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大東亜語

2014-09-29 | 日本語教育
日本語を大東亜語と呼ぶことがあった。東亜また大東亜という用語に歴史解釈が必要である。日本が東アジアのなかで自らの地勢をどう考えようとしてきたか、その時代に現われた東亜であり、大東亜である。

大東亜語と用いたのは、興亜語、協和語とが、その意味内容を指したようである。この語で項目立てをする、辞書はない。
協和語を、満州国の建国初期に用いられた簡易的な日本語である、とする。ウイキペディアより。

このフリー百科辞典には、協和語について
 
>「協和」とは、満州国のスローガンである「五族協和」に由来する。主に日本語を母語としない漢民族や満州民族といった中国人が用いていた。
 とあり、満洲読本 南満洲鉄道株式会社 1927年 を出典とした解説には、

>畳語が日満混合語として残されたため、日本語が全て畳語であるかのような誤解が生まれており、また在留邦人の一部も「わたし買ふ買ふ、いくらいくら、売る売るあるか?」や「たかいたかい、まけるまける、よろしい」のように畳語を多用していた

とある。


大東亜戦争を項目にし、太平洋戦争の日本側での当時の呼称とする解説があり、その語を用いた共栄圏がある。


このデジタル大辞泉には、東亜新秩序として、  
>日中戦争中の日本のアジア政策における標語。昭和13年(1938)第一次近衛内閣によって唱えられた。戦争の目的を日・満・華3国の結束と相互扶助防衛を実現するためのものとした。のち、大東亜共栄圏構想に発展。  
と載せる。

しかし現在もなお、東亜日報という、いまでもその名前を持つ新聞がある。。大韓民国の日刊新聞であり、日本統治時代の1920年4月1日に創刊をして、現在は本社をソウル特別市に置く、発行部数は2,068,647部、韓国ABC協会への申告部数、2003年10月-12月、とある。するとこの東亜の語には東アジアの意味を持つと考えられる。

大東亜を用いた戦争の時代があった。いわゆる戦争時代である。昭和初めから起こった日本状況で、用語の一つであった。
したがって、大東亜となった場合には、一方で前時代の戦争の名称を表す、大東亜戦争 Great East Asia Warの用語である。

大東亜共栄圏という、1940年、昭和15年7月26日の第2次近衛内閣で閣議決定された基本国策要綱である。
この語ともに戦争を画す時代に、1945年、昭和20年12月15日、連合国軍最高司令官総司令部によってこの語を用いることを禁止した経緯がある。

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