伊波塾長の気ままブログ

スタディの代表者の伊波勝也塾長が、日常の出来事や生徒の勉強について思いつくまま気ままに書き込んでいます。

気づく

2016-01-31 16:25:39 | Weblog
「塾長、最近痩せたんじゃないですか。」と女子事務員が聞く。

「なぜ、そう思うのか。」

「○○先生が、塾長は最近痩せたみたいだと言っていましたよ。」

「どういうこと。」

「ベルトの小さい切れ端をテーブルの上に見つけたらしいんです。」

「よく、気づいたね。」

最近、ズボンがゆるゆるになったのでベルトの穴を一つ縮めたのだが、そのときの切れ端を社員が見つけたようである。ベルトの切れ端から、誰かが痩せたんだと考えた。簡単そうだが、心構えがないと気づかない。

ちょっとしたことでも、自分のことについて気づいてもらえるのは嬉しいものである。小さな「気づき」の積み重ねが人間関係の基本である。さて、自分はどうだろうと振り返る。

明かりを照らして

2016-01-30 23:54:30 | Weblog

抗議市民の一人一人が、えんやこらと重たいブロックを持って運ぶ。



未明の運搬は暗いのが不便だが、それでも運ぶ。



強烈な投光機を備える機動隊車両に向かい「機動隊さ~ん、暗いので明りを照らしてくださ~い。」と抗議市民が笑いながら呼びかけるが、2名が常駐する機動隊車両は何の変化も示さない。

抗議市民がブロックを積むようになると、機動隊車両は強烈な明りを照らすのをやめた。照らす理由を「安全のため」と主張していたのに。


ブロックの贈り物

2016-01-29 18:51:11 | Weblog


   

数日前から辺野古ゲート前にはブロックが積まれるようになった。かなりの数のブロックを山のように積むと、機動隊が抗議市民とともに山と積まれたブロックを排除する。これが日に数回繰り返される。

辺野古ゲート前でブロックを必要としていることを知った本土の支援者が、1個のブロックを数千円の送料をかけて宅急便で送ってきた。1個のブロックは100円もしないはずなので、送料のほうがずっと高い。しかし、嬉しいのはそこまでしてくれる支援者の気持である。

中には、絵を描いて送ってくれる支援者もいる。こういったいろんな形での支援の気持が辺野古で闘う人々を勇気づける。

喜びの出どころ

2016-01-28 23:32:55 | Weblog
「あのー、すみません。お金落としましたよー。」

かねひでスーパーの店舗から出たところで呼び止められた。振り向いたら、若い男性店員が走ってきて手を差し出して渡そうとする。「ありがとう」と受け取って見てみると、一個の一円玉だった。

店員にとっても顧客の自分にとっても、お金の価値で考えるとただの一円玉である。しかし、何ともいえない気分の良さが心に広がる。そして、気分の良さがしばらく心にとどまっている。

お金は何でも買えると主張する人がときどきいるが、そうではない。たった一円玉なのに、こんなに人を気分良くさせてくれる。気分良くさせているのは誠実さである。

何を気分よく思うかという喜びの出どころは人によって違う。野に咲く一輪の花、鳥のさえずり、海のさざ波、そして、ゆいまーる。沖縄には豊かな自然とお互いに助け合うゆいまーるの精神がある。それがウチナーンチュの喜びである。

ところで、公約を破って平気な政治家がよくいるが、彼らの喜びの出どころは何なのだろう。きっとそれは、権力・財力・地位・保身。彼らは喜びの出どころを隠す。

戦場

2016-01-27 20:54:08 | Weblog
朝5時、時計のアラームが鳴る。辺野古に行くときは、いつもこの時間に起きる。軽く顔を洗って鏡を見る。仕事以外では髪をセットすることはないのだが、寝ぐせがひどいときは直す。寝ぐせを直していると、つむじの右5cmに5円玉大のハゲを見つけた。またか・・。4、5年前に後頭部と側頭部それぞれ2か所できて、治るまでに半年もかかった。寝る前に生姜(しょうが)をゴシゴシこすっていた。産毛はすぐに生えてきたが太くなるまでに時間がかかった。

