波と狛のつれづれ日記

日本スピッツ波と狛と、ときどき箔

静岡にやって来たファイターズ

2018-09-12 00:52:41 | 野球ネタ
こんばんは、白黒茶々です。
6日の未明に、北海道で大きな地震が起こり、報道などで信じられないほどの光景を目にしました。被災された方たちには、お見舞い申し上げます。 私は北海道には3回訪れたことがあり、応援しているプロ野球の球団の北海道日本ハムファイターズが本拠地にしていて、さらにスピッツ仲間も住んでいることから、第⚪の故郷と勝手に思っています。
そんな北海道を応援したくて……… いや、多少ムリヤリではあるのですけど、今回はファイターズネタを持ち出させていただきます。



先月の21日のことになりますけど、その日に我らが静岡県にある県営草薙球場で、ファイターズの主催試合がおこなわれることになりました。 ちなみに、対戦相手は福岡ソフトバンクホークス。毎年このぐらいの時季には、ファイターズは準本拠地ともいうべき東京ドームでの試合が組まれていて、そのうちの1戦は静岡に出張してきてくれるのですよ そのような地方遠征が3年ほど続いているのですけど、いずれも平日のナイターとなっていたので、私は観戦に行くのを諦めていました。 しかし、今年はダメ元で職場にお願いしたら、その試合のある日は早退させてもらえるようになったのです。 言ってみるモンですね~ また、そのあたりは夏休みの真っ只中という、たつぴも一緒に行くことに。



そうと決まったら、今回はプロ球団のホームグラウンドより収容量の少ない地方球場なので、早めにチケットを確保しておかなければ。 この試合の主催者でもある地元紙の静岡新聞は頻繁に試合の広告を出し、地元民にファイターズ熱をあおっていました。 しかし試合の日が近づいても、完売までには至らず……… 静岡県民の皆さん、私たちと一緒にファイターズを盛り立てましょうよ



そして、ついに試合当日となりました。その日は週間天気予報では、雨になるなんて言われていましたけど、直前になって覆りました。 そういえば、たつぴとハム観戦に行くのはいつもドーム球場だったので、露天の地方球場は今回が初めてとなりますね。 草薙球場の最寄り駅の県総合運動場駅からなだれていく人の波は、たぶん私たちと同じ目的地に向かっていくのだと思います。



そういえば私たちにとって草薙球場は、1ヶ月前に高校野球の応援に来たとき以来となりますね。こちらは、戦前には日米野球で沢村栄治選手ベーブ・ルース選手が対決し、近年までパ・リーグの東西対抗戦や巨人阪神OB戦がおこなわれた、伝統の球場でもあります。 まずは、応援スタイルでお約束の記念撮影をしておいて、いよいよスタンドへ



その球場の外には、たくさんの露店が並んでいました。 なかでも球団グッズのお店には、長蛇の列ができていて……… そういえば、この地方でハムグッズを買えるところは、ありませんでした。
その一方で、私とたつぴは食料を調達してから、スタンドに入りました。



ちなみに私たちが確保したのは、外野自由席。やはり私設応援団の近くのほうが鳴り物や大きな球団旗の乱舞などがあってテンションが上がるので、ライトスタンドのやや上段に陣取りました。 その応援団の方たちは、初めてファイターズの応援に来た人のために「『ホームラン ホームラン 』のコールのときには、こうやってメガホンやスティックバットを引き寄せるように動かして………」のように、レクチャーしていました。

草薙球場の外野席は今回が初めてなのですけど、5年前に固定の木製ベンチシートが整備され、私が思っていたよりは立派でした。 ちなみに内野席でグラウンドに張り出している部分は、ウイングシートにございます。年に4~5回ほど、この球場でプロ野球が開催されるとき以外は封鎖されていて、野手にとってはけっこうジャマな位置にあるのですけど、この席のチケットは真っ先に売り切れるのですよ。ちなみにこの日の観客動員数は、16465人でした。



試合が始まるまではまだ時間があるので、先ほど買ってきた焼きそばを食べながら待つことにしましょう。 そうしているうちに、この試合のスタメン(スターティングメンバー)の発表がありました。
「1番ライト淺間大基、2番センター西川遥輝、………」やはりファイターズの主催試合ということもあって、その都度各選手がオーロラビジョンに映し出され、デラックスに紹介されていきました。 そのような中で………
「6番指名打者清宮幸太郎」なんと、清宮君がこの試合に出るというではありませんか



グラウンドには、素振りをする清宮君(背番号21の選手)の姿がありました。 彼は昨秋のドラフト会議で7球団から1位指名され、抽選で我らがファイターズが引き当て、鳴り物入りで入団した新人選手です。しかしケガなどで開幕に出遅れ、1軍に昇格してから1本のホームランを打ったもののその後は振るわず、2軍での生活が長引いていました。不調のアルシア選手に代わって再昇格するようなウワサは聞いていたのですけど、まさかこの日に1軍復帰したうえにスタメンで出場するなんて ファイターズの応援スタンドは、大盛り上がりでした。
その清宮君はたつぴと同学年で……… もう息子と同い年のプロ野球選手が出てきているのですね。 ちなみに私と同世代の選手は、すべて引退しております。



今回の地方遠征には、球団のマスコットキャラクターのフレップ(キタキツネ)とポリー(エゾリス)も来ていて、私たちの士気の高揚に一役買っていました。



そして、いよいよ試合が始まりました。 ファイターズの先発投手は、有原航平選手。安定感があり、安心して観ていられるピッチャーです。対するホークスの先発は、東浜巨選手
しかし、有原投手の立ち上がりは不調で、いきなりヒットを5本も打たれ、3点も取られてしまいました。それでも、ファイターズも負けていません。ヒット2本に相手のエラーもあり、すぐに2点返したのでした。その後有原投手は安定し、2対3のまま5回を迎えました。



ところが、そこで打たれグセが再発し、ホークスの今宮選手がヒットで出塁したあとに、新たな助っ人外国人のグラシアル選手……… なんか、モバゲーを連想させるような名前ですね……… が来日初ホームランを打ち、2対5。 その回の攻撃はさらに続き、中村晃選手が3ランホームランを放ち、2対8に。そんな……… 大改修をして、両翼100m中堅122mの国際規格を満たす広いグラウンドになったのに、ホームランが乱発するなんて。



その後もホークスは攻撃の手を緩めず、7回にはヒットで繋いで2点を追加し、2対10とファイターズを突き放しました。 さすがの有原投手も、これにてお役御免。7回途中までで16安打10失点は、さすがに打たれ過ぎです。 私が今まで観てきたファイターズの試合は、負けたとしても点差は2点以内で、これほどまでに一方的な展開になったことはありませんでした。それでも、彼ばかりを責めてはいけません。これまで彼に助けられた試合はたくさんあったので。



そのような状況でも、損得勘定はヌキにして、目の前の選手に頑張ってもらうために最後まで声援を送るのが、本当のファンです。 7回裏のファイターズの攻撃の前には、ファンたちの手によって、大量のジェット風船が夜空に舞いました。 しかし、その回もテンポよく抑えられ、2アウトランナー無しに。それでも、レアード選手が意地のヒットで出塁し、打順は清宮君に回りました。
しかし、これまでの彼は2打席凡退していて、まだヒットを打っていません。 果たして、この打席は………



清宮君は思いっきり振り抜き、その打球は大きく勢いよく上がっていき、球場を包み込む大歓声によって、それはホームランだとすぐにわかりました。 そうしたら、そのボールはどこに飛んでいったのでしょうか?
………なんて思っていたら、なんと私のほうにぐんぐんぐんぐんと、迫ってくるではありませんか そう、それはまるで3D映画を観ているような大迫力でした。



そのホームランボールは、私の隣の隣、つまりたつぴの隣の方が、持っていたグローブで見事にキャッチ なので、スポーツニュースなどの映像には、私とたつぴも映っていたことでしょう。 それにしても、ライトスタンドの上段付近にまで飛ばすなんて……… そのラッキーな彼にお願いしたら、快く撮影に応じてくれました。



4番打者でベテランの中田翔選手も、負けてはいませんでした。 次の回に彼はソロホームランを打って5対10とし、一矢報いました。



結局、試合はそのまま終了。スコアだけ見るとホークスの圧勝なのですけど、ファイターズは5点も取っているので、攻撃面は文句ナシです。 それよりも、1軍復帰したばかりの清宮君のホームランを臨場感ありありで観ることができたので、満足して帰ることができましたし。 これから彼が、チームの勝利にどのように貢献するのか、楽しみですね。
しかしこの日の試合は長引き、最後まで見届けたおかげで、私たちは浜松駅から先の終電には間に合わなくなってしまいました。そこから最初に乗った駅までは、約20kmもありますよ さあ、どうする?
結局、留守番隊の箔母さんにお願いして、そこまで車で迎えに来てもらいました。 日付はまたいでしまいましたけど、彼女のおかげでなんとか無事に自宅にたどり着き、翌日は通常通りに仕事に行くことができました。


にほんブログ村 犬ブログ スピッツへ   にほんブログ村 犬ブログへ
 こういう時は、別腹にチョコバットを食べておきたいという方は、こちらに投票してやってください。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

映っちゃった♪フレ~フレ~大平台!

2018-08-01 01:27:44 | 野球ネタ
こんばんは、波ですワン
7月下旬の日曜日に、お父さんなみを家に置いて、たつぴ君と一緒に高校野球を観に、球場に行ってしまったのなの。



その試合はテレビで中継されているので、もしかしたらスタンドで応援しているお父さんとたつぴ君が映るかもと思って、ずっと観ているのなの。 お父さ~ん、そちらの様子はどうですかなの~?

