Hello、皆さん、前回記事よりだいぶ空いてしまったけど、「 石垣陽介事件 」の後半部、石垣の関係者である裁判官、裁判書記官らが総ぐるみで石垣不祥事を闇に葬ろうとした 隠蔽篇 をここに公開します。
これは 司法の恥であり、日本司法の現在の素顔の精緻なデッサンでもあります。
僕等が弁護士をつけていない本人訴訟だから、連中は僕等の司法批判を黙殺しきれると踏んだ。
しかし、僕等と対峙した全裁判官、全書記官は、明らかに僕等のことを恐れていた。
僕等、マジでホラー映画で怪物役を勤めるジェイソンみたいな役割だったんですよ。
石垣事件と全く無関係なスラップ訴訟を僕等は前橋地裁からも起こされていて、大阪地裁からこれを別訴し返したことがあったのですけど ――― R4年(ワ)1546号。このときの大阪地裁民事5部の伊藤拓也裁判官 はどうしたわけか僕等の石垣事件をご存知だったようで、リモート裁判中の 内山田浩太郎書記官 にむけて、「 ああ、わたしたちはちゃんと調書つけてますからね。ねっ、内山田クン?」なんて媚びるようにいっていたもんなあ。
裁判官の独立 なんて所詮は建前だけの安手の神話に過ぎなかった、ということですよ。
裏では彼等みんな共通利益のために手を結んで連帯してる。
だけど、そんな従来の 安直で官僚的ななあなあ隠蔽が、いつまで持つかは分からない。
今月の26日には、あの世界最大の袴田冤罪事件の再審の判決がいよいよ公布されます。
世界が注目するあの袴田さんに無罪の判決が出たなら、その瞬間からこれまでの japanese 司法の全ての権威は奈落堕ちします。
その刹那から始まるのは、いま現在行われている 検察叩きとまったく同種の 司法苛めでしょう。
今記事は、その記念すべきエポックにむけて書かれたものです。
僕等の望みは、japanese 司法が糞みたいに保守的なあの幕府的因習を捨てて、国のため、国民のための本来の法精神を取り戻してもらうこと。
そのためには一切容赦しません。だから、裁判官、書記官らの名もすべて実名、抗いようのない証拠群もつける。
最後まで読んでいただけたら幸甚です ――― 。
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R4年の8月17日、R4年(ワ)3333号国家賠償事件の第1回口頭弁論を6月に終えた僕等は、石垣陽介国家賠償事件とはまた別の、けれども石垣追及とは無関係でない、別系列の訴訟、R4年(ワ)第21202号訴訟 を東京地裁にて提起した。
これはどういうことかというと、3333号訴訟の場合、僕等の被告は「 国 」であった。
むろんのこと僕等が追及したかったのは当時さいたま地裁民事5部にいた 石垣陽介裁判官個人の責任 であったのだが、あいにくのこと現在の我が国においては、裁判官個人の責任を追及するという制度自体がそもそも存在しないのだ。
だから、前記事で詳細に述べたように、石垣陽介個人を訴えた場合、石垣陽介個人の代わりに被告指定代理人( 注:これは国の代理人といった設定だ )である 内田高城氏 その他1名といった、見も知らぬ所属不明の輩が被告席に座ることになる。
彼等が国家の代理人として、僕等裁判の被告席に座る。
すなわち、特定の裁判官個人を訴えるということは、国家を訴えるのと同義なのだ。
つまり裁判官という制度は、国家機関の1部としての扱いを受けているのである。
天皇特権ほどじゃないが、少なくとも一般の人間扱いではない。
だからこそ一般から訴えられた裁判官が、担当裁判官の呼び出しに応じて法廷に現れるなどというケースが絶無なのだ。
( 注:ただ、僕等の石垣系列訴訟において、石垣陽介本人を招聘してくれた例外的な裁判官もいた。それは当時東京地裁民事31部にいた 増子由一( まひこゆういち 63期 )氏 だ。歯車社会のなかで気骨を見せてくれた増子氏ではあったが、僕等の訴訟の後のR6年4月、やはり彼も ★ 静岡地家裁判事 へと左遷を喰らっている。この事件については次記事で書く )
ただ、僕等の ★石垣裁判の場合ほど 明確な証拠が数多く残った事件 というものは、僕等の知る限りほかに存在しない。
司法的な目線でいったら、石垣事件は決してあってはならない、立場的にも絶対に認められない類いのものであったのだろう、と思う。
もちろんキャラ不明の国家などという責任不在の化け物相手に、勝算などはひとつもなかった。
ただ、僕等は司法相手に正義を貫こうとした僕等自身の爪跡を残したかっただけ。
正義の機関である司法がそれを実行できないなら、民間人の僕等がそれを貫くよりほかないんだから。
