退職女のアメリカ便り

オーストラリアンシェパード、ジュンタのマミーのアメリカ、セントルイス生活

#933:一つの良き人生が終わりかけています。

2017-11-01 12:54:29 | アメリカ便り
この2日ほど呼吸が15秒ほど周期的に止まっています。
呼吸が再開する時には決まって、苦しそうに声を上げてもがきます。
1分間がそのくりかえし。
15秒間の静寂な呼吸停止、そして45秒間のもがきを伴った呼吸。
昨日、主治医と相談して鎮静剤を始めてもらうことにしました。
この薬を始めると1週間以内に息をひきとるそうです。
先程、看護婦さんが来てその薬を始めました。
1週間も持たないとメールが来て、帰って来てもう1ヶ月が経ちました。
頑張ってます、私も母も。
大好きな娘と1ヶ月過ごすことができて母も思い残すことはない、と確信しています。
病院ではなくて、家で過ごすことができたら、なお良かったんですが。

この10年あまり、、南は沖縄(3回、石垣島もいきました)、東は熊の出る知床。
沖縄ではスノーケルにも挑戦(連れて行ってくれた人が、“多分今までの最高年齢だ”と言ってました“)
震災1年後の松島にも行って来たし、中尊寺のあの坂を車椅子で登ったし。
もちろん私が押したのですが。
二条城の砂利道も車椅子で回ったし。

もう思い残すことはないでしょう。
いや、あるかも。
まだ遊び足りないと。
私の体が持たないです。


良い時期でしょう。
半分アル中的親父(58歳ぐらいまで)と暮らしながらも自分の好きなことを常にやっていた母。
家事全般最大限の手抜きをした母。
ヤクルトおばさん、銀行の掃除婦、縫い子、魚獲り網の修繕などなど、数々の内職をしていたけど、時間ができれば常に外でボランティアー活動に専念していた母。
子供、孫には手抜きを通した母。
レイちゃん、娘に連れられてアメリカはもちろん、ヨーロッパ、ペルーまで行った母。

自他共に認める良き人生でした。
まもなく、あの世で飲んだくれの色男(親父のこと)と一緒の暮らしが始まるでしょうね。
喧嘩をしながら。

ハブグレジュンタのマミー