ザ・マイケルブログ!

Hello、皆さん、陰謀論者リチャードコシミズの無害化に成功したので、現在は司法の闇と闘ってます。応援よろしくです!

◆ 小ネタで踊ろう、リチャードコシミズ! ◆

2017-10-30 19:28:18 | リチャードコシミズ

 

            伝説の名花ナディア・コマネチも呆れるリチャードコシミズ笑話集をお楽しみください!



§ RK講演会後の質問コーナーにて

 講演会のあとに質問コーナーみたいな一般参加者からの質問を受けるコーナーが設けられていた時期があったのですが、

 大阪講演の際、ヤバイこと聴かれそうになるといつもその質問を水野さんにふっていたRK。
 水野さんはため息ながら、「アレ答えてたのいつもオレですよ…」
 その後この傾向には拍車がかかり、そのうち質問コーナー自体も廃止されることに…。

 その廃止者である御大RKの発言ーー
 「懇親会で難しい話するんじゃねえよ!!」
 うわっちゃ~ (-_-;)> 
 これ、充分名言BOT入りが狙えるRKの新名言かと思います。


§ カロリー制限をはじめたころのRKの会話

RK「お。出かけるの? だったら、喉乾いたからコーヒー買ってきて(メロンパン喰いながら)」
水野さん「あのー、リチャードさん、(メロンパン喰ってるのをちら見して)コーヒーには加糖、微糖、無糖がありますが…」
RK「加糖だよ、トーゼン。無糖なんてまずくて飲めない」
水野さん「しかし、それやと(RKがカロリー調整を言い出したのを知っていたためおずおずと)そのパンとあわせて、軽く1000キロカロリーは越えちゃいますが…」
RK「いいんだよ~(歌うように高らかに)!!」


§ RKマッサージ風景

RK「う~っ、〇〇の指は気持ちいいなあ…。身体がほぐれるのがよく分かるよ。うーっ、そこだ、そこだ……」
〇〇「ああ、疲れた…。マイケルさん、代わって」
マイケル「えっ、オレ? いいけど。じゃ、先生、入りまーす!」
RK「…………」
マイケル「うわ。ガチガチに凝ってますねえ…。肩甲骨が背中貼りついちゃってますよ。うわー、これは……」
RK「…………」
マイケル「肩甲骨と肋骨の隙間に指入れますよ…。じゃっかん痛いッスよ。せーのー……」
RK「……(びくっと震える。しかし、無言)……」
マイケル「こんなもんかなあ……。じゃ、また、〇〇よろしくねえ……」
〇〇「リチャードさん、選手代わりました。あたし、いきますよ~」
RK「ああ、〇〇の指はやっぱり効くなぁ…。気持ちいいよ、うん。〇〇、ありがとうなあ!!……(猛然と多弁になって w)……」


§ 霧積温泉「金〇館」の仲居さんとの対話

「あ~、ご多忙のとこすいません。実はですねえ、今度10月28日にリチャードコシミズさんの集まりをそちらでやるじゃないですか? その件に関してお尋ねしたいことがあるので、こうしてわたし、お電話させていただきました」
「はあ。あなたさまは?」
「以前そちらの会で幹事をさせていただいたものです」
「ああ…。で、どういったご用件で?」
「はあ、わたしも今度の会に参加したいと思ってたんですが、つい 申請しそこねちゃいまして…。今日が締切だと聞いたものですから、慌ててこうして電話なんかしちゃった次第でして…。あのー、今度の合宿では、リチャードコシミズの合宿参加のひとたち、どのくらい集まってますかねえ? もしまだ参加の余裕があるのなら、わたしも幹事のもとにまた連絡を入れて参加させてもらおうと思っているのですが…」
「ああ、そういうことですかぁ…。そちらの会のお泊りさんだと、たしか12、3人だったと思います」
「えっ、12,3人! 20人いってないんですか…!?」
「ええ、いまのところそうですね…」
「よかったぁ…! だったら、まだ参加申し込みいけそうだ。ありがとうございます。じゃ、わたし、幹事のほうにこちらから連絡しておきますから。ありがとうございました……」
「はい、お待ち申し上げております……」
 (マイケル、新幹線電話の受話器置いてにやりとほくそ笑む)


§ 女連れで会場入りするRK

2016年の10月9日ーー高崎講演会の際、RKは会場スタッフに誰ひとり連絡を入れず、ぎりぎり15分前になって会場入りしました。
独立党センターの華であるしろまじょさんの運転でーー。
RKとまったく連絡取れないもんだから会場はもうてんやわんや。
幹事のお茶当番さんがパニクってたんで、遊びにきてた僕とYuuk〇さんとで一種の非常取り決めをしたの。

1.このままRKがこれなかった場合、Yuuk〇さんに youstream で代理で喋ってもらい、
  RKへの連絡は僕が引きつづき行う。

2.会場を訪れた一般の方には、その旨を伝え、なんとか納得していただく。

でも、RKはぎりぎりきたのよねえ。

ーー先生、どうされたんですか…?