けれども、周りが思うほどの悲壮感はなかったな。
僕等を動かしていたのは、国家の中軸機関である司法が、こんな不正義をやるのか ――― といった驚きと、このような不正義を目撃し体験してしまった一国民として、なんとかこれを明るみに出さねば ――― といった一種の責任感だった。
それが僕等を動かし、僕等をいくつもの訴訟の旅へと導いたのだ。
僕等が司法に自らの罪を認めさせるために提起した R4年(ワ)3333号事件がむろん僕等の訴訟群のうちの中軸であったというのは事実だが、僕等はこの3333号訴訟のほかに2つの訴訟を準備しており、R4年の6月、石垣国家賠償事件の第1回口頭弁論のあと、石垣陽介関連の訴訟を2つ提起した。
それが R4年(ワ)第17195号訴訟 ――― これの被告は石垣陽介個人であり、
もう1件は R4年(ワ)第21202号訴訟 ――― こちらの被告は、R元年(ワ)1818号当時、石垣陽介とともにさいたま地裁の民亊5部に所属していた 森本清美書記官 と 佐々木智穂書記官、それと1818号当時さいたま地裁の所長をしていた 吉村真幸( さねゆき )氏 であった。
今回はその2つの訴訟のうちの後者のほう、R4年’(ワ)第21202号訴訟について書く ―――。
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R4年(ワ)第21202号訴訟 ――― この記事内の登場人物をこのあたりで紹介しておこうか。
この訴訟で被告役を勤めたのは、森本清美書記官、佐々木智穂書記官、そして、さいたま地裁の元・所長の吉村真幸( さねゆき )氏 の3名。
前2人の書記官は、共に石垣陽介事件の担当者であり、1818号の口頭弁論の第1、2回を担当し裁判調書を書いたほうが佐々木智穂書記官 、
そして、第3回目と判決回とを担当し両者の裁判調書を書いたのが、問題の森本清美書記官 であった。
裁判のそれぞれの口頭弁論において唯一の証拠となるのが、この裁判調書なるものだ。
これを書くのは担当書記官の仕事であって、当日もしくは翌日内に法廷内で闘われた争点の内容を詳細に書かねばならない。
そして、非常に不可解ではあるのだが、この裁判調書というものには、全書記官に共通の、特定のマニュアル書式が使われているわけではないのだ。
PC全盛時代のマニュアル万能主義が主流となった昨今の民間事情からすると考えににくいことではあるが、あいにくのことこれは事実だ。
僕等もいくつかの裁判を闘ってはじめて知ったのだが、現在の裁判所内においては、ひとりひとりの裁判書記官ごとにおのおのの自己流の書式といったものが、いまだ存在しているのである。
これは、すべての裁判書記官が word や Excell ではない 一太郎 をいまもって使用している ――― といった特殊事情による。
一太郎はPCではなくワープロ( わあ、懐かしい!)であるから、クリック一発で共通設定の書式枠を呼び出す、なんてことがやれない。
だから、ひとりひとりの書記官が、マニュアルでない各々のスペースを何文字空けるか、原告の名前を全文字1字明けにするか、それとも均等割付機能を使ってデザイン重視で並べるか、などの面倒な手作業を通じて、おのおのの書式といったものを自己流に作成しているのである。
そう、加藤俊輔書記官には加藤俊輔書記官なりの裁判調書の書式というものがあり、佐々木智穂書記官には彼女なりの、そして古坂美乃利書記官には古坂美乃利書記官なりの書式というものが存在しているというわけだ。ある意味、この個人ごとの書式は、裁判書記官それぞれの指紋のごときもの、といってもいいかもしれない。
ここでヤバすぎ問題がひとつ派生する。
石垣陽介1818号の裁判調書の第1回と第2回の口頭弁論を作成した 佐々木智穂書記官 の裁判調書書式が、全然異なっているのである。
同じ人物が作成した調書書式ならば、当然同一の書式を使うはずだ。
もし司法に正義があるとするなら、そのように小さな理を積み重ねていくのが司法の正義であろう。
2023年の5月、担当裁判官の押印ひとつが欠けていただけで「 判決が完成されていない 」とされ、大阪高裁が自ら事件を差し戻したあのときのように。
ところが石垣1818号事件の場合、最初の2つの口頭弁論調書を担当した 佐々木智穂書記官 のそれぞれの書式が全然異なるものになっていて、しかも、その2つ目の書式が、第3回口頭弁論と判決調書を担当した 後任の森本清美書記官 のものと、完璧無比の、なんと100%の一致を示しているのである!
