美徳は難しい語である。ほめるべき、うるわしい徳と言われようが、人として望ましいりっぱな心のあり方や行いと、辞書ふうの意義に説明しても、日本人からすれば、表立つことではない。それが謙譲の美徳である。用例に、忠君愛国等の名を以てして、国民最上の美徳と称するこそ不思議なれ、というのを福沢諭吉の一文に見ると、その徳行がどうとらえられてきたかをあらためて知る。君子に忠義を尽くす徳があったのである。儒教でいう、五常または五徳がある。5つの徳目は、仁、義、礼、智、信を指して、三綱、君臣父子夫婦間の道徳とあわせ、三綱五常と表現すると、父子、君臣、夫婦、長幼、朋友の五倫の道となる。
デジタル大辞泉の解説
び‐とく【美徳】
美しい徳。道にかなった行い。「謙譲の美徳」⇔悪徳。
大辞林 第三版の解説
びとく【美徳】
美しい徳行。道徳の基準にあった性質や行為。 ↔ 悪徳 「謙譲の-」
例文
び‐とく【美徳】 例文一覧 30件
・・・ 当時のわたしはこの逸事の中に謙譲の美徳を発見した。少くとも発見する為に努力したことは事実である。しかし今は不幸にも寸毫の教訓さえ発見出来ない。この逸事の今のわたしにも多少の興味を与えるは僅かに下のように考えるからである。―― 一 ・・・<芥川竜之介「侏儒の言葉」 青空文庫>
・・・服従と自己抑制とは時として人間の美徳であるけれども、人生を司配すること、この自由に対する慾望ばかり強くして大なるはない。歴史とは大人物の伝記のみとカーライルの喝破した言にいくぶんなりともその理を認むる者は、かの慾望の偉大なる権威とその壮厳な・・・<石川啄木「初めて見たる小樽」 青空文庫>
・・・徳を累するどころか、この家庭の破綻を処理した沼南の善後策は恐らく沼南の一生を通ずる美徳の最高発現であったろう。五 沼南のインコ夫人の極彩色は番町界隈や基督教界で誰知らぬものはなかった。羽子板の押絵が抜け出したようで余り目に立・・・<内田魯庵「三十年前の島田沼南」 青空文庫>
・・・よくよく恥しいという謙遜の美徳があれば、その人の芸術的良心にかけても、たれも本にすまい。人に読ませる積りで書いたのではないという原稿でも、結局は世に出ている。自分の死んだあと、全集を出すなと遺言した作家は何人いるだろうか。 謙遜は美徳で・・・<織田作之助「僕の読書法」 青空文庫>
・・・という美徳を人に擬えて現わしたようなものであったり、あるいは「忠義」という事を人にして現わしたようなものであったり、あるいは強くて情深くて侠気があって、美男で智恵があって、学問があって、先見の明があって、そして神明の加護があって、危険の時に・・・<幸田露伴「馬琴の小説とその当時の実社会」 青空文庫>
・・・正直はいつの時代でも、美徳だと思います。ごまかそうたって、だめですよ。明日の立派な覚悟より、きょうの、つたない献身が、いま必要であります。お前たちの責任は重いぜ。」 と或る詩人が、私の家へ来て私に向って言いました。その人は、酒に酔っては・・・<太宰治「或る忠告」 青空文庫>
・・・かず枝に、わがままの美徳を教えたのは、とうの嘉七であった、忍従のすまし顔の不純を例証して威張って教えた。 みんなおれにはねかえって来る。 すし屋で少しお酒を呑んだ。嘉七は牡蠣のフライをたのんだ。これが東京での最後のたべものになるのだ・・・<太宰治「姥捨」 青空文庫>
・・・他人の甘さを嘲笑しながら、自分の甘さを美徳のように考えたがる。「生活とは何ですか。」「わびしさを堪える事です。」 自己弁解は、敗北の前兆である。いや、すでに敗北の姿である。「敗北とは何ですか。」「悪に媚笑する・・・<太宰治「かすかな声」 青空文庫>