はい、白黒茶々です。
波から話を振られたので、ここは今私たちがいる⚪⚪球場から現地レポートをする流れなのですけど、皆さまにもわかりやすいように、話は15日前の第100回全国高等学校野球選手権記念静岡大会(な、長い )の開会式にまでさかのぼらせていただきます。 開会式といえば、参加校が入場行進していき、その球場に勢揃いする光景が圧巻なのですけど………



やはり選手宣誓も見逃せません。 抽選を経て、今回その大役を担ったのは、たつぴの母校の浜松大平台高校大桑主将でした。そのような場面では、たくさんの人に注目されてテンパるところなのですけど、彼は堂々と落ち着いて「節目の大会に恥じぬよう最後まで諦めずに戦い抜き、未来につなげていく」ような内容を、ノーミスで宣誓しました。この経験は試合にも生かされたみたいで、最後まで諦めない粘りでチームを引っ張り、初戦を突破したのです。



それによって、私はたつぴと一緒に浜松大平台高校の2回戦の試合を観に行くことになりました。 その試合がおこなわれるのは、こちらの島田球場。暑い中だったのですけど、私たちは待ちきれなかったので、前の試合からその球場に詰めていました。 しかし、そちらの試合には地元愛が並大抵ではないほど強い島田商業高校が出ていたこともあって内野席はほぼ満席で、外野席も無料解放されるほど賑わっていました。 ちなみにその対戦校は、富士高校でした。

その試合が終わったときに、たまたま私たちの後ろの席の人の会話が聞こえてきました。 「次の試合は、韮山(高校)と浜松だい……… 何て言ったっけ?名前はあまり聞いたことがないけど、新しい学校だったよね」 私たちは「浜松大平台だよ 」と声を大にして伝えたかったです。 確かに、韮山高校は甲子園の出場経験もある伝統校&名門校なのですけど、大平台高校は創立13年目の新参者。 それから夏の大会は、たつぴが1年生のときの4回戦進出(ベスト16)が過去最高記録となります。



それだけではなく、島田商の出番が終わるとともに観客がゾロゾロと帰っていってしまい、球場がガラ空きに。 遠方のチーム同士がその中間地点の島田市で対戦するのでやむを得ないのですけど、こちらもきっと面白い試合になるから、みんなも観ていこうよ~



さらに私たちに追い討ちをかけるように、大平台の応援席も少ないような……… たつぴによると、1回戦は1年生は全員参加なのですけど、2回戦以降は自由みたいです。その1回戦が炎天下の中での延長14回の長い試合だったので、懲りた人が多かったのかも知れません。ま、まあいいでしょう 私たちが彼らのぶんまで盛り上げるので。 そうしているうちに、試合が始まりました。



先攻の韮山は青野君、後攻の大平台は佐藤君の先発で始まったこの試合。 2回裏に大平台がスクイズ(バントで3塁ランナーをホームインさせる戦法)で1点を先制しました。



対する韮山は6回表に1点を返し、同点に追い付きました。 高校野球の流れは自由自在に変わるので、このまま韮山に持っていかれてはいけない 大平台はなんとか韮山の後続を絶ち、その裏の攻撃に望みを託しました。



1塁にランナーを置きながらも、その回はすでに2アウト。写真には開会式で選手宣誓をした大桑君が写っているのですけど、ここで打席に立ったのは長打力もある畑君。なんと彼はボールをレフトスタンドに叩き込み、3対1と再び大平台が勝ち越しました。



そよか~ぜ~の~かおりのなかにく~る~まれ~て~………」
大平台高校は得点する度にアップテンポで校歌を歌うのですよ。 その際に私とたつぴは、肩を組んで左右に揺れる動きはさすがにテレがあってできなかったのですけど、一緒になって声高らかに校歌を熱唱しました。



佐藤投手はそのリードを守りきり、そのまま大平台が勝ち、2回戦を突破しました。 ちなみに今回は、1時間37分の省エネ試合となりました。そういうこともあって、父兄の方からも「今日は早く帰れる」という声が聞こえてきました。

浜松大平台高校の次の3回戦の相手は、浜松湖東高校。両校は近いこともあって、練習試合などで何回か対戦したことがあり、お互いのことをよく知っているそうです。 果たして、その試合の行方は



浜松大平台高校がなんとか振り切り、4回戦進出を決めました 3年ぶりの快挙ですね。その次の大平台の出番となる4回戦は、次の日曜日に予定されていました。



しかし私は炎天下の中、3週連続で球場での野球観戦はキツく、その試合は地方局のテレビ中継があるので、お茶の間で観られればいいと思っていました。 そのような中で、たつぴと高校野球の話になったのですけど、私の「大平台、勝ったね」から始まり、彼は「(4回戦をやる)草薙(球場)に(父ちゃんは)行くの?」と振ってきました。 「たつぴは行きたいのかい?」逆質問したら「できれば(行きたい)」と。そういう私も、実は行きたかったので、次の日曜日は急遽予定を変更して、たつぴと一緒に浜松大平台高校の応援に行くことにしました。



………ということで、やって来ましたよ 県営草薙球場に。こちらは、昭和9年(1934年)に日米野球で沢村栄治ベーブ・ルースと対戦した、伝統の球場でもあります。



さらに数年前に大改修がおこなわれ、両翼100m、中堅122mの国際規格を満たす、立派な球場となりました。 こちらを舞台にして、この日はどのような勝負がおこなわれるのでしょうか?

そうそう、大平台高校の対戦相手は、シード校(春の大会で上位に入ったので、組み合わせなどで優遇される)の島田商業高校(略して島商)であります。そう、大平台とは2回戦の島田球場でもご一緒していて、戦前に夏は4回の甲子園の出場経験がある、いわゆる古豪です。 昭和15年(1940年)の夏には甲子園で準優勝し、翌年も地方大会で優勝したのですけど、戦局が悪化して甲子園での大会は中止となってしまいました。
相手のほうが格上なのですけど、この試合に勝てば大平台にとっては初めてのベスト8になるので、頑張ってもらいたいですね。 そうしているうちに、いよいよその試合が始まりました。果たして、勝負の行方は………



初回にヒットなどで1点を先制した島商は、さらに4回表にも足を絡めて2点追加し、3対0とリードを広げました。



さらに、島商の放ったファールボールが、3塁側の大平台の応援スタンドに飛び込んだのですけど……… その際に、打球の行方を追っていたテレビカメラが、私とたつぴの姿も捉えていました。



対する大平台も負けていません。その裏にタイムリーヒットでランナーを返し、3対3の同点に追い付いたのです もちろん、その際には「 そよか~ぜ~の~かおりのなかにく~る~まれ~て~………」の校歌も飛び出しましたよ



それから応援レポートでは、開会式で選手宣誓をした大桑主将の両親がインタビューされていました。 その後ろのほうには、なんと私の姿が レポーターのお姉さん、ついでに私にもマイクを向けてくださいませ



その後は膠着状態が続き………
たつぴは仲のよかった後輩を見つけ、彼と一緒に応援することにしたみたいです。試合のほうは、1アウト1塁3塁など、大平台に勝ち越しのチャンスもあったのですけど、得点に結びつけることはできませんでした。 そして、試合は9回の攻防へと移っていきました。



9回表の島商の攻撃。大平台の佐藤投手は、2アウトまではあっさりと取ったのですけど、デッドボールでランナーを出し、その直後に連続で長打を打たれ、2点のリードを奪われてしまいました。
しかし、まだ諦めてはいけません その裏の大平台の打順は、2回戦で外野スタンド決勝打を叩き込んだ畑君からです。彼は私たちの期待に応えて、2塁打で出塁しました。 大平台の反撃開始なるか



しかし、あとのバッターが凡退し、3対5で浜松大平台高校は負けてしまいました。 ヒット数は島田商業高校の半分だったのですけど、勝負の行方は最後までわからず、古豪、いや、強豪校を相手に善戦しました。
別の場所で最後まで声を枯らして声援を送っていたたつぴにも、悔しい気持ちはあったのですけど「島商には、大平台のぶんも頑張って、甲子園に行ってもらいたい」と言っていました。彼の応援が届いたのか、その後も島田商は勝ち上がっていき、常葉大学菊川高校との決勝戦に挑むことになりました。



その試合も、1点を争う展開となったのですけど、最後に島商は力尽き、6対5でサヨナラ負けしてしまい、戦後初となる78年ぶりの甲子園出場は叶いませんでした。 一方の常葉大菊川は、2年ぶり6回目の出場ということに。その日、結果だけ知らされた私は、失礼ながら「残念でつまらない結果」と言っていました。
しかし、家に帰って録画しておいたその試合の中継を観ていたら、その勝負にかける両チームの選手や応援団たちの熱い想いが伝わってきて……… 強豪校も、新鋭校も、弱小校も関係ありません。 どの高校球児も野球が好きで、遠い近いはあっても、甲子園に憧れていることに変わりはありません。 その甲子園での大会となる、第100回全国高等学校野球選手権記念大会(やっぱり長い )は、8月5日に開幕します。 今度は郷土の代表校となった常葉大菊川がどこまで行けるのか気になるのですけど(先頭打者の奈良間君は打率が9割近いので、要注意ですよ~ )、高校野球の1つの試合、1つのプレーにもドラマがあるので、そのあたりも最後まで観ておきたいです。


にほんブログ村 犬ブログ スピッツへ   にほんブログ村 犬ブログへ
 実はテレビに映りたいという願望を密かにお持ちの方は、こちらに投票してやってください。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

いろんな意味で熱い!高校野球の夏

2018-07-28 02:09:56 | 野球ネタ
こんばんは、白黒茶々です。
夏といえば、高校野球が真っ盛りの時季でもありますよね。 甲子園出場を目指して毎年、各都道府県で夏の大会がおこなわれているのですけど、今年は100回の記念大会となります。 そういうこともあって、130校以上もの高校の野球部を抱える埼玉県、千葉県、神奈川県、愛知県、大阪府、兵庫県、福岡県は特別に代表校が2校に増え(北海道と東京都はもともと2校)、今回は56校が甲子園に出揃うことになります。



私の母校のA高校は昨年まで3年連続初戦敗退していて、その世界にはなかなか届かないところにいます。 それでも、今年こそは地方大会で1勝をあげてもらいたくて、私は初戦の試合は応援に行くつもりでいました。 しかし、静岡大会のトーナメントの右ブロックは、私がどうしても観に行けない日に試合が組まれているので、A高校のHキャプテン、頼むから左ブロックのクジを引き当ててくれ~
ちなみにA高校が最後に初戦突破したのは、4年前のこと。 その年は(私にとっては)魔の右ブロックで、私がいないところで勝ったのでした。ちなみに、私の目の前で勝ったのは……… そこからさらに遡り、たつぴが生まれる前、いや、結婚より前の22年も前のこととなります。なので、今年こそは箔波日記に勝つところを載せたいです。いや、その前に私が実地レポートができるように、左ブロックに入ってくれ その結果………



右ブロックの中に、新居高校の名前が書き込まれました。そ、そんな………
私にとっては厳しい日程なのですけど、まだ可能性はあります。雨で日程が変更になるか、初戦の対戦相手の沼津城北高校に勝ってくれれば、2回戦の日なら私はなんとか休みを取ることができます。さらに、その頃は梅雨が完全に終わったところだったので、天候による日程変更は期待できず、初戦突破だけが唯一の解決策となりました。 その試合は14日に組まれていて………



それまで何もしないで待つのもナンだったので、左ブロックの8日の日曜日に組まれている、ある試合を観に行くことにしました。 という流れで、私は焼津球場にやって来ました
目の前でおこなわれている試合を、バックネット裏などから高みの見物するのもいいのですけど………



やはり、どちらかの高校の応援席に入り込み、メガホンを借りて一緒に応援していたほうが、感情移入してより熱く観ることができます。 ちなみに今回私が肩入れしたのは、静岡県立浜松湖北高等学校佐久間分校(な、長い )。愛知県と長野県との県境に近い山間部の、浜松市天竜区佐久間町にある高校で、全校生徒はわずか68人。以前は独立した学校だったのですけど、昨年の春に浜松湖北高校の分校に組み込まれました。学校名があまりに長くて大変という方は、通称となっている「佐高」とお呼びくださいませ。



その佐久間地区は過疎化が進みつつあるのですけど、佐久間分校への地元熱はかなり強いみたいです。 就職などでその地域を離れていった方たちも、その野球部を応援するために、スタンドに集まっていました。



さらに、このようなオリジナルのお菓子まで作って配ったりして。 しかも「イエーイ!!!」って、かなりテンションが高いですし。 私は食べるのがもったいないと思いつつも、その日のうちに美味しくいただきました。