ーーなんだよ、きたんだからいいじゃねえか…!!

なんという常識のある、ひとの気持ちを思んばかった、柔和で麗しいご挨拶でしょうか?(感涙)
ちなみにRKはしろまじょ氏の運転で、ふたりきりでやってこられました。
会場入りぎりぎりまで、僕等の誰の緊急電話にも出ず、このふたりが何をやっていたかは永遠の謎ですね? www 

こっち関連の怪しげな話はほかにもいろいろ聴いてます。
2015年の佐久講演会の際、水野さんがOさんのクルマで会場入りすると、
なんともうリチャードさん、もう早々に会場入りされていた。
このときリチャードさんのお伴を勤めていたのは、独立党の和服美人代表であるところの都わすれさんです。
本名ひ〇〇〇〇こさん。北海道在住。
講演会が終わると、彼等はやはり会場入りのときと同様、おふたりで静かに去っていかれたそうです…。
このお二人がどのような関係なのか? 
なぜ、こうまで濃密にぺったりぺったりしているのか?
うーん、純情クレージーフルーツであるネンネな僕には、やっぱり想像もつきません…。

いくつになっても人生は謎に包まれており、人間って死ぬまで勉強なんだな、と思いなおしたマイケルなのでありました…。(^0-y☆彡

 

 
                RKに一番似合う音楽はザ・ピーナッツの「モスラの唄」だと思う。

 

 


◆ 独立党やりますか? 人間辞めますか?◆

2017-10-27 21:25:26 | リチャードコシミズ

 

            RKは、ニートや引きこもりが講じるネットゲーム「独立党 VS 裏社会!」のヒーローキャラ。
          有体にいえば胴元。リアルティーの欠如したゲーム世界の内部空間ゆえ、あの工作員認定など
          というキテレツな戦法が威力を発しえた。でも、PCの電源を off にしてみりゃあどうよ?
          魔法は消え、現実世界の荒野に立ちつくす60代初頭の腹ボテ親父と、無能で取り柄のない、
          道を踏み外し途方にくれる多くの元・党員らのしょぼい姿があるばかり。悲しいね、Z君?
          それからよかとよさん? 独立党ゲームはもうじき終わります。目覚めのときに備えて、どな
          たさまも世間体の回復と仕事の継続、独立党以外の居場所の確保に勤しまれてください…。


 
Hello、皆さん、今回はドリーマーでありつづけたい独立党ピーターパン症候群の方々にとっては、とってもビターな話です。
 ですから、そういったナイーヴな方々は、早々とこんなページを見るのなんかやめて、撤退することをお勧めします。
 というわけで今回はいきなしリチャードコシミズ依存度のテストから始めましょうかーー? 
       


1、RKの記事を見ていないときも、RKのことをときどき考えてしまう。

2、RKブログが重く開きにくいとき(特に月末)など、つい、これは工作員の真相妨害の攻撃なのでは、と考えてしまう。

3、過去のRKブログ読み、講演会動画などを見る時間がどんどん増えている。

4、社会生活のためにRKと関わる時間を減らす必要を感じたが、減らせなかった。

5、RKと無関係な趣味や娯楽が楽しくなくなってきた。

6、生活・社会的に問題があり、そうと分かっていても独立党スケジュールのほうを優先し、講演会にいってしまう。

7、家族や妻(あるいは夫)に、独立党に費やした金銭についてウソをついたことがある。(レイシック大〇さん、聴こえてるぅ?)