もう、笑うしかないよ、これは!(笑)
見え見えすぎじゃんか、こんなの・・・なんで、こうまで杜撰なままでいられるのか。
2023年の夏、僕等が埼玉の浦和署に刑事事件としてこの件をもっていった際、捜査2課の知能犯係である〇〇〇刑事は、
—――― ああ、これはコピペですね・・・!
と躊躇なくいった。
うん、第3者であった〇〇〇刑事の直観は、まったく正しいよ。
★ 第1回目と第2回目を担当した 佐々木智穂書記官がつくった口頭弁論調書の調書書式が異なっているのは、第3回と判決回で2つの調書を担当した 森本清美書記官が、彼女の直属上司にあたる当時さいたま地裁民事5部の裁判官であった石垣陽介に命じられて、自分たちにとって都合のわるい、前任者・佐々木智穂書記官が作成した第2回目の裁判調書の改竄を嫌々実行したから、といった風にしか考えられないんだよ、これは。
森本書記官は、石垣陽介に命じられて( あるいは頼まれて )その改竄を行ったけど、内心は嫌で嫌でしようがなかった。
裁判調書は公文書であり、石垣と森本書記官が実行した可能性の高いその行為は、 明確な「 偽造公文書の作成、使用 」罪にあたるんだから、森本さんがビビリまくったのは当然だ。悪いとかいうレベルじゃなくて、もう留置刑相当の刑事犯罪なんだよ、これは。
森本清美書記官がこうまであからさまな書式証拠を調書に残し、それをよく確認もせずに現場を早々に去ったのは、佐々木智穂書記官作成の調書に手を入れた( 注:これが改竄。違法であり懲役相当の刑事事件です )罪悪感ゆえだと僕は思う。
実際、石垣陽介裁判官は、1818の第2回口頭弁論( R2年3月6日AM11:00 さいたま地裁第5民事法廷 )の開廷直後に、いきなり僕等にむけて和解提案を振ってきたのだから。審理もなんも尽くされていない段階で!
僕は1秒でその石垣和解案を蹴って、石垣は「 は~っ 」ってため息なんかついていたんだけど、裁判官自身がまだ若い第2回口頭弁論の開廷直後に、僕等・原告にむけていきなり非論理的な和解案を振り、その和解案を僕が瞬時に断った! という重要な事実が、佐々木智穂書記官作成の調書からは見事に省かれていたんだな、これがさあ!( 怒 )
そしてそれから2年後のR4年の4月4日、僕等はR4年1月に石垣陽介3333号訴訟を提起して、それ関係の裁判調書を閲覧しにひさびさのさいたま地裁を訪れた際、閲覧番待ちの地裁の廊下で、なんの因果か僕等はその森本清美書記官本人と偶然再会したんだよ。
( 注:コロナ禍のまっただなか、しかも、リモートで職員がいっぱい休んでる中で、よくもまあ偶然会えたもんだわ!)
