。三十日みそよのねがいは、なんであったか。
言忌 こといみ のことである。
蜻蛉日記に、やり取りありて、
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いづら、ここに人々今年だにいかで言忌(こといみ)などして世の中こころみん
『物きこゆ。あめつちを袋に縫ひて』と誦するに
いとをかしくなりて、『さらに身には、三十日三十夜は我がもとに、と言はむ』
いとおもふやうなることにも侍るかな
おなじくはこれをかかせたまひて、殿にやはたてまつらせ給はぬ
「いとよきことなり。天下(てんげ)のえほうにもまさらん」
「さらに身には、三十日三十夜は我がもとに、といはむ」
2015年09月24日 | Weblog
蜻蛉日記 中卷 (68)2015.9.24
安和二年(969年)
作者(道綱母) 三十三歳くらい
藤原兼家 四十一歳くらい。蔵人頭 左中将
道綱 十五歳くらい
日記冒頭
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かくありし時過ぎて、世の中にいとものはかなく、とにもかくにもつかで、世に経る人ありけり。
かたちとても人にも似ず、心魂もあるにもあらで、かうものの要にもあらであるも、ことわりと思ひつつ、ただ臥し起き明かし暮らすままに、世の中に多かる古物語のはしなどを見れば、世に多かるそらごとだにあり、人にもあらぬ身の上まで書き日記にして、めづらしきさまにもありなむ、天下の人の品高きやと問はむためしにもせよかし、とおぼゆるも、過ぎにし年月ごろのこともおぼつかなかりければ、さてもありぬべきことなむ多かりける。