皆さん、こんにちわ。
無事アメリカ・シカゴ到着しました。
シカゴオヘア空港は昨今建築ラッシュで、常にどこかかしこが建築中、おかげで空港は巨大な蜘蛛の巣となっています。
飛行機を降りてから入管まで歩く距離が、毎回どんどん長くなっていく気がする。‘
これから先、第2、第3のパンデミックは絶対起こるだろうし、内戦やらウクライナVsロシアのような戦争もますます増えると、みんな旅行なんて悠長なことも言ってられなくなると思うんだが。
日本を見てもこれから先の観光業、特に海外からのインバウンドを標的にした観光業ってすたれる一方だと思う。
もし観光業で食っていきたかったら、自国内の人を標的にしていったほうがいいのではないかしら。
東京でいつもお世話になる友達が言ってたけど、プーチンは万が一自分が暗殺または死ぬようなことになれば核兵器をあちこちに飛ばすように指令を出していると。
今のロシア・プーチンは脅しのヤクザか!
どうしようもないけど、どうにかしないとスティーブン・ホーキング博士の言った❝100年❞さえも、この人類が存続できなくなるのでは。
今日は短く終わりますが、先日隔離中に書いた文章を雑誌に投稿したところ採用となったので、その文を載せます。
北京五輪のグロテスクを読んで
スポーツは自分のため、楽しむためと考えている私にとって、北京五輪だけではなく五輪自体がグロテスクに思える。
特に昨今、❝五輪の裏、闇社会❞がスポーツをする、見る楽しみを損なっている。
今回の北京五輪ではそれが特に顕著に現れている。
本来、楽しむためのスポーツに1兆円以上もの国費を費やし、この気候変動でやれCO2削減、石炭ダメ、石油ダメ、太陽エネルギーだ何だかと言っている世の中、自然破壊に建設ラッシュを奨励するオリンピックってどうなんでしょうか。
おまけに、五輪開催地のほとんどが赤字を出しているし、跡地が廃墟化している所もある。
五輪なんてやらなくても毎年、全国、世界的スケールであらゆる大会が繰り広げられている。
各国の文化習慣を無視したグローバル化が推奨されて久しが、五輪開催中の2週間だけ一緒に競技、交流しあって意味あるのでしょうか?
五輪を考えるたび、45年前アメリカに来た当初、教会に誘われていった時のことを思い出す。
教会内に入ったらみんな知らない人にも友好的、でも一歩外に出たら❝、はいそれまでよ❞。
❝北京五輪はグロテスク❞なんて言わず、五輪自体の目的、意義、必要性を見直したほうが良い時期と思う。
慣習的にオリンピックをこれからも続けるなんてことは、現代社会においては愚の骨頂と思う。
どうしても開催したいのなら、毎回毎回天地をひっくり返すような騒ぎを起こさず、同じ場所、例えばギリシャのアテネで開催すればよいと思う。
ハブグレジュンタのマミー