見つけたのは向こうが先だった。蒼白な顔をして僕等を睨んでる女性にあかねさんがまず先に気づいて、誰このひと? と僕等はなって、しばらく見ていてやっと「 えっ? あなた、もしかして・・・あの森本書記官さん・・・!?」と気づいたわけなんだ。
森本清美書記官は、僕等の記憶とまるで違うくらいにやせ細ってた。
目を大きく見開いて、神経質というよりむしろ恐怖の対象を見るような瞳で、僕等のほうをじーっと一点凝視してた。
結構、ガタイがよくて丈夫な印象が強かったのに、手首なんて別人みたいに細くなっていて、やつれ果てているように見えた。
僕等は石垣陽介についてさかんに話しかけてみた ――― しかし、森本清美は、最後の最後まで石垣陽介の「 い 」の字すら口にしなかった。
改竄を担わされた彼女の苦しみとストレスの暗黒色のオーラが、僕等の鼻先まで香ってくるようだった。
このときの詳細は以下の過去記事に記してあるので、興味のある方は見てほしい。
( R5年8月18日 埼玉の浦和署に事件を持っていった帰りに、さいたま地裁に寄って会った森本さんの印象 )
話が飛んだ ――― 僕等の提訴した石垣3333号の付随訴訟の R4年(ワ)第21202号へと回帰しよう。
僕等の21202号裁判の登場人物は、まず被告として、当時さいたま地裁民事5部にいた佐々木智穂書記官、森本清美書記官、それに当時さいたま地裁所長であった 吉村真幸( さねゆき )氏 などの3名がいた ――― というところまで話していたと思う。
その続き ――― 僕等の21202号裁判の裁き手の話をしなくちゃいけない。
それは、当時東京地裁の民亊第34部に所属していた 佐藤彩香裁判官( 59期 ) であった。
担当書記官の名は 古坂美乃利 ―――。
この両名の名をよくご記憶願いたい。
僕等はこの21202号だけは、3333号や17195号とちがって控訴しなかった。
むろん、それには相応の理由がある。
この21202号裁判の過程が、あまりにも杜撰であり不条理度も高すぎたので、あと、★ 佐藤彩香裁判官の醜態が傍から見てもあまりにメガ級であり、可哀想にも感じられたので、僕等のほうからあえて遠慮させてもらったのだ。
うん、一言でいうなら、あれは「 異常すぎる裁判 」だった・・・。
ただ、ほかの裁判官の場合とちがって、佐藤彩香裁判官の場合は、司法サイドから発表された肖像写真がない。
だから、僕等にしても彼女の人相をあげることはできない。
なので、オーソドックスな外貌、まずは彼女の経歴から紹介していこうと思う ―――。
僕は法科で学んだ経験もないしそれ関連の知識にも疎い、いわば法律の完全な門外漢なのだが、そんなアウトサイダー的な僕視点から見ても、この 佐藤彩香裁判官( 59期 )の経歴は素晴らしい。
毛並がいいというのか、優秀さがよっぽど図抜けているというのか。
キャリアのスタートが仙台地裁判事補から始まっているというのがまず凄いし、それから検事を経て、10年後の2018年に東京地家裁の判事に抜擢されているのもまた凄い。
また、キャリア開始の仙台地裁を除いて、ほぼ首都圏もしくは大都市に異動が限定されていて ――― 石垣陽介のように中央からいきなり旭川地家裁ヘ、などというモロ左遷の人事は1度も喰らっていないというのも、かなり稀有なキャリアだといえるだろう。
ま、こういうのがきっと本当のエリートっていうんだろうね。
法廷で実際に顔を合わせたときも、彼女は担当書記官である 古坂美乃利 と非常にフランクに、偉ぶることなく柔和に話していたし、同時期に僕等が裁判していた3333号の 丹下友華とくらべさせてもらうと ――― 丹下は、担当書記官である 田村直子 に対して、いつも下僕を扱うみたいなガチガチの命令口調で話していたから ――― 僕等に対する物腰にも一種の「 雅び 」みたいな品が自然に感じられて、僕等としても実は 佐藤彩香裁判官 という人物に好感をもっていたんだ。
で、登場人物の説明が思いのほか長くなったけど、これで一応キャラ紹介は済んだと思うので、いよいよ本番である、R4年(ワ)第21202号訴訟のあらまし を具体的に述べていくことにしよう。
< R4年(ワ)第21202号事件 第1回口頭弁論の詳細 >
