泥酔していても家までたどりつけたり、何時間分かの記憶が無くても、その間も普通に暮らしていたり、人間の身体というのは基本的にほとんど自動運転になっていて、その上にわずかな意識みたいなものが乗っているような気がする。人間に限らず世界そのものが自動運転になっていて、動いた結果を見て後から原因や意志を無理やり定義付けているに違いない。
結果を全部幸福だと感じるのは、多幸感とか多幸症といわれる異常状態のようだが、多すぎる幸福を何かで打ち消さないとバランスが保てないので、容姿にも環境にも恵まれた人が早死にしたり、逆に貧乏人が健康で長生きしたり。これも右に行きすぎると自動運転で左にハンドルが戻されたりするような事なので意志の力ではどうにもできない。
病気にしても、結局、薬で症状は消せても、それで根本的に治る事は無いので、身体の自動運転にまかせるしかしかたない。
たぶん、自動運転の性能が良いことを、運が良いというのだろう。
結果を全部幸福だと感じるのは、多幸感とか多幸症といわれる異常状態のようだが、多すぎる幸福を何かで打ち消さないとバランスが保てないので、容姿にも環境にも恵まれた人が早死にしたり、逆に貧乏人が健康で長生きしたり。これも右に行きすぎると自動運転で左にハンドルが戻されたりするような事なので意志の力ではどうにもできない。
病気にしても、結局、薬で症状は消せても、それで根本的に治る事は無いので、身体の自動運転にまかせるしかしかたない。
たぶん、自動運転の性能が良いことを、運が良いというのだろう。