中学受験で疲弊しないために、親子で楽しむ受験になるヒントを綴っていきたいと思います。
中学受験で子どもと普通に幸せになる方法
受験校の決め方
1年前の第一志望と違い、今回は実際に受験する学校を日程にしたがって決めていかなければなりません。この作業は意外に大変で、神経も使いますし、またいろいろと情報を集めなければならなくなります。
まず、前提を整理しましょう。
1)絶対に私立にいれるのか、公立でもいいのか。
少子化の問題で、最近では公立の中学も選択できるところがでてきました。公立も競争が始まれば、またいろいろと変わってくるのだと思いますが、私としてはやはりせっかくがんばったのだから、私立にいれてあげたいなと思います。というより、合格するという経験はさせてあげたいと思います。ただ、これはご家庭の判断で、希望の学校でなければ、地元の公立にいった方が良いという考え方もあるでしょう。この問題は子どもを交えて、一度、話をしておいた方が良いと思います。
2)どの程度を下限とするのか?
私立中学もいろいろですし、現在は少子化ですから、定員がうまらない学校もあります。しかし、そこに合格してもあまりうれしくないかもしれません。上を見てもきりがないし、下を見てもきりがないのです。ですから、下限だけは決めておいた方が良いかもしれません。
ここで、高校受験と中学受験の偏差値の違いについて、ちょっとご説明しておこうと思います。たとえば中学と高校で募集をする学校を考えた場合、中学受験では偏差値50とすると高校では55から60くらいに偏差値があがります。そこで、高校は難しいからやはり中学でという考えをもたれるかもしれませんが、それは違います。だいたいレベルとしては同じだと考えていただいて、かまわないのです。ではこの偏差値の違いはいったいどこから生じるのでしょうか?
基本的に高校受験はほぼ全員の子どもたちが受験します。したがって母集団は全体ですが、中学受験はある一部分の子どもたちが母集団になりますので、その違いがだいたい5くらいあるのです。中学受験の平均、すなわち偏差値50が高校では55ぐらいにくると考えてよいでしょう。
行きたい学校があって、その学校が高校でも募集をしているのであれば、あえて中学で決めなくてもよい場合もあります。ここはぜひ、高校のことも多少調べておかれると良いのではないかと思います。
特に大学付属校の場合、高校でも募集をする学校は多いので、付属校は大学受験がない分、高校で受験してもいいと考えても良いのではないでしょうか?
さて以上のような前提をまず、固めた上で受験校を決めていきます。公立には行かないという選択であれば、やはり滑り止めを考えなくてはなりません。これは最初に受験をしてから3校目までには必ずひとついれておきましょう。やはり3つ続けて落ちるということは、子どもにとっては大変な苦痛です。入試は非常に短い期間に集中して受験しますので、精神的に崩れてしまうと、立て直す暇がない場合があります。ですから、3校受ける間に必ず、滑り止めを入れます。そして、この滑り止めについては、やはりよく吟味する必要があります。ただ合格すればよいというのではなく、通う可能性があるのだから、その中身を第一志望の学校と同じくらいに考えておきましょう。
息子の時は、日程上どうしても4日目に滑り止めがきてしまいました。ただ最初に受けた学校も2番目に受けた学校も発表が遅かったのが救いと思っていました。連続して落ちないようにする工夫が日程上、どうしても必要なことです。つまり、同じレベルを並べないということはとても大切です。
模擬試験では合格確実校、実力相応校、挑戦校と区分けがしてある場合がありますが、最初から3日目までにその中から1つずつ受験するというのが良いのではないかと思います。教育的に言えば、3日とも合格するよりは、1校くらい落ちて、なかなか手の届かないところもあるのだと知っておくのも大事なことです。
教えたものの本音としては、たとえ公立にいくとしても、滑り止めはあった方が良いと思っています。せっかくがんばったのに、1校も合格しなかったというのは、ちょっとかわいそうな気がするのです。合格しても、行かないという選択はもちろんありますから、ごほうびと思って滑り止めは用意してあげてほしいと思います。
さて、どの学校を選ぶかということに関しては、なるべく一貫性を持たせる工夫があった方がよいでしょう。自由な校風の学校と、割とガシガシ勉強をやらせる学校があわせて受験校に並んでいるのは、どうも腑に落ちないところです。
