《食事は心身を支える生活の基本だと思います。長く健康に過ごすためにはどのようなことに気をつければいいでしょうか。 千葉市・相馬武さん(73)》
■高血圧を引き起こす要因に 滋賀医科大教授・三浦克之さん
脳卒中や心臓病といった循環器疾患の原因の一つは高血圧です。そして、高血圧を引き起こす要因として深く関わっているのが食塩摂取量。血圧は加齢によって上がることが多いですが、食塩摂取量が多いほどこの上がり方が強くなるからです。
例えば、国際共同研究の統計では、毎日12グラムの食塩を摂取していた人は、10年間の収縮期血圧(上の血圧)の上昇が6ミリHgでした。一方、毎日6グラムだった人は、10年間に上がる血圧は3ミリHg。1年や2年ではそこまで違いはでませんが、長い目で見ると大きな影響が表れます。
諸外国との比較でみても、日本人の摂取量は多く、英国と比べ、男女とも1日3グラムほど違うというデータもあります。日本人の食生活には、しょうゆやみそといった調味料が多く使われるためだと言われていますが、実は外食や加工品からの摂取量も大きな割合を占めることが分かっています。
「減塩=おいしくない」というイメージがあるためか、なかなか気持ちが乗らない人もいるようです。しかし、「しお味」以外にもいろいろな味があります。まずはうす味を楽しむことから心がけてみて下さい。食塩摂取は胃がんの発症とも関係しています。「病気になってから」ではなく、「今」始めてほしいのが減塩なのです。
みうら・かつゆき 1963年生まれ。専門は循環器疾患や生活習慣病の疫学、予防の研究。著書に「血圧を下げる健康教育」など。
【1】挫折の連続 時間をかけて少しずつ
食パンに目玉焼き、湯通ししたキャベツとタマネギをたっぷりふたつかみ分。新潟市の主婦飯田のり子さん(63)のいつもの朝食だ。野菜には主にワインビネガーとレモン汁をかけ、塩気はほとんどない。「野菜の甘みを感じられて案外飽きない」と話す。
しかし、減塩が軌道に乗るまでは挫折の連続だった。
減塩を気にし始めたのは約10年前。夫(65)の高血圧がきっかけだった。当時、みそ汁を塩分計で測ると「1・8%」の表示。一般的なみそ汁は1%弱と聞いていたので、翌日は1%になるよう作ってみたが「やっぱりダメだった」。おいしく感じられず、結局数日でリタイア。その後も、始めたりあきらめたりの繰り返しだったという。
そこで、5年ほど前から、いきなり薄味にするのではなく、時間をかけて減らしていくことに。その頃に参加した市主催の講習会で香辛料をきかせるなど味つけ術を学んだことも転機になった。
飯田さんの暮らす新潟県では、県民の摂取量を10年で2グラム減らすなどの目標を掲げ、「にいがた減塩ルネサンス運動」に取り組んでいる。今、飯田さんのみそ汁の塩分は0・6~0・8%ほどになった。「単に塩を減らすのではなく、薄味に慣れることに重点をおいた方がうまくいった」
【2】「節塩」で量調整 今の頑張り、将来に直結
実際、日本人の成人の食塩摂取量はどの程度なのか。
厚生労働省の2013年の国民健康・栄養調査では、食べたものを記録してもらう方式で男性が1日11・1グラム、女性が9・4グラム。一方、東大の佐々木敏教授(社会予防疫学)が760人の尿の成分をもとに推計すると、男性が14・0グラム、女性が11・8グラムだった。佐々木教授は「より実態に近いといえる。明らかにとりすぎだ」と警鐘を鳴らす。
佐々木教授が提唱するのは減塩ならぬ「節塩」。一生で健康的に食べられる量は決まっており、今好きなだけとって将来我慢するか、少しずつ楽しむか考えよう、というものだ。
健康的に食べられる量としては、世界保健機関(WHO)が1日5グラム未満を推奨。だが、日本人の摂取状況からみると達成は難しい。より実態に合わせ、国の食事摂取基準(15年)では男性8・0グラム未満、女性7・0グラム未満が目標。「今の頑張りが将来の健康につながる。時間軸で考えてほしい」と佐々木教授。
ただ、減塩は家庭の味つけだけの問題ではない。滋賀医科大の三浦教授は、摂取の約6割が加工食品などからで、自分ではコントロールしにくい塩だったと分析。「社会全体で取り組まないといけない課題」と指摘する。
【3】メニューの工夫 多様な味つけ・素材意識
管理栄養士の新出真理さんは「減塩につまずく理由には、共通パターンがある」と話す。例えば、「今日から減塩」といきなり味を薄くする「極端型」。突然味が変わると家族も戸惑う。分かるか分からないかという程度から始める方がスムーズだという。
また、すべての料理を「しょっぱい」「甘辛い」など同じような味でまとめる「全部型」も避けたい。みそやしょうゆを使う献立を減らすとともに、味つけが多様なら、薄味でも飽きない食卓になる。「素材の味を意識して味わってほしい」と新出さん。
また外食や、総菜などの中食の場合は、よく利用する店の味の濃さをリストにするとよいという。濃さは主観で判断してかまわない。全体を眺めることで、偏らないように注意するのが目的だからだ。
「食品の表示をよく見ることも大切」と言うのは女子栄養大の松田康子教授(調理学)。参考にするのは「食塩相当量」。ナトリウム量(ミリグラム)で表示されている場合は、約2・5倍して千で割ると目安になる。量を把握すると、他の料理の調味料を減らすなどの工夫もしやすくなる。「高齢者になると味が濃くなりがちの方も。献立のうち1、2品から減塩を始めるなどメリハリをつけて取り組んでみて下さい」