2020年の6月27日、あかねさんと三峰神社にいった。
三峰神社って知ってる?
西武秩父駅からバスで75分。
バスでつづら折りの山道を曲がりくねりながら昇っていって、三峰山の標高1100mのところにドーンとそびえているのが三峰神社だ。
秩父は修験道の地としても有名だよね?
青森・下北の恐山ほどの全国的な知名度はないかもだけど、埼玉のここ三峰山も霊峰としてかなり有名だ。
あるひとは関東最大のパワースポットと呼び、またあるひとは憑きもの祓いの神社として語っていたりもする。
ずっと後になってオサキ狐とか憑きもの祓いの存在なども知ったんだけど、なにせ今から5年もむかしの話だ。
当時の俺には、そんな民俗学方面やオカルト系の知識はほとんどなかった。
当時の俺は、とある陰謀論団体と大揉めして、全国的な集団訴訟っていう派手派手攻撃を受けていたのよ。
くる日もくる日も嫌がらせのメールに脅迫の電話。
お前の家に行くぞ! とかいう愛らしい脅迫電話。
死ね! とか、ステーションワゴンで殺してやりましょう、などといった言論がショートメールやコメントで次々と届き、E-mail は1日で優に1000越えして、たちまち実用不能のツールとなり果てた。
さらには訴訟ね ――― 前橋地裁から、東京地裁から、東京簡易裁判所から、さいたま地裁から( 後には新潟簡易裁判所から、大阪地裁、横浜地裁からもきた )10日に1度ぐらいのペースでそれぞれの訴状、準備書面が代わるがわる届き、それらに対抗するための第1,2,3回目の口頭弁論のための答弁書 ①、②、③ と書きつづけ、さらにはそれぞれの案件の証拠の収集、知人や各民事部への質問や連絡、証拠説明書書きなんかのために俺は忙殺された。
ひとつだけの単独裁判じゃない、多勢に無勢の集団訴訟だもんねえ!
弁護士はつけてない。簡単な法律の案内書を片手に、仕事のあいまに苛つきながら、俺は毎日訴状書きばかりをやっていた。
知り合いのT社長は、おう、マイコー、民事なんか放っておけよ、勝っても負けてもどうせ10万クラスのションベン事件なんだから、放っておいても大したことにはならねえよ、と海千山千の一言を添えてもくれたけど、
―――― いやいや、そういった大人っぽいスルースキルは嫌なんですよ・・・。大丈夫、群れないと動けないような、あんな半チク連中にゃ、どうあったって負けやしませんって・・・!
ほとんど意地になっていたのかねえ。
民事裁判の第1回の口頭弁論ってのは、あらかじめ答弁書さえ提出してれば被告は特に出廷しなくてもいいんだよ。
でも、俺は、制服組の特別警備の人垣に守られながら、馬鹿正直に全事件の全口頭弁論にあえて出廷した。
カルト連中は傍聴席に鈴なりになって並び、裁判の最初から最後まで被告席の俺ひとりに罵声を浴びせつづけていたっけ。
ああ、懐かしいなあ!(笑)
本音をいうとね、そう、俺は餓鬼の喧嘩がしたかったんだ ――― 連中が自分より下の輩だと蔑みをこめて決めつけて、賢人勝負せずみたいな、勝手な安全地帯に要領よく逃げこむ大人路線は絶対に御免だった ――― そうすれば楽なことは分かってた ――― けど、俺はそうした大人理屈でもって、連中と自分とのあいだにインテレクチャルな見下し境界線を引きたくはなかった。
いくら教祖を妄信しているとはいえ、一時期は行動を共にしていたこともある連中だ。
連中が必死になってくりだしてくる精一杯の嫌がらせに、こっちも身体を張って迎えうってやろうじゃないか。
そう報いるのが自分なりの誠実だと思っていたんだな・・・。
ただ、このストイシズムはちょっとばかし応えた。
ひとつの裁判が集結するのにもだいだい半年から1年前後はかかるからね。
それが単発の短期限定なら対処の心構えも持つんだろうが、裁判がどんどん重複していって、1年どころか2年以上なんて規模になると、これはまあハンパないよ。
実際には、こうした俺の訴訟絡みの生活は6年にも及んだ。
3つめのさいたま地裁からの訴訟を受けたのは、まだ3件目に過ぎなかったんだけどね、正直いうと、俺はいくらか憔悴してた。
そしたら、俺の事件をずっと傍観していたあかねさんが、ひょんなある契機から、俺の裁判に参戦してくれたんだ。
これは・・・嬉しかった。
あかねさんみたいなお嬢さんをこんな薄汚い泥試合に引きこんでいいものか、という葛藤はあったけど、俺に共鳴してカルト軍団に意見したあかねさんにまで脅迫状が届くといった事件があり、いくらなんでもこれは放置していいもんじゃないだろう、よし、あかねさん、一緒にやろう! といったことになったわけ。
で、あかねさんと組んで俺が初めて相手側の集団スラップ訴訟に対して反撃したのが、あの令和元年(ワ)1818号という訴訟だったのよ。
なんと、今から7年もまえの出来事よ!