佐久間分校の対戦相手は、焼津水産高校でした。地元のうえにそこそこ強く、対するこちらは部員がベンチ入り定員にも満たない13人しかいないので、より応援に力が入ってしまいます。



第100回全国高等学校野球選手権記念静岡大会(こちらも長い)のこちらの球場での最初の試合の前には、始球式がおこなわれました。 やはり市長がやるのですけど、公募によって集まった小学生の球児4人も合わせて投げることに。その際には、5つのマウンドとキャッキャー、バッターボックスやバッターまでもが用意されていました。その儀式が終わったら、いよいよ試合開始となります。



佐高は山田君、焼津水産(こちらも長いので、通称の「水高」と呼ばせていただきます)は中川君の先発で始まったこの試合。まず3回表に水高が1点を先制しました。
さらに4回表には2アウト満塁となったのですけど、ここで佐高ベンチはエースナンバーを付けた和田君をマウンドに送りました。彼は監督に「ピンチの場面でいくぞ 」と言われていたそうです。和田君はそのイニングは水高の後続を断ち、さらに水高のスコアに0を刻んでいきました。



そんな和田君の頑張りに呼応するかのように佐高打線が繋がり、7回裏にようやく1対1の同点に追い付きました。 しかし、彼はその直後に水高打線に捕まり………



終盤に点差が開き、2対8で敗れてしまいました。 ヒット数はともに10コずつだったので、スコアには出ないところで健闘していました。
父兄の方の涙を見て、私ももらい泣きしそうになってしまい……… 気持ちがよくわかるというか、気付いたら私もすっかり応援団の一員となっていて、感情移入していました。 とにかく、部外者の私まで熱くしてくれた佐高の選手たちや、私を温かく受け入れてくださった佐高の応援団には、お礼を言いたいです。3年生が引退したら、部員不足で秋期大会は近隣の高校との合同チームで参加することになるのですけど、その行方も追わせていただきます。

それから6日後に、いよいよ私の母校の新居高校の出番がやって来ました 「佐高のぶんも頑張れ~ 」と勝手にエールを送りつつ、その結果を待っていたら………



1対3で負けてしまいました。ふ、ふぐっ……… 新居高の野球部は、私の前でしか勝ちたくないからって……… とにかく、彼らが頑張る姿を私が見ることも叶わず、その夏は終わってしまいました。2回戦が予定されている日は、休みを取ってあるというのに………

………と言いつつも、実はたつぴと密かにこのような約束もしていました。
「1回戦で新居高校が負けて(たつぴの母校の)浜松大平台高校が勝っていたら、2回戦はそちらの応援に一緒に行こう」ちなみに、大平台の初戦の相手は田方農業高校。その試合はなかなか決着がつかず、1対1のまま延長戦へ。


(これは浜松大平台高校の応援スタンドですね)

夕方の高校野球特番にも間に合わず、炎天下の中おこなわれたこともあって、応援の生徒が8人ほど熱中症になり、選手の中でも体調不良を訴える人が出るほどの大変な試合となりました。
そして延長13回に入り、今年から導入されたタイブレーク(点が入って決着がつきやすいように、ノーアウト1塁2塁からそのイニングを始める)が適用されました。ところが、13回は両校とも点が入らず、試合は14回へ。



その14回表に田方農が1点を入れたのですけど、その裏に大平台が倍返しして、逆転サヨナラでようやく試合が終わりました。 過酷な条件の中での3時間41分もの死闘、お疲れ様でした。
………ということで、次回はたつぴとの親子観戦の様子をお伝えします。あまりの暑さで波ちゃとのお出かけが難しく、私の趣味の高校野球ネタが続いてしまって申し訳ないのですけど、懲りずにお付き合いくださいませ。


にほんブログ村 犬ブログ スピッツへ   にほんブログ村 犬ブログへ
 焼津のマグロメンチカツバーガーを食べてみたいという方は、こちらに投票してやってください。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

東京ドームでハム観戦(待ち合わせの恨み)

2018-04-28 01:26:38 | 野球ネタ
こんばんは、波ですワン。
ご覧の通り、なみはプロ野球の北海道日本ハムファイターズの応援スタイルで、ファイターズ女子をやっているのなの。



サイズが合わなくて着こなしが不自然なところは、この際突っ込まないでくださいませ。 そうそう、この日は東京ドームでファイターズと千葉ロッテマリーンズのデーゲームが組まれていて、お父さんとたつぴ君は、その試合を観に向かっているところなの。 ところで、そちらの様子はどうですかなの?


はい、白黒茶々です。
東京見物から2週間後となるこの日も、私たちの移動手段は青春18きっぷによる各駅停車の列車を利用していきました。 その道中で、私とたつぴは島田市にある………



こちらの六合駅というところで、列車を降りていきました。 こちらは、昭和61年(1986年)に島田と藤枝の間に新設された、失礼ながら何の変哲もない駅なのですけど………



その北口の広場に降りる階段下には、こちらの「狭軌最高速度記念碑」なるものがひっそりと設置されています。 これはいったい………
昭和35年(1960年)11月21日に、東海道本線の島田~藤枝間の上り線で、狭軌の線路(在来線のレール幅が1435mmの線路)で、クモヤ93000という試験車両を使って、ある実験がおこなわれました。この区間はかなり長い直線が続いていて、そこで時速何キロまで出せるかというのでした。その結果、なんと175キロの当時としては世界最高時速を達成したのです その瞬間、実験に携わった人たちは狂喜乱舞ではなく「狭軌乱舞」したことでしょう。

私たちはその後も列車を乗り継いでいき、東京駅を経て、次の目的地となる秋葉原駅で下車しました。試合観戦をする前に、その駅前にあるそば屋で簡単にお昼を済ませるつもりでいたのですけど、事前に調べたお店がなかなか見つかりませんでした。



ハアハア……… やっと見つけましたよ。立ち食いそばの、箱根そばにございます。 ここに行き着くまで、どうやら違う方向に向かってしまったみたいです。 それはさておき、今から腹ごしらえをしますよ。ガラガラ……… 「いらっしゃい



いや、お店の入口は自動ドアの「ウイイイン」だったかも知れません。 それか、開けっ広げている状態で、無音だったかも。
と、とにかく、こちらのお店では、私はコロッケそばを注文しました。このようなそばは初めてなのですけど、天ぷらよりは溶けにくく、程よく汁に滲みていて美味しかったです。 ちなみに汁は関東風の濃いめの鰹だし、コロッケはカレー味でした。



秋葉原から2つ先の水道橋駅を降りて、北に歩いていったら、東京ドームが見えてきましたよ



そうしたらまずはドームの前で、応援スタイルで記念撮影をしておきましょう。 もしこのあとの試合で我らのファイターズが勝ったら、誇らしげにこの格好のまま帰るつもりです。



私たちが観戦するライト側の外野スタンドは、ドームの裏側にあるこちらの25番ゲートから入っていきます。 今回は指定席なので、早めに来て入場待ちの行列に並ぶ必要も、チケットを買ったのに満席で座れなくて、立ち見席に行かされる心配もありません。 そうしたら、私たちのチケットはどのあたりの席になるのでしょうか?



おおっ 前から3列目の、観やすいところではありませんか。 ファイターズのホームグラウンドは遥か遠くの札幌ドームなのですけど、東京ドームは準本拠地みたいなもので、年に数試合その球団の主催試合が組まれています。



試合前のグラウンドでは、球団のマスコットキャラクターたちがパフォーマンスを魅せていました。 ちなみに右側は、最近見習いから昇格した、キタキツネのフレップ。左側はエゾリスのポリーであります。北海道に移転したときからいたクマのB☆Bは、活動を地域の貢献に専念するそうで、今回は来ていませんでした。



そうしているうちに、いよいよ試合が始まりましたよ ファイターズは前日まで5連勝していることもあって、応援スタンドは最初からテンションが高かったです。 この日も、その勢いのままいってくれ ちなみに、マリーズの先発投手は酒居、ファイターズは加藤でした。
初回に、マリーズはヒットや犠打などを絡めて、早くも1点を先制しました。 対するファイターズも、負けていません。1アウト1塁3塁のチャンスを作り、4番の中田の内野ゴロの間に1点を取り、同点に追い付きました。



4回には2ベースヒットの2連発で1点勝ち越されたのですけど、6回に2アウト1塁3塁のチャンスでアルシアがタイムリーヒットを打ち、再び試合は振り出しに戻りました。 白熱した展開に沸く、ライトスタンド。



その後は膠着状態が続き、試合は早いペースで7回に突入していきました。 その裏のファイターズの攻撃。1アウト満塁で、その頃は打率4割でパ・リーグの首位打者の近藤に打席が回りました。スタンドは、チャンステーマの「チキチキバンバン」の大合唱で大盛り上がり しかし彼は三振し、続く4番打者の中田もショートゴロでアウトとなり、その回も無得点でした。 そして試合は2対2のまま、延長戦へと突入していました。

10回から登板したファイターズの宮西投手は大乱調で、2つのフォアボールを出したところで降板。 彼のあとを引き継いだ西村のところで送りバントをされ、1アウト2塁3塁の大ピンチに それでも、マリーズの福浦をセカンドゴロ、続く中村をセンターフライに打ち取り、なんとか無得点に抑えました。西村選手、エライ



この試合は両チームの力が拮抗して、目が離せない展開となったのですけど、そのぶん試合時間が長引き、私たちが帰る時間が迫ってきてしまいました。 これ以上ここにいたら、終電に間に合わなくて帰れなくなってしまいます。というワケで、私たちにとっては、この10回裏のファイターズの攻撃までが限界となります。なので、どうかその回に点を入れて、勝ちを決めてくれ
………という私の願いが通じたのでしょうか?ファイターズはレアードがフォアボールで出塁し、次の打者のアルシアがヒットを放ち、2アウトながらも1塁3塁としました。 このチャンスで、私たちのいるライトスタンドでは、最大級のチャンステーマの「北の国から」が飛び出すほどの大盛り上がり 打席には、期待の若手の横尾が立ちました。
しかし彼はセカンドフライに倒れ、この回も無得点となりました。 試合は延長11回に入っていったのですけど、その先はもう観られません。私たちはここで退散しますけど、どうか勝ってください

私たちがスタンドをあとにして、東京ドームから遠ざかる頃に、マリーズのチャンステーマが聞こえてきました。 密閉されたドーム球場なのに音が漏れてくるなんて、よっぽどの大音量ということに。 ちなみにそれは、最近高校野球の応援にもよく採り入れられるようになった、その名もズバリ「千葉ロッテ」でした。たまらずスマホで試合情報を見たら、11回表にマリーズがフォアボールなどで2アウト満塁と攻め立てていました。 私たちが水道橋駅に着いた頃、このピンチで田村にヒットを打たれ、走者一掃 3点も勝ち越されてしまいました。 「ああっ やられた」。さすがに3点差は厳しく、その裏のファイターズの攻撃は抑えられ、この試合は2対5で敗れてしまいました。



沈みながらも、私たちは東京駅で駅弁とおみやげを買い込み、在来線ながらも東京~熱海間はグリーン車に乗り込んでいきました。 ちなみに今回は、崎陽軒炒飯弁当を選びました。 冷めても程よいパラパラ感を保ち、おかずには唐揚げや焼売も入っていて、コンパクトながらも欲張りな中身の横浜炒飯弁当。おかげで、最後まで美味しくいただくことができました。