さて以上のような内容を検討されたら、進学塾の先生とぜひご相談ください。はっきり言って、ここの指導力が進学塾の大きな価値でもあります。これを利用しない手はありません。ただそのときまでに、ご家庭の考え方を決めて行かれるといいと思います。進学塾の先生に
「それは難しいですよ」
といわれてしまうと、なんとなく弱気になってしまったりするものです。そうならないためにも、本人を交えてよくお話し合いをされるべきだと思います。
ある年、受験指導をしていて、女の子に滑り止めを決めました。お母さんも納得されてその子に学校の話をしたところ、次の塾の日に、本人が抗議にきました。
「どうして、私があそこの学校をうけなきゃいけないの?」
「なに、ご不満ですか」
「大いに」
「あの日、他に受けたい学校あったの?」
「それはないけど、あそこまで下げなきゃいけないんですか」
「ははーん、そこが大いにご不満ね」
「うん」
「それは、君の実力から考えて、もっと上でも合格するでしょう。でもね・・・」
私は日程表を取り出しました。横軸に日程、縦軸に合格偏差値がついたおなじみの表です。
「君の第一志望のランクがここだ。だからここから5ポイント下にすると、実力相応ライン。この前の試験の偏差がだいたい、ここだったね」
「うん」
「で、ここから5ポイントさげると基本的に安全ライン。だからここだ」
「そうでしょ。それはわかります」
「で、この学校は・・・」といって私は上から順に説明をしていきました。通学距離、校風、受験と付属の別、どれも彼女がもっている希望とは違います。
「だと、この学校になる。でだ、この学校は大変評判が良い」
おや、本人の表情がすこしゆるみました。
「英語教育にも力がはいっている。留学もできる。そして・・・・」
といって私が次に出したのは、受験案内。
「この制服をどう思われますか?」
彼女はセーラーが着たかったのです。もちろんその学校はセーラー服。
「かわいいじゃない」
「でしょうが。ちゃんと考えてあげてんだから。何か、文句ある?」
「ありません。でも、やっぱ第一志望に入ろう」
「それはそうでしょ」
彼女は元気に帰っていきました。彼女が納得した理由は何でしょうか?制服が一番の決め手だったように思われるでしょうが、それは違います。
「この学校はいい学校だ」
ということです。子どもは偏差値を見ると、上から順に良い学校だと思いがちです。いや、大人もそう思っておられる方が多いのではないでしょうか。しかし、学校にはいろいろな要素があります。子どもにあう学校がその子にとって一番いい学校なのです。偏差値が良いとか、大学受験の実績がよいとかいうのは、あまり関係ありません。ただ子どもに合うということは、子どもにはよくわかりません。したがって大人がいう価値観が子どもにとっても良い学校になってしまうことはあるのです。だから、子どもの前でいうことばに私はずいぶん気を使っていました。
あるとき、成績の悪い子どもが、自分の志望校を友だちに聞かれました。本人は自分の成績が悪いということを知っていますから、受ける予定の学校をなかなか言い出せません。
それでもしつこく聞かれて、彼はボソっと答えました。友だちはその学校のことをあまり知らなかったので、
「先生、その学校、どんな学校?」
と私に聞いてきました。
「この学校はね、なかなかいい学校なんだよ。クラブ活動もしっかりしてるしね、環境もいい。彼にはぴったしなんだ。何せ、僕が教えてあげたんだからね」
そのとき、彼の顔は確かに明るくなりました。多分ご両親はあまり、良い話をしていなかったのではないかと思います。でも、そういう気持ちで受験したり、入学したりするのは決してよくありません。大人が持っているそういう価値観が、いかに子どもの可能性を奪うものなのか、私はもっと多くの人に知っておいていただきたいと思います。
さて、納得して選んだ学校ですが、入学後、問題がなくなるわけではありません。こんなこともありました。
ある大学付属校に進んでいた高校3年生から相談があると電話がかかってきました。
「大学受験をしたいんです」
「ほう、どこに行きたいの?」
「東大法学部」
「なるほど、いいんじゃない?君がやりたいなら」
「そうだよね。先生はそう言ってくれると思った」
「お母さんは反対なの?」
「当然」
「そうか、そうだろうね。せっかく付属に入ったんだもんね。でも、今の学校の法学部ではだめなのかい?」
「官僚になりたいんだ」
「なるほど。そこまではっきりしているなら、やれば」
「うん、もう一度、説得してみる」