8、RK理論拡散のため、古くからの友人とトラブり縁切れしたことがある。

9、RKは八百万の神よりの使者であると確信し、将来はリチャード神社を建てようと実際に貯金している。

 
 
いかがでしょうか? これらの項目の5つ以上が YES であるなら、
 あなたは確実に<インターネット・リチャードコシミズ症候群>のれっきとした患者です。
 9の項目なんて読んで笑いだすひともあるかもだけど、実際に僕はそうしていたひとを知っています。 
 さらなる重症度を量る下記のようなテストもありますんで、つづけてお試しください。


10、RKからはじめて個人的なメールがきたとき、緊張と愕きと感動のあまり直立不動の姿勢を思わずとっていた。

11、RKから講演会手配を任された。会場費用も全て自分が払ったが、RKが言いださないため請求はできなかった。しかし、先生のためになったのだから、と自分なりには満足し、いくらか誇らしい思いにも包まれた。


12、不正選挙告発のポスターを町中に貼っていて逮捕された。あるいは投票箱にGPSを入れた携帯を投票用紙とともに投入し、逮捕拘留された。そのことをRKに話したが仏頂面されて予想外の思いだった。しかし、RKの活動のため逮捕までされたのだからと、一種の殉教者的な思いにも包まれ、また、RKとの距離が一層近くなったようにも感じられ、自分的には嬉しかった…。


 
うわ~!!(xox;>
 もしこれがひとつでも当てはまるようだったら、わるいけどあなたはもう廃人と紙一重だと自覚されてください。
 ちなみに11、12の項目は実話であり、これらの被害者(殉教者?)の方々は実在します。
 特に12項目の後者の方なんて、学歴的にいったら僕なんぞ足元にも寄れない超エリートな方ですよ?
 最初聴いたとき、僕はほとんど信じられなかった。
 三浦絵〇〇事件のときとちがって、RKも記事内で大きく取りあげようとはしなかった。
 それどころかこうですよ、こうーー

ーーあいつ、超いいところに勤めてるんだろ? たしか〇〇〇〇だっけか? バカだよな、こんなことして…。

 すぐ脇でこれ聴いてた僕の知人は、思わず絶句し、口もきけなかったそうです。
 だってねえ、リチャードさんーー彼、あんたのためにそれをやったのとちがうのん!?
 なのにその呆れるほどに恩知らずな鬼畜な発言、恐縮慶賀茫然憮然の至りです。
 このような犠牲者というか幻視者、盲信者の群れを次々と排出していくからこそ、独立党は有害なのです。
 僕がリストとしてあげた<独立党通過者名簿>や<脱藩者名簿>なんて、ほんの氷山の一角ですよ。
 実数は、とてもあんなものじゃない……。
 差別発言をまき散らすネトウヨも有害だけど、彼等は少なくとも仲間を工作員扱いして誹謗中傷するようなことはしない。
 つまり、リチャードコシミズ独立党は、それらネトウヨ以下の、超サイテー団体ということになる。

 あのー 異論、ありますかあ?

 ないようでしたら、水野さん絡みの傑作ネタでそろそろこの記事を締めたい、と思います。
 これは前記事でもとりあげた、大阪の党員Oくんに関するネタであります。
 彼は、まだ若くてタッパのあるイケメン男子なんだけど、とにかく酒癖がわるかった。
 1度や2度なら成人男子の勢いとして許容できなくもないけど、彼の場合ほぼ毎回でしたから。
 さらに驚くべきことに、彼、運転中にすら飲酒をしてるそうなんです。
 講演会場に行こうと彼のクルマに乗りこんだ水野さんがびっくりして

ーーえっ? おまえ、運転しながら飲むのか…?

ーーええ、まあ…。オレ、ほとんどアル中なんですよ。

ーーお前、それ、やめろ…。

ーーええ? どうしてですかぁ…?

ーーもうええ。そこのけ。運転、オレが代わるわ…。


 さらにこのOくんと水野さんとの絡みがなんとも極めつけに面白い、エピソード2の紹介といきましょうーー 
 2016年の末、あのリチャードさんがこのOくんにむけ、自分から衝動的に追いだした水野さん損失の大きさを改めて痛感して、つい弱音っぽく、「なあO、水野くんなんとか戻ってこれないか?」とこぼした前後のことです。


ーーなあ、O、リチャードさんがいう通り、オレはシャブチューなのか? オレがお前に毒盛ったってあの記事は、ホンマなんか?

ーーいいえ、ちがいます…。

ーーブログで無茶苦茶書いとったけど、なあ、あいつ、うそつきやろ…?