・・・信頼は美徳であると思う。アレキサンドル大王はこの美徳をもっていたがために、一命をまっとうしたようであります。みなさん。少年は、まだうごかずにいた。ここにいないわけはない。檻は、きっとからっぽの筈だ。少年は肩を固くした。こうして覗いているうち・・・<太宰治「逆行」 青空文庫>
・・・田所美徳。太宰治様。」「拝啓。歴史文学所載の貴文愉快に拝読いたしました。上田など小生一高時代からの友人ですが、人間的に実にイヤな奴です。而るに吉田潔なるものが何か十一月号で上田などの肩を持ってぶすぶすいってるようですが、若し宜しいようで・・・<太宰治「虚構の春」 青空文庫>
・・・ キヌ子にさんざんムダ使いされて、黙って海容の美徳を示しているなんて、とてもそんな事の出来る性格ではなかった。何か、それ相当のお返しをいただかなければ、どうしたって、気がすまない。 あんちきしょう! 生意気だ。ものにしてやれ。 ・・・<太宰治「グッド・バイ」 青空文庫>
・・・忍耐だの何だの、そんな美徳について思いをひそめている余裕は無い。私は断言する。木村神崎韓信は、たしかにあのやけくその無頼の徒より弱かったのだ、圧倒せられていたのだ。勝目が無かったのだ。キリストだって、時われに利あらずと見るや、「かくして主は・・・<太宰治「親友交歓」 青空文庫>
・・・すめるという事になったならば、作者の真意はどうあろうと、結果に於いては、汚い手前味噌になるのではあるまいか、映画であったら、まず予告篇とでもいったところか、見え透いていますよ、いかに伏目になって謙譲の美徳とやらを装って見せても、田舎っぺいの・・・<太宰治「鉄面皮」 青空文庫>
・・・ 昔は、人に道を譲り、人と利福を分かつという事が美徳の一つに数えられた。今ではそれはどうだかわかりかねる。しかしそういう美徳の問題などはしばらくおいて、単に功利的ないし利己的の立場から考えても、少なくも電車の場合では、満員車は人に譲って・・・<寺田寅彦「電車の混雑について」 青空文庫>
・・・ 共同作者らの唱和応答の間に、消極的には謙譲礼節があり、積極的には相互扶助の美徳が現われないと、一句一句の興味はあっても一巻の妙趣は失われる。この事を考慮に加えずして連俳を評し味わうことは不可能である。真正面から受ける「有心」の付け句が・・・<寺田寅彦「俳諧の本質的概論」 青空文庫>
・・・「富む事は美徳である。富者はその美徳をあまり多く享有する事の罪を自覚するがゆえに、その贖罪のために種々の痴呆を敢行して安心を求めんとする。貧乏は悪徳である、貧者はその自覚の抑圧に苦しみ、富の美徳を獲得せんと焦慮するために働きあるいは盗み奪う・・・<寺田寅彦「丸善と三越」 青空文庫>
・・・共同一致は美徳である。斉一統一は美観である。小学校の運動会に小さな手足の揃うすら心地好いものである。「一方に靡きそろひて花すゝき、風吹く時そ乱れざりける」で、事ある時などに国民の足並の綺麗に揃うのは、まことに余所目立派なものであろう。しかし・・・<徳冨蘆花「謀叛論(草稿)」 青空文庫>
・・・さて自然の事実をそのままに申せば、たといいかな忠臣でも孝子でも貞女でも、一方から云えばそれぞれ相当の美徳を具えているのは無論であるがこれと同時に一方ではずいぶんいかがわしい欠点をもっている。すなわち忠であり孝であり貞であると共に、不忠でもあ・・・<夏目漱石「文芸と道徳」 青空文庫>
・・・温良恭謙、固より人間の美徳なれども、女子に限りて其教訓を忽にせずと言えば、女子に限りて其趣意を厚く教うるの意味ならん。即ち薬剤にて申せば女子に限りて多量に服せしむるの意味ならんなれども、扨この一段に至りて、女子の力は果して能く此多量の教訓に・・・<福沢諭吉「女大学評論」 青空文庫>