舞台は、浦和にあるさいたま地裁の民亊5部 ―――
被告は、そのカルト組織の熱心な信者連 ―――
そして、裁き手はこの裁判の後、この1818判決書内に前代未聞の108つの膨大誤記を残し、そのことを俺等が追及したことでエリートコース路線から転落してしまい、涙ぐみながら旭川地家裁へと左遷されていった、あのあらあら裁判官・石垣陽介 ――—!
俺絡みでいえば、これは4つめの訴訟だったのね。
役者も舞台もフルキャスト! 法廷怒声マシーンとしてのカルト連中も揃いぶみし、全く新しい司法世界の闇展開まで俺等を導いてもくれた、あれはまったく記念碑的な裁判だったな・・・(笑)
でもさ、あかねさんが俺陣営に参加してくれることになったこのころから、関西のあかねさんの身辺に・・・奇妙なことが徐々に起こりはじめたんだ。
これ、俺はこれまでどの媒体でも書いたことがない。
法廷でも、ブログでも、youtube でも一言もいってない。
あえていうことを避けてたんだよねえ、やっぱり、その・・・不気味すぎるから。
裁判関係の記事に、非科学的なオカルト話なんか混ぜちゃ、これ、信頼失う道しかないもんね。
けど、それは起こったんだ、マジで ―――。
この1818号裁判スタートのちょうど1年前の2018年12月13日の木曜の夜、あかねさんが意識を失って某所の階段から転落して救急搬送された。
いつも元気でよく歩きよく笑う普段のあかねさんを知っている俺からすると、これはまさに青天の霹靂だ。
その日の朝の俺はたまたま夜勤明けでね、俺が講演のベンチに何気に座って立ちあがったとき、腰のベルトにつけてたきゅうりのキーホルダーがベンチ木の隙間に引っかかってプチンと切れたんだ。
それはその年の8月にあかねさんと浅草の花屋敷にいった際に買い求めた、本物のきゅうりにそっくりなプラスティック製のキーホルダーだった。
買うときに俺が冗談で、よし、これからこれをあかねさんの依代として大事にしよう! これになんかあったら、それはあかねさんに災いが及んだってことだ ――— なあんていってたから、切れたとき俺はそのことを思い出して「 えっ? これって、これからあかねさんに不穏事が起きるってこと?」と錯乱坊よろしく反射的に考えたんだ。
だから、その12月13日の夜、あかねさんから救急搬送の話を聴かされて、俺は青ざめた。
ただ、結構長い距離を落ちたにも関わらず、大きな怪我はなかった。
原因は突然の貧血 ――— あかねさんは貧血なんてそれまで起こしたことはなかったんだけどね ――— 意識を失って素直に落ちたことが幸いしてか、( 人間って咄嗟のときになると体中硬直して、顔を庇った肘とか手首を折っちゃうことがわりかし多いんだ )打撲と脳震盪ぐらいで済んだ。
頚骨も脊椎も鎖骨も手首も歯も無事だった。
いちばんの懸念は脳震盪の後遺症だったんだけど、脳挫傷や脳内出血みたいなサイアク事態には至らなかった。
―――― けどねえ、めまいとかがときどき凄いんですよ、いまも・・・
―――― そこ2階でしょ? 立って歩いて階段降りようとしたらダメだよ・・・そういうときはそーっと座って降りなきゃ・・・
―――― はい・・・あと、顔・・・顔が2倍ぐらい晴れちゃって・・・
―――― うごっ!・・・大丈夫・・・?
―――― ええ、なんとか・・・痛みはまあ引いてきてはいるんだけど、腫れたところがね・・・なんか、青じんでるんです・・・
しかも、あかねさんの災禍はこれきりじゃなかった。これはほんの手はじめだったんだ。
これと前後して、あかねさん愛用のPC、プリンターなんかがイカレた。
特にPCなんかはデータ保存もできずにオシャカになっちゃったんで、あかねさんも相当苦労してた。
新規のに買い替えて、前機同様の必須データを再インストールするのは結構大変だったみたい。
でも、あかね受難はまだまだ続く ――― 次は携帯がやられた。
これもまたふいのポシャリであって、修理も効かない。
やむなく新機種に買い替えたんだけど、その待望の新携帯も箱から出して電源を入れたのに作動しない。
修理に出したんだけど、もうどうにもならない、すいません、不良品でしたとくる。
どうにか新しい同機種を送ってもらうことになったんだけど、今度はいくらそれに充電しても全然充電が進まないときた。
PC、スマホが必須の仕事している人間にとっちゃ、これってほとんど死活問題だ。
てゆうか、電子機器のこれだけの不調が同時多発で起こるなんて、結構稀なことなんじゃないか?