ーーええ、それは…。でも、それ以外は……

ーー認めるんやな? じゃ、やめろ。

ーーいや~、それは…(トうつむき黙りこむ)……。


 
これとおなじシチエーションは、2017年4月2日の池袋の花見のときにも見ることができました。
 このときとまったくおなじ、水野さん&Oくんのとの絡みでもってーー。
 RK独立党は、いまや再生不能なまでに壊れつくした、難破寸前の幽霊船です。
 竜骨ともいうべきリチャードコシミズの信用は、もはやめちゃめちゃ…。
 乗組員たる残留党員さんたちにもかつての輝きは、もう見られない。
 個の言葉なき切り貼り記事なんかいくらあげたって、凋落の速度のほうがそれよりもずっと速い。
 選挙応援からも弾かれ、霧積合宿の参加者もなんとたったの13人…。

 (僕、10/22 に宿のほうに電話でたしかめました)
 もうダメですよ、リチャードさんってば…。(苦笑)

 明日なき独立党にせめてもの哀悼の意を示しつつ、当記事もそろそろ締めくくりたいと思います。
 お休みなさいーー。☆彡

 

 

 

 

 

 

 

 


◆ みかん姉昔語り~『せんじゃどんの猪肉事件』 ◆

2017-10-27 02:25:24 | リチャードコシミズ


           「今の独立党の霧積合宿に13人も集まるとはね。いや~、単純にびっくりした(T社長)」



 Hello、皆さん、お元気ですか?
 ザ・マイケルブログ! のみかん姉さんコーナーを贔屓にして下さり、まことにありがとうございます。
 つい先日、2017-10-11 の「独立党通過者名簿」を契機に彗星のごとく現れたみかん姉は、
 その独自のポエジーと語り口とで独立党関係者、非関係者等の矩をこえた多くのファンを獲得し、
 見るまに当ブログになくてはならぬレギュラーメンバーになりました。

 こういう展開は、僕にもまったく予想外でした。
 旧独立党時代に憧れていたあのみかん姉さんと、こんなに親しく言葉を交わせるようになるとは思っていなかった。
 また、遠いところに旅立っていったとばかり思っていた姉さんが僕等の銀河に帰ってきて、
 共通の敵である独立党欺瞞星雲情報部総司令であるリチャードコシミズを追いこむためのタッグをこんな風に組めるなんて、
 ええ、正直夢にも思っていませんでした…。

 人生ってホントになにがあるか分からないものですね?

 そのさすらいの侠客みかん姉さんより最新の便りが届きました。
 もちろん、あのせんじゃさん関連の話題です。
 皆さん、囲炉裏まわりの座布団にそれぞれ座られて、いぶりガッコでもかじりながら、さあ、みかん夜伽を聴きましょうーー


                    ☆   ☆   ☆


 そういえば、次々と思い出すことがあって。 

 せんじゃが、いのししのの肉をコシミズさんに送ったことがあった話。

 私が辞める前のこと。

 時々、せんじゃとは電話のやり取りして、でもその時はせんじゃ、声に元気がなかった。

 「どうしたの?なにかあったの?」と聞いたら

 「あのさぁ ねえちゃん・・俺、コシミズ大将にいのししの肉、送ったんだ」

 「え?いのししの肉?? 何故?」と聞いたら

 「コシミズ大将が、いのししの肉、食いたいなーと言ったから」

 と言いながら、堰を切ったようにせんじゃが話してくれました。

 おそらくコシミズさん、鹿児島講演あたりで、せんじゃに言ったのでしょう。

 「うまーーいいのしし、食いてえな」と。

 「今年っていのしし、どこもいなくてさ。俺んち山ん中でしょ、周囲すごい離れてるの。でも、うまい肉、食って欲しいと思ったからさ、あちこち走り回って何十キロも走ってやっと3キロ買い集めたの。それをさ、冷凍してかたまりにして、コシミズさんの事務所に送ったんだ」

 で、せんじゃに「うんうん。それで? コシミズさんからはなんて?」と聞きました。

 この辺りからせんじゃの声、一段と暗くなって

 「うん、返事がさ・・(迷惑だから送らないで下さい)っていうメールあったんだ・・・俺、一生懸命集めたんだよ・迷惑だったのかな・・」

 「えーーっ!送らないでくれって?何それ!」と私、怒りを感じました。

 でもその次、せんじゃが言ったこと・・

 「まぁ俺もさ、送ったからいけんかったんだよ。もう送らないからいいよ」 私、それを聞いて何も言えなくなりました。

 せんじゃのアホみたいに純粋なとこ、馬鹿!と言いたくなりました。

 その言葉は、せんじゃに対してだけなく(コシミズさんに対しても)です。

 今でも聞きたい。どういうつもりで(迷惑です)と言ったのか。

 せんじゃはそれまでに、玄米も数回送っていたようです。

 施しというのは、お金だけではないです。精魂を込めたお米やお肉、これらもすべて(ほどこし)

 確かに、
 冷凍してあったとはいえ、東京のど真ん中のマンションだかアパートだかに、
 ある日どーんと3キロの肉のかたまりが送られて来たら、コシミズさん引いたかもしれない。 

 だったら、党員集めて、いのしし鍋でもすればよかったんです。

 「おーい、みんな集まれ!せんじゃからうまそうないのしし肉、送ってきたから食おうぜ!」って、党員に声かけて、鍋の準備も用意もさせればよかったのです。

 せんじゃ、「肉、あちこちで集めてきました。コシミズさん、これ食べて元気出してください」ってメモの添え書き入れてるはず。

  なのに、「迷惑です。送らないで下さい」って普通、人に言います?