夜にお母さんから電話がかかってきました。
「先生、何かうちの子に言いました?」
と言っているお母さんの声が笑っています。このお母さんは、とてもしっかりされた方なのです。子どものやりたいようにやらせてあげたいと一方で思いつつ、何もそこまで無理することはないと考えておられるのでしょう。
「え、東大受けたいって言うから、やればって言いましたよ」
「まったく、私の気も知らないで」
「すいません」
「いいえ。でもやる気でしょうね。あの子」
「そうでしょう」
「別に官僚になってもらわなくても、いいのですけど」
「いいじゃないですか。やりたいっていうものは」
「でもね、先生。私はうちの子どもの力がわかります。あの子はそこまでやれる子じゃないです。だから付属に入れたのですから」
「わからないじゃないですか。でもたとえ失敗しても、後悔はしないでしょう。あそこまで言うんだから」
「そうでしょうね。でも、きっと落ちますよ。でも、それであの子がしっかりすればいいのでしょうね。先生はそう考えているのでしょう?」
「はい」
「仕方ありませんね。でも、どうしてあんなこと、思ったのかしら?」
私も彼がどうして官僚になりたいのかは聞きませんでした。しかし、彼の性格から考えると、わからないこともないのです。彼は、正義感の強い人間でした。だから自分の将来をなるたけ、人のためになるようにしたいと考えたのだろうと思います。その結果として出てきたのが官僚になること。そして東大法学部だったのではないかと思います。
結論だけ言えば、彼は失敗し、元の付属校の法学部に入り直しました。お母さんの言うとおりになりましたし、そういう意味ではやはりお母さんはあの子のことをよく知っておられたのだろうと思います。しかし本人にとって貴重な体験であったことは間違いありません。
子どもは成長するにつれて、いろいろなことを考え、そして挑戦し始めるものです。親がよかれと思って選んでも、それがあだとなる場合もあります。だからといって、親が選ぶことに不安を感じる必要もないのです。子どもが道を変えたいのであれば、そのとき相談して、いっしょに考えたあげればよいのです。私立に入ったあと、もう一度高校受験をしたいと言い出した子どもたちを私はたくさん知っていますし、実際に彼らは自分の気持ちを現実のものとしていきました。それでいいのだと思います。それが子どもの成長なのですから。
まず、前提を整理しましょう。
1)絶対に私立にいれるのか、公立でもいいのか。
少子化の問題で、最近では公立の中学も選択できるところがでてきました。公立も競争が始まれば、またいろいろと変わってくるのだと思いますが、私としてはやはりせっかくがんばったのだから、私立にいれてあげたいなと思います。というより、合格するという経験はさせてあげたいと思います。ただ、これはご家庭の判断で、希望の学校でなければ、地元の公立にいった方が良いという考え方もあるでしょう。この問題は子どもを交えて、一度、話をしておいた方が良いと思います。
2)どの程度を下限とするのか?
私立中学もいろいろですし、現在は少子化ですから、定員がうまらない学校もあります。しかし、そこに合格してもあまりうれしくないかもしれません。上を見てもきりがないし、下を見てもきりがないのです。ですから、下限だけは決めておいた方が良いかもしれません。
ここで、高校受験と中学受験の偏差値の違いについて、ちょっとご説明しておこうと思います。たとえば中学と高校で募集をする学校を考えた場合、中学受験では偏差値50とすると高校では55から60くらいに偏差値があがります。そこで、高校は難しいからやはり中学でという考えをもたれるかもしれませんが、それは違います。だいたいレベルとしては同じだと考えていただいて、かまわないのです。ではこの偏差値の違いはいったいどこから生じるのでしょうか?
基本的に高校受験はほぼ全員の子どもたちが受験します。したがって母集団は全体ですが、中学受験はある一部分の子どもたちが母集団になりますので、その違いがだいたい5くらいあるのです。中学受験の平均、すなわち偏差値50が高校では55ぐらいにくると考えてよいでしょう。
行きたい学校があって、その学校が高校でも募集をしているのであれば、あえて中学で決めなくてもよい場合もあります。ここはぜひ、高校のことも多少調べておかれると良いのではないかと思います。
特に大学付属校の場合、高校でも募集をする学校は多いので、付属校は大学受験がない分、高校で受験してもいいと考えても良いのではないでしょうか?