俺にしたってガラケーからスマホに移るまでさまざまな機種に乗り換えてきたけど、あかねさんクラスの不調には1度も見舞われたことないもん。
ていうか、このあかね受難って、どっか人間の恣意の香りがしてないか?
恨まれていいはずの俺にこないで、中途参加のあかねさんのとこにだけ来ている、これら発信場不明の小さな災いたち。
もし俺のところに届くはずのそれが俺の間近で弾かれて、それがあかねさんのところに流れてきたものだったとしたら・・・?
あかねさんがほとんど見舞われたことのない貧血を起こし、急な階段から転落して救急搬送された。
たまたま運よく大きな怪我はなく終えられたけど、逆に転んでいたら、それは死や大怪我に直結してもおかしくない種類の危険な転落だった。
さらに、これに追随するかのような、あかねさんの数々の電子機器のふいの故障と不具合の連発・・・。
―――― なんで? これらのメカが・・・もしかして依代( よりしろ )の役を勤めてくれたってこと?
「 古事記 」の伊邪那岐と伊邪那美の挿話が思い出された。
死者の国から抜けてきた伊邪那岐が、死人国から自分を追ってきた伊邪那美の追跡から逃げ切る為に、「 石 」と「 櫛 」と「 水 」とを投げる。
伊邪那岐の身のまわりのこれらの玩具品が伊邪那岐の身代わりとなって伊邪那美の追跡を阻み、伊邪那岐はようやく伊邪那美の執念の追跡を振り切ることができた。
しかし、ここで俺は常識に立ちもどり、「 まさかな 」と思ってしまった。
つまり、この時点では、俺は自分のこの思いつきをあかねさんに話すことはまだできなかったんだ。
そうやって俺とあかねさんが多くの控訴、反訴なんかにまみれて相変わらず苦闘していた2020年の5月8日 ――― に、またしても「 それ 」が起こった。
ちょうど仕事の昼休みで休憩中だった俺の携帯に、電話がかかってきた。
見ると、あかねさんからの発信だ。
今では昼でもなんでも平気に電話をかけあうようになったけど、当時にお午から、しかも仕事中だと分かっているはずの俺宛に、あかねさんのほうから電話がかかってくるのは珍しかった。
いくらか困惑しながら通話ボタンをONすると、
―――― あの、マイケルさん、こんな時間に電話してすいません・・・実は、信じてもらえないかもしれないとは思うんですが・・・
その緊迫した声色だけで全部察した。こらただごとじゃねぇぞって。
―――― なに? どうしたの?・・・いってみ・・・
―――― あの・・・あたし、さっき仕事の合間にちょっと休んで、机の上をふっと見たら・・・なんか、赤い、血が落ちてるんですよ・・・。で、あ、鼻血? と思って鏡をとって見てみたんだけど、鼻血じゃない・・・血なんか鼻から出てないんです・・・。まさか天井から落ちてきたの? と天井を見上げてみても何もない・・・。なによコレ・・・気持ちわるいと思って・・・デッシュで机の上の血を吹いて、ゴミ箱に捨てました・・・。こんなヘンな話題ですいません・・・でも、なんか気味わるくなって・・・いま、こうして電話してみたんだけど・・・
それ聴いたとき、俺のなかには響くものがあった。
―――― あかねさん、いい? この電話切って・・・そのテッシュ棄てたゴミ箱をあさってみて!・・・そして、スマホですぐその血を吹いたテッシュの写真を撮って、それすぐに俺に送って・・・!
―――― あ。はい・・・すぐにそうします。
でも、あかねさんからの再コールは思ったより時間がかかった。
しかも、さっき以上に口調はうわずって、動揺してる感じだ。
―――― マイケルさん・・・すみません・・・なんか、ヘンなんです・・・ゴミ箱、探したんだけど、血ィ噴いたはずのテッシュがどこにもないんです!・・・えっ、なんで?・・・たしかにあたし、テッシュで拭いて棄てたはずなのに・・・。あれえ?・・・知らないうちにおでこかどっかを切っていて、それがたまたま机に落ちたんじゃないかと下にいるお母さんにも見てもらったんだけど・・・血なんか落ちるほどの傷らしいものは、どこにもないんです・・・えっ?・・・どうして?・・・なんで・・・?
―――― 落ちついて・・・あかねさん・・・大丈夫、うん、落ちついて・・・
―――― あたし、これまでマイケルさんにこんなオカルトっぽい話したことなかったですよね?・・・でも笑われるかもしれないけど、これ、夢なんかじゃないんです・・・あたし、昨日はゆっくり寝たし、仕事しながら眠くなるようなこともありません・・・夢を見たなら、それが夢だったっていつでも絶対分かります・・・あたし、完全に起きてました・・・目醒めている自覚がはっきりありました・・・でも、なんで?・・・なんで拭いたはずのテッシュがどこにもないの・・・?
