上海下町写真館2010

上海より半年ぶりに帰国しました。マイペースで故郷の風景や歴史などをご紹介します。

野村望東尼山荘跡:平尾ウォーキング(2)

2011年11月28日 06時11分21秒 | ふるさとの風景
500mほど下った右側の緑地に山荘跡があります。

幕末の女流歌人、勤皇家。山県狂介と共に高杉晋作の最期に立ち会ったと伝えられています。

きれいに整備された藁葺き屋根の民家が大切そうに保存されています。


福岡藩士だった夫が隠居後、ここで二人仲良く歌を詠みながら余生を送るのが夢だったのでしょうか。

ここに長州を追われた高杉晋作を匿ったという物語もあるようですが、史実は「空き家だった庵に高杉が潜伏した」ようです。


望東庵も福岡藩姫島の獄に繋がれますが、長州藩士らに救出された後長州に庇護され、病気療養中の高杉とも面談しました。
その後、病気の高杉を世話し看取ることになりますが、まもなく本人も長州で息を引き取ります。

庵は隣家の管理人の方が毎日開錠されているようです。


一般に高杉の辞世の句とされ歌碑までも残されている「おもしろき事もなき世・・・」は、実は望東庵の作でした。

南側には山水を集めたのでしょうか、井戸のような跡がありました。


夫婦で仲良くこしらえた「雨待ちの滝」でしょうか。

春さきには梅も開くそうですが、紅葉ももうすぐ見られそうです。


糸島市姫島の流刑地は訪ねましたが、赤坂には生誕地の碑があるそうで、次回尋ねてみたいものです。

その時代、女性が歴史の表舞台に出ることなど稀有なことでした。
54歳で未亡人となり出家し、同じ歌人の夫の私家集出版のため京都へ出かけます。
そこで文学的刺激を受け作家を志望しますが、その文才がゆえに彼女の人生は歴史の変革と共に激しく波打ちます。
自身の長き闘病や家族の度重なる不幸なども乗り越え、幕末の変革期に数奇な運命をたどった同郷女性の人生に興味が尽きません。