僕等の 21202号事件の第1回口頭弁論は、R4年の11月28日、東京地裁の第804号法廷にてAM10時ジャストに開廷された。
被告は、石垣の1818判決書改竄への関係が疑われる 佐々木智穂書記官 と 森本清美書記官、それとR元年当時さいたま地裁の所長をやっていた 吉村真幸( さねゆき )氏 の3名であったが、被告席への出席者は誰もいない。
原告席には僕とあかねさん、裁判長席には佐藤彩香、書記官席には民事34部の古坂美乃利 ――― その日、804号法廷にはその4しか人間がいなかった。
傍聴席には若い男性がいたけど、それは34部関連の監視のための人物だと僕等は見当をつけていた。
実をいうと、この口頭弁論の直前に、僕等は 佐々木智穂書記官 への訴えだけ取り下げていた。
さいたま地裁が、訴状を彼女に送付したのだが、その訴状が所在地不明で返送されてきた、といってきたからだ。
ああ、じゃあ佐々木さんは辞めたんですね? と僕が問うと、いいや、特にそういうわけじゃありません、とくる。
—――― おかしいじゃないですか? 辞めてないならまだ職員であるわけでしょう? 職員ならば連絡のしようはいくらでもあるはずだ・・・。
と追及したんだけど、いくらいってもぬらりひょん相手に話してるみたいで埒があかない。
とにかく佐々木智穂を被告に訴訟するならばいつまで経っても公判は開廷できないというんで、やむなく佐々木智穂氏を外した 森本清美書記官 と 吉村真幸( さねゆき )氏2名を被告にした裁判に切りかえるしかなかったわけなんだ。
このあたりからもうキナ臭さ満載だったんだけどね、この 佐藤彩香裁判官 が仕切った21202の公判っていうのは。
ただ、佐藤彩香裁判官個人 には好感をもった。
この5年、僕はあるカルト団体から集団スラップ訴訟というのを受けていて、全国各地の様々な人間から訴えられ、その1審2審( 控訴 )あるいは別訴などの分を含めて総計30人弱の裁判官と対峙して話したわけなんだけど、彼等のなかで好感度ナンバーワンだったのは断然この彩香ちゃんだった。
僕等より一回り以上年下なわけだし、ぱっと見てもいいひとだったんだよ、彩香ちゃんって。
ただ、第1回口頭弁論の当初から問題が持ちあがった。
民事34部から書類は届いていますか? と、まず彩香ちゃんがいったんだ。
いや、そういうのは届いてないんですけど、と僕がいうと、
—――― あら。それは困った・・・それじゃあ、今日の裁判は開けませんねえ・・・。
その頃はちょうどコロナの真っ盛りで、誰もがマスクをつけ、医療制度も半ば崩壊して、世相もいちばんぎしぎししてる時期だったんだ。
彩香ちゃんは目前の古坂美乃利書記官と、郵便もきっとそれで遅れてしまったのねえ、困ったわねえ、なんて女子高生みたいに談笑してる。
—――― おいおい、ちがうだろ、そんな風に郵便遅れのせいにばかりするんじゃねえよ。
郵便が遅れることを計算に入れず、ぎりぎりに裁判書類を送ってよこしたお前らのせいじゃないか。
その可能性があるって分かっていたなら、こっちに連絡して公判可能かどうか先に相談してこいよ、と、つい喉元まで出かかった言葉を僕は我慢して、なんとか胸中に押しこんだ。
で、僕等の 21202の第1回口頭弁論は ★それで流れたんだ。自分たちの送った裁判書類が郵便事情によって流れてしまったのは、あくまでコロナ災禍と郵便事情のせいであって、自分たち司法にはなんの落度もないといいたいらしい (笑)
郵便事情がコロナ災禍で遅れてしまい、裁判書類が遅れそうだという懸念があるのなら、裁判開廷前にこっちの原告に向けて連絡してこいよ。
ねえ、21202の担当だった 古坂美乃利書記官 さん ―――
冒頭にも書いた同時進行中の僕等の裁判 R4年(ワ)1546号( これは石垣事件とは無関係な裁判でした )の途中でも、大阪地裁民事5部の 伊藤拓也担当裁判官がコロナに罹患して、口頭弁論が開けなくなったという回があったけど、民事5部の 内山田浩太郎担当書記官 からは前もって口頭弁論中止の連絡は僕宛にちゃんと入ってきていたぜ。
なんでそれしなかったんだよ ――― 担当の古坂美乃利書記官さあ?
あかねさんなんて関西圏からわざわざ上京してきてるんだよ、官だからといってこーんな王様対応はないんでね?
少なくとも交通費くらいあなた方で負担するべきだったんじゃないの?
