伊波塾長の気ままブログ

スタディの代表者の伊波勝也塾長が、日常の出来事や生徒の勉強について思いつくまま気ままに書き込んでいます。

禍福は糾える縄の如し

2012-06-22 06:48:35 | Weblog
「糾う(あざなう)」ということばが難しい。そもそも、縄を糾うなど長いことやったことがない。枯れ草で縄をなうなど、今の我々の生活には不要なのだろう。

縄をなうには、少量の枯れ草二束を両手でよじりあわせていけばよい。束が少なくなると一束づつ枯れ草を付け足していく。一束つづが生活である。

「禍福は糾える縄の如し」とは、災いと幸福はよじりあわせた縄のようにそれぞれが互いに絡み合い、災いの裏には幸福があり、幸福の裏には災いがあるということである。

幸福だけの人生はないし、災いだけの人生もない。幸福は不幸を内包し、不幸は幸福を内包する。幸福の中に不幸が隠れ、不幸の中に幸福が芽吹く。

学校は、今が中間テストの時期。既に終わったところもある。試験の結果を見て、喜ぶ生徒、悔しがる生徒。生徒も勉強という縄を糾っていく。縄を糾うのは生徒自身。塾の先生は生徒が縄を糾う環境づくりをする。強い縄ができるように。

サイレン

2012-06-20 23:03:39 | Weblog
片側2車線、込んでいる道路の後方からサイレンを鳴らして救急車がやってくる。前方の車がつまっていて、全く前に進めないでいる。こんなにつまっている状況でとうなるんだろうと、運転中の誰もがバックミラーを見ながら、たぶん思っていた。

ところが、車を歩道側に寄せ、また中央分離帯側に寄せているその間を、救急車はすっすっと走ってくる。何とかなるもんだ、大きなバスもあるのによく通れるスペースを作れたもんだ。救急車のサイレンの音には切迫した緊張感があり、そこにある危機や緊急事態に少しでも協力したいという気持ちを起こさせる。

サイレンを鳴らす緊急自動車にはいろんな種類があるが、どの車も地域の人々の安全と安心を守っている。しかし、警察の車はちょっとかわいそう。強制されるから仕方なく道を空けるという感じ。たぶん、圧迫感がそうさせるのだろう。

消防自動車は鐘の音を伴ったサイレン。その音が火事の現場を想像させる。心の奥でドキドキ。心が好きといっている。

サイレンの音と心もよう。尊い清さ・わがまま・エゴイズム。

傘をかぶる

2012-06-19 23:03:28 | Weblog
台風は日本本土に上陸し、今は関東地方を通過中である。台風は通り過ぎたが、今日は雨がひどくて大雨洪水警報がでている。

事務員の一人は透明のビニール袋を頭にかぶって、車のある駐車場に歩いていった。もう一人の事務員も傘をかぶって、駐車場に歩いていった。ごく自然に傘をかぶって歩いていった。二人の口から「傘をかぶる」とごく自然にでる。

沖縄では傘は差すものではなく、かぶるものである。方言の「傘かんじゅん」を直訳でそのまま日本語にしたのだろうか。

気になったのでネットで調べてみたら、東北・北関東・中国・四国・長崎などで使われたりするようである。沖縄だけではないんだ。

もともとは、「傘かんじゅん」だし、「傘をかぶる」は気にしないで使っていいんじゃない。みんな自然に使っているしで。

とは言っても、試験やテストのときは「傘をかぶる」はダメでしょう。減点されてしまう。気をつけましょう。

怒り

2012-06-16 17:03:11 | Weblog
「僕は車に乗ると人間が変わるんだよね、思いがけず渋滞に巻き込まれたときには一人車の中で激しく怒っていたりするんだよ」

「伊波さん、それは普段は表に出ない伊波さんの隠れた性格ですよ」

学生時代のことで、心理学を専攻していた女子学生からの指摘。周囲には温厚で通っていたし自分でもそう思っていたのだがら、意外な指摘であった。

そして、今、怒る自分と温厚な自分がいる。怒る自分も温厚な自分も確かに自分自身。

ときどき、特定の人に対して強く怒りを感じるときがある。頭に血が上る。そんなときは自分に言い聞かせる。つまらない人のために腹を立ててどうする、つまらない人に自分の心をかき回されてどうする、相手はそれほどの人間か、と思うと頭に上っていた血が一気に下がり平静になる。相手がそれほどの人間である場合はどうするか、耳を傾けて自分自身を見つめる。

自分の感情を理性で統制できると思っているので、自分の怒りに対しては寛容である。いったん、怒りを自分の中に受け入れて、不都合なら理性で落ち着かせる。

感情の自分がいて、理性の自分がいて、感情と理性を見つめる自分がいる。人間は面白い。


話は変わって、オスプレイ。

一人一人が怒らないといけない。欠陥ヘリコプターで事故頻発の輸送機を普天間基地に配備するなどとんでもない。オスプレイはヘリコプターとプロペラ飛行機の両方の機能を備えるために、ローター(飛行機のプロペラにあたる)が小さい。ローターが小さいのでエンジン停止時の着陸手段であるオートローテーション機能がなく、エンジンが止まったら墜落するしかないのだという。安全対策が備わっておらず機能上の問題があるからこれだけ事故が頻発するのである。オスプレイの安全性が疑問視されているさ中で、また先日、アメリカ・フロリダでオスプレイの墜落事故があった。

怒りが必要なときである。県民全員が怒らないといけない。その怒りが、現状を変え今後を方向づけていく。

こだわり

2012-06-15 21:14:22 | Weblog
先日、隣りの「教室のブログ」に猫の写真つきで投稿した。写真をブログに投稿するのは初めてである。

ブログの写真はいろんな題材・話題を効果的に表現できて便利ある。ときどき、写真を利用したくなったときは「教室のブログ」にお邪魔して書き込もうと思う。

それなら、塾長のブログでも写真を使ってよさそうだが、それはない。色や太文字を使ってもよさそうだが、それもない。単純な文字だけのほうがいい。

自分で自分に語りかける文体が好きである。自分で自分にだから丁寧語は使わなくてよい。

当初からのこだわり、そしてこれからも。