 何十キロも走り回った時、きっと助手席に母ちゃんも乗ってた。

 せんじゃ親子の気持ちの表現はこれなんです。

 数万円かかったと思いますよ。

 宅急便費も九州からだったら高いものね。鹿児島の講演会で、同じ本を15冊も買ったせんじゃに、私、翌日聞きました。

  「本、15冊も買ってどうするの?」

 せんじゃ、ちょっと口ごもって、「人にあげるんだよ」と言ったけど、違うなーと思いました。

 少しでも本がさばけるように、コシミズさんの懐に本代が入るように、と15冊も買ったのだろうなぁと思いました。

 軽自動車のトランクが本でいっぱいになったのを私、見ましたもの。

 人の思いが詰まった肉、しかもめちゃ新鮮なお肉。

 だったら、お金・寄付金に対しても「迷惑です。送らないで下さい」って言うのですか?

 言わないよね。

 受け取るよね。

 お金だったら。

 党員の皆さん、これでもまだ あの人を信じるのですか?

 と、私は皆さんに真剣に問いたいですね。

 

               ××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××

 みかん姉さん、ありがとうございましたっ!!(ぱちぱちぱちと喝采つづく)
 にしても、いや~、まいるよねえ…?
 リチャードさんの数々の暴露話にふれるたび、胸のうちに兆してくるこの独自の荒涼感はなんだろう?

 僕は、この荒涼感は、彼の内面に巣食っている絶望感の表れじゃないかって勝手に思ってる。
 世直し、団結、仲間、友情、信頼、愛、恐らくリチャードさんは、なあ~んも信じちゃいませんよ。
 信じているとしたらただひとつ、目のまえの現ナマだけ。
 あと、浮き世の退屈を忘れる唯一の手段としての女体が半ダースほど……?
 
 コシミズ氏の幻影城は、人間不信、非迫害妄想、レイシズム、無感覚といったような基礎煉瓦を礎に設計され、
 自分のもとに集まってきた党員というカモたちの懐から金を集金することだけを唯一の目的に、
 ある意味厳密に計量・建築され、今日もまだガタピシと機能しつづけています。
 全盛期にくらべるともう見る陰もないほど傾いてるけど、独立党、まだなんとか活動できてるもんね?
 一日も早い独立党の解体とリチャードコシミズ氏の廃業とを同時に願いつつ、
 今夜は僕もこのへんで筆を置きたく思いますーーお休みなさい……。(-o-yzzz 



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


◆ 独立党被害者の会・第2回「大阪サミット」のご報告!◆

2017-10-25 10:29:46 | リチャードコシミズ

           ーーリチャードコシミズからためになる知識とか、一切教わったことがない。(水野 匡司


 Hello、皆さん、大型台風21号が我が国を縦断していた 2017年の10月21日ーー

 僕等、輿水正「独立党」被害者の会は、関西の都である大阪で、第2回目の会合を設けました。
 この会合には、近郊の〇〇からある関西の党員さんもきてくれた。
 ここでは仮にH氏とでも呼んでおきましょうか。
 このH氏が何年もまえに独立党を脱藩したニンゲンであることは、改めていうまでもありません。

 
 ほかには大阪代表、かつて独立党にあの名曲「イマジン」の USAGI を呼んだ、あの重鎮・水野さんーー
 (usagi を呼んだのは彼の功績。池袋の街頭でLIVEを聴いて声かけたやらはRKのいつものホラです w)
 並でない論客であるA氏、もの静かなれど独自の底光りする発言をするX氏、ほかにY氏……。

 個性的な面子がにぎやかに集まり、現独立党を解体するためにどうすればいいか、
 なにをやればいいか、などの話題が豪勢なバリ料理を肴に長時間話しあわれました。

 実をいうと僕は案外ひと見知りするほうでして、前回7月の名古屋サミットの際には、
 初対面のCHORYOさんなんかと話す際も、それほど肚を割れなかったんですよねえ。
 むしろCHORYOさんのほうが気を遣って、ホスト役を買ってくれたような場面もいくらかあって、
 なんか、わるいことしちゃったなあ、とちょっとばかり後悔してた部分もあったんです。