動揺してるあかねさんを落ちつかせて、昼休みだから今夜仕事が明けてから話の続きをしようといって、そのときの通話は切りあげた。
で、その日、5月8日の夜に、俺はあかねさんに俺の思ってることを話して聞かせた。
―――― あかねさん、今日のお午のそれさ・・・たぶん、厭魅だよ。
―――― えっ、えんみ?・・・えんみってなんですか・・・?
―――― ま、呪詛だな。小さな呪いってとこかな・・・俺も初めて遭遇する。
―――― えっ?・・・あたしは自分の幻覚だったのかなあって思いはじめてました・・・。あんなはっきりした白日夢なんて、いままで見たことがなかったから・・・
―――― いやいや、俺だって素人だし、確信に満ちたことなんかいえやしないさ・・・。でもね、これはたぶん間違いない・・・俺らの訴訟相手の誰かに、そっちの世界に通じることのできる能力者がどうやらいるみたいだね・・・。これ、呪詛だよ・・・正式に訓練されたもんじゃないとは思うんだけど、連中のなかに獣筋の血筋があるか、飛ばせる資質のある奴がきっといるんだな・・・。
1818で俺と共同原告だったあかねさんは、さいたま地裁で口頭弁論が開かれるたびに上京してきた。
第1回目の口頭弁論の翌日の2020年の3月7日には、ふたりして日立の御岩神社に参拝した。
ヘイトの上下線がたえず行き交う訴訟とかにまみれていると、なぜか神社みたいな静謐な空間に浸りたくなるんだよ。
で、この第2回目の口頭弁論が開廷されるとき、あかねさんが「 ねえねえ、マイケルさん、今度の口頭弁論の次の日に、今度は埼玉の秩父にある三峰神社ってとこに行ってみませんか?」と何気に提案してきたんだよ。
俺もあかねさんも3か月前にいった日立の御岩神社に感動して、いわゆるパワスポ巡りってやつにハマリかけてたから、この提案はまさに渡りに船だった。
ただ、この三峰神社って名には、俺は聴き覚えがあった。
うーん、どっかでこの名前は聴いたことがあるぞ。どこでだったかなあ? と蔵書をあさりまくってびっくり。
うん、聴き覚えがあったはずだ ―――― 三峰さんってその筋じゃニッポン一有名な神社だったんだよ。
およそ憑きもの祓い、呪詛祓いなんてジャンルにかけちゃ、ここ以上の場所はほかにない。
しかも、ここの神社の眷属は、狛犬じゃなくて狼なんだからね!( 2枚目のフォトを参照 )
けれども、本当に俺がびっくりしたのはそこじゃない、俺以上に神社のトーシロであるあかねさんが、なんの予備知識もないくせにそのものズバリの三峰さんの籤を引きあてたその運と偶然とに、俺はまず驚いたんだ。
2020年6月26日の1818号の第2回口頭弁論は、凄まじいカオスのなかで終了した。
傍聴席のカルトな面子は裁判長や俺等原告が発言するたびに嘲りめいた笑声や野次を飛ばし、明らかきていない石垣陽介裁判長が俺やあかねさんの発言に戸惑って動揺する様子を見せると、石垣陽介に対しても嘲りの笑いを浴びせていた。
厳重警備の制服組18名をつけて行われたこの特殊な裁判は、裁判進行を整える弁護士不在の本人訴訟であったため、めったには見られないであろう無軌道の極み、ほとんど狂気の域にまで踏みこんだ、前人未到の限界領域に達した。
俺はいまではあらゆる裁判に興味のない人間となってしまったのだが、もしタイムスリップしてこのときの裁判を傍聴できるなら、入廷料に1万円払ってもいいとすら考えている。
裁判としてどうかは分からないけど、見世物としてあれは凄かった。
まるでサバト! 俺等を守る特別警備の制服組のひとらの顔も、みんな歪んだようにひきつっていた。
俺もあかねさんもさんざん笑いものにされたが、裁判長である石垣陽介も俺等とおなじ嘲笑の棚に乗せられたんだ。
裁判進行を司る裁判長として怒声や非難の叫びなら石垣陽介も慣れてはいたんだろうけど、ああしたカオスな嘲笑を浴びたという経験は初めてだったんじゃないか?
目を白黒させて、悄然と法廷を眺めていた、彼のあのときの表情が忘れられない。
けれども、そうなったのは石垣陽介裁判長だけじゃない、第2回口頭弁論を通過した俺等も彼同様にくたくただった。
俺とあかねさんは口頭弁論終了後、浦和から秩父に向かい、秩父で1泊して、翌日の三峰神社参拝に備えた。
呪詛祓いと憑きもの祓いで有名なあの三峰神社、ケモノ祓いの聖地とされている神社ってどんな場所なんだろう・・・?