これ、いま思い返しても信じがたい話なんだけど、石垣事件関係の裁判官、書記官らには、こうした非常識な異次元対応が当たり前のように定着していたんだよ。
うん、腐っているとかいうんじゃなくて、もう異次元なんだよ ――― そして、このようなワケワカメな事情で、僕等の21202の第1回口頭弁論は、審理の現場である804号法廷内で流れてしまったんだ・・・。
< R4年(ワ)第21202号事件 第1回( 第2回 )口頭弁論の詳細 >
僕等の R4年(ワ)第21202号の第1回( 正確には第1回 )口頭弁論は、年をこえたR5年の1月30日(月曜)のAM10時ジャスト、前回とおなじ804号法廷で開廷された。
あまりに異次元なことばかり続くから、法廷の僕等はもうほとんどふてていたといってもいい。
第1回口頭弁論って、大体原告被告が提出した互いの提出書類を確認することに終始するんだよ。
僕は、原告席に頬杖つくみたいにして、そうしたけだるい作業にあかねさんと答えていた。
そしたらさ、15分ほどして、いきなり 佐藤彩香裁判官 がいったんだ。
—――― では、当事件はこれで結審とします・・・。
一瞬、はあ? となった。僕は切れたね。
—――― ちょっと、なにいってんだよ、佐藤さん! 認めないよ、そんなの。認められるわけないじゃんか。これはさ、あんたらの同僚 石垣陽介の「 大量誤記 」と「 裁判調書改竄 」についての訴訟なんだよ・・・。これ、第2回目の口頭弁論だけど、実質的にはまだ第1回目みたいなもんだ。俺らはまだ、法廷でその2語の発言すらしていない。なのに結審? ふざけないでよ、彩香ちゃん! あなた、誰にそうしろって指示されたのさ! 冗談じゃない、結審なんて認めません! おい、ちょっと待って・・・どこいくのよ、佐藤さん? それに古坂さんも? おい、まだ裁判終わってないじゃん・・・おい!・・・おーいってば・・・・
★ なんと、佐藤彩香裁判官 と 古坂美乃利書記官のお2人は、ほとんど泣き顔のパニック状態のまま、804号法廷から逃亡してしまったのです・・・。
これが本当に結審ならば、彩香ちゃんには次の判決日を口頭で述べる責任があった。
だけど、佐藤彩香 はそれをいわなかった。
僕等の結審拒否が有効なら、彩香ちゃんにはそれを検討して、次の口頭弁論日を原告の僕等と打ち合わせる責任があった。
だのに彩香ちゃんはそのどちらも放棄して、法廷から逃げたのだ。
ありえないよ、こんなのは・・・。
避難先の裁判官室に帰って、たぶん 佐藤彩香裁判官は古坂美乃利書記官と抱き合って号泣したんだ、と僕は思う。
僕等は自分たちから東京地裁民事34部に連絡しようとはしなかった。向こうのほうから連絡がくるのを待ってたんだ。
すると3月の下旬のある朝、僕のもとに彩香ちゃんの民亊34部から書類が届いたわけ。
開けてみたなら、なんと判決書じゃないか。しかも、1月30日に書かれたものだ。
内容は当然棄却 ――― 動けなくてグズグズしてたんだろうねえ。読むなりもう爆笑しちまった。
すかさず34部の 古坂美乃利書記官 に電話して、ねえ、古坂さん、これどういうことなんですかと詰問した。
でも、モゴモゴいうばかりで要領を得ない ――― 出勤途中だったんで、すぐにあかねさんに電話して、僕の詰問を継続してもらうことにした。
このときあかねさんと 古坂美乃利書記官 とが交わした具体的な対話は、以下のようなものだった —――
2023年3月31日9:57~
女性職員「はい、東京地裁34民事部です」
あかね「おはようございます。◯ です。古坂さんお願いします」
女性職員「少々お待ちください」
古坂さん「はい、古坂です」
あかね「おはようございます。〇です」
古坂さん「おはようございます」
あかね「飯田さんから聞きましたが、もう結審されてたんですか?」
古坂さん「はい」
あかね「おかしいですね。私たち2人とも、次回の日程を聞いてないんで、結審したのか、まだ続くのかどっちなんだろうね、と話してたんですよ。あなた、3月30日が判決だと裁判官が言うのを聞いたんですか?」
古坂さん「はい」
あかね「おかしいなぁ。2人とも聞き逃すなんてことはないでしょう。言ったという証拠はあるんですか? あの黒いマイクに録音されてるんでは?」
古坂さん「あのマイクは、証人尋問のときしか使わないので」
あかね「じゃ、証拠はないんですね」