 でも、今回はばっちりでした!ーーはっちゃけましたねえ。
 みんなしてもう激論ーー爆笑!!ーーなんの気遣いもいらない極上の夜となりました。
 具体的にどんなことが話しあわれたか?
 今後我々はどのような方針で動いていくのか?
 などという〇秘事項は会の都合上むろん公にすることはできませんが、
 リチャードコシミズという男に関する元・内輪からの複数証言による素描というか、
 全体的なデッサン像もこの夜を境に、これまで以上に克明に、よりリアルに描けるようになったかと思います。

 そうした面での最大の証人といったら、やはりRKと長年日本各地の講演会に連れ沿って歩いた水野さんでしょう。
 ホームタウンである大阪の地にいるということもあってか、この夜の水野さんはもう最初からオーラがちがってた。
 顔に似合わぬ下ネタもばんばん飛びだすわ、独自の艶のあるテナーで語られるRK噺には、
 僕等は皆爆笑しながらもそれこそ心を折りとられるようでした……。

 本当なら後続の記事にあげるつもりだったんですけど、
 あの夜に聴いたとびきりのネタをここでひとつだけ披露しちゃいましょうかねえ?
 
 それは ☆2015年の7月、函館講演の際でのエピソードですーー。
 トルコ・クーダテーの情報が入った、日本時間でいうなら土曜の朝の出来事だったそうです…。

 RK「なあ水野クン、これ首謀したの誰だと思う?」

 水野さん「現在、空軍に核を8発持ってるNATOが微動だにしなかったというのは、この動き、NATOはあらかじめ知っていたということですよね? ということは真犯人はロシアじゃなくてNATO…。となるんじゃないですか?」

 RK「おお、そうか。そうだそうだ!!」 

 そしてリチャードさん、嬉々としてPCのキーボードを叩きはじめたそうです。
 ーー右手と左手のひとさし指だけをそれぞれ立てて伸ばした、あの独自のクセのあるフォームでもって(笑)

 みんなそうだったけど、このエピソードには特に笑かしてもらったなあ!!
 このRKブログの記事書いてんの、実質的にはRKじゃなくて水野さんでないの。
 後半には、笑いすぎて全員ほとんど腹筋使いすぎた涙目状態でした…。


 不正選挙のすべてのデータを握った水野さんにデータごと脱藩されてしまい、リチャードさんはそうとう困ったようです。
 2016年の末には、水野さんに毒を盛られたターゲットとRKブログで妄想決めした、
 あの酒乱で有名な当のOくんにむけ、RKはこうこぼしています。

 ーーなあO、水野くんなんとかもどってこれないか…? 

 むりだってば、リチャードさんーー覆水盆に返らずだよ。
 一度離れたひとの心はもう二度と戻らない。

 一度壊れた人望も信用も、やっぱり二度ともどっちゃこない。
 この夜同席されたHさんは、2013年の7月の大阪講演を最後に独立党を辞めてます。
 彼の入党は 2012年の1月名古屋。その際、CHORYOさんや yiwaii さんらに会ってます。
 辞めた原因は、RKが候補者を講演会に呼んでくれといったから、そのために動きだしたのに、
 実際にそうして動きはじめるとなぜかその動きを疎ましがり、手続きしようとしたら、
 メールでそれをやめてくれといってきたため…。
 (ここで水野さんがひとこと。ジャラシーやね。RKは行動力のある目立つ党員は嫌うんや w)
 Hさんはこの大阪講演の帰りしな、阪急〇〇のロッテリアのゴミ箱に党員証を破って投げ捨てたそうです……。

 まあ、これからみかん姉と皆が電話で話したり、深夜まで北のカラオケで歌いまくったり、
 あと現党員のしろまじょさんに電話したら出たんでみんなして話したり(録音あり。だけど、これは挙げません)
 翌日夜に中島さんから懐かしい電話がかかってきたり、
 まあなんというか、僕等にとってはなんとも思い出深い、忘れがたい夜となりました…。

 こうした縁を紡いで僕等を大阪の地に集めてくれたリチャードさんにも、やっぱり僕等は感謝すべきなんでしょうか?
 みかん姉さんは、このような機縁でも感謝はすべきだ、みたいな持論をもってらっしゃる。
 うーん、東洋的な謙譲的哲理の見地からいうと、すべきなんでしょうねえ?
 ただ、アタマのわるい中学生みたいに劣化した、週刊誌の切り貼りみたいな記事ばかり綴っている、
 立憲民主党のサポーターみたいになり下がったいまのRKにそれをするのはやっぱり癪なんで、
 僕等の哀憐の含み笑いもとりあえずはいっしょに同封して送りつけてやりましょうかーーねえ!?(^0-y☆彡 