そのあとの乗り継ぎがうまくいったこともあって、私たちは予定より早く帰れるようになりました。 そのことを、駅まで迎えに来てくれることになっている箔母さんにLINEで知らせたあと、私は疲れからか列車の中で爆睡してしまいました。 ゴールが近付いてきたところで目を覚まし、再びLINEをチェックしてみたら………



うわっ、スゴく怒ってる……… どうやら到着予定時間を1時間も誤って伝え、待たせてしまったみたいです。すかさずお詫びの言葉をLINEで返したのですけど、なかなか既読も付きませんし。彼女の怒り方はハンパではありません。 それよりも、怖いので帰りたくないです。しかしたつぴも一緒にいるので、私は彼女の前ではひたすらペコペコバッタに徹するしかありません。

自宅の最寄り駅では、箔母さんは車の中で待っていました。
「帰る時間を間違えて伝えてしまって、ゴメンなさい 」
「………」
「(LINEを)送ったあと、すぐに寝ちゃって………」
「………」
彼女は無表情なうえに無言なまま車を走らせました。 私はその頃には、アリンコぐらいまで小さくなっていました。圧倒的に私が悪いのですけど、この空気の重さにはもう耐えられません。 しまいには、ミジンコぐらいにまで縮んで、私が「途中でいいから、降ろしてくれ 」と言おうとしたまさにその時「く、く、くははははっ」なぜか箔母さんは笑い出したのです。 これはいったい……… 
「確かに怒れたけど、待っている間に治まっていたよ」さらに彼女は「白黒茶々さんがあまりにも固まっていて可笑しかったから、家までもたなかった 」とも言っていました。それから、LINEは既読を付けなくても読むことができるそうです。とはいっても、それ以来彼女はそのことを根に持ち、駅での送迎時間には2重3重のチェックを要することになりました。


にほんブログ村 犬ブログ スピッツへ   にほんブログ村 犬ブログへ
 小さくなった茶々さんを、顕微鏡で観察してみたい方は、こちらに投票してやってください。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

甲子園の楽しみ方

2017-08-26 01:15:39 | 野球ネタ
こんばんは、白黒茶々です。
第99回全国高等学校野球選手権大会(いわゆる甲子園での高校野球の全国大会)は、埼玉県の花咲徳栄高校の優勝でもって幕を閉じましたね。そこに至るまでの白熱した数々の試合、私も楽しませていただきました。 夏の風物詩ともいうべき高校野球は終わり、これから秋に向かっていくところなのですけど、今回の箔波日記は甲子園のネタにさせていただきます。



私のいる静岡県の甲子園出場校は、この10年は同じような強豪校ばかりが名前を連ねていました。 彼らの頑張りを認めつつも、私は「甲子園では初戦で負けてもいいから、久しぶりに『初出場』という新鮮なチームに出てもらいたい」と思っていました。 そのような状況のなかで始まった、今年の大会。静岡県からは、藤枝明誠高校が甲子園出場を決めました。 しかも、初出場です
藤枝明誠とは……… 昭和58年(1983年)に創立された藤枝市の私学校で、私の大学時代の友達のA君の母校でもあります。 しかし、出来たばかりの頃の野球部は弱く、なかなか夏1勝をあげることができませんでした。 それでも、創部7年目にしてようやく地方大会で初戦突破。 ここ数年の間にメキメキと力をつけていき、シード校になったり、秋の東海大会に出場するまでになりました。 さらに、同じ市内の静清高校を甲子園出場に導いた、光岡孝監督が就任。弱い頃から知っていたチームだけに、私にとっても今回の出場はとても嬉しかったです。



しかもその「めいせい」は、あだち充先生の人気野球漫画の「タッチ」の主人公、上杉達也の明青学園とユニフォームが激似!と、地方紙の記事にありました。確かに、白地に濃紺のアンダーシャツ、帽子の「M」や胸文字の「MEISEI」は、漫画そのものですね。 ただし、アニメのほうは黒いアンダーシャツに赤色の文字でしたけど。

できることなら、甲子園での明誠の試合を観たいーーー とはいっても、私が休みを取れる日は限られていますし。 実際に明誠の初戦は開幕日の第4試合(7日の月曜日だからムリ)におこなわれ、6対7で津田学園(三重県)に敗れてしまいました。
それでも甲子園に行って、たまたまやっている試合をスタンドで観戦したり、売店で藤枝明誠グッズを購入したりして、明誠ナインが味わったであろう球場の空気を感じたい。
………と、かなり長くなりましたけど、そのようなワケで私は今夏の甲子園球場に行くことにしました。 そうしたら、次は行く日にちですよね。11日(祝)と20日(日)のどちらかなのですけど、試合が佳境に入る後半は混むだろうからということで、11日に行くことにしました。



そしてその当日、私は始発列車に乗って大阪方面を目指しました。 甲子園球場は、空き始めるであろう午後からの第3試合を目指すとして、まず通天閣に寄ったのは前回の日記の通り。それが済んだら、いよいよこの日メインとなる目的地に向かいますよ。いや、その前に球場のHPで、現在おこなわれている試合の途中経過を見てみましょう。 そうしたら………

「2017年8月11日 6:30 満員通知発表『現在、甲子園球場は満員です。ご入場いただけません。』」  (原文ママ)

というではありませんか しかも、早朝からすでにそのような状態ということに。それでも私は、他の目的もあったので、甲子園に向かうことにしました。大阪環状線で大阪駅まで戻り………



そこから阪神梅田駅で阪神電鉄に乗り換え………、駅の地上部分にある阪神百貨店は、一部はまだ工場中みたいですね。 その駅のホームにもやはり「甲子園球場は現在満席で、入場できません。」という掲示がありました。 2度に渡る忠告にも、動じませんよ。その駅から特急列車に乗って20分ほどで………



甲子園球場の最寄り駅となる、甲子園駅に行き着きました。 こちらの駅は最近全面改修がおこなわれ、混雑時でもより乗り降りしやすくなりました。 また上から見ると、野球ボールのような形の屋根に覆われております。さらに、この駅から3分ほど歩いていくと………



甲子園球場にたどり着きますよ この球場を象徴する蔦は、以前に訪れたときより延びていて、より青々としていました。 昔はコンクリートの外壁➕蔦だったのですけど、現在はレンガ積みの外壁➕蔦なので、おしゃれ度が増しております。



やはり事前の情報の通りで、すべての席のチケットは売り切れとなっていました。 そこに、いつどのくらい再発売されるかわからないチケット目当てに並んでいる人たちがあふれていました。



大会第4日目となるこの日は実力校がたて続けに登場し、締めの試合に優勝候補で地元校でもある大阪桐蔭の出番となるので、このような騒ぎになったと思われます。
それでも、まずはグッズショップに入ることにしましょう。 その時は試合の真っ最中ということもあって、かなり空いていましたよ。



………ということで、目的の藤枝明誠グッズを買ってきました。 今回私が確保したのは、昔から定番の校名ペナント(450円)、各チームのものがデザインされたユニフォームキーホルダー(500円)、部屋に飾っておきたい校名ボール(900円)の3点セットにございます。



次に寄っておきたいところは……… 外野スタンドの外側にある、甲子園歴史館ですよ こちらは試合観戦することができたとしても、入るつもりでいました。以前にからあった小規模な展示スペースが、球場の改修にともなってパワーアップしたみたいですね。そうしたら、入場料の(大人)600円を払って………



展示の初っぱなで、松井秀喜氏のいた星稜高校と松坂大輔氏のいた横浜高校のユニフォームが出迎えてくれましたよ



その左側の壁には、甲子園に出場したことのある高校の名前が記されたボールが埋め込まれていました。 馴染みのある地元の高校のものが見つかったら、なんか嬉しかったです。



さらに、決勝戦で延長18回を投げぬいた太田幸司氏の三沢、江川卓氏の作新学院と黒潮打線の銚子商との対決、バンビ坂本の東邦、ドカベン香川の浪商のユニフォームや、甲子園を沸かせた名勝負の展示や映像もありました。



私たちの世代では、沖縄水産が沖縄県の常連校でした。 そのチームを率いて、2年連続準優勝に導いた名将・栽弘義監督のユニフォームもありましたよ。これらを見ていたら、時空を越えて球場の熱気が伝わってくるようでした。 それから、映像コーナーなどを経て………



改修前のベンチなどを使って、ダッグアウトを再現したコーナーがあったので、そこに座って監督の気分を味わってみました。



続いては、阪神タイガースゾーンですね。 こちらには、歴代のユニフォームはもちろんのこと、昭和60年(1985年)に球団初の日本一に輝いたときの映像もありました。あの時の感動と興奮を味わいたい方は、こちらにお越しくださいませ



次の展示スペースに通じるバックスクリーン裏の通路には、今大会に出場している一部の高校のユニフォームや、これまでに甲子園でおこなわれた大会のトーナメント表がありました。 静岡県では、昭和53年(1978年)のセンバツ大会で浜松商が優勝したことが語り継がれています。



さらに「ドカベン」「ナイン」「ROOKIES(ルーキーズ)」「ラストイニング:私立彩珠学院高校野球部の逆襲」、………といった甲子園を舞台にした漫画の中に、「タッチ」もありましたよ



これらの名シーンが散りばめられた壁面を見つつ、通路を抜けていったら………



企画展示コーナーで、豪速球を投げる私がいました。 名付けて、大リーグボール@〒¥△☆とでもしておきましょうか? 打てるものなら、打ってみろ とはいっても、トリックアートですけど。



それだけではなく、組み合わせ抽選会で実際に使われた全出場校のパネルもありました。 こちらでは、そのパネルを使って自由に記念撮影することができるのですよ もちろん私は、藤枝明誠のものを手にしました。ただし、かぶっているのは母校の新居高校のものですけど。
実はそれとは別に、とっておきのものがこのコーナーの最深部にあるのですよ 私がこの歴史館で最もやりたかった、そのものとは………



ドラフト体験コーナーですよ こちらでは、専用の紙に必要事項を書いてスタッフに渡せば、それらのデータを入力してもらい、ドラフト会議での指命の疑似体験をすることができるのですよ

「第⚪回選択希望選手、北海道日本ハムファイターズ、加藤⚪⚪(私の本名)、捕手、新居高校」

………というアナウンスはないのですけど、やっぱり意中の球団にこのように指命してもらえたら、嬉しいです。

甲子園歴史館は、展示内容が充実しているうえに、撮影スポットも設けられていて、さらに常駐のスタッフがカメラで写してくれたり丁寧に説明してくれたりと、至れり尽くせりでした。 しかし試合の真っ最中だからかも知れませんけど、私が思っていたよりは空いていて、外ではスタッフが懸命に来館の呼び掛けをしていました。



また、その付近では「ただ今『外野スタンドウォーク』をやっています。席に座っての観戦はできないのですけど、外野の通路を通って出てくるようになっています」という呼び込みもあったので、せっかくなので私もそれに加わることにしました。 ということで、その行列と思われるところに列び、ひたすら待ちました。