古坂さん「調書が証拠になります」
あかね「それはおかしいでしょ。後からなんだって書ける。公務員の言うことなら何でも正しいことにできるんですね? 私たちはいつも、次回の日程はメモして帰りますので。当然、そんなメモもないですよ。法廷のやり取りは録音して、書記官さんはそれを聞いて調書を取るようにしたらどうですか? 民間に比べて随分遅れてますよね」
古坂さん「………」
あかね「あっ、それから、古坂さんに森本書記官に出廷してもらうよう、佐藤裁判官に伝えるようお願いしたけど、やっていてだけました? この話、覚えてますか?」
古坂さん「はい、口頭でお伝えしました」
あかね「私たち、石垣裁判官も個人で訴えてますが、17195号担当の増子裁判官は、本人に出廷するよう促してくれましたよ」
古坂さん「………」
あかね「裁判官によっていろいろなんですね」
古坂さん「………」
あかね「あなたも佐藤さんが判決日を言ったのを確かに聞いてるんですか?」
古坂さん「はい、聞きました」
あかね「私があなたを訴えたら、そう答えるんですか?」
古坂さん「……はい……」
あかね「石垣さんのすごい数の誤記や口頭弁論調書の不正は証拠も出してますよね? あなた個人はこれをどう思われますか? 民間なら高校生のバイトでもやらないようなお仕事ですよ」
古坂さんに「個人の意見は、言えません」
あかね「こんな誤記、いままでに見たことあるんですか? 本人訴訟だからこうなるんですよね」
古坂さん「………」
あかね「とにかく佐藤さんに、私たちは判決日など聞いてないですとお伝え下さい。判決文は佐藤さんと相談するまで送らないでくださいね」
古坂さん「……はい……」
3月31日11:47~
(省略)
あかね「一つ聞き忘れてました! 結審の日に、判決日に出廷するかどうか、いつも書記官さんが聞きますが、古坂さんは私たちに聞かれました?」
古坂さん「……聞いてません……」
あかね「飯田さんにも確認しましたが、毎回聞かれてますよ。何度も同じ団体から訴えられてますからね」
古坂さん「聞くかどうかは決まってません」
あかね「そうなんですか? 適当ですね。じゃ、判決日を告げたとき、私たちはどんな様子でしたか?」
古坂さん「………覚えてません………」
あかね「そういや、裁判官が体調不良で寝坊して口頭弁論が流れたって話が記事になってるのを見たことがありますが、裁判所って結構厳しいですよね。私たちの口頭弁論も一度流れてますよね」
古坂さん「…………」
あかね「佐藤さんに言っておいてください。言い忘れたのなら言い忘れたと正直に言ってくれればいいんです。私たちは誰もが犯すようなミスまで追及しません。そこは裁判官も民間人も同じですからね。悪いのは【嘘】なんです。裁判官の癖に嘘を吐くのはよくないと言ってるんですよ。そうお伝え下さい。私の言ったことを繰り返していただけますか?」
古坂さん「( あかねさんの言い分を繰り返す。省略)」
あかね「もうね、佐藤さんだけの手に負えなくなってるんじゃないですか? 最高裁に相談すべきです。あっ、旭川の石垣さんに相談してみては?! そもそも一番悪いのは石垣さんなんだから」
古坂さん「裁判官同士は話さないのですよ」
あかね「いやいや、私たちいろんなところから訴えられたり、訴えたりしてますが、明らかに裁判官同士、相談しあってますよ。あなたは私の言うことをそのまま佐藤さんに伝えるだけでいいんですよ」
古坂さん「………」
あかね「とにかく、佐藤さんに相談するまで、判決文は送らないでくださいね」
古坂さん「いや、判決文は送らなければ……」
あかね「古坂さんは、〇 がこう言っていたとそのまま佐藤さんに伝えればいいだけです」
古坂さん「………」
この対話がなされたのは ★ R5年の3月31日であり、ちょうどこの日、僕等の 佐藤彩香裁判官 が急遽、現役裁判官から最高裁秘書課参事官へと左遷人事を喰らっていたことを、後になってから僕等は知った。
笑うよね ――― 21202号判決公布の翌日という、最高裁の電撃決定だ。
ちなみにこの3月31日同日には、僕等の石垣陽介裁判の中軸であった R4年(ワ)3333号の担当裁判官であったあの 丹下友華 にも最高裁決定の左遷人事が交付されている。( 前記事参照 )
自分たちの体面と面子を守るために、司法組織とはこんなことまでやるのだ ―――!