今回は生生姜は使わずに、チューブ入りの生姜を指にとって擦りこんでいる。前回よりもずっと小さいので、あまり気にしない。神経の使い過ぎが原因でもあるし。

ところで、円形脱毛症は以前は「台湾はげ」とよく言われていたが、「台湾はげ」の由来は1894年から翌年にかけて台湾に出征した日本兵の間で「はげ」が流行したからだという。武士ではない徴兵制で編成された兵隊たちにとって、慣れない戦争というものは余程大きなストレスだったのだろう。

辺野古の抗議運動も「戦場」のようなものなのか。

小指の痛み

2016-01-26 18:02:09 | Weblog

帰るため車に乗り込む。サイドブレーキに手をかけると小指がピリッと痛む。シートを背にして体をひねると脇腹が痛い。右ひざもヒリヒリ。今日もけっこう大変だった。

引き倒す。引きずる。ひざを抗議市民の胴体にあてて拘束する。これでは怪我もする。

 

復帰前の1969年に、祖国復帰協議会会長の喜屋武真栄さん(後に参議院議員を5期)が国会の公聴会で次のように発言した。

「沖縄同胞の心情を人ごとと思わず、小指の痛みは全身の痛みと感じ取ってください。」

あのときのままではないか。小指の痛みがそこで止まっている。今、どれだけの人間が小指の痛みを全身の痛みと感じ取れているのか。

沖縄は同胞なのか。



◆ 本ブログは、米軍基地・辺野古問題・平和に関して、画像も含めすべて引用自由です。(承諾不要・引用元不要)

小氷河期

2016-01-25 14:28:52 | Weblog
水道水で手を洗うと、氷水のように水が冷たい。凍えた両手をしばらくの間、電気ストーブにかざして温める。地球は温暖化しているはずなのに、何なのかこの寒さは。昨日は名護と久米島でみぞれ(雪)が観測され、久米島では39年ぶり、沖縄本島では初めてのことだという。

地球は10万年を周期として、9万年の氷河期と1万年の間氷期(温暖な期間)を繰り返しており、現在は間氷期が終わって氷河期に入ろうという時期なのだという。

さらに、マウンダー極小期という小氷河期が周期的に繰り返されており、前回は1645年から1715年の70年間がマウンダー極小期であり、イギリスやフランスなどの川や海岸が凍りつき農作物の生育にも大きな影響が出たのだという。マウンダー極小期は約370年周期で繰り返されており、今から14年後の2030年には地球はマウンダー極小期に入り、極寒の気候になるのだという。

太陽の黒点は太陽の活発な活動を表わしており、黒点の増加と減少は11年を周期に繰り返されているが、2013年の最盛期の時期に黒点が全く見らえれず、11年周期のリズムがくずれているらしい。そういえば、2年前の冬は周期では最も温かいはずなのに世界各地でかなり寒かった。

あと10年ほどすると、誰も地球温暖化を口にしなくなるともいわれている。なぜなら、そのときは地球は小氷河期の入口に差し掛かり、今とは比べられない寒い環境になっているからだという。

さて、我々の地球はほんとうに温暖化に向かっているのか、それとも小氷河期に向かっているのか、10年という時間が明らかにしてくれる。

犬HK

2016-01-24 22:24:11 | Weblog
最近ネットでは、NHKは安倍の犬HKと呼ばれている。宜野湾知事選の結果が出て、犬HKだけが放送をしていた。沖縄の民放3局は、選挙結果をまったく放送しなかったが、放送しないように圧力がかかったのだろう。

すると、犬HKのやりたい放題である。検証されないので、どんな数字でも作り出せる。開票速報の解説で、宜野湾市民の6割以上が普天間基地の辺野古移転を望んでいるのだという。絶対に有り得ない。他のデータも同様だ。

放送では、キャスターと記者に、誰かが話す内容を一つ一つ指示しているのが音声で聞き取れた。発言を制約されたキャスターと記者は、顔を引きつらせながら指示どおりの言葉を話していた。


