今年のお盆休みは二つの点で私には有意義なものであった。
一つは弟が亡くなって迎えた新盆であり、末弟等の他の兄弟と
再び話をする機会が持てたことである。
もう一つは、或る高校生が私のところに持参した英文を添削と
解説のために読む機会が与えられ、それがオバマ前大統領の
演説であったことである。
その英文は「オバマ大統領広島演説」と題されていた。
周知の通り、2016.5.27に当時のオバマ大統領が初めて
被爆地・広島を訪問し、平和公園で献花したのち17分間の
スピーチをした。
報道・メデイアでも大きく取り上げられたところである。
英文はやや難解ながら格調高い表現で、人類は核兵器の
ない世界を目指すべきだと訴えている。
演説の冒頭は「71年前、明るく雲のない朝に死が空から
落ちてきました」と、いきなり文学的なフレーズで始められている。
「ピカッと輝く光、それと火の壁が一つの都市を破壊しました」
と続く。
はじめは高校生の指導のために目を通したに過ぎない英文
だったが、私は次第にオバマ氏の力強く格調高いスピーチに
引き寄せられていった。
読み終わったとき、私は、ここには確かに真実が語られていると
思った。決して誇張ではないとも思った。
なぜなら、演説を終えたあと、オバマ氏が被爆者の一人と会い
抱き寄せて背中をやさしく撫でているシーンをテレビで見たことを
思いだしたからである。心に思っていなければできることではない。
これを感動と呼ばずに何を感動と呼べばいいのか。
思い出すと胸が熱くなってくるのである。
今年の夏は良い体験をした。
国家に対して何が出来るかを問うてみて欲しい」という就任演説が忘れられません。
トランプ大統領も色々物議を出す人ですが「アメリカファースト」を唱えました。
両方とも必ずしもすべての国民に受け入れられそうにはない言葉ですが、勇気のある
実に格調高い演説だと思います。
日本の総理大臣にこんなスピーチが出来る
人は居たのでしょうか。
良い事ばかりを言う演説は聞き飽きました。
時には耳の痛い言葉も敢えて発することで
国民に協力を求める勇気があってもいいのではないでしょうか。
弟さんはご兄弟のお話を聞いておられて
さぞ嬉しく安心されたのではないでしょうか。
国家に対して何が出来るかを問うてみて欲しい」という就任演説が忘れられません。
トランプ大統領も色々物議を出す人ですが「アメリカファースト」を唱えました。
両方とも必ずしもすべての国民に受け入れられそうにはない言葉ですが、勇気のある
実に格調高い演説だと思います。
日本の総理大臣にこんなスピーチが出来る
人は居たのでしょうか。
良い事ばかりを言う演説は聞き飽きました。
時には耳の痛い言葉も敢えて発することで
国民に協力を求める勇気があってもいいのではないでしょうか。
弟さんはご兄弟のお話を聞いておられて
さぞ嬉しく安心されたのではないでしょうか。
ポチ行脚中です。
satochinの転機は・・・
急性硬膜下血腫で2週間入院した53歳の5月!
物凄く夫婦の絆が深まりました。
同様に・・・
親兄弟の死も親族の絆を深めていきますね。
信頼感が強くなるのでしょうか?
皆様とのたわいのない話しの中にも絆の深さを
感じられたのではありませんか?
亡き弟さんに感謝ですね(^○^)
バラク・オバマさんの印象深い言葉は・・・
ラストスピーチですね。
「見た目はみんな違っても、アメリカ人であるとい う誇りは同じ」
「任期が終わっても1人の市民として、これまで通 り国に仕え続ける」
Change! Yes, we canも大好きな言葉です(^○^)
こんにちは。
ケネデイー大統領のスピーチは
良く知られていてまさに歴史に残る
演説ですね。
翻って日本の総理で歴史に残るような
演説をした人はまだいないようです。
お盆には兄弟とたくさん話をすることが
できました。
良いお盆でした。
こんにちは。
53歳のとき大病されたんですね。
ご夫婦の絆が大変強まった、という
話はよく理解できます。
夫婦に限らず兄弟も同じですね。
本当に他愛のない話ばかりしか
しませんでしたが、絆はより一層
強まったように思います。
夏の原爆の日が続くと、如何に人間が愚かだったかが想い起こされます。
5人の兄弟姉妹の3番目の小生、両親の墓参を兼ねて郷里山形に帰省。
他の4人の兄弟姉妹に会って来ました。全て70歳を超えた面々です。
何とか生きている内の対面でしたが感慨深いひと時でした。
こんにちは。
人間の行為のなかでも
戦争ほど愚かなものはありませんね。
人類は核兵器のない世界を目指す
べきです。
郷里山形でご兄弟全員と会って話が
できたとは。これは大変なことですね。
年齢的にです。
たまに会うからこそという思いも
あると思います。
ともあれ兄弟仲良くできることは
良いことです。