その間に、ときおり球場内から大歓声が聞こえてきました。「試合に動きでもあったのか?」と思い、スマホで速報を見てみたら、ホームランが出たところでした。 現在は、第3試合の真っ最中。興南(沖縄県)が序盤に6点を取ったものの、智弁和歌山(和歌山県)がじわりじわりと追い上げていく展開となっていました。 嗚呼、ひと目でもいいからその続きを観たい。
しかし、その行列は最初は少し動いたものの、あとはいくら待ってもウンともスンとも言わなくなってしまいました。 「もう限界 」さすがの私も、1時間ほどでギブアップしてしまいました。その行列を出てから、誘導員の案内を聞いてみたら「次の試合が始まるときに、多少の入れ替わりがあるかも知れないから、それを待っている列です」なんと、いつの間にか行列の目的が変わっていました。

甲子園球場に行ってスタンドに入れなかったことは、今まで1度もありませんでした。この日の観客動員数は、4試合すべて満員の4万7千人だったのですけど、私のように球場の外にあふれている人も加えたら、5万人は超えていたでしょう。 お盆休みの前半に、好カードが組まれているなどの条件が重なって、このような事態になったと思われます。甲子園は来る度に入りにくくなっているので、これからは対策を考えなければなりませんね。 満員御礼はそれから数日続いたのですけど、お盆休み後半頃から空き始め、私があえて避けた準々決勝のある20日には、空席も見られるようになっていました。結果論なのですけど、その日にしておけばよかったです。

………とはいっても、甲子園歴史館でキャッキャしていたのも、また事実。 それなりに楽しむことができましたし、スタンドの外にも試合の熱気は充分に伝わってきたので、ここはヨシとしておきましょう。


にほんブログ村 犬ブログ スピッツへ   にほんブログ村 犬ブログへ
 「『大リーグボール@〒¥△☆』って、何て読むのだろうか?」と悩まれている方は、こちらに投票してやってください。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

高校野球の夏、長く続きますように。

2017-07-19 01:15:32 | 野球ネタ
こんばんは、白黒茶々です。
夏といえば、高校野球の時季でもありますよね。 甲子園行きの切符を手にするために、全国各地で熱い戦いが繰り広げられていることと思います。 そのような中で………



今、日本で最も注目されている早稲田実業の清宮幸太郎主将は、東・西東京大会の開会式で「私たちは野球を愛しています。野球の神様に愛されるように全力で戦うことを、ここに誓います。」という選手宣誓をしました。その文面は、前月亡くなった小林麻央さんの最期の言葉を彷彿させるのですけど、熱さと優しさを感じる素晴らしい宣誓となりました。



私も高校野球が好きで、今年も母校の応援に行くつもりでいます。 私の出身校の新居高校の野球部は4年前と3年前に夏1勝を挙げたのですけど、いずれの試合も日程が合わなくて、私は勝つ瞬間を観ることはできませんでした。 そのまた前ともなると、7年前にまでさかのぼり、そちらは腰痛を患って身動きすることができず、観戦は泣く泣く断念しました。 なので、今年こそは勝つところを箔波日記で皆さまにもお伝えしたいです。
そうなるためにも、鈴木脩キャプテン、組み合わせ抽選会では私の都合のつく日程の試合を引き当ててください。 それから、できたら勝てそうな相手にしてくださいませ。その結果………



9日(日)の掛川球場第2試合で、相良高校と対戦することが決まりました。 相良は「さがら」と読みます。御前崎市の東隣の牧之原市にあって………



そうです 私が田沼意次の特集をやるために、2月に箔や波と一緒に取材に訪れた、あの相良にある高校にございます。老中就任、相良築城、田沼政治、ワイロ最中、……… これは、田沼殿のお導きでしょうか?とにかく、その日だったら私は応援に行けるので、楽しみにしています。



また、たつぴの浜松大平台高校も、同じ日に清水庵原球場の第1試合で、富士高校と対戦することになりました。 彼は6月の定期演奏会をもって吹奏楽部を引退したのですけど、部としての野球部の応援は自由参加となっていました。その野球部に友達がいて、彼らをスタンドから演奏で応援したいということで、彼もその試合を楽しみにしていました。
私としては、大平台野球部を応援するたつぴを応援しにそちらの球場にも行きたかったのですけど、悩んだ末に自分の母校のほうに行くことにしました。それでも、こんなことを想定するのは不謹慎なのですけど、新居高校が初戦で負けて大平台高校が勝っていたら、同校の2回戦のほうを観に行くことにします。

そして、いよいよ運命の9日となりました。 私が観に行く試合のほうはゆっくり行っても間に合うのですけど、たつぴのほうは遠くの球場の朝早くからの試合となっていたので、朝の6時に大平台高校に集合することになっていました。そんな時間帯には、電車もバスもまだ出ていませんよ。



………そのような流れで、私が彼を学校まで送っていくことになりました。 こちらの地方では、1回戦から生徒のための応援バスが出ていて、私たちが着く頃には学校に並んでいました。私はたつぴを見送ったあと、それらを尻目に見つつ、この日のメインとなる掛川球場に向かいました。



………ということで、やって来ましたよ 掛川球場に。グラウンドでは試合を控えている選手たちが練習をしていて、スタンドには彼らを応援する生徒たちが続々と入っていきました。



とはいっても、新居高校の試合は午後からになりそうです。せっかくなので、それまでの間は第1試合を観戦し、母校の出番を待つことにしましょう。



………と言いつつも、私は池新田高校の応援席でメガホンを手にしていました。つい間違えてしまいそうなのですけど、新池田ではありません。池新田です。なんなら「池高」の愛称でお呼びくださいませ。 池新田高校は、こちらもまた私が2月に訪れた、御前崎市にある学校です。御前崎市といえば、新野左馬助ゆかりの地でもあります。このようにして球場で居合わせるなんて、左馬助公のお導きでしょうか?
それだけではなく、池高も長いこと夏の勝利から遠ざかっていることもあって、私は関係者ではなくても肩入れしたくなったのでした。対する相手は、浜松市内では屈指の進学校の浜松北高校



その試合は、掛川球場での最初のものということもあって、開始前には始球式がありました。 とはいっても、できるだけ多くの一般公募で集まった野球少年たちに投げるさせるためでしょうか?5つのマウンドとキャッチャー、バッターが用意されました。



それに引き続いておこなわれた、第1試合。 その初回にいきなり池高が1点を先制し、さい先のよいスタートを切りました。 しかし、中盤以降に北高打線に掴まり、あれよあれよという間に点差が開いていき………



結局、1対8の8回コールドで池高は負けてしまいました。 高校野球の地方大会では、7回以降に7点以上の差がつくと、コールドゲームといって試合が打ち切られてしまうのです。これは、ボクシングでいうところのTKO負けみたいなものでしょうか。せっかく私が感情移入するほど応援したのに………

その少し前には、たつぴから大平台高校の試合結果を伝えるメールがありました。気になる結果は……… 0対2で富士高校に敗れてしまったとのこと。 せっかく朝早くから遠いところまで応援に行ったのに、投手戦ということもあって2時間弱で終わってしまったみたいです。

そうしたら、夏1勝は残る新居高校に託すしかありません。いつも以上に前置きが長くなってしまいましたけど、相良高校と新居高校の試合がいよいよ始まります



もちろん私は、例年と同じスタイルで応援しますよ 昨年の磐田球場での掛川工業高校戦から、早いもので1年あまり。今年もスタンドに戻ってきましたよ。



新居の先発投手は、山本真君。初回は相良打線を無得点に抑えたのですけど、2回に連打やエラーなどがあって、3点を失ってしまいました。 さらに次の3回には、2点追加されてしまいました。



序盤の失点は、腰を据えてコツコツと奪い返せばいい しかし、新居はノーアウト1塁2塁、2アウト3塁など、再三のチャンスをつくりながらも、得点に結びつけることができず、試合の流れも変えられないまま………



0対7の7回コールドで負けてしまいました。 試合時間も1時間45分で、あっという間でした。これで、3年連続で初戦敗退ということに。それよりも、その試合の結果を伝えるスコアボードがおかしなことになっていますよ。スコアラーがパニクっているのか、ヘンなところにXが入っていますし。 7回裏は0にしておいてくださいませ。



一方の相良高校の選手たちは試合終了後の校歌斉唱のあと、喜びを爆発させ、跳び上がりながら応援席に勝利の報告に向かっていきました。 後で知ったのですけど、同校はこの試合は9年ぶりの夏1勝となったそうです。

それでも、私は社会人となってから休みが少ないなかでも、母校の試合に行くことができ、選手たちが頑張っている姿を直接観ることができたことに感謝しなければなりません。 それに、在校生や選手の父兄、OB、OGといった同志たちと気持ちを1つにして応援することもできましたし。勝つに越したことはないのですけど、高校野球は負けた試合からも心に伝わるものがあります。少子化などの影響から、統廃合で高校の数が減りつつあるなかで、母校の野球部が今後も継続し、来年以降も応援できるのは恵まれていて、幸せなことでもあります。この日掛川球場に居合わせた選手や応援団などはこの日をもって解散となりますけど、来年また新たなチームを組み、気持ちを1つにして応援するのを楽しみにしています。


にほんブログ村 犬ブログ スピッツへ   にほんブログ村 犬ブログへ
 清宮君の活躍と進路が気になる方は、こちらに投票してやってください。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ナゴヤドームに行きたい

2017-06-24 00:53:10 | 野球ネタ
こんばんは、白黒茶々です。
プロ野球は、梅雨の時季に入るちょっと前からセ・リーグとパ・リーグの各球団が総当たりで対戦する交流戦に突入し、またひと味違った楽しみとなりました。 果たして、今年はどのようなドラマが起きるのでしょうか?


ファイターズ女子あらわる!?