さて以上のような前提をまず、固めた上で受験校を決めていきます。公立には行かないという選択であれば、やはり滑り止めを考えなくてはなりません。これは最初に受験をしてから3校目までには必ずひとついれておきましょう。やはり3つ続けて落ちるということは、子どもにとっては大変な苦痛です。入試は非常に短い期間に集中して受験しますので、精神的に崩れてしまうと、立て直す暇がない場合があります。ですから、3校受ける間に必ず、滑り止めを入れます。そして、この滑り止めについては、やはりよく吟味する必要があります。ただ合格すればよいというのではなく、通う可能性があるのだから、その中身を第一志望の学校と同じくらいに考えておきましょう。
息子の時は、日程上どうしても4日目に滑り止めがきてしまいました。ただ最初に受けた学校も2番目に受けた学校も発表が遅かったのが救いと思っていました。連続して落ちないようにする工夫が日程上、どうしても必要なことです。つまり、同じレベルを並べないということはとても大切です。
模擬試験では合格確実校、実力相応校、挑戦校と区分けがしてある場合がありますが、最初から3日目までにその中から1つずつ受験するというのが良いのではないかと思います。教育的に言えば、3日とも合格するよりは、1校くらい落ちて、なかなか手の届かないところもあるのだと知っておくのも大事なことです。
教えたものの本音としては、たとえ公立にいくとしても、滑り止めはあった方が良いと思っています。せっかくがんばったのに、1校も合格しなかったというのは、ちょっとかわいそうな気がするのです。合格しても、行かないという選択はもちろんありますから、ごほうびと思って滑り止めは用意してあげてほしいと思います。
さて、どの学校を選ぶかということに関しては、なるべく一貫性を持たせる工夫があった方がよいでしょう。自由な校風の学校と、割とガシガシ勉強をやらせる学校があわせて受験校に並んでいるのは、どうも腑に落ちないところです。
さて以上のような内容を検討されたら、進学塾の先生とぜひご相談ください。はっきり言って、ここの指導力が進学塾の大きな価値でもあります。これを利用しない手はありません。ただそのときまでに、ご家庭の考え方を決めて行かれるといいと思います。進学塾の先生に
「それは難しいですよ」
といわれてしまうと、なんとなく弱気になってしまったりするものです。そうならないためにも、本人を交えてよくお話し合いをされるべきだと思います。
ある年、受験指導をしていて、女の子に滑り止めを決めました。お母さんも納得されてその子に学校の話をしたところ、次の塾の日に、本人が抗議にきました。
「どうして、私があそこの学校をうけなきゃいけないの?」
「なに、ご不満ですか」
「大いに」
「あの日、他に受けたい学校あったの?」
「それはないけど、あそこまで下げなきゃいけないんですか」
「ははーん、そこが大いにご不満ね」
「うん」
「それは、君の実力から考えて、もっと上でも合格するでしょう。でもね・・・」
私は日程表を取り出しました。横軸に日程、縦軸に合格偏差値がついたおなじみの表です。
「君の第一志望のランクがここだ。だからここから5ポイント下にすると、実力相応ライン。この前の試験の偏差がだいたい、ここだったね」
「うん」
「で、ここから5ポイントさげると基本的に安全ライン。だからここだ」
「そうでしょ。それはわかります」
「で、この学校は・・・」といって私は上から順に説明をしていきました。通学距離、校風、受験と付属の別、どれも彼女がもっている希望とは違います。
「だと、この学校になる。でだ、この学校は大変評判が良い」
おや、本人の表情がすこしゆるみました。
「英語教育にも力がはいっている。留学もできる。そして・・・・」
といって私が次に出したのは、受験案内。
「この制服をどう思われますか?」
彼女はセーラーが着たかったのです。もちろんその学校はセーラー服。
「かわいいじゃない」
「でしょうが。ちゃんと考えてあげてんだから。何か、文句ある?」
「ありません。でも、やっぱ第一志望に入ろう」
「それはそうでしょ」
彼女は元気に帰っていきました。彼女が納得した理由は何でしょうか?制服が一番の決め手だったように思われるでしょうが、それは違います。
「この学校はいい学校だ」