・・・我輩の持論は其再縁を主張する者なれども、日本社会の風潮甚だ冷淡にして、学者間にも再縁論を論ずる者少なきのみか、寡居を以て恰も婦人の美徳と認め、貞婦二夫に見えずなど根拠もなき愚説を喋々して、却て再縁を妨ぐるの風あるこそ遺憾なれ。古人の言う二夫・・・<福沢諭吉「新女大学」 青空文庫>
・・・例えば忠義正直というが如き、政治上の美徳にして、甚だ大切なるものなれども、人に教うるに先ずこの公徳を以てして、居家の私徳を等閑にするにおいては、あたかも根本の浅き公徳にして、我輩は時にその動揺なきを保証する能わざるものなり。 そもそも一・・・<福沢諭吉「日本男子論」 青空文庫>
・・・に対しては恰も痛痒相感ぜざるがごとくなるのみならず、陰陽表裏共に自家の利益栄誉を主張してほとんど至らざるところなく、そのこれを主張することいよいよ盛なる者に附するに忠君愛国等の名を以てして、国民最上の美徳と称するこそ不思議なれ。故に忠君愛国・・・<福沢諭吉「瘠我慢の説」 青空文庫>
・・・ 男が主になってあらゆることを処理してゆく社会の中で、女に求められた女らしさ、その受け身な世のすごしかたに美徳を見出した根本態度は、社会の歴史の進む足どりの速さにつれて、今日の現実の中では、男自身、女自身の実感のなかで、きわめてずれた形・・・<宮本百合子「新しい船出」 青空文庫>
・・・一種の人間としての魅力が、普通考える美点、美徳でない場合も多くあります。私は男にしろ、女の人にしろ、人生に其の人としての感情、見方をはっきり持っているのを見ると、心を惹かれ興味を覚えます。情感のゆたかな深い点に触れ得る人は好しいものです。・・・<宮本百合子「異性の何処に魅せられるか」 青空文庫>
・・・ よく人は容貌によって愛す愛さないと云う事はないと云うけれ共、一目見て不愉快な感じをあたえる顔をしたものをこの上なく愛すと云う事は人にまれな美徳なり技術なりがその醜さを被うて居る時ででもなければ大抵は出来ないものである。 まして何の・・・<宮本百合子「悲しめる心」 青空文庫>
・・・第二部で、より大きい善、人間の美徳、平和な建設を実現する可能をゆるされている能力として権力を見出している。現代でいえば一つの都市ぐらいしかなかった十九世紀初頭のドイツ小王国ワイマールの学友宰相であったゲーテは、その時代の性格とその政治生活の・・・<宮本百合子「権力の悲劇」 青空文庫>
・・・という封建的な立場に立った感情を婦人の心に強くめざめさすことは食うに食えなくなった家のために話にならぬほどの低賃銀で十三時間も働かせられたり、有毒な仕事にこき使われたりすることをも、忍耐強い日本婦人の美徳として自分自身満足するよう、たくみに・・・<宮本百合子「今日の文化の諸問題」 青空文庫>
・・・斯様な批評を下す人は従来日本の女性が魂まで殺戮されて来た半婢半娼の待遇を、家長――男性の女性に対すべき態度だと思い、その無自覚な沈黙と奴隷的な服従とを女性の誇るべき美徳と妄信する輩でございます。彼の渾沌たる智は、「今」に発育しつつある文明の・・・<宮本百合子「C先生への手紙」 青空文庫>
・・・ 人間の美徳も悪徳も社会的関係によるものであることを理解したのは、十九世紀の歴史的な勝利であった。更に、その現実社会に、極めて現実的に揉まれ、「観察する芸術家には事物が一番見よいに違いない場所」即ち社会の「下から、群集に混って困苦と苦闘・・・<宮本百合子「バルザックに対する評価」 青空文庫>