ただしその交流戦は、今回の日記を載せる前には終了してしまいましたけど。 白黒茶々家が応援している北海道日本ハムファイターズは、本拠地となる札幌ドームがかなり遠いところにあるので、観戦に行きにくい球団でもあります。 それでも、昨年は交流戦で中日ドラゴンズと対戦するために、我らが東海地方のナゴヤドームにも来たのでした。もちろん、私はその試合を観に行きましたよ。しかし、交流戦はセ・リーグとパ・リーグの球団が相互の本拠地で3連戦をやる形式に変わってからは、ファイターズのナゴヤドームでの試合数も、2年に1度ぐらいに激減。その流れからいくと、名古屋遠征は昨年やったばかりなので、次に来るのは来年あたりになると思われていました。
ところが、なぜか今年もナゴヤドームでやることが決定 これを見逃したら、次回は3年後ぐらいになる恐れがあるので、どうしても観戦しておきたいですね。ただし、その3連戦はいずれも平日に組まれていました。こうなったら……… 職場にお願いして、観戦したい日は早退させてもらうことにしました。



ナゴヤドームでの中日ドラゴンズと北海道日本ハムファイターズとの対戦は、今月の13日~15日となっていました。 私はそのうちの最終日となる15日に、試合を観に行くことにしました。ちなみにそれまでの結果は………
第1戦・ ドラゴンズ 7ー5 ファイターズ
第2戦・ ドラゴンズ 5ー7 ファイターズ

………の、ともに1勝1敗。ファイターズは、私が4月に京セラドームまで観に行った試合で負けてしまったので、今回はどうしても勝つところを観ておきたいですね。 いや、実際には4月の勝敗とは関係なく、勝ってもらいたいのですけど。 その日は午後に入ってから予定通りに早退して、二川駅から列車に乗車。 その後、何回か乗り換えたりして………



17時ちょっと過ぎには、ナゴヤドームの最寄り駅となる地下鉄のナゴヤドーム前矢田駅に到着しました。やはり私と同じ目的と思われる方たちが、ぞろぞろと出口に向かっていきますね。



ナゴヤドームに通じる通路は、ドラゴンズロードともいうべきドラゴンズの監督やコーチ、選手たちのパネルが連なっていました。 あと、その球団の栄光の記録やドラゴンズガール、マスコットキャラクターのドアラの紹介なども。そのような中に………



この日、ドラゴンズで先発することになっている、鈴木将太選手のものもありました。彼は私の地元の浜松市の聖隷クリストファー高校出身で、甲子園には出場してはいないのですけど、同球団にドラフトで1位指名され、今年で4年目の22歳(正確には、その翌日の16日が22歳の誕生日でした)。 彼にも頑張ってもらいたいのですけど、今回は遠慮なくいかせていただきます。 ちなみに、ファイターズの先発は、今季はまだ未勝利のプロ入り6年目の23歳、上沢直之選手でした。
地下鉄の駅に降り立ってから、8分後には………



ナゴヤドームが見えてきましたよ 私にとっては、約1年ぶりとなります。



入場する前には、やはりそのドームをバックにして、お約束の記念撮影をやっておきたいですね。 ちなみに、今回は以前とは違う場所で撮ってみました。この儀式(?)が済んだら、グッズショップを覗いてから、いざドームの中へ



ナゴヤドームは外野も含めて全席指定席なので、チケットさえ確保していれば慌ててて駆け込む必要はありません。 今回、私はレフトスタンドのよく見える席に腰掛け、焼きそばなどを食べながら試合が始まるのを待ちました。



その間に、球団マスコットのB☆B(ヒグマ)やフリップ(キタキツネ)によるサインボールバズーカがありました。こちらにも放ってくださいな



そして、お待ちかねのプレイボールと相成りました。 それにしても……… 



ファイターズファンが集中しているあちらのビジター応援エリアではなく、間違えて普通のレフトスタンドのチケットを買ったら、ドラゴンズファンも混在する汽水域となっていました。 私はまわりに気を使い、ファイターズの攻撃時でも座ったままで、各選手に送る応援のテーマも、6割程度に抑えて歌いました。
たとえファイターズファンの同志たちと離れていても、気持ちは1つ。私は居候状態でも、それなりに応援と観戦を楽しんでいました。



その試合のほうは、ピッチャーが粘り強い投球をし、決定打が出なかったこともあって、4回までは両チームとも無得点。



私たちのすぐ近くのレフトの守備に就いているのは、ジャイアンツからトレードでやって来た、大田泰示選手にございます。彼はドラフト1位で前のチームに入団したのですけど、目立った活躍をすることもなく、違う環境でプレーすることに。 ところが、ファイターズの1員となってからは頭角を現し、この試合は切り込み隊長の1番バッターを任せられていました。

試合が動いたのは、5回表のファイターズの攻撃のときでした。2アウトながらヒットやフォアボールでランナーを溜めたところで市川選手がタイムリーヒットを放ち、2点を先制 しかし、その裏にドラゴンズがすかさず反撃し、1点を返しました。
この試合は平日のナイターということもあって、ナゴヤドームは満席とはなりませんでした。 私がもともと座りたかったビジター応援エリアにも、明らかな空席があったので………


♪こ~の~いち~げきで~、しょ~ぶを~きめろ~………

ちょっと後ろのほうになるのですけど、試合の後半はこちらに移動し、ファイターズのファンと苦楽をともにすることにしました。 さあ、ここなら攻撃時は立ち上がって心置きなく応援することができますよ 私はその場でリミッターを外しました。私のいるスタンドでは、関西限定のチャンステーマが大合唱されています。さあ、パソコンやスマホの前の皆さんも、他の球団のファンの方たちも、一緒にテンションを上げてくださいませ。 その直後に、先ほど紹介した大田選手にタイムリーヒットが出て、1点を追加 再びリードは2点差となり、ファイターズ側のスタンドは大いに盛り上がりました。

ところが、ドラゴンズはそう簡単には勝たせてくれませんでした。その裏の攻撃で我らが上沢投手はドラ打線に掴まり、あれよあれよという間に3対3の同点に追い付かれてしまいました。 それだけではなく、投手の交代やデッドボールを受けた打者のケガの治療などで試合が中断して時間を喰ったこともあって、けっこう長引きました。私が終電に間に合うようにしつつナゴヤドームにいられるのは、21時30分までが限度です。試合が終わるまで見届けるのはムリだとしても、せめて勝敗がほぼ決まるところを観ておきたいです。



………なんてことを願っていたら、8回表にファイターズに得点のチャンスが廻ってきました。1アウトながら2塁と3塁にランナーを置き、打席には松本剛選手が立ちました。今度は「チキチキバンバン」のチャンステーマが
♪頑張れ僕らのファイターズ、走れ早く、頑張れ僕らのファイターズ、決めろ早く!打て打て松本!………
しかし、松本選手は1塁後方にファールフライを打ち上げてしまいました。ドラゴンズの1塁守のビシエド選手は、体勢を崩しながらも捕球。これで2アウトです。ところが、それだけで終わりではありませんでした。代走で3塁にいたファイターズの大塁選手が、タッチアップで本塁に突っ込んだのです 「野球のルールはよくわからない」という方もいると思いますけど、とにかく大塁選手は一か八かの勝負に出たのですよ。それに慌てたビシエド選手は、本塁に向かって大暴投 試合の終盤で、ファイターズが再び勝ち越しました。 なおもランナーは3塁に。次の打席には、西川遥輝選手 ここでもタイムリーヒットが出て、ダメ押しの1点が入り、5対3となりました。 この展開は、もう願ったり叶ったりです。
その裏のドラゴンズの攻撃も、あっさりと2アウトに。タイムリミットも迫ってきていることですし、このイニングを見届けたら帰ることにしましょう。



………なんて思っていたら、ドラゴンズのゲレーロ選手が放った打球が、目の前に飛び込んできましたよ これで試合は5対4に。 今季19号となるそのホームランは、その時点でセ・リーグのトップとなりました。その記念ボールを手にしたファイターズファンの方は、申し訳なさそうにしていましたけど「そんな球、グラウンドに投げ返せ 」のようなことは決して言わないので、心配しなくてもいいですよ。 結局、そのイニングのドラゴンズの攻撃は、その1点だけで終わりました。



その直後に、私は地下鉄の駅に駆け込んだのですけど、すでにそちらに向かって帰路に就く人の流れができていました。 列車を待つ間や乗っている間に、その後の試合の経過をスマホで見守っていたら……… 5対4のまま、ファイターズが見事勝利 おかげで爽快な気分のまま、帰ることができました。

「ただいま
家に残ってファイターズの試合の行方を見守っていた箔母さんやたつぴやワンニャンたち、お陰さまでいい報告ができるようになりましたよ。 お土産話も充実していたのですけど、それよりも、なんか箔母さんが私の話をうっとりと聞いているような気がします。 「もうちょっと、何か言ってみて」いや、話というよりは、声のほうみたいですけど……… ちなみにその時の私は、応援で声を張り上げ過ぎて、ノドが枯れている状態でした。 その声が、彼女が好きな声優に似ていたみたいですね。ケガの巧妙というか、とにかく思わぬ効果がありました。しかしその奇跡の声(?)は、翌日にはほぼ消滅してしまいました。
それはさておき、今季の私のプロ野球観戦は、今回が最後になりそうです。なので、以降の試合は他の媒体を通して楽しもうと思います。


にほんブログ村 犬ブログ スピッツへ   にほんブログ村 犬ブログへ
 「今度はヘリウムで声を変えてみたら?」と思われた方は、こちらに投票してやってください。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2年ぶりの京セラドーム、頼むから勝ってくれ!

2017-04-15 01:11:39 | 野球ネタ
こんばんは、白黒茶々です。
壮行試合の結果や大谷君の離脱などから、当初は期待されていなかったWBCの日本代表でしたけど、フタを開けてみたら快進撃を続け、大いに盛り上がりましたね。 準決勝のアメリカ戦には惜しくも敗れてしまいましたけど、本気モードでメジャー級選手をつぎ込んだチームを相手に、善戦しました。 続いておこなわれた選抜高校野球も、2試合続けて引き分け再試合があったり、決勝戦で大阪勢同士が対決したりと、こちらも楽しませていただいました。
さらに息つく間もなく、プロ野球の公式戦も始まりましたね。 白黒茶々家が応援している北海道日本ハムファイターズは、昨年は日本一となったこともあって、チームとしては球団史上初の2年連続日本一を狙っていました。 今年は野球評論家たちによる順位予想でも、上位にランクされたこともあって、私たちの士気も高まりました。さらに私は、開幕から間もない今月9日に、京セラドーム大阪でおこなわれるオリックスバファローズとの試合を、たつぴと一緒に観に行くことにしました。今シーズンは、ファイターズがどのような戦いをしていくのか、楽しみですね。



そしてその当日、私とたつぴは始発列車に乗り、在来線の快速列車などを利用しつつ、4時間ほどかけて大阪にたどり着きました。 さらにそこから大阪環状線の外回り(いわゆる時計回り)に乗り換え………



大阪城公園駅で降りていきました。目の前に見えているので、もうおわかりかと思いますけど、私たちは京セラドームに行く前に、大坂城に立ち寄ったのです。 今年はお花見運が悪く、天候的にもスケジュール的にも満開の桜を見るのが厳しかったので、今回のプロ野球観戦の日程に、桜の名所でもある大坂城を組み込んだのでした。その駅からは、私たちと同じ目的であろう人たちが続々と放出されていき、お城の人口密度は高くなっていったと思われます。



お堀に架かる極楽橋を隔てた復興天守の眺めも、いいですね。 さらにその内堀に沿って歩いていったら………



いい具合に桜と復興天守が一緒に写る場所がありました。 私はこのお城には何回も来たことがあるのですけど、桜の時季は今回が初めてとなります。ちなみにたつぴは、大坂城自体初めてということに。



さらに私は、城内をぐるりと回り、お城の正門となる大手門をくぐりました。そこを出てすぐのところには、見事な桜の木が その桜越しに見える千貫櫓も、いい感じですね。



本丸南側のお堀沿いには桜並木があり、こちらも大勢の人が通り抜けていきました。



本丸跡から見る復興天守は、大迫力ですね。 ちなみにこちらの建物は、黒田家に伝わる大坂夏の陣屏風絵などを参考に、豊臣時代の天守をイメージして昭和6年(1931年)に鉄筋コンクリート製で建てられました。平成の大改修を経て、現在では国の登録有形文化財に指定されています。



