韓国法相にまた身びいき疑惑 文政権、かすむ「正義」
ソウル支局長 鈴木壮太郎
韓国では18歳以上の男性には兵役義務がある。
韓国メディアによると、在韓米軍の支援部隊で兵役についた秋氏の息子は2017年6月、23日間の連続休暇を取得した。
膝の手術のためだったが、期日を過ぎても部隊に復帰しなかった。
当直の兵士が電話をかけて本人に復帰を指示すると、その後に上級部隊の大尉が現れ「俺が休暇延長を直接処理したから、『未復帰』ではなく『休暇中』にしろ」と指示されたという。
軍では期日に原隊に復帰しないと「脱営」とみなされ処罰される。
休暇の延長が認められ「脱営」とならなかったのは当時の野党「共に民主党」代表だった秋氏が軍に圧力をかけたためだとして、韓国党は1月、検察に秋氏を告発した。
同党議員は8月末、秋氏の息子と電話でやりとりした当直兵がそのときの様子を証言する動画を公開した。
「仲間内で『母親が党代表だと未復帰も処理できるのか』とささやきあった」と語った。
9月初旬には「秋氏の補佐官から息子の休暇延長について連絡を受けた」と証言する軍関係者の録音ファイルも公開した。
検察もようやく重い腰を上げ、9月12、13日に秋氏の息子と補佐官を聴取。15日には国防省を捜索した。
「私と息子が最大の被害者」
秋氏は疑惑を全面否定する。14日の国会では「補佐官に指示した事実はない」としたうえで「私と息子が最大の被害者だ」と訴えた。
秋氏には息子を2018年の平昌五輪の通訳兵にするよう働きかけた疑惑も浮上しているが「十分な能力がある息子を軍がくじ引きで落とした」と批判した。
秋氏と息子に不法行為があったかは検察の捜査に委ねるとして、何より国民を怒らせたのは、電話だけであっさり休暇が延長されたことだ。
軍の規定では「特別な事由で帰営が遅れそうな場合は電話など最も早い通信手段で所属部隊の長に報告しなければならない」と定められている。
軍は10日「手続きは適正だった」との見解を発表した。民主党の幹部は15日「メールやカカオトークでも申請が可能だ」とした。
だが、兵役を経験した男性は「現実には許されない話だ。
病気休暇でも期日になれば這(は)ってでも復帰する。
病気休暇を再申請するにしても、すべては復帰してからだ」と語り、秋氏の息子に何らかの配慮があったとみる。
国民に広がる怒り
「私の息子も休暇を延長します!」――。
大統領府の国民請願ホームページにはさっそくこんな請願が寄せられ、賛同者は1万8000人を超えた。
中央日報によると、国防省の相談窓口には兵役中の息子を持つ両親からの抗議や休暇延長の相談電話が殺到した。
軍にも当惑が広がる。
「どこの指揮官がカカオトークで届いた休暇延長申請を認めるだろうか」
「1等兵(秋氏の息子)を助けるために軍全体の組織を壊している」
「軍隊はボーイスカウトか?」――。朝鮮日報は最前線にいる軍幹部のため息交じりの声を紹介した。
「クーデター勢力による政治工作だ」――。
秋氏をかばう与党は野党批判に躍起だが、国民は秋氏に批判的だ。
世論調査会社リアルメーターが16日に発表した調査では、秋氏の法相辞任に「同意する」と回答した人が49%と、「同意しない」(46%)を上回った。
20代は「同意」が57%と高く、若者の怒りのほどがうかがえる。
韓国の青年は18カ月以上の兵役生活を嫌でも送らなければならないので、兵役にかかわる不正は国民感情を刺激する。
2002年の大統領選の有力候補だった李会昌(イ・フェチャン)候補が故・盧武鉉(ノ・ムヒョン)氏に破れた理由のひとつが息子の兵役免除問題だった。
「ネロナンブ
文政権は検察による捜査が政権に及ぶや、検察幹部を「集団左遷」した。
陣頭指揮したのは秋氏だ。
尹美香(ユン・ミヒャン)議員は14日、元慰安婦支援のための寄付金を横領した罪などで在宅起訴された。
国民の不動産投資は厳しく制限しながら自らは投資に手を染めていた大統領府幹部もいた。
世論調査会社リアルメーターが17日発表した9月第3週の文政権の不支持率は50.3%と、2週連続で「支持」を上回った。
民主党は16日に「党倫理監察団」を立ち上げ、問題議員の調査に着手した。自浄力を示せないと岩盤支持層を除いた国民の心はさらに離れていくだろう。
1993年日本経済新聞社入社。産業記者として機械、自動車、鉄鋼、情報技術(IT)などの分野を担当。2005年から4年間、ソウルに駐在し韓国経済と産業界を取材した。国際アジア部次長を経て、2018年からソウル支局長。