その翌朝、西武秩父駅から2時間バスに揺られて、俺等は三峰神社までやってきた。
ただ、終着のバス停から三峰さんの大鳥居まで行くには、いくらかの上り坂をまだ登らなくちゃいけない。
その上り路のとちゅう、あかねさんがぽつりといった。
―――― あれ? なんだかケモノのにおいがする・・・。
―――― えっ? と俺。そんなにおい何もしないよ。ケモノってどういうこと?
―――― うん、なんというか犬くさい感じなの・・・。
ドキっとした。
ここの参拝客のクチコミを前夜見ていたとき、霊感ありげなごく少数のひとが、あかねさんと同様のことをいっていたのを思い出したから。
三峰さんは峻厳な神社として知られている。
呼ばれたひとしか行けない神社だともいわれている。
ちょうど梅雨のまっただ中だったんで唯一雨のリスクを懸念していたんだけど、俺等が足を踏み入れたととき、日はちゃんと照っていた。
―――― うわ~ 空気が全然ちがいますね・・・
―――― うん、別天地。まさに山だよねえ。何より木が元気。あと、オゾンのかおりが凄え。きてよかったねえ・・・
―――― あ。見て。狛犬がほんとに狼さんだ!
ふたりしてもうはしゃいでいた。
鳥居をいくつも潜り、潜るたびに空気が凛としていくのを肌で感じ、徐々に高揚していった。
極採色の本殿に参拝し、見事な御神木を仰ぎ見て、龍神さんが浮き出てきたという有名な敷石も見た。
そんな道のりの途中の何番目かの鳥居のまえで撮ったのが、記事冒頭にあげたフォトだ。
自分で撮っておいてこんなこというのは恥ずいんだけど ――― これ、凄くね?
実はこのフォトは撮ってからずっと持ってたんだけど、このフォトの特殊性って俺は全然気づいてなかったんだよね。
あかねさんが石段を登って鳥居に近づいていくシーンをパシャッと撮っただけのもので、それ以上の意図なんかまるでなかった。
もちろんあかねさんも俺も、肉眼ではこんなものが鳥居の下にあった( おられた?)ことを見ちゃいない。
だから、撮り主の俺にしても、これはそういうフォトを撮ろうとして、強い逆光のせいで失敗した1枚という風にしてしか認識していなかった。
ずーっと引き出し中の雑多な失敗フォトの1枚として寝かしたままでいて、このフォトの特殊性を発見したのは、なんと撮ってから5年後の2025年の1月、つまりはつい先月のことなんだ。
失敗作だと思っていたから、このフォトはあかねさんにも見せたことがなかった。
古いフォトやたまったSDカードの整理をしていて、たまたまこれを見つけたんだ。
もちろん偶然 ――― それ以外のなんでもない ――― けど俺はその偶然にぶっ飛んだ。
―――― な、な、なんなんだ、こりゃあ! ってさ(笑)
これが光のマジックなのか、神さん系の御方なのか、俺は知らないよ。
でもさ、どう見てもこの白い方、質量のある有機体みたいに見えるじゃん?
光っている輪郭線からしても、間違いなく気体じゃない、意思のある生命体の印象だ。
ただ、俺は偶然に映ったこんなふしぎなフォト1枚で、俺等の世界の隣りあわせにある異界の実在を特に訴えたいわけじゃない。
肝はそこじゃない ――― より大事なのは、俺とあかねさんが誰かから強烈な悪意を向けられて、それと対抗するために偶然知ったこの三峰神社に参拝することをすぐ決めて、その第1歩であった鳥居のまん前で、すでにこのような「 イエス 」のサインを受け取っていたというその事実だ。
5年前の俺たちには「 それ 」が見えなかったんだけどね、5年後のいまになってやっとその「 イエス 」の手紙を受け取ったって感じかな?
いってみれば、これは、俺たちの歩みが間違っていなかったという証明みたいなもんだからね。
カルト組織との攻防。7年も続いた集団訴訟。それから導かれた司法の石垣陽介、高橋譲、佐藤彩華、丹下友華らとの不正を巡る攻防・・・。
どの悪意にしてもそれらと対峙するのは並じゃなかったからね。
見当外れだろうと時期遅れであろうと、受信サイドを明るませてくれるこうした印は、そら嬉しいさ。
ただ、俺とあかねさんとが三峰神社完全踏破をなしとげるまでには、まだもうひとつ難関があった。
三峰さんには、実は奥宮っていうのがあって、そのときの俺等の本命はむしろそっち側のルートだったんだ。
三峰神社の奥宮は、秩父の妙法ヶ岳1,329mの高所にある。
普通の登山ほど厳しいルートじゃないし、標高もそう高くはないんだけど、もちろんどこも舗装なんかされてない大小の石ゴロゴロの急な山路だし、片道だけでだいたい1時間半はかかる。
天候や体調によっては登り切るのは結構大変だ。
ここにいくとき一般的な「 参拝 」って言葉は使わない。「 登拝 」っていうんだ、ここ三峰さんでは。
で、俺とあかねさんは褌を引き締めて、3枚目、4枚目フォトにあるような奥宮登拝路の鳥居をくぐったんだ。
したら、急激に霧が流れてきた。十数m先もかすんで見えない、凄まじいほどの濃い霧が。
―――― わ。マイケルさん・・・凄い・・・霧が急にこんなに・・・
―――― 大丈夫・・・祓いのときには、霧と雨は吉兆だよ・・・!