その復興天守を、本丸の北側の山里丸側の雁木上から俯瞰すると、さらに迫力が増します。それに、いい感じで桜も入っていますし。 そのような中に、私とたつぴもしっかりちゃっかり写っちゃっています。
そのあと、私たちはさらに大阪環状線を乗り継いでいき………



約2年ぶりに、京セラドームにやって来ましたよ ちなみにこちらは、環状線の大正駅から徒歩10分ほどのところにあります。



まずはそのドームをバックにして、応援スタイルで記念写真を撮っておきましょう。 それが済んだら………



ドーム入りして、外野スタンドの席を確保し、そこで試合が始まるのを待つことにしましょう。 このところ、私が観に行った試合はずっと勝ち続けているのですけど、今季のチームの調子はあまりよくありませんでした。前日にこちらでおこなわれた試合では、開幕投手も勤めた先発の有原選手が大乱調。打線もバファローズの投手を攻略できず、1対8の大差で敗れてしまいました。それだけではなく、4連敗で最下位にまで転落するというオマケ付き。



それでも、打率も本塁打(ホームラン)数もリーグトップの大谷(翔平)君がいるから、大丈夫 彼は昨年、投手と打者の二刀流の活躍によってチームの日本一に貢献したのですけど、その後、右足首を傷めたこともあって、今シーズンは全力疾走はできないものの、打者に専念していました。それだけではなく、早ければ今シーズンが終了したらメジャーに行くかも知れないので、この目にその勇姿をしっかりと焼き付けておきたいですね。 それから間もなくして、両チームのスタメン(スターティングメンバー)が発表されました。

「ナンバー1、レフトフィルダー遥輝~西川、ナンバー2、センターフィルダー拳士~杉谷………」
この次に、いよいよ「指名打者(デジグネ―ティド ヒッター)大谷」がコールされるのですよね♪
「ナンバー3、デジグネ―ティド ヒッター賢介~田中」
えっ 大谷じゃないの 彼は指名打者以外のところには入らないので、その身に何かあったのでしょうか?



そのとき私の脳裏には、あだち充先生の人気漫画「タッチ」のワンシーンが浮かんでいました。明青学園は、1年生エースの上杉和也の活躍もあって、決勝戦に進出 その試合も、誰もが彼が投げるものだと思っていました。ところが、球場でコールされたのは「4番ピッチャー黒木君」。和也の不在に、スタンドはざわめきました。彼は決勝戦に向かう途中で交通事故に遭い、帰らぬ人となっていたのです。

話は京セラドームに戻ります。私は慌ててスマホで大谷君に関するニュースを検索してみたら……… 前日の試合で左足の肉離れを起こし、試合に出られる状況ではないというではありませんか さらに「サンデーモーニング」では、張本さんが「大谷の選手生命を潰す気か 」と激怒していたともいいますし。私はこの日は朝が早くて新聞を読んでこなかったので、前日のことは試合結果と順位しか知りませんでした。
そのことをすでに認識していたかどうかわかりませんけど、ファイターズ側の応援席からは「気合いを入れろ ファイターズ」とか「絶対勝つぞ ファイターズ」とかいったコールが飛び交い、そのことからも切実な状況がうかがえました。チームの状況が悪く、嫌な空気に包まれていたのですけど、この試合で勝って流れを変えたいですね。 とかなんとかいっているうちに、戦いの火蓋は切って落とされました。



バファローズの先発投手は、西選手。対するファイターズはメンドーサ選手。両投手が好投したこともあって、試合の中盤まではなかなか点が入らなかったのですけど……… 



5回裏にフォアボールとヒットをからめて、バファローズが1点を先制 8回にも押し出しで2点目を入れました。それに対して、ファイターズは………



その攻撃のインターバルの間に、私がトイレに出たら、通路で球団のマスコットのB☆Bが、グリーティングをしていました。 私も一緒に写りたかったのですけど、仕舞いに入ったところだったので、泣く泣く見送ることに。



それはさておき、試合のほうですよ ファイターズの攻撃は、主砲の中田選手やレアード選手の不調などもあって、打線がつながりませんでした。それだけならともかく、この試合中に中田は右足を傷め、途中交代。



結局、0対2で敗れてしまいました。私が観に行った試合で、ファイターズが負けたのは、3年前の夏の東京ドームでの千葉ロッテマリーンズ戦以来となります。
勝てば、ファンたちはスタンドに残ってチームの応援歌などを歌ったりして勝利の余韻に浸るのですけど、負けた場合は応援スタイルを解いて、そそくさと退散するのが通例となっています。 一期一会で結成されたこの日のファイターズの応援団は、そのようにして解散しました。昨年の覇者らしからぬ6連敗となってしまいましたけど、それでも誰一人選手や監督のことを悪く言わなかったのがせめてもの救いでした。

とはいっても、今シーズンはまだ始まったばかりです。これから長い戦いを続けていくうちに、状況が一変するかも知れません。 もちろん、勝っても負けても私はファイターズに声援を送り続けますよ。ということで、これからどのような展開になるのか、楽しみにしています。


にほんブログ村 犬ブログ スピッツへ   にほんブログ村 犬ブログへ
 「今回の敗因は、前夜にハムカツを食べてこなかったからでは?」と思われた方は、こちらに投票してやってください。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

4年ぶりのハム祭り

2016-10-05 00:44:18 | 野球ネタ
こんばんは、白黒茶々です。
やった、やりました ファイターズがパ・リーグの優勝を決めました



先月28日の夜のこと。優勝へのマジックナンバーを1とした我らが北海道日本ハムファイターズは、西武プリンスドームで埼玉西武ライオンズと対戦しました。 ファイターズの先発投手は、大谷君。ライオンズは、彼の高校の野球部の先輩でもある、菊池でした。優勝マジックとか2位との差とかを説明すると長くなるのでここでは省略しますけど、とにかくこの試合に勝てば、4年ぶりのリーグ優勝が決まります。
………とはいっても、この日はテレビだけではなく、ラジオも中継をやっていなかったので、ネットの速報に出ているアウトカウントなどを眺ながら、試合の行方を見守るしかありませんでした。 それにしても、そちらはサイレントなのであまりに静か過ぎです。それに、リアル中継より少し遅めですし。
※白黒茶々ではネットTVや、唯一中継がおこなわれていた衛星放送などの契約はしていなかったのですよ。(編集部注)

その試合は大谷君の投球が冴えわたり、リーグ最多の本塁打記録を持つレアード選手のホームランもあって、1対0のまま最終イニングとなる9回に入りました。 そこで私は、他の番組をやっているのですけど試合情報を見ることができるテレビのNHKにスイッチオン パソコンではあとアウト1つで、ファイターズの勝利という段階だったのですけど………
テレビのほうで効果音とともに「日本ハム4年ぶり7度目のリーグ優勝決定」というテロップが流れました。えっ、優勝が決まった



歓喜のタイミングがズレズレとなってしまいましたけど、私は箔母さんと一緒にクラッカーを鳴らしたら、こうなりました。 嬉しくてたまらないのですけど、この場にたつぴがいないのが、少し残念です。彼はそのとき、修学旅行で沖縄に行っていたので、その朗報はすぐにメールで知らせておきました。
そうしたら、間もなくして「やったー! \(^o^)/」というお返事がありました。北海道(胴上げの場所となったのは埼玉県)とは逆方向の沖縄にも、歓びを伝えることができたみたいです。



がウチに来てからファイターズが優勝したのは5回目となるので、彼は分かっていると思うのですけど、にとってはこの騒動は初めてとなるので、戸惑っている様子でした。 それでも、これはハムファンファミリーの子になった者の宿命なので、あきらめ……… いや、開き直って、一緒になってハメを外してくださいませ

そのファイターズは、4年ぶり7回目のリーグ優勝となるのですけど、今回のものは今までとはワケが違います。 話すと長くなる恐れがあるのですけど、その戦歴と戦略を順を追って説明いたします。
今年のペナントレースが始まる前に、野球の解説者や評論家はほぼ全員、今年のパ・リーグは、昨年・一昨年と日本一になった福岡ソフトバンクホークスがダントツで優勝すると予想していました。そうしたら、ファイターズのほうはというと、みんなして4位ぐらいではないかと。 ま、まあいいでしょう。 毎年、順位予想ではファイターズはそのあたりにされているので。この球団は資金力があまりないということもあって、他球団から有力選手を引き抜いてくるようなことはしませんというか、できません。なので、今日までスカウティングと育成でチームを強化するという方法を取ってきました。そのような状況のなかで、今シーズンのペナントレースが開幕しました。



ホークスは大方の予想通り絶好調で最初からぶっ飛ばし、首位を独走していました。 一方のファイターズは出だしはあまり芳しくなく、こちらも4位ぐらいに甘んじていました。 それでも「打倒ホークス」をスローガンにしつつ、4月3日の東京ドームでの対ホークス戦を迎えました。私とたつぴが観に行ったその試合では、入団2年目の有原が好投し、お寿司大好きレアードがホームランを打ち、抑えに立った静岡県出身の増井が……… ちょっと危うかったのですけど、私たちの目の前でなんとか宿敵相手に一矢報いることができました。

5月末から始まった、せ・リーグとパ・リーグの球団が総当たりで対戦する交流戦でも、ホークスはぶっちぎり。 一方のファイターズの勝敗は、五分五分ぐらいでした。 そのような中で、ナゴヤドームで中日ドラゴンズと対戦しました。 3連戦のうち最初の2戦で連敗をしてしまったファイターズ。その頃にはホークスとのゲーム差は11,5と、絶望的な数字となっていました。 私が観に行った6月19日の3戦目では大谷君が先発し、彼は二刀流ということもあって、ピッチャーなのにその試合ではクリーンナップの5番打者を任せられました。

今から4年前のこと。大谷君は高校時代に160キロの球を投げたこともあって、ドラフトを前にして多くの球団は彼を狙っていました。 しかし彼は、卒業後はメジャーリーグの球団に入ることを希望していたので、ほとんどの球団は彼をドラフトで指名するのをあきらめました。そのような中で、ファイターズが唯一彼を強行指名。当初は激しく拒否されたのですけど、同球団の栗山監督が粘り強く交渉し………
その交渉に当たっては、「メジャーに行くにしても、日本のプロ野球で経験を積んでからのほうがいい」という話をし、ファイターズは「大谷君をメジャーに送り出すまで」という手引き書まで作成し、彼の説得に使いました。 また栗山監督は、「熱闘甲子園」という番組のキャスターを務め、高校球児と深く関わったこともあって、彼らの心に寄り添うことができたのですよね。さらに、長打力もある大谷君の「投手と打者の両方に挑戦したい」という希望も受け入れた結果、なんとか説得に成功!彼を入団させることができたのです。栗山監督だったからこそ、大谷君はファイターズに入ったといってもいいでしょう。

しかし、当初は「投手に専念させたほうがいい」とか「両方をやらせたら、どちらも中途半端になってしまう」とかいう、彼の二刀流には否定的な意見が多く聞かれました。 それでも、経験を積んでいくうちに両方に磨きがかかり………



