二日目はB先生にマニラ市内の博物館を案内してもらった。B先生は展示されている数々の絵画や彫刻についてフィリピンの歴史や宗教的背景を交えて説明してくれた。
スペインへの服属とキリスト教への改宗の要求を拒否してマゼランを殺害したフィリピンの英雄ラプ=ラプ、スペイン政府の植民地支配に抵抗してフィリピンの独立運動の精神的支柱であったが36歳の若さで処刑された作家のホセ・リサール。
「ホセ・リサールは植民地支配の下でスペイン政府の弾圧を避けるために、著作活動では明白ではないあいまいな表現で自分の主張をしていったんです。」
「それは、今の日本も同じです。私はブログを持っているのですが、あいまいに書いたり消したりで、思うままに表現することはなかなか難しいです。それでも言葉を選びながら慎重に書いています。」
「あなたはそれを匿名で書いているんですか。」
「匿名ではないです。」
「勇気があるんですね。」
「そうは思いませんが、それが日本の現状です。」
「フィリピンでは思っていることを自由に言えますよ。」
「自由にものが言えて、いいですね。」
秘密保護法案が今国会に上程され法制化されようとしている。秘密保護法が施行されると国民の知る権利と言論の自由が著しく侵害されることになる。役人もマスコミも政治家も一般市民も、すべての人が口をふさがれて言論と世論が統制されていく。正当な手順で権力を付託されたのではない現政権に、法案を通過させる権限はない。慎重にこのくらいは言ってみる。
数十年ぶりに訪問したフィリピンは、マルコス政権からアキノ政権に替わっていた。公共施設の至るところに飾られていたマルコスの肖像画が今はない。他の誰の肖像画もない。
オンライン英会話のA先生にはガイドをお願いしていて、私の滞在中は仕事の休暇を取ってもらっている。A先生の同行で空港からホテルにタクシーで向かう。車内から見る外の風景を、かつての風景と重ねてみる。以前より、むしろ寂れたかもしれない。
A先生に勧められたホテルに着く。フィリピンではミドルクラスのグレードだが、宿泊費はお手ごろである。ホテルの周りは繁華街であり、A先生から決して一人で外には出ないでねと念を押される(それでも、出るのだが)。ここが、これから6泊7日のフィリピンでの宿泊場所になる。
壁の日めくりカレンダーを、6枚まとめて剥ぐ。久しぶりに自分の部屋のパソコンの前に座る。それにしても、税関では厳しく調べられたものだ。
「フィリピンには、一人で行かれてたんですか」
「はい」
「一人で行かれて一週間観光されたんですか」
「はい」
「よくフィリピンには行かれるんですか」
「いいえ、20年ぐらい前に行ったことはありますが」
「旅券も最近取ったばかりで何か変ですね、カバンの中を見せて下さい」
「はい」
「マンゴーのお菓子のお土産がたくさんありますね、それに衣類、これらの奥も調べさせてください」
税関職員がマンゴーの大量のお菓子を外に取り除き、カバンの隅の隅まで調べていく。表の堅いプラスチックと裏地の内側まで手で点検している。麻薬や拳銃の密輸をたぶん疑っているのだろう。
「何の問題もないので、結構です」
「はい」
<工夫してぎゅうぎゅうに詰めてあったマンゴーのお菓子や雑多な所持品を、これだけバラバラにされたら入れ直すのが大変だろうが・・・>
オンライン英会話のフィリピンの先生に会いに行って、一週間の間ずっと案内してもらっていたんです、と言えばここまで疑われることはなかったかもしれない。しかし、あまり気分のよいものではない。
終わっても通関の横を立ち去らず、しばらくの間、後の旅客を見ていると、あっさりと通しているではないか。
これから数回は、フィリピンの体験記をつづる事にする。