―――― あとからきてた人たちもみんないなくなっちゃった・・・引き返したのかな?
―――― こんな霧だからね・・・あかねさんは大丈夫・・・?
―――― うん、全然ヘーキ! さあ、もっと行きましょう・・・!
しかし、大丈夫じゃなかったんだ。
奥宮行きの妙法ヶ岳ルートの山路を登りはじめてわりとすぐ、あかねさんがダウンした。
足取りがだんだんに重くなってきて、それでもなんとか休み休み歩いていたんだけど、霧のなかのある休憩所の椅子に腰かけたきり、とうとう動けなくなってしまった。
いってなかったけど、あかねさんは健脚を絵に画いたような人なんだ。
去年の師走には俺等はふたりして伊勢にいったんだが、その3日間で俺等は62km歩いた。
そんなあかねさんが身体が重たい、こんなこと今までに1度もなかったんだけどな、なんて弱気なセリフをつぶやいて、腰を下ろしたまま立てなくなっている。
どうしようか、と俺は迷った。
どうしようか? このままじゃ険しい山路を奥宮までなんてとても歩けっこない。
もうちょっと休んでもらって、いくらか歩けるようになったら、2人で一緒にゆっくりと慎重に引き返すしかないか・・・。
そんな風に考えていたら、そのとき俺のGパンのベルトがふいに切れた。
1度も切れたことなんかない、丈夫なはずの皮のベルトがいきなり切れたんだ。
落ちかけたズボンをとっさに抑えながら「 えーっ!」となる。
ありえないだろう、こんなのは ――― と当惑しながらも思う。
あかねさんもびっくりして、俺がベルト穴に紐を通して緊急修理に勤しんでいるのを見守っているうち、手にしたコーヒー牛乳を少しづつ飲んでいたら、なんだか体調がよくなってきたみたいだ、なんていってきた。
立ちあがってみると、ついさっきまでの疲労困憊がなんだったのかと思えるくらい、すたすたと普通に歩けるじゃないか。
こんなのアリかあ! と自分内で誰かが叫ぶのが聴こえた。
いや、実際、あかねさんは本来のあかね体力を完全に取り戻していた。
俺等は再び妙法ヶ岳の大小の石ゴロゴロの山路を、崖隣りの傾いだ細道を、ボコボコに木の根が盛りあがった凹凸道を歩き、それから40分あまりで最後の難関である鎖場の急坂も登りきって、念願の奥宮までたどりついたんだんだ・・・。
小さな石作りの宮がぽつんとあるだけ ――― それが三峰神社の奥宮だった。
だけど、そこにはかつて味わったことのない類いの、ふしぎな安堵と平安とがあった。
深い山の霧のなかの中空で、あかねさんと対話する。
―――― ねえ、あかねさん、俺、煙草喫いたんだけど・・・
―――― ダメです。ここは境内ですよ・・・。
―――― いや、これ電子煙草だし、灰皿もいらないから、ほんのちょっとだけ・・・
―――― もう、むりばかりいうの、やめてください・・・。
―――― あのさ、あかねさん・・・さっき、あんなに具合わるそうだったのに、どうしていきなりあんなに元気になれたの・・・?
―――― 分かんない・・・なんかふいに貧血みたいに気分がわるくなったんです・・・でも、コーヒー牛乳飲んでるうちに、なんか去ってた元気がふいにもどってきた感じで・・・
―――― もしかして、あかねさんを奥宮まで行かせたくないって誰かがいたんじゃない?・・・そんな風には思わなかった?
―――― 気力が落ちたときにちょっとだけ・・・そんな風に考えました・・・。
―――― うん、そのひとってさあ・・・よっぽど・・・俺等を奥宮まで行かせたくなかったんだろうね?
―――― そうかも・・・しれませんね・・・
―――― てことは、俺等はそのひとの黒い思いを・・・これで祓いきれたってことになるのかな・・・?
―――― たぶん・・・全部じゃないけど、その何割かはできたんじゃないかと、そう感じますね・・・。
―――― あ。俺のベルトがふいに切れたのは・・・?