………今年の6月19日のナゴヤドームでのドラゴンズ戦では、最速161キロの速球も織り混ぜ、危なげない投球で相手打線を封じました。打っては派手な一発はなかったものの、彼の激走もあって先制点を取り、その後も追加点を加えて、ファイターズが有利なまま終盤を迎えました。 ところが、またしても抑えの増井が大乱調。辛うじて1点差で勝ったのですけど、彼はその試合をもって登録抹消。二軍落ちとなってしまいました。
それでも、その試合からファイターズは勝ち続け、交流戦が終わってもその勢いは衰えず、連勝を重ねていきました。 そのような中で、7月3日の福岡ヤフオクドームでのホークス戦で、栗山監督は思いもよらぬ奇策を講じました。なんと指名打者制度を使わず、先発予定の大谷君を1番バッターに据えたのです それに応えるように、彼は先頭打者ホームランを放ち、投球にも勢いが増してその大事な試合には見事勝利しました。

と、ここまでいい流れだったのですけど、そこで思わぬアクシデントが大谷君を襲ったのです
7月初旬の試合中に彼は指にできた豆をつぶし、投球することができなくなってしまいました。 その頃、オールスター戦に投手として出場することが決まっていた彼は、辞退……… はしなくて、なんと打者として挑んだのです その結果、ここぞというときに好打したこともあって、見事オールスターでのMVPを獲得 さらにファイターズの試合でも、打者に専念しました。

投手としての大谷君が抜けて、先発ローテーションが崩れると思いきや栗山監督は、新人や一軍での経験がまだ浅い、高梨加藤を起用。かなり責任の重い役となったのですけど、彼らは監督の期待に応え、安定感のある投球をして、先発ローテーションの仲間入りを果たしました。 さらに監督は、抑えとして不本意だった増井を、先発に配置転換したのでした。その結果、彼は見違えるような活躍をし、チームが危機のときや絶対に落とせない大事な試合をモノにしていきました。
そして、気付いたら球団新記録の15連勝にもなっていて、ホークスとの差は5ぐらいと、じわりじわりと迫っていました。



8月末には、ホークスとの直接対決を制したりして、今季初めて首位に浮上 その後は、両チームは入れ替わり立ち替わりのデットヒートを繰り広げ、気付いたら3位との差は15ゲームほどに。その時点で、優勝はどちらかのチームに絞られました。
ホークスは夏以降は主力選手が故障などで離脱したこともあって、やや後退気味に。一方のファイターズは、最終コーナーに入ってからムチを入れ、全力で駆け抜け、9月28日に歓喜の瞬間を迎えることができたのでした。

とはいっても、やはり今季のホークスは強かったです。ファイターズの優勝が決めることができたのは、最後から2番目の試合で、最後までわからない展開となりましたし。それから、強いホークスを目標にしてきたおかげで、ファイターズはここまで来ることができましたし。

今回の優勝に最も貢献した選手は、いうまでもなく二刀流として投打に活躍した大谷君でしょう。 防御率1点台で10勝しつつも、規定打席数には及ばないものの、ホームラン数はリーグ8位の22本、ヒット数は100、打率は3割2分2厘と、驚異的な数字を出しましたし。もう彼の起用法に文句を言う人はいないでしょう。そんな彼の底力を見出し、チームの勝利に結びつけた栗山監督も、素晴らしいです
彼は4年前に監督に就任した年に、いきなりチームをリーグ優勝へと導きました。 しかし、コーチと意見が合わなかったこともあって、そのあとの日本シリーズでは、原監督(当日)率いる読売ジャイアンツに敗退。 その翌年も尾を引き、その年は最下位に沈みました。



それでも年を重ねていくうちに、監督の野球はチームに浸透していき、若手の選手も育っていきました。 今季は、10年前の日本一を経験したことのある、ベテランの田中賢介が帰ってきたのも大きかったです。「悩める4番打者」こと中田も、またひと回り成長しましたし。 栗山監督は普段は厳しいのですけど、グラウンドでプレーする選手のことを暖かく見守り、負けた試合では「すべてオレが悪い」と、選手をかばいました。また彼の野球は緻密で、選手の力を最大限に引き出し、さらには常識を覆すような采配もしたりして……… これはもう、栗山マジック(略してクリヤマジック、さらに略してクリック……… って、ハショり過ぎて意味が変わってしまった )と言ってもいいでしょう。また、「魔術師」という言葉も当てはまりますね。 これは、彼が目標としている名将の、三原脩氏に倣っているのかも知れません。



たつぴが修学旅行から帰ってきた夜に、白黒茶々家ではファイターズの祝勝会がおこなわれました。 まずは、北海道日本ハムファイターズの4年ぶり7度目のリーグ優勝を祝って、かんぱ~い



その晩のメニューは、栗山監督にちなんだ栗御飯、日本ハム商品のシャウエッセン、北海道ならではのサッポロビール、………などとなっております。

今年のファイターズの戦いを振り返っていったら、ついつい長くなってしまいました。 それでも、野球マンガの作者にも思い付かないようなことが多々起きたこともあって、今年はファンにとっても忘れられない年となりました。 今季セ・リーグを制した広島東洋カープにも当てはまるのですけど、資金力のない地方の球団が自前で選手を育て、常勝球団に討ち勝ち、頂点に立つなんて、ロマンがあると思いません?
ただし、今度は日本シリーズ進出をかけて2位チームか3位チームと戦うクライマックスシリーズや、その先にある日本シリーズが控えています。やはりここまできたら、日本一を狙いたいですね。またウチで祝勝会ができるように、ファイターズにはさらに上を目指していってもらいたいです。

せっかくなので、今回は大谷君こと大谷翔平選手の応援テーマで締めようと思います。 さあ、パソコンでやスマホの前の皆さんも、メガホンやスティックバットなどを手にしてお歌いくださいませ。 では………

♪迷わずに駆け抜けろ 伝説の幕が開ける
さあ、気持ち込めて進め 狙い定め
翔(と)べ!大谷! 夢の向こう側へ
かっ飛ばせ!大谷


にほんブログ村 犬ブログ スピッツへ   にほんブログ村 犬ブログへ
 勝敗に関係なく、ハム料理がお好きな方は、こちらに投票してやってください。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

高校野球よ熱くなれ!

2016-07-23 00:39:51 | 野球ネタ
こんばんは、白黒茶々です。
ようやく梅雨が明けて、本格的な夏がやって来ましたね。 日本の夏といえば、KINCHOの夏……… 
※いや、決して間違ってはいないのですけど、花火とかスイカ割りとかいう流れで話をつないでいってもらいたかったです。(編集部注)
そうそう、夏といえば、高校野球もハズせませんよね。 ということで………



私は今年も、母校の高校の野球部の応援に行きますよ 昨年は遠路はるばる対戦場所の沼津まで駆けつけたのに、小山高校に大敗。 9回までやらせてもらえませんでした。そういうこともあって、今年こそは母校が勝つところを見たいと、強く願っていました。 その勝敗を大きく左右するのは、対戦相手次第といってもいいでしょう。なので母校のOキャプテン、どうかいいクジを引いてくださいな。



そして、6月下旬に高校野球静岡大会の組み合わせが発表されました。 気になる私の母校の新居高校の初戦の相手は、掛川工業高校 そのチームは春の県大会に出場したほど強いので、勝てるかどうか微妙ですね。 それよりも重要なのは、日程ですよ。その試合が予定されているのは土曜日なので、残念ながら私は応援に行くことはできません。
その代わり、たつぴの母校の浜松大平台高校の出番が日曜日となっているので、彼が所属する吹奏楽部が野球部の応援に勤しむところを応援、つまり大平台の応援の応援に行くことにしました。

しかし、7月に入ってからもまだ梅雨は続いていたのですね。雨によって大会の日程がずれ込み、今度はたつぴの大平台高校の試合が土曜日、私の新居高校が日曜日へと変更されたのです。 こうなったら、私は自分の母校の応援に行きますよ また、たつぴのほうは2回戦なら私も行けるので、どうか1回戦には勝ってくださいませ。

そして先に浜松大平台高校にとっての初戦となる、横須賀高校との試合がありました。 昨年の大平台は夏3勝を挙げ、横須賀とは今年の春期大会で一度対戦して倒しているので、そちらのほうが有利だと思われていました。 ところが、相手校はしっかりと対策を練ってきたみたいで………


※たつぴ撮影

3対4で、大平台高校は敗れてしまいました。 昨年はたつぴが夏風邪に倒れ、今年は私の都合がつく前に負けてしまうなんて……… とにかく、またしてもたつぴの応援の応援はできませんでした。 そうしたら、もう片方の応援に全力を注ぐことにします。



その決戦の舞台となるのは、磐田市にある磐田城山球場 その球場は最近手が加えられたみたいで、看板などがおしゃれになっていました。こちらは、徳川家康が遠江侵出の本拠地として築きかけた城之崎城の跡に造られた球場であります。440年の時を経て、今では違う戦いの舞台となっているのですね。



私のほうは、今年もこの応援スタイルで声援を送らせていただきます。 新居高校は2年前と3年前に夏1勝をあげたのですけど、いずれの試合も私がいないところでおこなわれました。なので、私はこのチームが勝つところはかなり長いこと見ていないことになります。今回こそは、勝って一緒に校歌を歌いたいですね。



………とかなんとかいっているうちに、いよいよ試合が始まりました。 そうしたら、グラウンドの選手のプレーに注目しましょう。



新居の先行で始まったこの試合は、序盤は両者無得点のしまった展開となりました。



試合が動いたのは3回。掛川工業は得点圏にランナーを置いたところで適時打を放ち、1点を先制しました。さらに5回にも追加点を取り、2対0としました。



一方の新居は、6回に反撃しました。 1点を返して1点差としたところでさらにチャンスを広げ、もう1点を狙ってホームに突入 しかし、好返球に阻まれてアウトとなってしまいました。さらに悪いことに、その直後の掛川工業の攻撃で、追加点を取られて再び2点差となってしまいました。
さらに、同じようなことが8回にもあって………



2対4で、新居は掛川工業に敗れてしまいました。 これで夏の大会は2連敗ということになります。それでも、中盤でほぼ勝敗が決まってしまった昨夏とは違って、今夏は最後まで試合の行方がわからない手に汗握る展開となったので、私のほうもより熱く応援することができました。 なので、選手の皆さんにはお礼を言いたいです。いい試合を観せてくれてありがとう、と。



試合では、グラウンドでプレーしている選手にばかり目がいってしまうのですけど、野球はあくまでもチームプレーで成り立っています。控えの選手はもちろんのこと、ベンチ入りが叶わなくてスタンドから仲間に声援を送る、その他の部員。面倒見のいい(?)マネージャー、我が子を見守る野球部員の父兄、……… その中には、私のようなOBも含まれています。 今年のチームの一部として微力ながら私も一緒に戦うことができて、とても嬉しかったです。ということで、3年生が引退したあとに結成される新チームにも、再び参加させていただきます。

高校野球の応援は終わったのですけど、泣いている場合ではありません。このあとに私はある用事を控えているので、いったん自宅に戻って箔を連れて猛ダッシュである場所に向かわなければならなかったのです。 その二次会の内容については、次回の日記で公表させていただきます。


にほんブログ村 犬ブログ スピッツへ   にほんブログ村 犬ブログへ
 「二次会には、応援スタイルのまま行ったのだろうか?」と心配されている方は、こちらに投票してやってください。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする