統合医療日記

ここでの統合医療とは単に西洋医学と東洋医学の統合ではなく、病気を肉体と精神と社会及び自然環境の4視点から見ていきます。

高橋信次と統合医療(最終章その②)

2024-07-21 10:13:08 | ドクターKの宗教問答(悟りのための医学)
高橋信次の最後の語り部になるか!

これは7年前書いて中断していたブログの続きです。その①を読まれたい方は下記にアクセスしてください。
https://blog.goo.ne.jp/holisticdiarymk/e/d9a29d277f4f94e24e4222b9d58348f7


私も昨日75歳の誕生日を迎えました。高橋信次を知ったのは24歳くらいですからもはやあれから50年の半世紀がたちました。

スタッフから貰った誕生祝



当時は会員の中には年配者が多く、ほとんどの人は亡くなってしまったと思います。私も生き証人として語れるのもここ数年でしょうか!

当時信次先生の影響下で開眼(阿羅漢)にしいてた人も、信次先生が亡くなってからはその霊道も閉じて行った人がほとんどです。
しかもあたかも信次先生の法を自分が語るかのように話し、信次先生の名前も出てこない世の状況となりました。

天使も自分が死に。この世との別れには泣く

私が信次先生と亡くなる3か月前に八起ビルで個人指導を2日に渡り受けた時は、その顔色はとてもきれいで肌の血液循環がとてもよく、死ぬとは全く思いませんでした。
48歳で死ぬという予言は絵空事のように思えたのです。信次先生からも「今ビルの2回で入っている先生はおじいちゃん先生だから、東京に出てきてその後を継承して下さい。それまでは私の知り合いの病院で勤務していて下さい」と言われました。
そんな言葉を聞いたら、信次先生が死ぬとは考えも及びませんでした。彼は「関西での研修会に出るよう」と私に言いましたが、これから鳥取に帰って無医村勤務のノルマがあるので、行けませんでした。
彼の死後、その出席できなかった研修会で信次先生が弟子たち一人づつに、別れとお礼のあいさつを涙ながらにしているのをビデオをで見て、「その時彼はやはり予言通り死ぬことも考えていた」と思いました。
そしてたとえ9次元以上の生き仏さえ、この世とさよならする時は悲しいのだと悟りました。まして凡人の我々はも死ぬ時はもっと悲しむのは仕方ないのだと悟りました。
すでに医師になっている私は3か月後に死ぬ人の顔くら分かりますが、あの時は恐らく信次先生の光輝くオーラを見て、実際の肌が見えなかったのではないかと思います。

つづく

次回は高橋信次と酵素玄米について







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