―――― ここの眷属の狼さんの仕業じゃないですか・・・?
―――― えーっ! でも、なんでそんなことすんのよ? 俺、ここでなんかしたぁ・・・?
―――― 親愛、じゃないですかね? じゃれついてズボンに犬型の足班つけられたひともここには結構いるみたいだし・・・
奥宮にいたのは総計して15分くらいだったんじゃないか、と思う。
深い霧のなか、俺等のあとに登拝してくるひとは誰もいなかった。
視界の効かない霧のなかで、草々の立てるかすかな葉ずれの音や、山自体の大きな気配の層にくるまれて過ごす時間は、めっちゃよかった。
帰路の下りの路は早かった。
俺等はわずか30分くらいで奥宮から神社本殿まで降りきってしまった。
そして、登拝路入口のはじめの鳥居を出ると、なんといきなり霧が引いていくじゃないか。
信じられない ――― さっきまでの濃霧がなんだったの? と思えるくらいの完璧ピーカンな高き青空のお目見えだ。
✖ ✖ ✖ ✖
参拝前にくるみ蕎麦を食べた、神社入口のとこにある大島屋さんで一休みしてるとき、あかねさんが喉が渇いたといった。
俺はそうでもなかったんだけど付き合うことにして、二人して自販機のとこまでいって、
―――― なに飲みたい? おごるわ。
―――― あ。ありがとう。じゃあ、炭酸。炭酸がいいな・・・
―――ー へえ、珍しいじゃん・・・あかねさんが炭酸なんて・・・うーんと、炭酸のどれ・・・?
―――― えーとねえ・・・このリアルゴールドのおっきいのがいいな・・・。
―――― 珍しいから俺もそれに付き合うわ・・・。
と俺は先に自分の分のリアルゴールドを買い、次にあかねさんの分を買って、それをあかねさんに手渡した。
そうして俺はお待ちかねの景観のいい喫煙所にいって、モクってたのよ。
煙草喫って、あかねさんが休んでる大島屋の外席にいったら、あかねさんがヘンな顔をしてる。
―――― あれ? どうしたの?
と問うと、あかねさんは黙って自分のリアルゴールドを俺の目前に差し出した。
それがこのフォトだわさ ―――
ビビった。リアルゴールドのペットボトルにいきなり「 降りやまぬ雨は、決してない。梅原猛 」だぜ~っ!!
俺はもともと梅原猛フリークで、彼の著作はほとんど読んでいた。
あかねさんにも彼の最もポピュラーな傑作「 隠された十字架ー法隆寺論ー」を紹介して、あかねさんもそれを読み終えたばかりの頃だったんだ、それは。
これってほとんどありえないくらいのシンクロじゃないか。
だって、あかねさんが珍しく炭酸を飲みたいとかいいださなければ、決してこの出会いはなかったわけじゃん?
さらに俺が先に別のジュースを飲んでいたら、あかねさんは俺の分のリアルゴールドを買っていたことになり ――― それには有名実業家のありふれた処世訓が書きつけられていた。誰だったかはもう覚えてない(笑)――― やっぱりこんなような出会いは起こりようがなかったわけだし。
―――― なんで集団訴訟でワタワタしてるこのぐっちゃぐっちゃの環境下で、よりによって梅原先生の、しかも、状況に合いすぎのこんな名言が鳴るんだぁ~!?
三峰神社の境内のはしっこの大島屋の軒先の席で、俺等はしばらく茫然としていたんだな・・・。
✖ ✖ ✖ ✖
以上がいままで石垣陽介事件関連で封印していた、いわば裏マイケルブログの隠し部分の一節です。
俺等関係での騒動で一家揃って夜逃げしてしまった人間もいることだし、こういうことは表立って公表するべきじゃない、と俺は考えていた。
でも、いまのニッポンの混迷って超・スゲーじゃないですか?