こんな犬HKに、受信料を払う必要はない。

最終日

2016-01-23 21:52:47 | Weblog

   

今日は宜野湾市長選の選挙運動の最終日で、シムラ恵一郎さんのビラ配りをしてきた。宇地泊地区を回っているとDVD・本屋のゲオの交差点の角で参議院議員の山本太郎さんが街頭演説をしているのに遭遇した。山本太郎さんをまれに見る「国士」であると常々思っていたので、急いで街宣車の前に行き、大きな拍手で応援した。10分ぐらいの演説が終わり車両から降りてきたところにかけより、「シムラさんのビラ配りをしているんです。来てくれて有難うございます。」と手を出し握手を求めると、山本太郎さんは両手で握り返し「がんばりましょう。」と力強く答えてくれた。

ビラ配りを終わり、選挙事務所の前まで来ると雨の中を大勢の人が集まっていて、ちょうど最後の集会が始まろうとするところであった。シムラさん、翁長知事、稲嶺名護市長、山本太郎参議院議員、鳩山由紀夫前首相、シールズ琉球などが応援演説をし、非常に大きな盛り上がりであった。

横に目をやると辺野古でよく顔を合わせる参加者がいたので、ともに腕を組んでシュプレヒコールを叫んでシムラさんを応援した。

自分を含めこれだけの人が懸命に支援しているのだから、負けるはずはない。

ビラ配り以外に、明日の選挙開票の立会人になりたいと選挙事務所に申し出たのだが、一人しか立会人は出すことができず、もう決まっているのだという。開票場の場所を聞くと、分からないという。

個人的意見として選挙について次のように考える。

不在者投票の制度は廃止すべきである。
ショッピングセンターや駅前での投票は必要ない。
老人ホームや介護施設での職員の代筆は必要ない。
成年後見人制度での被後見人に投票権を回復させる必要はない。

それ以外にも思うところはある随分のだが、このくらいにしておく。

明日は、シムラさんが満面の笑顔で喜んでいるのを目にしたい。そして、シムラさんを支援してきた多くの人々が喜びに沸いているのを。

法を守れと言えるか

2016-01-22 05:43:47 | Weblog
若い機動隊員につめより、壊れた時計を目の前につきつけ問いかける。
「この時計どうしてくれんだ。お前らがやったんだろう。責任はとらんのか。」
チラッとは見るが何の返事もない。

辺野古の機動隊を指揮する真喜志中隊長の眼前に、壊れた時計をかざして問いかける。
「どうしてくれるんだこの時計を、壊したのはお前らだろう。責任をとれ。」
一瞥してあと、無言のまま完全に無視である。

警察官は人の所持品を壊しても何の責任もとらない。法を守らない警察が、法を守れと人々に言えるのか。

結局は、自分で直さざるを得ない。引きちぎれたバンドの代わりを、ネットで購入して取り付けた。新しく取り付けたバンドはそれなりに洒落ていて、気分転換にはなるのだが。

直した時計


まぶしい

2016-01-20 08:40:24 | Weblog






「あのね、まぶしいんだけど、これ何とかしてくれない。」

「・・・・・・・・ 」

「とてもまぶしくて、みんな目が痛いんだよ。」

「・・・・・・・・・」

屋根から高々と投光機のポールを伸ばした機動隊車両のほうへ行き、車両の横に立っている一人の機動隊員に抗議してみる。穏やかに頼むのだが、機動隊員は無表情のまま何一つ返事をしない。人間の機能を持っていないようだ。

しかたなく、道向かいのゲート前に戻り、正面のまぶしい光を我慢して座っている仲間たちに加わる。

しばらくして、山城博治議長があらわれ、嫌がらせとしか思われない非常識な照明に憤り、機動隊に激しく抗議し始める。最初はそれを無視していた機動隊だったが、山城議長の抗議がさらに激しくなったので、機動隊も光の方向を少しだけずらさざるを得なかった。音の嫌がらせ、光の嫌がらせ、警察は市民を守るどころかあらゆる嫌がらせの手段を使う。