・・・それは美徳である。自分の行為が美徳に合うことは喜ばしくないでもないが、私はその美徳のためにのみこの挙に出づるのではない。発表した方が愉快だからである。即ち身勝手である。八 第一に指摘してくれられたのは、興行の時メフィストフェ・・・<森鴎外「不苦心談」 青空文庫>
デジタル大辞泉の解説
び‐とく【美徳】
美しい徳。道にかなった行い。「謙譲の美徳」⇔悪徳。
大辞林 第三版の解説
びとく【美徳】
美しい徳行。道徳の基準にあった性質や行為。 ↔ 悪徳 「謙譲の-」
例文
び‐とく【美徳】 例文一覧 30件
・・・ 当時のわたしはこの逸事の中に謙譲の美徳を発見した。少くとも発見する為に努力したことは事実である。しかし今は不幸にも寸毫の教訓さえ発見出来ない。この逸事の今のわたしにも多少の興味を与えるは僅かに下のように考えるからである。―― 一 ・・・<芥川竜之介「侏儒の言葉」 青空文庫>
・・・服従と自己抑制とは時として人間の美徳であるけれども、人生を司配すること、この自由に対する慾望ばかり強くして大なるはない。歴史とは大人物の伝記のみとカーライルの喝破した言にいくぶんなりともその理を認むる者は、かの慾望の偉大なる権威とその壮厳な・・・<石川啄木「初めて見たる小樽」 青空文庫>
・・・徳を累するどころか、この家庭の破綻を処理した沼南の善後策は恐らく沼南の一生を通ずる美徳の最高発現であったろう。五 沼南のインコ夫人の極彩色は番町界隈や基督教界で誰知らぬものはなかった。羽子板の押絵が抜け出したようで余り目に立・・・<内田魯庵「三十年前の島田沼南」 青空文庫>
・・・よくよく恥しいという謙遜の美徳があれば、その人の芸術的良心にかけても、たれも本にすまい。人に読ませる積りで書いたのではないという原稿でも、結局は世に出ている。自分の死んだあと、全集を出すなと遺言した作家は何人いるだろうか。 謙遜は美徳で・・・<織田作之助「僕の読書法」 青空文庫>
・・・という美徳を人に擬えて現わしたようなものであったり、あるいは「忠義」という事を人にして現わしたようなものであったり、あるいは強くて情深くて侠気があって、美男で智恵があって、学問があって、先見の明があって、そして神明の加護があって、危険の時に・・・<幸田露伴「馬琴の小説とその当時の実社会」 青空文庫>
・・・正直はいつの時代でも、美徳だと思います。ごまかそうたって、だめですよ。明日の立派な覚悟より、きょうの、つたない献身が、いま必要であります。お前たちの責任は重いぜ。」 と或る詩人が、私の家へ来て私に向って言いました。その人は、酒に酔っては・・・<太宰治「或る忠告」 青空文庫>
・・・かず枝に、わがままの美徳を教えたのは、とうの嘉七であった、忍従のすまし顔の不純を例証して威張って教えた。 みんなおれにはねかえって来る。 すし屋で少しお酒を呑んだ。嘉七は牡蠣のフライをたのんだ。これが東京での最後のたべものになるのだ・・・<太宰治「姥捨」 青空文庫>
・・・他人の甘さを嘲笑しながら、自分の甘さを美徳のように考えたがる。「生活とは何ですか。」「わびしさを堪える事です。」 自己弁解は、敗北の前兆である。いや、すでに敗北の姿である。「敗北とは何ですか。」「悪に媚笑する・・・<太宰治「かすかな声」 青空文庫>
・・・信頼は美徳であると思う。アレキサンドル大王はこの美徳をもっていたがために、一命をまっとうしたようであります。みなさん。少年は、まだうごかずにいた。ここにいないわけはない。檻は、きっとからっぽの筈だ。少年は肩を固くした。こうして覗いているうち・・・<太宰治「逆行」 青空文庫>
・・・田所美徳。太宰治様。」「拝啓。歴史文学所載の貴文愉快に拝読いたしました。上田など小生一高時代からの友人ですが、人間的に実にイヤな奴です。而るに吉田潔なるものが何か十一月号で上田などの肩を持ってぶすぶすいってるようですが、若し宜しいようで・・・<太宰治「虚構の春」 青空文庫>
・・・ キヌ子にさんざんムダ使いされて、黙って海容の美徳を示しているなんて、とてもそんな事の出来る性格ではなかった。何か、それ相当のお返しをいただかなければ、どうしたって、気がすまない。 あんちきしょう! 生意気だ。ものにしてやれ。 ・・・<太宰治「グッド・バイ」 青空文庫>
・・・忍耐だの何だの、そんな美徳について思いをひそめている余裕は無い。私は断言する。木村神崎韓信は、たしかにあのやけくその無頼の徒より弱かったのだ、圧倒せられていたのだ。勝目が無かったのだ。キリストだって、時われに利あらずと見るや、「かくして主は・・・<太宰治「親友交歓」 青空文庫>
・・・すめるという事になったならば、作者の真意はどうあろうと、結果に於いては、汚い手前味噌になるのではあるまいか、映画であったら、まず予告篇とでもいったところか、見え透いていますよ、いかに伏目になって謙譲の美徳とやらを装って見せても、田舎っぺいの・・・<太宰治「鉄面皮」 青空文庫>
・・・ 昔は、人に道を譲り、人と利福を分かつという事が美徳の一つに数えられた。今ではそれはどうだかわかりかねる。しかしそういう美徳の問題などはしばらくおいて、単に功利的ないし利己的の立場から考えても、少なくも電車の場合では、満員車は人に譲って・・・<寺田寅彦「電車の混雑について」 青空文庫>
・・・ 共同作者らの唱和応答の間に、消極的には謙譲礼節があり、積極的には相互扶助の美徳が現われないと、一句一句の興味はあっても一巻の妙趣は失われる。この事を考慮に加えずして連俳を評し味わうことは不可能である。真正面から受ける「有心」の付け句が・・・<寺田寅彦「俳諧の本質的概論」 青空文庫>
・・・「富む事は美徳である。富者はその美徳をあまり多く享有する事の罪を自覚するがゆえに、その贖罪のために種々の痴呆を敢行して安心を求めんとする。貧乏は悪徳である、貧者はその自覚の抑圧に苦しみ、富の美徳を獲得せんと焦慮するために働きあるいは盗み奪う・・・<寺田寅彦「丸善と三越」 青空文庫>
・・・共同一致は美徳である。斉一統一は美観である。小学校の運動会に小さな手足の揃うすら心地好いものである。「一方に靡きそろひて花すゝき、風吹く時そ乱れざりける」で、事ある時などに国民の足並の綺麗に揃うのは、まことに余所目立派なものであろう。しかし・・・<徳冨蘆花「謀叛論(草稿)」 青空文庫>
・・・さて自然の事実をそのままに申せば、たといいかな忠臣でも孝子でも貞女でも、一方から云えばそれぞれ相当の美徳を具えているのは無論であるがこれと同時に一方ではずいぶんいかがわしい欠点をもっている。すなわち忠であり孝であり貞であると共に、不忠でもあ・・・<夏目漱石「文芸と道徳」 青空文庫>
・・・温良恭謙、固より人間の美徳なれども、女子に限りて其教訓を忽にせずと言えば、女子に限りて其趣意を厚く教うるの意味ならん。即ち薬剤にて申せば女子に限りて多量に服せしむるの意味ならんなれども、扨この一段に至りて、女子の力は果して能く此多量の教訓に・・・<福沢諭吉「女大学評論」 青空文庫>
・・・我輩の持論は其再縁を主張する者なれども、日本社会の風潮甚だ冷淡にして、学者間にも再縁論を論ずる者少なきのみか、寡居を以て恰も婦人の美徳と認め、貞婦二夫に見えずなど根拠もなき愚説を喋々して、却て再縁を妨ぐるの風あるこそ遺憾なれ。古人の言う二夫・・・<福沢諭吉「新女大学」 青空文庫>