いいですか、皆さん ――― ニッポンの現代司法の素顔っていうのは、これなんだよ、これ。
これはもうマジに 小松左京のSF傑作「 日本沈没 」の実践だよ。
見える奴にはみんなとっくに見えてるよ ――― あんたたち官が君臨していた時代なんて、もう常世に呑まれる瀬戸際なんだって。
最近、現役の検察官が史上はじめて刑事告訴されるという報道が世を賑わせたりもしたが、当然だと思う。
もう限界なんだよ、旧弊で小さな公務員社会しか知らない、ただの優等生官吏風情に、複雑極まりないいまの情報社会を裁かせるなんて・・・
これは先日にNHKが「 尖閣は中国の領土だ 」 ――― といった超ヤバ報道をしていたというのとほぼ同種の、極めつけの亡国事案である、と僕は思う。
本日の僕記事は以上です ――― お休みなさい。(了)
PS.司法ってとどのつまり「 軍 」なんですわ。
対マイケル裁判の最前線に狩り出された裁判官は、3333号国家賠償事件では 丹下友華、21202号事件で最前線に押し出されたのは 佐藤彩香 ――― どっちも僕等の事件を審理不尽という違法行為で退けたら、お役目済みってことで左遷してメデタシメデタシの官吏天国万歳ってとこか? 肝心の主犯・石垣陽介も旭川地家裁に飛ばして、その10か月に仙台高裁といった地方に回せば、万事それオッケーというようなマキャベリ感性は、醜すぎてもはや耐えがたい。
調べてみたら、さいたま地裁民事4部( 石垣と一緒 )の 佐々木智穂書記官も、もう書記官を辞めていた。
石垣陽介の共犯をさせられた 森本清美書記官の名も、R6年の裁判所人員配置図を見るかぎり、もうどこにも見当たらない。
旧弊な男権社会のなか、地家裁で一生懸命キャリアを築いてきた彼女らに対マイケル裁判の防壁をやらせ、その際に使った「 審理不尽 」作戦自体が違法であったということで今度は表舞台から排除する。
なんのことはない ――― 丹下友華も、佐藤彩香も、中央の官吏に使われた、ただの人柱であり生贄じゃないか。
女を最前線に立たせて、用事が済んだら勝手に死亡フラグを立てて、あんたらそれでマジに楽しいの?
9.26にはあの袴田冤罪事件の再審の判決がいよいよ出るんだよ。
そのときがあんたらのエポックだ。BBCや一部報道が検察・司法の不祥事について、これでもかこれでもかと叩きはじめる新時代がはじまる。
大川原工業事件を捏造した塚部貴子検察官への追及や、兵庫県知事・斉藤基彦氏の百条委員会報道が劇化しているのも、それの序章だ。
あなた方はいくら粗相をしても咎められないという無責任極まるユートピアを司法内に創造した。
でも、それ、ユートピアじゃなくてディストピアだったんだよ。
なんのことはない、一時期大騒ぎしてネットの「 反ワク 」「 嘘コロ 」などというイミフ運動でバズっていた陰謀論者たちと、その構造はまったく同一だ。
ただの現実拒否だよ、それって。
現実拒否者の報いは、いつでも現実そのものからもたらされる ――― 正義っていうのは特定個人の道具じゃない、正義が自分を騙る者をどう扱うのか、本当にあなた方は知らないの? 冤罪で苦しんでいる多くの不幸な人達にも、それが分かっているくせに正義に向かって動こうとしないあなた方の上にも、いずれ情け容赦ない正義の光は降ってくる。あなた方がてめえ都合で弄んでいた正義が、ユーターンして今度はあなた方のもとに帰ってくるんだ。今度は復讐者として。僕は、あなた方の未来がそうなるように願ってやまない。
どうか、お気をつけて ――― by マイケル