                                        ーー党員の ネタに波乗りRK いつも楽ちん 腹も出るわな www

 

 

 

  


◆ 薩摩便りー鮮邪er さんの告白 ◆

2017-10-19 12:02:50 | リチャードコシミズ

 

 

 Hello、皆さん、Twitter も閉じ、引きこもりをつづけていると思われていた、あの Jwejew鮮邪er さんと先日連絡がつきました。
 連絡つけてくれたのは、独立党時代にせんじゃさんと親しかった、ご存じみかん姉さん!
 せんじゃさんと親しかった独立党諸氏は、彼女のその後のことなど気にかかっていたでありましょう。
 僕もずっと気にしてた。
 なので前置きは短めに切りあげて、さあ、みんなで囲炉裏かこんで、みかん姉の話を聴きましょうーー。 


 実は、数か月前から私はせんじゃの母ちゃんのことが心配で心配で・・

 2011年 あの可視光線が登場した鹿児島講演会の翌日、せんじゃ親子は私を桜島へ連れていってくれました。   

 フェリーに乗って、徐々に大きくなる桜島。

 噴煙をあげる桜島を見ながら、母ちゃんは目を細めて

 「ほーー火柱が立ってくれるといいっちゃね!」と言いました。

 「大爆発するといいなぁ」ってことです、びっくりしました。でも 九州の女って素敵!と思いました。 

 その母ちゃんがここのところ、調子が悪いと聞き、どうしようかなぁーと迷いながら、数日前母ちゃんにお見舞いのお菓子と手紙を送りました。

 何故、私がせんじゃの住所を知っていたか?