午前6時、7時の辺野古の朝は風が冷たい。座り込む地面も冷たい。雨が降るとなおさらだ。座り込む市民は、寒風で体が冷えるのをカイロを使ってしのぐ人もいる。辺野古の座り込みは中高年の参加者が多いので、この状況はそれだけで十分に大変なのに、警察はさらに音と光で嫌がらせをする。


若者で構成される機動隊は、人をおもんぱかるという想像力を捨てる。国家のリーダーが国民に思いをはせる想像力を持たないように。


買い物

2016-01-17 07:15:22 | Weblog
ヘッドホンが壊れたので、アマゾンで注文した。966円、これなら手頃だ。最後に確定を押そうとすると配送量が2500円とある。危ない、危ない。違法ではないのだろうがちょっと悪質だな。そのままアマゾンで別の業者を探す。すぐに見つかり、966円だけで購入することができた。

琉球新報の連載小説「バルス」を読んでいるのだが、そこには大手ネット通販の表には出て来ない「安さ」の内情が描かれている。安い値段で買えるのは、その裏側に徹底した流通の効率化と派遣社員という安価な労働力の利用があるからである。そこで働く派遣社員の内情を知り、「安さ」と「便利さ」だけで商品を購入することに心が痛むのだが、それでも「安さ」と「便利さ」でアマゾンを選んでします。

アマゾンで商品を購入してもアマゾンはアメリカに本社を置く会社であり、日本には1円の税金も納めていないことは知ってはいた。それでもアマゾンは結構よく利用していた。消費者は「安さ」と「便利さ」を基準に消費行動を決める。自分もその一人である。生活を維持するために。

家の近くにイオンモール沖縄ライカムがあるのだが、あまり行くことはない。スーパーは「サンエー」や「かねひで」、「ユニオン」をよく利用している。沖縄県内の資本の会社を利用したいからである。県産品を県内資本のお店で買う。これが理想であり方針である。

最近は日用品や食べ物は、ほとんど「かねひで」を利用している。「かねひでグループ」が翁長知事を支援しているのだから、普段の買い物は「かねひで」と決めている。大きな企業グループが国家権力の政策に正面から反対していくことは、よほどの強い意志と信念がないとできないことである。

消費行動の選択で、翁長知事を支える、そして「かねひでグループ」を支えていく。「安さ」と「便利さ」とは別の基準で消費行動を選択していく。買い物のやり方で、新基地反対という平和運動に貢献できる。気持ちがよいではないか。


暴走運転

2016-01-14 18:08:57 | Weblog
高速道路の宜野座インターの出口の料金所が数珠つなぎになっている。午前6時前に何なのかこの渋滞は。バナナを一本、ビニール袋から取り出し食べながら待つ。食べ終わってもまだ出口にたどり着けない。

あとで気づいたのだが、今日は木曜早朝行動の最初の日であった。辺野古ゲート前では今まで、毎週水曜日に早朝行動があってその日は大勢の市民が辺野古ゲート前に集まることにより工事車両の進入を完全に止めている。今日からは木曜日も追加して、同様に止めようというのである。

なるほど、道理で未明の早朝にあれほどの渋滞があったわけだ。

しかし、理由はそれだけではない。国会での安倍首相の答弁が沖縄県民の怒りにさらに火をつけた。来る宜野湾市長選の結果は辺野古基地建設の継続に何ら影響しないのだという。沖縄県民の民意は完全に無視するわけだ。やりようのない怒りがふつふつと湧き上がったが、それは自分だけではないはずだ。沖縄県民を軽視し愚弄するにもほどがある。

