詞花和歌集
詞花和歌集 巻第一 春(一) 1~30
堀河院の御時百首の歌奉りけるに春たつ心をよめる
大蔵卿匡房
一 氷りゐし志賀の唐崎うちとけてさざ浪よする春風ぞ吹く
寛和二年内裏の歌合に霞をよめる 藤原惟成
二 昨日かも盾霧ふりしはしがらきのと山の霞ははるめきにけり
天徳四年内裏の歌合によめる 平 兼盛
三 ふるさとは春めきにけりみ吉野のみかきが原を霞こめむり
はじめて鶯の声をきゝよめる 道命法師
四 たまさかに我が待ちえたる鶯の初音をあやな人やきく覽
題しらず 曾彌好忠
五 雪消えばゑぐの若菜もつむべ今に春さへ晴ぬみ山べの里
冷泉院春宮と申しける時百首の歌奉りけるよめる 源重之
六 春日野に朝嗚く雉の羽音は雲の消えまに若菜つめとや
鷹司殿の七十賀の屏風に子日したるかたかきたる所に詠める
赤染衛門
七 萬代のためしに君がひかるれば子の日の松も羨みやせむ
題しらず 新院御製
八 子日すと春の野ごとに尋れば松ひかるゝ心地こそすれ
梅花遠薫といふ心を 源 時綱
九 吹きくればかを懐かしみ梅の花散らさぬ程の春風もがな
梅花をよめる 右衛門督公行
十 梅の花匂を道の志るべにてあるじも志らぬ宿に来にけり
題知らず 悛恵法師
一一 真菰草つのぐみ渡る澤邊にはつながぬ駒も放れざりけり
僧都覚雅
一二 もえ出づる草葉のみかはを笠原駒の景色も春めきにけり
天徳四年内裏の歌合に柳をよめる 平 兼盛
一三 佐保姫の糸そめかくろ青柳かふきなみだりそ春の山
贈左大臣の家の歌合によめる 源 季遠
一四 いかなれば氷ふきとく春かぜにむすぼゝろらむ青柳の糸
古郷の柳を詠める
一五 古里のみ垣の柳はるばるとたがそめかけし浅みどりぞも
題知らず 源 頼政
一六 み山木のその梢とも見えざりし桜は花にあらはれにけり
京極前太政大臣の家に歌合志侍りけるによめる 康資王母
一七 紅のうす花ざくら匂はずばみな志ら雲とみてやすぎまし
この歌を判者大納言経信紅の桜は詩に作れども
歌にはよみたることなむなきと申しければ
あしたにかの康資王の母の許に遣はしける 京極前太政大臣
一八 志ら雲は立ちへだつれど紅のうすはな桜こゝろにぞそむ
かへし 康資王母
一九 志ら雲はさもたゝばたて紅の今ひとしほを君しそむれば
おなじ歌合によめる 一宮紀伊
二〇 あさまだき霞なこめそ山桜尋ねゆくまのよそめにもみむ
大蔵卿匡房
二一 白雲とみゆるによる志るしみよしのゝ吉野の山の花盛りかも
水府二年内裏の後番歌合によめる 大納言公實
二二 山桜をしむにとまるものならば花は春とも限らざらまし
遠山のさくらといふ事をよめる 前斎院出羽
二三 九重にたつしら雲と見えつるは大内山のさくらなりけり
題しらず 戎秀法師
二三下 春ごとに心をそらになすものは雲ゐに見ゆる桜なりけり
志ら川に花見にまかりてよめる 源俊頼朝臣
二四 白川の春のこずゑを見渡せば松こそ花のたえまなりけれ
所々に花を尋ぬむ云事を詠せ給ける 白河院御製
二五 春くれば花の梢に誘はれていたらぬ里のなかりつるかな
橘としつなの朝臣のふしみの山庄にて水邊桜花と
いふことをよめる 源俊頼朝臣
二六 池水の汀ならずばさくら花影をもなみにをられざらましやは
一條院の御時ならの八重桜を人の奉りけるを其折御前に侍り
ければその花を題にて歌よめとおほせごとありければ 伊勢大輔
二七 古のならの都の八重ざくらけふこゝのへに匂ひぬろかな
新院のおほせ事にて百首のうた奉りけるによめる
右近中将教長朝臣
二八 古里にとふ人あらば山桜散りなむのちをまてとこたへよ
人々あまたぐして桜の花を手ごとは折りて帰るとてよめる
源 登平
二九 桜花手毎に折りて帰るをば春の行くとやひとにみるらむ
題志らず 道命法師
三〇 春毎に見る花なれど今年より咲き始めたる心地こそすれ