・・・例えば忠義正直というが如き、政治上の美徳にして、甚だ大切なるものなれども、人に教うるに先ずこの公徳を以てして、居家の私徳を等閑にするにおいては、あたかも根本の浅き公徳にして、我輩は時にその動揺なきを保証する能わざるものなり。 そもそも一・・・<福沢諭吉「日本男子論」 青空文庫>
・・・に対しては恰も痛痒相感ぜざるがごとくなるのみならず、陰陽表裏共に自家の利益栄誉を主張してほとんど至らざるところなく、そのこれを主張することいよいよ盛なる者に附するに忠君愛国等の名を以てして、国民最上の美徳と称するこそ不思議なれ。故に忠君愛国・・・<福沢諭吉「瘠我慢の説」 青空文庫>
・・・ 男が主になってあらゆることを処理してゆく社会の中で、女に求められた女らしさ、その受け身な世のすごしかたに美徳を見出した根本態度は、社会の歴史の進む足どりの速さにつれて、今日の現実の中では、男自身、女自身の実感のなかで、きわめてずれた形・・・<宮本百合子「新しい船出」 青空文庫>
・・・一種の人間としての魅力が、普通考える美点、美徳でない場合も多くあります。私は男にしろ、女の人にしろ、人生に其の人としての感情、見方をはっきり持っているのを見ると、心を惹かれ興味を覚えます。情感のゆたかな深い点に触れ得る人は好しいものです。・・・<宮本百合子「異性の何処に魅せられるか」 青空文庫>
・・・ よく人は容貌によって愛す愛さないと云う事はないと云うけれ共、一目見て不愉快な感じをあたえる顔をしたものをこの上なく愛すと云う事は人にまれな美徳なり技術なりがその醜さを被うて居る時ででもなければ大抵は出来ないものである。 まして何の・・・<宮本百合子「悲しめる心」 青空文庫>
・・・第二部で、より大きい善、人間の美徳、平和な建設を実現する可能をゆるされている能力として権力を見出している。現代でいえば一つの都市ぐらいしかなかった十九世紀初頭のドイツ小王国ワイマールの学友宰相であったゲーテは、その時代の性格とその政治生活の・・・<宮本百合子「権力の悲劇」 青空文庫>
・・・という封建的な立場に立った感情を婦人の心に強くめざめさすことは食うに食えなくなった家のために話にならぬほどの低賃銀で十三時間も働かせられたり、有毒な仕事にこき使われたりすることをも、忍耐強い日本婦人の美徳として自分自身満足するよう、たくみに・・・<宮本百合子「今日の文化の諸問題」 青空文庫>
・・・斯様な批評を下す人は従来日本の女性が魂まで殺戮されて来た半婢半娼の待遇を、家長――男性の女性に対すべき態度だと思い、その無自覚な沈黙と奴隷的な服従とを女性の誇るべき美徳と妄信する輩でございます。彼の渾沌たる智は、「今」に発育しつつある文明の・・・<宮本百合子「C先生への手紙」 青空文庫>
・・・ 人間の美徳も悪徳も社会的関係によるものであることを理解したのは、十九世紀の歴史的な勝利であった。更に、その現実社会に、極めて現実的に揉まれ、「観察する芸術家には事物が一番見よいに違いない場所」即ち社会の「下から、群集に混って困苦と苦闘・・・<宮本百合子「バルザックに対する評価」 青空文庫>
・・・それは美徳である。自分の行為が美徳に合うことは喜ばしくないでもないが、私はその美徳のためにのみこの挙に出づるのではない。発表した方が愉快だからである。即ち身勝手である。八 第一に指摘してくれられたのは、興行の時メフィストフェ・・・<森鴎外「不苦心談」 青空文庫>