「ウチナーンチョー、ウシェーテーナイビランドー」

昨年末の翁長知事の言葉を思い出す。「沖縄の人を馬鹿にしてはいけませんよ」


沖縄県民はいつまで我慢しなければいけないのか。沖縄県民の84%が辺野古基地建設に反対している。


警察官よ、抗議市民を逮捕するときではない。酩酊し暴走運転を続ける安倍晋三を何とかするのが先だろう。


壊れた時計

2016-01-09 15:29:01 | Weblog
朝6時15分、辺野古ゲート前に着くと、まだ暗いはずなのに、今日のゲート前は強烈な明かりに煌々と照らされている。抗議市民の一挙一動がすべて監視できるように、複数の大きな投光機が辺り一帯を照らしている。正面からなのでまぶしくてしょうがない。警察はわれわれ抗議市民を犯罪者のように扱っている。

安保法案反対の国会議事堂前のデモでは、平和を求める多くの一般市民が逮捕された。辺野古ゲート前でも同様である。最近は、国会議事堂付近を「平和」という文字が書かれたTシャツをつけて歩いているだけで、警察から職務質問を受けるのだという。近いうち学校の教科書から「平和」とういう文字が消えるのかもしれない。そして、「平和」について語ることが犯罪とされ、だれも「平和」を口にできなくなる。

今日は、機動隊に手首を握られて強く引っ張られたときに、腕時計が壊れた。3人がかりに仰向けになって運ばれるときに手に時計を握らされた。引きちぎれて落ちた時計を手に返してくれたようである。しかし、犯罪者の壊れた時計は直してはくれない。



今までに2回壊れたが、自分で分解して充電池を交換したり外れた針を直したりして、15年も使ってきた。それだけに愛着がある。バンドの修理をしてこれからも使っていく。

品位

2016-01-07 17:23:02 | Weblog

「ぼくは、ともだちと、ちかくの川で、まるばいになって、およぎました。」※まるばい=真っ裸

小学校1年のときに書いた作文の一節である。「まるばい」と書いてあるのが余程おかしかったのか、大きく赤丸のついた作文に家族みんなが大笑いをしていた。

絶えずさらさらと流れる川は、山あいに広がる水田に水を供給していた。刈り取られた田んぼを走り回り、ぴょんぴょんと飛び跳ねるカエルを追いかけて遊んでいた。細長い竹の棒をムチのように使いカエルを目指してはたくのだが、カエルも必死になって逃げ回る。子供は残酷である。それでも楽しく野山で遊んでいた。

沖縄本島の中南部での水不足解消のため、北部には大きなダムがいくつも作られた。都市部での水不足は解消されたが、やんばるの川の水源が途絶えた。幼い頃に泳いだ川は、完全に干上がって乾いた石ころだけが残っている。走り回って遊んだ田んぼは今はない。


名護の二見から海沿いの道を北に行くと、静かな集落が国道沿いや山あいに点在している。カヌチャベイホテルの手前に三原という集落がある。私が生まれて小学校2年まで過ごした場所である。生まれ育った家はすぐ裏側に急な山があり、前方にも間近に急な山があった。家から望む山の嶺はどれも急なのでそれだけ日の出は遅く日没は早かった。周りを山に囲まれたたたずまいには風の音、鳥のさえずりが時を忘れたように静かに流れていた。


なぜあの豊かな自然を壊すのか。いったい誰にあの静かな生活を壊す権利があるのか。


都市部の危険を除去するために、田舎にその危険を押し付ける。そんなことがあってよいのか。


日本本土が危険な基地を沖縄に押し付け、その沖縄で危険な基地を都市部から田舎に押し付ける。田舎の人間はそれをどこに押し付けるのか。

これは「抑圧の移譲」と呼ばれるものである。上から受けた抑圧を自分より下の者に移していく。学校でいじめを受けた者が自分より弱い者をいじめることによってストレスを解消する。発注元の大企業から受けた値下げ圧力を下請け会社は孫請け会社に転嫁する。

普天間の基地を辺野古に移転することは、まさにこの「抑圧の移譲」である。不都合なことは下のものに任せる。こんなことがあってよいのか。

来る1月24日の宜野湾市長選の最大争点は、基地の辺野古移転を容認するか拒否するかである。自分だけよければよいのかが、問われる。宜野湾市民の品位と良識を信じたい。