ジャニーズの崩壊、フジテテレビの体質露呈、中井クンの引退、あと兵庫の百条委員会の闇なんかももの凄い。
思わずめまいに襲われそうになるこの混迷の時代に、やっぱりいつまでも黙ってるわけにはいかないよ。
以前と同様に長い長~い記事になっちまいました。
え~と、去年秋には腎盂癌になってもうダメかとも一時は思いましたが、俺は元気です。
あ。ぶち切れた皮ベルトは、後ほど三峰神社の社務所に送り、事情を話した上で宮司さんにお祓いしてもらったことを最後に報告しておきましょう。
ベルトがぶち切れるなんて異常時の相談を、まったく驚くことなく静かに聴いてくれ、つつがなく処理してくれたここの宮司さんはやっぱ凄いわ。
というわけで今日の俺記事はこれまで ――― 最後まで読んでくれたひとにありがとう ――― そして、お休みなさい・・・。 (ℱín)
< 2025/02/15 07:43:05 あかね >
2020年5月8日に、赤い液体のビジョンを見たことは事実です。仕事をしようとパソコンの前に座り、一度天井を見て、机の上を見てもまだあったので、目の錯覚ではありません。
作り話? こんなオチのない話は作れません。
「精神的にまいっていた」ということもないですね。こういう経験は、後にも先にもあの一度だけです。
「階段落ち」にしても、私のとりえは、性格が明るいことと、健康なことだけなので、大人になって倒れたのは、あのとき一度だけです。ほんとに、不思議な体験でした。ほとんど怪我がなかったのは、いろいろな存在に感謝しています。
もちろん、裁判中にあった出来事というだけで、一連の裁判や裁判の相手とは、なんの関係もないとは思います。
これ以外にも、個人を特定できてしまうので、書けない不思議な現象はいくつもありました。
最近思っていることは、みんなそれぞれ「自分の正義」で動いているということです。どちらが良いとか悪いとか、上とか下とかはありません。
裁判の相手も、「自分たちの正義」でやっていたんだと思います。私からすれば、隠し撮りした女性の裸の隠し撮りを他人に送りつけたり、亡くなった方への冒涜だと言える、非礼なインチキ小説を書くような人物を利するような訴訟で、「ありえない」と思いましたが、彼らからすれば、「過去の友情」を守りたかったのかもしれません。どちらの考えが正しいとか、間違っているとかはないと思います。すべてが「相対性」の世界なのです。
石垣陽介裁判官のいい加減な審理、判決も、「私の正義」からすれば、ありえないことなんだけど、彼からすれば、ネットの中のつまらない争いなんてものは、さっさと適当に終わらせよう、そうでもしないと、自分の身が持たない、誰が命を失ったわけでも、病気になったわけでもないだろう、
「そもそも税金の無駄遣いだ」という正義なのでしょう。始める前から「5万円位でいいか」って、思っていたのが透けて見えます。
私の知り合いのMさんは、裁判所からの連絡を全て無視して、郵便物も送り返してましたが、不戦でも、3万円負けただけですから、必死でやるだけ損というものです。
プリンターインク代、紙代、交通費代で、真剣にやればやるほど赤字です。弁護士をつけたら、さらに赤字です。
石垣裁判官に至っては、「否認する」という答弁書だけで、何一つ質問に答えていないのに、勝訴していました。
まっ、私も、この先、こういうレベルの訴状が届いたときは、石垣裁判官方式で、答弁書だけ提出しておきます。裁判官ならよくて、民間人がダメなんてことは、ありませんからね。
検察は、自分たちが犯人だと決めつけ起訴した人を、事実はどうあれ、有罪にすることだけが目標になっています。昔から起訴した被告の有罪率99.9%!これ、明らかに崩れてますよね。紀州のドンファン嫁も、疑わしきは被告人の利益になりました。私、個人的にはちょっと怪しいと思いますけど、刑事訴訟の原則からは、無罪で正解でしょうね。
検察が証拠まで捏造することが、袴田事件で証明されました。しかし、これは、袴田事件だけではありません。
マスコミで報道されませんが、和歌山カレー事件は、犯人だとされている林真須美さんの家から出てきたヒ素の容器には、家族の誰の指紋も付着していませんでした。家宅捜索の4日目に突然出てきたのです。
しかもこの容器のヒ素は、お祭り現場にあったヒ素の付着した紙コップのヒ素とは、別のものだということです。
この紙コップは、カレーを作ったジャガイモの皮だとか、お肉が入っていたプラスティック容器なんかと同じ場所から出てきたので、普通に考えれば、カレーを調理した主婦か、その場所に出入りした人が犯人なんだけど、林さんは、鍋の番はしましたが、調理には参加してないんですよね。
「ヒ素を使った保険金詐欺をしていた怪しい一家」ということで、犯人だと決めつけられ、彼女が無実だというベクトルの証拠は採用されません。しかも、彼女の旦那さんやその友人が、自分で少しだけヒ素を舐めて、一時的に体調を崩し、保険金をせしめていたのです。
検察は、真犯人を有罪にするのではなく、とりあえず誰でもいいから有罪にするのが目標なので、今、こうした態度が問題になっています。
自分たちに都合の悪い証拠(=起訴した人が無実の証拠)を隠すことなんて、常識的に考えておかしいでしょう。裁判官がそれを黙認しているのはもっと変です。
これは、検察が「自分たちこそが正義だ、真実は俺らが作る!」と誤解してきたしっぺ返しなのです。
勝とうが負けようが、その人に何の影響も与えない訴訟というのは、結構あるのでしょう。例えば、某政党関係者の名誉毀損の濫訴がそれですね。
こういう裁判と真剣に取り組むと、裁判官は5万人くらい必要かもしれません。
だけど、人生がかかった訴訟や、命がけの訴訟には、いい加減な審理は絶対にやめてもらいたいですね!