ということです。子どもは偏差値を見ると、上から順に良い学校だと思いがちです。いや、大人もそう思っておられる方が多いのではないでしょうか。しかし、学校にはいろいろな要素があります。子どもにあう学校がその子にとって一番いい学校なのです。偏差値が良いとか、大学受験の実績がよいとかいうのは、あまり関係ありません。ただ子どもに合うということは、子どもにはよくわかりません。したがって大人がいう価値観が子どもにとっても良い学校になってしまうことはあるのです。だから、子どもの前でいうことばに私はずいぶん気を使っていました。
あるとき、成績の悪い子どもが、自分の志望校を友だちに聞かれました。本人は自分の成績が悪いということを知っていますから、受ける予定の学校をなかなか言い出せません。
それでもしつこく聞かれて、彼はボソっと答えました。友だちはその学校のことをあまり知らなかったので、
「先生、その学校、どんな学校?」
と私に聞いてきました。
「この学校はね、なかなかいい学校なんだよ。クラブ活動もしっかりしてるしね、環境もいい。彼にはぴったしなんだ。何せ、僕が教えてあげたんだからね」
そのとき、彼の顔は確かに明るくなりました。多分ご両親はあまり、良い話をしていなかったのではないかと思います。でも、そういう気持ちで受験したり、入学したりするのは決してよくありません。大人が持っているそういう価値観が、いかに子どもの可能性を奪うものなのか、私はもっと多くの人に知っておいていただきたいと思います。
さて、納得して選んだ学校ですが、入学後、問題がなくなるわけではありません。こんなこともありました。
ある大学付属校に進んでいた高校3年生から相談があると電話がかかってきました。
「大学受験をしたいんです」
「ほう、どこに行きたいの?」
「東大法学部」
「なるほど、いいんじゃない?君がやりたいなら」
「そうだよね。先生はそう言ってくれると思った」
「お母さんは反対なの?」
「当然」
「そうか、そうだろうね。せっかく付属に入ったんだもんね。でも、今の学校の法学部ではだめなのかい?」
「官僚になりたいんだ」
「なるほど。そこまではっきりしているなら、やれば」
「うん、もう一度、説得してみる」
夜にお母さんから電話がかかってきました。
「先生、何かうちの子に言いました?」
と言っているお母さんの声が笑っています。このお母さんは、とてもしっかりされた方なのです。子どものやりたいようにやらせてあげたいと一方で思いつつ、何もそこまで無理することはないと考えておられるのでしょう。
「え、東大受けたいって言うから、やればって言いましたよ」
「まったく、私の気も知らないで」
「すいません」
「いいえ。でもやる気でしょうね。あの子」
「そうでしょう」
「別に官僚になってもらわなくても、いいのですけど」
「いいじゃないですか。やりたいっていうものは」
「でもね、先生。私はうちの子どもの力がわかります。あの子はそこまでやれる子じゃないです。だから付属に入れたのですから」
「わからないじゃないですか。でもたとえ失敗しても、後悔はしないでしょう。あそこまで言うんだから」
「そうでしょうね。でも、きっと落ちますよ。でも、それであの子がしっかりすればいいのでしょうね。先生はそう考えているのでしょう?」
「はい」
「仕方ありませんね。でも、どうしてあんなこと、思ったのかしら?」
私も彼がどうして官僚になりたいのかは聞きませんでした。しかし、彼の性格から考えると、わからないこともないのです。彼は、正義感の強い人間でした。だから自分の将来をなるたけ、人のためになるようにしたいと考えたのだろうと思います。その結果として出てきたのが官僚になること。そして東大法学部だったのではないかと思います。
結論だけ言えば、彼は失敗し、元の付属校の法学部に入り直しました。お母さんの言うとおりになりましたし、そういう意味ではやはりお母さんはあの子のことをよく知っておられたのだろうと思います。しかし本人にとって貴重な体験であったことは間違いありません。
子どもは成長するにつれて、いろいろなことを考え、そして挑戦し始めるものです。親がよかれと思って選んでも、それがあだとなる場合もあります。だからといって、親が選ぶことに不安を感じる必要もないのです。子どもが道を変えたいのであれば、そのとき相談して、いっしょに考えたあげればよいのです。私立に入ったあと、もう一度高校受験をしたいと言い出した子どもたちを私はたくさん知っていますし、実際に彼らは自分の気持ちを現実のものとしていきました。それでいいのだと思います。それが子どもの成長なのですから。
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