 それは、桜島の後、数回、せんじゃんちの玄米を買っていたからです。

 有機栽培のお米。木こりをする両親の元から単身で大阪へ行き、仕事をしていたけど、宮崎に帰って母ちゃん達の農業を手伝おうと決心。

 福岡正信の自然農業で農薬を使わない米作りを行い、何度も何度も失敗し、やっと出来上がったお米。

 それを送ってくれました。ホントにおいしかったのです。しかもめちゃ安くしてくれました。

 なのでその時の住所が手元に残ってました。

 こっち名産のきな粉はぶたえ餅。

 それに手紙をつけました。

 「母ちゃんはどうしてるの?変わりないの?」と、ほんの短い手紙。 

 せんじゃ、電話をくれました。宅急便に私の電話番号を書いておいたからです。

 懐かしい声。

 「あ、みかん姉ちゃん?、〇〇〇枝です。これなにーー?ねえちゃん」と。

 そりゃあそうでしょ、突然お菓子なんて送るからびっくりするわな笑

 一瞬、涙が出そうになった。あの頃のあたたかい母ちゃんとせんじゃがよみがえってきました。 

 母ちゃんは、脳梗塞の上、骨折をして車椅子。なので施設に入っているそうです。動く左手で、車椅子を自走してるとか。

 認知症は大丈夫なようで、ちょっと発語が難しいけど、こっちの意味は全部分かると聞きホッとしました。

 私は気になってたことを聞きました。

 「せんじゃさぁ、独立党はどうしたの?」と。

 3月頃、めちゃくちゃ書かれていたことが気にかかっていたからです。

 やく中、しゃぶ中、○○金○○に関与しているとかなんとか。

 そして、党員さんから多くの質問がせんじゃにされていたのに、一切答えていなかった。

 この辺に疑問を感じてました。

 せんじゃは、真っ直ぐな人です。

 人が転んでいたら走り寄って助ける人。人が泣いていたら、すっと寄り添っていてくれる人。喜んだら一緒に手を叩いてくれる人。

 純粋で、心がきれいで、素直で。私なんてへそが横についてる人間とはとても大違い。

 自然を愛し、人を愛し、この世を愛し、他人をも愛す。

 そういう人です。 

 せんじゃ言いました。

 「俺さぁ。党員さんの質問に対して何十回もコメント書いたんだよ。コシミズさんちに書いた。

 俺んち、やまん中だからさ、時間すごいかかるの、遅いから。

 でも一つ一つの質問に何時間も何時間もかけて、書いたの。でも一つも承認されなかったんだ」と。

 「え?承認されなかったの?」

 「うん、一つも。一生懸命書いたんだよ。一つも載らなかった」

 そういうことかーと思いました。周囲はあの頃、「せんじゃさんは引きこもった」とか「せんじゃさんは答えられないのか?」とか言ってましたね。 

 全部違ったんですよ、承認されなかった。という事実を知りました。

 せんじゃは真摯に対応をしていた、しかし、真摯に対応しかなったのは、承認しなかったコシミズさんだったということなんです。

 せんじゃ、真剣に怒ってました。信じてた分だけ、怒りも大きい。めちゃくそなこと言ってました。

 2人で10分くらい、めちゃくそ言い合ったwww

 「今残ってる奴の顔が見てみたい笑」みたいな(^o^)

 「おれ、やられて初めて分かった、すごくよく分かった」と言ったから、私、言ってやりました。

 「私な-んて2012年の4月に分かったわよ。だから辞めたんだわ」と言ったら

 「ねえちゃん、言ってくれないんだもーん。黙って辞めただろ」って。

 「そりゃあそん時、まだ、せんじゃノボッてたもんね。今だから分かるのよ」「それはそうだね。やられて分かったんだもんな」

 と2人で笑い合いました。

 「よかったね、今、気づいて」と。

 これから私とせんじゃはいつでも、どんな時でも、相互に電話ができる関係になれました。 

 この事実を伝えたい。と私は書いています。


 おーーーい せんじゃ!!聞こえてる??

 いつも私は、せんじゃのそばにいるからねー。とやまびこに叫ぶように。

 なんて嬉しいこと。今夜は眠れないなぁ

 
               ××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××

 素晴らしい文章であり、素晴らしい語りですよね、これ。
 企まずして、これ、一遍の叙事詩になってるよ、みかん姉!!ーー2011年に姉さんらが乗船したというフェリーの甲板から、
 僕のまぶたにも噴煙をあげる桜島と薩摩の突きぬけた青空が見えるようでした。
 せんじゃさんが元気なのも、よかった。
 しかし、うんうんと 2016.12.2 に会ったせんじゃさんの面影を思いながら、たぶん姉さんといっしょに微笑みながら読んでいた、
 僕のそうした微笑みは中途で凍ります……。

 「俺さぁ。党員さんの質問に対して何十回もコメント書いたんだよ。コシミズさんちに書いた。
 俺んち、やまん中だからさ、時間すごいかかるの、遅いから。
 でも一つ一つの質問に何時間も何時間もかけて、書いたの。でも一つも承認されなかったんだ」と。
 「え?承認されなかったの?」
 「うん、一つも。一生懸命書いたんだよ。一つも載らなかった」

 
リチャードコシミズの仕掛けた姑息なからくりが、このくだりで一瞬に見透かせたからです。
 政党基金、エ〇カ事件、CHORYOさんの民事訴訟で見せた信じがたい醜いあがき、〇〇姉淫行未遂事件、
 事務所での女性盗撮、moko さんイジメ、立憲民主党に選挙ボランティアを申し入れ断られた案件……。
 これまでにも多くのRK裏デッサンをしてきた僕には、自分なりのRK像といったものが一応はできてました。

 しかし、ここまでとは…。ここまで姑息に意地悪に性根ごとねじ曲がっていようとは…(ト呻る)……!!

 いまや僕には語るべき言葉すらありません。
 心に染みるのは「嫌悪」の一語のみ。
 
 独立党の諸君、このようなせんじゃさんに君たちが投げたあのときの罵言の数々は真正でしたか?
 君たちのああした罵言と憎しみの、どこがどう「世直し」と結びつくのでしょうか?
 僕には全然まったく分からない。
 党員にこんな卑劣でセコイ罠を仕掛ける「正義のジャーナリスト」なんているわけないって、
 ここまでいえばいくら鈍重・不感症のあなたがたにもさすがに分かるでしょう?
 いまこれをこうして読んでみて、ひとかけらの後悔の念も閃かないとしたら、もうそんなカスは僕は正直どうでもいいわ。
 ただ、せんじゃさんにお世話になって、ああ、あのときは済まないことをした、
 せんじゃさんにせめてひとことなりともお詫びと謝罪の気持ちを伝えたいという方がおられましたら、
 RKブログ上でのHNでもって当ブログまでご連絡ください。
 僕マイケルが責任をもって、あなたの気持ちをせんじゃさんに伝えることを約束しますーー。
 
 今回の記事は以上です。みかん姉さん、ありがとうねえ。近いうち飲みましょうーー!